2の3「知らん野郎と真実の愛」
口論ばかりで退屈かもしれません。もうじき野蛮になります。
白けた様子のヨークとは違い、フルーレの表情は真面目だった。
フルーレはユーリに真意を問うた。
フルーレ
「婚約解消だと? 何を言っている?」
フルーレ
「私たちの婚約は、家同士が話し合って決められたものだ」
フルーレ
「個人の判断で、無くしたり出来るものでは無い」
ユーリ
「個人の判断などでは無い」
フルーレ
「……?」
フルーレ
「それなら誰の判断だと……」
ユーリ
「私の父上、ギャブル=マレル公爵も、婚約解消に同意して下さっている」
フルーレ
「マレル公爵が……!?」
フルーレ
「どうしてだ? どうしていきなりこんな……」
ユーリ
「どうしてだと?」
ユーリはせせら笑った。
ユーリ
「私がお前の『不貞』に気付いていないとでも思ったか?」
フルーレ
「不貞?」
ユーリ
「お前は、伯爵家の跡継ぎでありながら、婚約者以外の男と、淫らな行為に及んだ」
ユーリ
「貴族の淑女として、有るまじきことだ」
フルーレ
「私は不貞な行いなどしていない!」
ユーリ
「白を切るか」
ユーリ
「これを見ても、まだそんな事を言っていられるかな?」
ユーリはポケットから紙束を取り出した。
そして、それを無造作にばらまいた。
紙束は『写真』だった。
写真には、フルーレの淫らな様子が写されていた。
流石に陰部までは写されていなかったが、裸のフルーレが、男と絡み合っていた。
ヨーク
「……!?」
傍観していたヨークが、ぎょっと目を見開いた。
フルーレ
「何だこれは……!?」
写真を見たフルーレは、呆然と震えていた。
まったく見覚えが無い。
だが、写真で裸体を晒している女は、フルーレとそっくりだった。
ユーリ
「我が家の密偵が撮影した、不義の証だ」
フルーレ
「そんな馬鹿な……!」
デレーナ
「スキル……?」
ヨーク
「止めろよ!」
部外者のヨークが、ばらまかれた写真に駆け寄った。
写真を拾い、束ねると、裏返して人に見えないようにした。
ユーリ
「何のつもりだ?」
ヨーク
「こっちの台詞だ!」
ヨークは怒鳴った。
ヨーク
「女の子の裸の絵を、描いてばらまくとか、何考えてんだ!」
ヨークは叱りつけるように言った。
ユーリ
「絵っ?」
フルーレ
「絵っ?」
ヨーク
「何だよ……?」
場の空気が崩れたのを見て、ヨークが問うた。
ユーリ
「…………」
ユーリ
「それは……私が描いた絵などでは無い」
ヨーク
「画家に描かせたのか? どっちにせよ変態だな!」
ユーリ
「違う! それは写真だ! 見て分からないのか!?」
ヨーク
「写真……」
ヨーク
「って何だ?」
ヨークは写真を知らなかった。
この世界の写真は、最近になって出来たものだ。
田舎にまでは普及していなかった。
古書を読んでも、その存在は記されていない。
ユーリ
「…………」
フルーレ
「…………」
どう話を進めれば良いのか分からず、ユーリたちは固まってしまった。
見ていても仕方がないと思い、デレーナが口を開いた。
デレーナ
「あなた、写真も知らないんですの?」
ヨーク
「悪いか?」
デレーナ
「ええ。とても」
ヨーク
「…………」
ヨーク
「何なんだよ。写真ってのは」
デレーナ
「ちょうどあそこに、記念撮影用のカメラが有りますわ」
デレーナ
「無知なあなたのために、実演してさしあげましょう」
ヨーク
「なんか分からんが、頼む」
デレーナは、三脚上のカメラを取り外し、ヨークの前まで持ってきた。
ヨーク
「箱なんだな。カメラってのは」
デレーナ
「ええ。こちらを向いてくださる?」
ヨーク
「ああ」
ヨークはデレーナが持つカメラを見た。
デレーナは、カメラのボタンを押した。
少し時間を置いて、カメラから上質の紙が出てきた。
デレーナ
「どうぞ」
ヨーク
「ん……」
デレーナは、ヨークに写真を手渡した。
受け取った写真には、ヨークの姿が写っていた。
ヨーク
「俺だ……!」
ヨークは、初めて鏡を見た獣のような反応を見せた。
デレーナ
「納得して頂けましたかしら?」
ヨーク
「ああ。この写真ってやつ、貰って良いか?」
デレーナ
「どうぞ」
ヨーク
「ありがとう」
ヨークは写真をポケットにしまった。
ヨーク
「けど……」
ヨーク
「フルーレの奴、人に見られながら、あんなことしてたんだな……」
デレーナ
「人に見られながら……?」
フルーレ
「な……! 何を言っている!?」
ヨーク
「そのカメラっていうのは、目の前の物を『写真』にすんだろ?」
ヨーク
「さっきみたいな写真を作るなら、よっぽど近くに居ないと無理なんじゃねーの?」
ヨークはカメラの全てを知っているわけでは無い。
カメラに他の機能でも有れば、ヨークの言い分は見当外れに終わっただろう。
だが、この世界のカメラに、眼前の被写体を写真にする以上の機能は無かった。
デレーナ
「それは……」
デレーナが、写真の束を拾い上げた。
そして、束をめくって、写真の内容を注視していった。
ユーリ
「…………」
ユーリは体を強張らせた。
フルーレ
「…………」
フルーレは真っ赤になって顔を逸らしていた。
デレーナ
「……ユーリ。これはどういうことですの?」
ユーリ
「……何がだ?」
デレーナの問いに、ユーリは無表情で返した。
デレーナ
「この写真は、公爵家の密偵が撮影したもの。そうですわね?」
ユーリ
「……ああ」
デレーナ
「彼の言うとおり、撮影者と被写体の距離が、近すぎるように感じますわ」
ユーリ
「それがどうした」
ユーリ
「我が公爵家の密偵は、優秀だ」
ユーリ
「その写真を撮った者は……姿を隠すのに有利な、レアスキルでも持っていたのだろう」
デレーナ
「それでは、これは?」
デレーナは、写真の一枚をユーリに突きつけた。
フルーレ
「お姉様! あまり写真を見せびらかさないで下さい!」
デレーナ
「胸を張っていなさいな。身に覚えが無いのでしょう?」
フルーレ
「ですが……」
ユーリ
「……その写真がどうした?」
デレーナ
「気付きませんの?」
デレーナ
「それとも、気付いていて、わざと黙っているのかしら?」
デレーナ
「仮令、公爵家の密偵が、完全に気配を消せるようなスキルを持っていたとして……」
デレーナ
「このようなアングルには、お相手の殿方が、カメラを持たなくてはならない。そうでしょう?」
ユーリ
「それは……」
デレーナ
「ユーリ」
ユーリ
「ッ……!」
ユーリ
「……写真の全てを密偵が撮影したと、誰が言った!」
ユーリ
「幾つかは『間男が撮影した物』が混じっている」
ユーリ
「密偵は、既に撮影された写真を、盗み出したに過ぎない!」
デレーナ
「そのような暴論が、通用すると思いまして?」
ユーリ
「現に写真には、裏切りの様子が写し出されているのだ」
ユーリ
「お前の口先如きで、無かったことに出来ると思うな!」
デレーナ
「続きは法廷で……。そういうことですのね?」
ユーリ
「……裁判となると、時間がかかる」
ユーリ
「ここまで証拠が揃っているのに、先延ばしにされてたまるか」
ユーリ
「私は一刻も早く、彼女と添い遂げたいのだから……」
ユーリは上体を回し、自身の後ろに視線を向けた。
そこには、薄紫色の髪の少女が立っていた。
アヤ
「ユーリ様……」
その少女が儚げに呟いた。
守ってあげたくなるような女性。
そんな雰囲気を体にまとわせていた。
一方、ヨークの関心は、彼女には無かった。
ヨーク
(ん……?)
少女、アヤの後ろで、猫耳メイドの奴隷が、悲しそうな顔で控えていた。
猫耳メイド
「…………」
ヨーク
(あの子も第三種族か……)
どうして悲しそうな顔をしているのか。
ヨークは問いかけたい気分になった。
だが、ヨークが勝手に動けるような雰囲気では無かった。
フルーレ
「どういうことだ。ユーリ」
猫耳を眺めているヨークを置いて、フルーレたちは話を進行させていた。
フルーレ
「私のことを糾弾しておきながら、自分には恋人が居たのか?」
ユーリ
「誤解してもらっては困る」
ユーリ
「アヤと私は、清い関係だ」
ユーリ
「彼女は心身共に美しく、婚約者の淫蕩に苦しむ私を、励ましてくれた」
ユーリ
「体では無く、心で」
ユーリ
「そして、婚約解消が成った暁には、結婚しようと誓ったのだ」
ユーリ
「アヤは私の……運命の相手だ」
デレーナ
「…………」
デレーナ
「アヤ=クレイン。クレイン伯爵家の次女ですわね」
ユーリ
「そうだが……。それがどうした?」
デレーナ
「彼女は、クレインの跡継ぎでは無い」
デレーナ
「彼女と結婚しても、家を継ぐことは出来ない」
デレーナ
「プライドの高いあなたが、それで満足出来るんですの?」
ユーリ
「構わない。大切なモノの為なら」
デレーナ
「……そう」
デレーナ
「あなたのお姉様も、この事はご存知ですのね?」
ユーリ
「……ああ。知っている」
デレーナ
「それなら、これ以上言うことは有りませんわね」
デレーナ
「裁判を、楽しみにしておくと良いですわ」
ユーリ
「……言っているだろう」
ユーリ
「裁判などという、悠長なことはしない」
ユーリ
「私は一刻も早く、真実の愛を成就させなくてはならない」
ユーリ
「無駄に引き伸ばされて、たまるものか」
ユーリは手袋を投げた。
それはフルーレの足元へと叩きつけられた。
フルーレ
「っ……!」
ユーリ
「私と決闘しろ。フルーレ=メイルブーケ」




