2の1の1(断章)「カナタとガイザーク」
少年は戦場に居た。
その日の敵は、人間ではなく地竜の軍勢だった。
カナタは中肉中背の、黒髪の美男子だった。
とても屈強には見えない。
だが、一振りの剣と共に、戦の最前線に立っていた。
人と竜が死ぬために生み出されたその場所で、カナタは傷一つ負わずに立っていた。
地竜A
「グワウッ!」
迫る地竜の頭部を、カナタは飛び越えた。
少しでも反応が遅れていれば、その身を食いちぎられていただろう。
だが、刹那の見切りは敵にこそ死地をもたらす。
致命のはずの一撃が、地竜に隙を作った。
それは死のひとときだった。
カナタ
「…………」
地竜の頭上から、カナタは剣を振った。
カナタの聖剣が地竜の首を刎ねた。
また一体、竜が死んだ。
そして、同胞の死に黙って涙するほど、地竜は軟弱では無い。
地竜B
「グルウウウウッ!」
地竜を仕留めた瞬間、カナタにも僅かな隙が出来ていた。
その隙へ、側面から別の地竜が飛び掛った。
カナタ
「…………!」
カナタは強い。
だが、不死身では無い。
定命の者だ。
迫りくる一撃に、カナタは負傷を覚悟して身構えた。
その時……。
ガイザーク
「フン!」
青肌の巨人が、その大剣が、地竜の頭を粉砕した。
カナタは無事に着地し、巨人の顔を見上げた。
巨人の身長は18メートルも有った。
その顔は彫りが深く、険しい。
カナタと同じ色の黒髪を、長く伸ばしていた。
首から下は、黒い全身鎧で覆われていた。
鎧にはところどころ、深い傷が入っていた。
カナタ
「ガイザーク……」
巨人はカナタを見下ろした。
二人の視線が重なった。
ガイザーク
「我のおかげで命拾いしたのう。カナタ」
カナタ
「この程度で死にはしない」
ガイザーク
「素直にありがとうと言ったらどうじゃ?」
カナタ
「物好きだな」
ガイザーク
「む?」
カナタ
「また前線に出てくるとは」
カナタ
「大将の……ましてや神のすることでは無い」
ガイザーク
「つまらんじゃろう。後ろにすっこんでおるだけでは」
カナタ
「敵を殺すのが楽しいか?」
ガイザーク
「悪いか?」
カナタ
「いや」
カナタ
「羨ましいかもしれんな」
カナタ
「どうすればそんな風になれる?」
カナタは表情を出さずに戦う。
だが、命を奪うことに対し、何も思わないわけでは無かった。
ガイザーク
「明日、自分が死ぬと思え」
ガイザーク
「生有る者には、必ず死が訪れる」
ガイザーク
「こうして敵を屠っている自分も、いつかは朽ちて果てる」
ガイザーク
「明日死ぬ自分が、今日死ぬ敵を送ってやる」
ガイザーク
「ただほんの少し、遅いか早いかの違いじゃ」
ガイザーク
「それまでの刹那を、ただ楽しむ」
ガイザーク
「我にとって、それが生きるということじゃ」
カナタ
「そうか」
カナタ
「戦士というのは、それくらいで良いのかもしれない」
カナタ
「どうにも俺は、余計なことを考えすぎるようだ」
二人は隙を晒して会話をしていたが、襲ってくる者は居なかった。
カナタ
「……地上の敵は片付いたようだな」
カナタは空を見上げた。
空では鉄巨人とドラゴンが戦っていた。
鉄巨人はカナタたちの味方だ。
ガイザークと同等の身長を持ち、ドラゴンよりも強い。
強固な装甲を持ち、ドラゴンのブレス以上の熱線を放つ。
カナタは連中のことを、ドラゴンを超える化け物だと認識していた。
数で劣るカナタたちが、優勢に戦えているのは、鉄巨人が理由と見て間違いは無かった。
だが、その力は無限では無い。
数には限りが有った。
鉄巨人を作った技術者の多くは、もうこの世には居ない。
鉄巨人が尽きるまでに、戦いを終わらせることが出来るのか。
カナタには分からなかった。
カナタに空を飛ぶ力は無い。
空の戦いに干渉することは出来なかった。
カナタ
「俺の剣ではあそこまでは届かない」
ガイザーク
「ふむ……」
ガイザークは少し思案する様子を見せた。
そして……。
ガイザーク
「はあっ!」
気合の入った掛け声と共に、ガイザークの体が輝いた。
光が消えた時、ガイザークはその姿を変じていた。
神であるガイザークは、その『幻体』を自在に変化させることが可能だった。
カナタ
「羽猫か」
ガイザーク
「虎じゃ」
ガイザークの姿は、羽が生えた大きな虎の姿をしていた。
ガイザーク
「我の背に乗れ。カナタ」
カナタ
「お前に?」
ガイザーク
「ヨーグラウとの決戦は、おそらく空での戦いとなるじゃろう」
ガイザーク
「その戦いを、地上で見ているだけで良いのか?」
ガイザーク
「一端の戦士なら、空でも見事に舞ってみせよ」
カナタ
「無茶を言う」
ガイザーク
「怖いのか?」
カナタ
「……乗ってやる」
ガイザーク
「うむ」
ガイザークの辞書に、安全という言葉は無い。
だが、カナタはガイザークのことが嫌いでは無かった。
カナタは跳んだ。
ガイザークの肩を、カナタのつま先が踏んだ。
ガイザーク
「方舟が墜とされた今、退くことは叶わん」
ガイザーク
「行くぞ。カナタ」
ガイザーク
「高い所まで飛ぶぞ」
ガイザーク
「共にヨーグラウを討とうぞ」
カナタ
「…………」
カナタ
「そうだな」
カナタは頷いた。
二人は高い所まで舞い上がっていった。
……。
同時刻。
リーン
「…………」
カナタたちが居るのとは、また別の戦場。
カナタの仲間であるリーンが、月狼族の軍と対峙していた。
カナタと同年代の少女だが、やはり、見た目に似合わない強さを持っていた。
リーンは地上から3メートルほどの位置に浮かび、敵軍を見下ろしていた。
月狼族の将
「撃てえっ!!!」
月狼の軍が、リーンに矢を放った。
リーンは手を上げた。
矢は魔術の障壁に叩き落された。
一本たりとも、リーンの肌を傷つけることは出来なかった。
炎のような赤髪をなびかせ、リーンは魔術を放った。
爆炎が月狼族の軍勢を襲った。
「ぐわああああっ!」
ある者は焼け、ある者は宙を舞った。
軽く放った一撃で、月狼の戦士は息絶えていった。
リーン
(退屈ね)
屈強なドラゴンの群れと違い、月狼族は明らかな格下だった
リーンは流れ作業のように、月狼族の戦士たちを屠っていった。
そのとき……。
リーン
「っ!?」
鋭い斬撃がリーンを襲った。
脚を裂かれた。
そう感じた瞬間、リーンは高度を上げた。
討手の二撃目が、空を裂いた。
咄嗟の判断によって、リーンは生きながらえた。
サーベル猫に乗った月狼族の女が、リーンを見上げているのが見えた。
自分にここまで近付くとは、よほどの猫に乗っているのか。
リーンは驚きと共に討手を眺めた。
カゲツ
「よくも……!」
カゲツ
「よくも我が同胞を……!」
リーンを睨む月狼族の女は、美しかった。
リーン
「……………………」
リーン
「綺麗」
カゲツの美貌を見て、リーンは呟いた。
月狼族の聴力が、小さな呟きを聞きつけた。
カゲツ
「侮辱するか……!」
カゲツの顔が憤怒に染まった。




