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ヨークたちが、鉄巨人公園を訪れたその翌朝。
まだ朝食も済ませていないような時間。
ヨークの部屋の扉がノックされた。
ヨーク
「どうぞ。開いてるよ」
ヨークはベッドに腰かけた状態で、ノックに答えた。
フルーレ
「失礼する」
聞き覚えの有る声がした。
扉が開き、二人の少女が入室してきた。
帯剣した貴族の少女と、そのお付きのメイド。
フルーレとエルだった。
エル
「っ……」
ヨークを見た瞬間、エルの体が緊張した。
ヨークはエルに視線を返した。
目が合うと、エルはぺこりと頭を下げた。
ヨーク
「この前の……」
フルーレ
「フルーレだ。ヨーク」
ヨーク
「今日は何しに?」
フルーレ
「助けていただいた礼として、貴方をパーティに招待したい」
フルーレ
「是非、招待を受けてもらいたい」
ヨーク
「ふ~ん? 分かった」
深く考えず、ヨークは承諾した。
だが……。
ミツキ
「止めておきなさい」
冷めた声音で、ミツキがそう言った。
その態度からは、明確な拒絶の意が感じられた。
ヨーク
「ミツキ?」
フルーレ
「…………」
あからさまな反意に、フルーレは不機嫌になった。
フルーレ
「何のつもりだ」
フルーレ
「奴隷」
不快感を隠さずに、フルーレはそう言った。
ミツキ
「分かったでしょう? ヨーク」
ミツキはフルーレを無視して言った。
ヨーク
「…………」
ミツキ
「彼女は、あなたとは違う」
フルーレ
「何のつもりだと聞いている……!」
フルーレは声を荒げた。
ミツキ
「パーティというのは、要は貴族同士の集まりでしょう?」
フルーレ
「それがどうした?」
ミツキ
「パーティの主催者は?」
フルーレ
「私のお姉様だ」
ミツキ
「そう。それで……」
ミツキ
「パーティの参加者は皆、平民がパーティに参加することを知っているのですか?」
フルーレ
「……知らないが」
ミツキ
「おめでたいですね」
ミツキ
「あなたの主催ですら無いパーティに、強引にヨークをねじ込んで……」
ミツキ
「それがヨークへの返礼になると、本気で思っているのですか?」
フルーレ
「きさま……!」
ヨーク
「ミツキ。ちょっと喧嘩腰すぎるぞ」
ミツキ
「……申し訳有りません」
フルーレ
「ヨーク……」
フルーレ
「私の誘いは迷惑だったか?」
フルーレは心細そうに尋ねた。
ヨーク
「行くよ」
ヨーク
「折角誘ってくれたんだ。行くよ」
フルーレ
「あ……はは……」
フルーレ
「見たか奴隷!」
フルーレは腰に手を当てて勝ち誇った。
フルーレ
「奴隷が主人の意思を代弁するなど、身の程知らずと知れ!」
気が済んだフルーレは、敵意を収めた。
そして、ヨークに対し、好意がこもった表情を見せた。
フルーレ
「それでは。楽しみにしていて欲しい」
フルーレは少し早足に、部屋を出ていった。
残されたエルは、深く頭を下げた。
エル
「申し訳有りません。お嬢様が失礼なことを……」
ヨーク
「ん……。良い奴そうだと思ったんだがな」
ヨーク
「あいつも……ミツキを馬鹿にするのか」
エル
「お嬢様は、第三種族である私にも、優しくしてくださいます」
エル
「普段は奴隷が相手だからといって、辛く当たるようなお方ではありません」
エル
「ですが、今日は少し、気が立っておられるようです」
フルーレ
「エル!? どうしてついて来てくれないんだ!?」
部屋の外から、フルーレが困惑する声が聞こえてきた。
エル
「ただいま参ります!」
エルはもう一度頭を下げると、素早く退出していった。
ヨーク
「なあ」
部屋に残されたヨークは、ミツキに声をかけた。
ミツキ
「はい」
ヨーク
「……わざと怒らせたのか?」
ミツキがフルーレに向けた声音は、彼女にしては無神経だった。
ヨークにはそう思えてならなかった。
ミツキ
「どうでしょうか」
ミツキ
「私が理性だけで動いていると思うなら、高値買いですが」
ヨーク
「お前は頭が良い」
ミツキ
「ありがとうございます」
ミツキ
「ですが……関係がありませんよ」
ミツキ
「女がどう動くかということには」
ヨーク
「性別関係あるか?」
ミツキ
「人が……と言いたかったのです」
ヨーク
「そうか」
ヨーク
「とにかく……フルーレが嫌いなんだな?」
ミツキ
「彼女と恋に落ちるような要素は、あまり有りませんでしたね」
ヨーク
「エルはフルーレのこと、良い奴だって言ってたな」
ミツキ
「それ自体は別に、珍しいことでも無いでしょう」
ヨーク
「うん?」
ミツキ
「飼い猫とは、可愛がられるものです。だから、猫も飼い主を慕う」
ミツキ
「人は猫が自分より下の存在と思っている」
ミツキ
「だから、可愛がるのです」
ミツキ
「もし猫が飼い主を脅かすと知れれば……」
ミツキ
「その猫は、生かしてはおかれないでしょう」
ミツキは皮肉めいた笑みを浮かべた。
ヨーク
「ミツキはそう思うんだな」
ミツキ
「事実でしょう?」
ヨーク
「そうか」
ヨーク
「けど、もう少しあいつと付き合ってみるよ」
ミツキ
「好きにして下さい」
ミツキは感情を出さずに言った。
だが、最近のヨークは、ミツキの気持ちを少し読めるような気がしていた。
ヨーク
「……ミツキはパーティに行くのが嫌なんだよな?」
ミツキ
「そうですね」
ミツキは左手を持ち上げた。
そして、人差し指で、奴隷の首輪をトントンと叩いた。
ミツキ
「この首輪を良しとする連中が、大勢居る所でしょうし」
ヨーク
「心配するな。パーティには俺一人で行く」
ミツキ
「はい?」
ヨーク
「俺だって、ミツキに嫌な思いさせるつもりはねーよ」
ヨーク
「留守番しててくれば良いさ」
ヨーク
「さ、不機嫌直して、朝飯行こうぜ」
ミツキ
「別に不機嫌とかではありませんけど」
ヨーク
「スーパーハイテンション朝飯タイムと洒落込むか」
ミツキ
「朝はローテンションで良いです」
ヨーク
「スーパーローテンション朝飯タイムか」
ミツキ
「ほどほどでお願いします」
ヨーク
「イクゾー」
ヨークはスーパーミドルテンションで部屋の外へ出た。
ミツキ
「…………」
ミツキ
「私が心配しているのは……自分のことでは無いのに……」
……。
パーティ当日がやって来た。
開催時刻は夜だ。
適当に時間を潰し、ヨークはその時を待った。
やがて、ヨークの部屋の扉が叩かれた。
ヨーク
「どうぞ~」
エル
「失礼します」
そう言って、エルが入室してきた。
エルの服装は、いつもと変わらぬメイド服。
ヨークとミツキは普段着だった。
ミツキのベッドの上に、遊戯用のカードを並べていた。
エル
「お迎えにあがりました」
ヨーク
「ありがとう。じゃ、行くか」
普段着のまま、ヨークは立ち上がった。
そんなヨークの様子に、エルは戸惑わずにはいられなかった。
エル
「えっ? あの……?」
ヨーク
「何だ?」
エル
「そのお召し物は……」
ヨーク
「ん? 服はこういうのしか持って無いんだけど、ダメか?」
そう言って、ヨークは服の襟を引っ張ってみせた。
貴族と自分では着るものが違う。
ヨークにも、それくらいの知識は有った。
絵本などを見ても、パーティの場面で、貴族たちは綺麗に着飾っていた。
だが、自分は貴族ではなく、平民としてパーティに招かれるのだ。
貴族と同じ格好をする必要は、無いだろうと考えていた。
着飾る必要が有るのなら、あらかじめフルーレが言うだろう。
そう考えた。
そして、フルーレは何も言わなかった。
エルも。
何も、言わなかった。
エル
「っ……。それは……」
エルは青ざめた。
ヨークほど腕の立つ冒険者なら、礼服の一つくらい持っていると思っていた。
ヨークとフルーレたちとでは、最初の視点から異なっていた。
ヨークを一角の人物として扱い、等身大の彼を見ようとしなかった。
田舎の村から出てきた少年に、貴族の常識を押し付けてしまっていた。
そのことに、気付いてしまった。
ミツキ
「どうやら……」
ミツキ
「礼服が無い者は、パーティには出席できないようですね?」
底冷えのする声でミツキが言った。
エル
「あ……う……」
ミツキ
「これは仕方がありませんね。このたびは欠席とさせていただきましょう」
ヨーク
「いや。駄目だろそれは」
ミツキ
「……そうですか?」
ヨークに返答しながらも、ミツキの目はエルを睨んでいた。
ヨーク
「もう行くって言ってあるからな。いきなりキャンセルとかするのはダメだ」
ヨーク
「服はどっかの店で……」
ミツキ
「問題ありません」
ヨーク
「え?」
ミツキ
「パーティ用の礼服なら、ここに用意してあります」
ミツキはベッドから立ち上がると、『収納』スキルで礼服一式を取り出した。
服にはシワひとつ無い。
新品のように見えた。
ミツキ
「どうぞ。多分、サイズは問題が無いと思います」
ミツキは礼服をヨークに手渡した。
ミツキ
「ここで着替えないで下さいね? 洗面所で着替えてきて下さい」
ヨーク
「助かる。ありがとな」
ミツキ
「いえ」
ヨークは洗面所へ向かった。
寝室にはミツキとエルが残された。
ミツキの視線はずっとエルへと向けられていた。
エル
「…………」
ミツキ
「あなたたちを、試させていただきました」
エル
「え……?」
ミツキ
「彼は、小さな村から出てきたばかりの、純朴な少年です」
ミツキ
「強く、美しく、優しく、そして無知です」
ミツキ
「貴族社会のことなど、何も知らない」
ミツキ
「私と出会うまでは、奴隷など、昔話の存在だと思っていたのですよ?」
ミツキ
「そんな彼を、あなたたちがどう扱うのか、見させてもらいました」
ミツキ
「……失望しました」
ミツキ
「あなたたちは愚かで、あの方の幸せなど何も考えていない」
ミツキ
「ただ、自分たちの価値観を押し付けているだけ」
ミツキ
「あなたたちの自己満足で……私の恩人を傷つけないで下さい」
ミツキはエルに対し、一歩近付いた。
エル
「ぁ……」
殺意に近い重圧を感じ、エルはあとずさった。
背中の羽が、出入り口の扉を叩いた。
そのとき、洗面所の扉が開いた。
ヨーク
「じゃ~ん!」
室内の空気をかき消す陽気さで、礼服姿のヨークが現れた。
ヨーク
「どう? 似合う?」
ミツキ
「う~ん……」
ミツキは口元を緩めてから言った。
ミツキ
「72点といったところですかね」
ヨーク
「微妙すぎる……」
ミツキ
「嘘です。本当は73点ですよ」
ヨーク
「その嘘必要ある?」
ミツキ
「ヨーク。ネクタイもきちんと付けないといけませんよ」
ヨーク
「ああ。コレ? やっぱり付けないとダメか?」
ミツキ
「笑われますよ」
ヨーク
「そっか……」
ヨーク
「けど、どう付けるのが正解なんだ?」
ミツキ
「私が付けてさしあげましょう」
そう言って、ミツキはヨークからボウタイを受け取った。
ヨーク
「助かる」
ミツキは、ほんの数秒でボウタイを結んでみせた。
ミツキ
「はい。出来ましたよ。ヨーク」
ヨーク
「ありがと。手慣れてるな?」
ミツキ
「こんな事もあろうかと、特訓しておきました」
ヨーク
「特訓て。まあ、役に立ったけどさ」
ミツキ
「転ばぬ先の杖ですよ」
ミツキ
「それでですね。ヨーク」
ヨーク
「何?」
ミツキ
「この度のパーティ、私も出席してもよろしいでしょうか?」




