最終話「キミとその先へ」
エボン
「ボウズ! 飲んでるか~!?」
エボンが楽しげに、ヨークに近付いてきた。
その顔色は血色良く、右手には酒瓶が見えた。
ヨーク
「もう酔ってんのかよオッサン」
エボン
「あ? パーティってのは酒飲むところだろ?」
ヨーク
「エボンさんって酒飲みだったんだな」
エボン
「別にいつも酔っ払ってるわけじゃねえぜ?」
エボン
「けど、こういう祭りの時くらいはハメ外さねえとな」
ヨーク
「良いけど、ゲロ吐くなよ」
エボン
「任せとけっての。はっはっは」
エボンは近寄ってきた時と同様に、楽しげに去っていった。
……。
それからヨークは、パーティに参加した人々と交流した。
……楽しい時間はあっという間に終わった。
パーティは終了の時間となった。
主催者の義務として、ヨークは参加者たちを地上へ送り届けた。
そして会場に戻り、ミツキと後片付けをすることになった。
ヨークは呪文を使い、燃やせるゴミを処分していった。
ミツキはテーブルなどをスキルで『収納』していった。
やがて片付けは終わった。
迷宮は祭りの場では無くなり、元の姿を取り戻した。
ヨーク
「オーワッター」
全てが終わったヨークは、だらけた口調でミツキに話しかけた。
ミツキ
「暇な連中に、手伝わせても良かったのでは無いですか?」
ヨーク
「別に。他に仕事が有るわけでもねーしな」
ミツキ
「……そうですね」
ヨークの役目は終わった。
迷宮は踏破され、神も倒された。
彼の人生の目標は、もう無い。
ミツキ
「あなたはこれから……」
ヨーク
「ミツキさ」
ヨーク
「その首輪、いつまで付けてるんだ?」
新しい教えが公布され、第三種族は解放された。
彼女を奴隷にしておく理由は既に無い。
だというのにミツキは、ずっと首輪を身につけたままだった。
ミツキ
「別に……困るものでもありませんから」
ヨーク
「外してやるよ」
ヨークはそう言って、ミツキの首に手を伸ばした。
ミツキ
「ッ……!」
ミツキは全力でヨークから逃れた。
ヨーク
「おい……」
ミツキ
「その……」
ミツキ
「この首輪は、デザインが気に入っているのです」
ヨーク
「けどさ、奴隷の首輪だぞ」
ミツキ
「どうせ命令をしないのですから、はめていても変わらないでしょう?」
ヨーク
「変わってるな。おまえ」
ミツキ
「普通です」
ヨーク
「普通ですか」
ヨーク
「……それでさ、ミツキ」
ミツキ
「はい」
ヨーク
「約束、覚えてるか?」
ミツキ
「どの約束でしょうか?」
ヨーク
「聖女の試練で負けた方が、勝った方の言うことを聞くって」
ミツキ
「はい。もちろん覚えています」
ヨーク
「あれって俺の勝ちで良かったんだっけ?」
ミツキ
「以前、はっきりと明言させていただきましたよ」
ミツキ
「第三の試練で、私の仲間であるリーンさんが不正を行いました」
ミツキ
「ですから、勝負は私の反則負けです」
ヨーク
「だったらさ……」
ヨーク
「俺の願いを一つ聞いてくれるか?」
ミツキ
「よろこんで」
ヨーク
「……うん」
ヨークはポケットから、指輪を取り出した。
そしてそれを、ミツキの指にはめた。
ミツキ
「これは……!」
ミツキの目が見開かれた。
彼女は動けなくなり、ヨークの言葉を待った。
ヨーク
「ミツキ……俺と……」
ヨーク
「異世界に行って欲しい」
ミツキ
「はいっ!!!」
ミツキ
「…………………………………………」
ミツキ
「はい?」
ヨーク
「どっちなんだよ?」
ミツキ
「異世界とは?」
ヨーク
「こことは違う、別の神が創った世界だよ」
ミツキ
「そう簡単に行けるものなのですか?」
ヨーク
「ああ。神はみんな、異世界に渡る力を使えるらしい」
ヨーク
「ヨーグラウの力をコントロール出来る俺も、異世界に行けるってわけだ」
ミツキ
「……そうですか」
ヨーク
「この世界でやりたかったことは、やりきっちまったからな」
ヨーク
「異世界旅行だ」
ヨーク
「俺と一緒に新しい世界を見に行こうぜ」
ミツキ
「……はぁ」
ヨーク
「嫌だったか?」
ミツキ
「いえ。ですが……」
ミツキ
「この指輪は?」
ヨーク
「それは世界を渡るための指輪だ」
ヨーク
「ミツキには神の力が無いだろ?」
ヨーク
「俺とはぐれた時に、自力で元の世界に帰れるようにするための指輪だな」
ミツキ
「…………」
ミツキ
「そうですか」
ヨーク
「嫌かよ?」
ミツキ
「いえ。行きますよ」
ミツキ
「私はあなたの相棒ですからね」
ヨーク
「良かった」
ヨーク
「それと、もう一個いいか?」
ミツキ
「願い事は一つのはずですけど?」
ヨーク
「まあ聞けよ」
ヨーク
「俺の羽ってミツキの力で治せないか?」
ミツキ
「さあ?」
ミツキ
「私の力で治るのなら、ふだん触れている時に治っているのではないですかね?」
ヨーク
「そっか……。そうだよな……」
ミツキ
「ですが、いちど試してみましょうか」
ヨーク
「頼む」
ミツキ
「動かないで下さいね?」
ミツキはヨークのすぐ前に立った。
そして彼をしっかりと抱きしめた。
ヨーク
「ミツキ……!?」
ヨークはぎょっとした様子を見せた。
ミツキの甘い匂いが、ヨークの鼻をくすぐった。
ミツキ
「言ったでしょう。動かないで下さいと」
ヨークを抱いたミツキの手が、彼の肩甲骨の辺りに触れた。
ヨーク
「……ダメか」
ヨークの羽が再生される様子は無かった。
背中の羽は、ヨークの記憶にすら存在しないものだ。
失われたわけではなく、これが当然。
そう思っているから、再生されることは無いのかもしれない。
ヨークはそう考えた。
反応が無いとわかっても、ミツキはヨークから離れなかった。
ミツキ
「もう少しやってみましょう」
ミツキはヨークのことを想いながら、彼の背中をさすり続けた。
すると……。
ヨーク
「ぐうっ……!?」
ミツキ
「ヨーク……!?」
ヨーク
「だいじょうぶ……多分これ……」
ヨーク
「ぐあああああぁぁっ!」
ヨークの叫びと共に、黒翼が服を突き破った。
ヨークの背中に、立派な羽が出現していた。
ヨーク
「羽だ……」
ヨークは首を回し、背中の羽を見た。
ミツキ
「良かったですね」
ヨーク
「飛べるかな? これ」
そう言って、ヨークは翼を羽ばたかせた。
そして……。
……。
ミツキ
「忘れ物は無いですか? ヨーク」
ヨーク
「ああ。行くか」
早朝。
勤勉な王都の大人たちですら、まだ眠っている時間帯。
宿屋の前。
薄暗く人通りの少ない通りに、ヨークとミツキの姿が有った。
ヨークは前方に、手の平を向けた。
すると金属製の扉が、二人の前に出現した。
扉は最初から、大きく開かれていた。
踏み入れさえすれば、ヨークとミツキを異郷へと運ぶだろう。
ヨークは扉に向かい、はじめの一歩を踏み出そうとした。
そのとき……。
羽猫
「みゃあ」
一匹の猫が、ミツキに近付いてきた。
背中に羽が有る。
体長20センチほどの、羽猫の子供だった。
猫は背中の羽をはばたかせると、ミツキの頭にのっかってきた。
初対面であるはずのミツキに、猫はなぜか甘えていた。
ミツキ
「あ……」
ミツキの目から、突然に涙がこぼれた。
それを見たヨークは、慌ててミツキに声をかけた。
ヨーク
「ミツキ……!? どうした……!?」
ミツキ
「……分かりません」
ミツキ
「この子が可愛いからなのかもしれませんね」
ヨーク
「病気とかじゃ無いなら良いが……」
ヨーク
「しっかし、人懐っこいな。ミツキの知り合いの猫か?」
ミツキ
「いえ……」
ミツキ
「お母さんはどうしたのですか?」
羽猫
「みゃあ」
ヨーク
「そうかそうか」
ミツキ
「ヨーク。この子の言葉が分かるのですか?」
ヨーク
「さっぱり分からん」
ミツキ
「どうしましょうか」
ヨーク
「知り合いに預けてきたらどうだ?」
ミツキ
「……そうですね」
そのとき……。
羽猫
「みゃーお」
猫は飛び立ち、扉に入っていってしまった。
ミツキ
「あっ……」
ミツキ
「ヤンチャな子ですね」
ヨーク
「追いかけるか」
ミツキ
「はい」
ヨークとミツキは、異世界への扉に向き直った。
ヨークが一歩を踏み出した時、後ろから声が聞こえた。
聞きなれた声に、ヨークは振り返った。
ヨーク
「一緒に来るか?」
ヨークはそれだけ返すと、扉へと入って行った。
慌てた様子の足音が、ヨークの後に続いたのだった。
完走となります。
また何か長編を書きたいですが、今年の残りは充電期間に使おうかなと思っています。
最後までお読みいただきありがとうございました。




