7の32「人と神」
トルソーラ
「ふむ?」
トルソーラも再び抜刀術の構えを取った。
トルソーラ
「何か変わったようにも見えんが……」
トルソーラ
「おまえとも長い付き合いだ。最後まで付き合ってやるとしよう」
ヨーク
「ありがとよ」
ヨーク
「村雨」
エクストラマキナの手から、魔剣の鞘へと力が充填されていった。
そして……。
ヨーク
「『暴走強化』」
ヨークがそう唱えた瞬間、トルソーラの体を違和感が襲った。
トルソーラ
「くっ……!?」
危険を感じたトルソーラは、直感的に退路を求めた。
後ろへ。
安全な方へ。
だがそれよりも先に、ヨークは前へ詰めていた。
水の魔力と共に、ヨークは剣を抜き放った。
トルソーラ
「ぐうっ……!」
ヨークの剣先が、トルソーラの胸に触れた。
致命傷では無い。
ほんの浅い手傷だったが、神の体は確かに傷ついていた。
トルソーラは胸から血を流しながら、さらに後ろに下がった。
トルソーラ
「何をした……!?」
ヨーク
「分からねえか?」
ヨーク
「スキルを使ったんだ」
ヨークはそう明かしながらも、全ては語らなかった。
今はまだ、殺し合いの最中だ。
種明かしをする時では無い。
ヨーク
(俺の『敵強化』スキル。その発展系)
ヨーク
(『暴走強化』は敵の体に、理不尽な部位強化を繰り返す)
ヨーク
(無駄な強化を繰り返された体は、その機能を狂わせるってわけだ)
ヨーク
(弱い魔獣が相手なら、これだけで殺せることも有るんだがな)
ヨーク
(平然としてるのは、さすが神様ってところか)
トルソーラ
「ヨーグラウの力を拒んだおまえが、ガイザークの力に頼るのか……!?」
ヨーク
「そうは言うけどよ、俺はずっと『敵強化』の力で戦ってきたんだ」
ヨーク
「これが俺なんだよ」
ヨーク
「さあ、行くぜ」
ヨークはそう言うと、鞘に再び力を込めた。
ヨーグラウの力を開放せずとも、この男は脅威だ。
トルソーラはそれを認めざるをえなかった。
トルソーラ
「来るなぁっ!」
焦ったトルソーラは、術でヨークを追い払おうとした。
魔術の雨が、壁のようになってヨークを阻んだ。
ヨーク
「チッ……!」
ヨークは突進を諦め、横側へと魔術を回避した。
弾幕を前に、足だけで近付くのは難しい。
そう判断したヨークは、即座に呪文を唱えた。
ヨーク
「氷狼、百連」
ヨークの周囲に100頭の狼が出現した。
トルソーラ
「…………!?」
ヨークは出現させた狼の内の一体に飛び乗った。
狼が走り出した。
トルソーラ
(鋭い……!)
狼の走りが、トルソーラを驚かせた。
トルソーラ
(レベル1がどうして……!?)
ヨークの身体能力は、エクストラマキナによって底上げされている。
それは分かる。
だが、あれを装備したからといって、呪文までがここまでキレを増すものなのか。
あの機体の本領は、近接戦闘では無かったのか。
疑念を抱いたトルソーラは、ヨークのレベルを見た。
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ヨーク=ブラッドロード
クラス 暗黒騎士 レベル50329
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トルソーラ
「…………!?」
トルソーラ
(奴に何が起きた!?)
トルソーラ
(レベルを上げるには、魔獣を倒すか、魔石を……)
トルソーラ
(魔石……?)
トルソーラは思い出した。
今までの戦いの詳細を。
ミツキの魔弾銃が、赤い短剣を砕いたのを。
トルソーラ
(あの時……!)
トルソーラ
(だが……魔石が砕けたのなら、余にもEXPが流れてくるはず……)
膨大なEXPが体内に流れ込めば、感覚としてそれは分かる。
だがあの時のトルソーラは、そのような感覚は、いっさい感じてはいなかった。
トルソーラ
(どうして気付かなかった……!?)
神であるが故に、トルソーラは知らなかった。
EXPを人に奪われないための魔導器が作られていたということを。
迷宮内での揉め事を減らすためだけに生み出された、人々の小さな知恵を。
……ヨークの剣がトルソーラに迫った。
このままではまずい。
目の前の男を、無力化しなくてはならない。
トルソーラは神の力を行使しようとした。
トルソーラ
「『収だ……』」
ヨーク
「遅ぇ……!」
魔導抜刀が為った。
トルソーラがヨークの力を奪うより先に、ヨークの剣がトルソーラの胸を裂いた。
トルソーラ
「あ……」
致命傷だ。
それを悟ったトルソーラが、短く声を漏らした。
ヨーク
「おまけだ」
ヨークはトルソーラの頬に、拳を叩き込んだ。
神は殴り倒され、地面に転がった。
トルソーラ
「…………」
トルソーラ
「最後の一発は必要だったのか?」
トルソーラがヨークを見上げて尋ねた。
するとヨークは、握りこぶしを作ったままで答えた。
ヨーク
「一発ぶん殴るって決めてたんだ。悪いな」
トルソーラ
「……そうか」
トルソーラ
「余の負けか」
ヨーク
「…………」
ヨーク
「なあ。神さま」
トルソーラ
「何だ? ヨーグラウ」
ヨーク
「そんなに魔族が憎かったのか?」
ヨーク
「皆殺しにしなきゃいけないほど、憎かったのかよ?」
トルソーラ
「憎しみは無い」
トルソーラ
「ただ、眠れなかった」
ヨーク
「眠り?」
トルソーラ
「ヨーグラウから大地を得るため、余は眠りを削って戦った」
トルソーラ
「そして勝利した」
トルソーラ
「だが、ヨーグラウが倒れても、ガイザークが残っている」
トルソーラ
「余が油断すれば、魔族が余の子供たちを虐げるのでは無いか……」
トルソーラ
「そんなふうに思ってしまった」
トルソーラ
「確証が有ったわけでは無い」
トルソーラ
「だが、疑念を拭い去ることは出来なかった」
トルソーラ
「自分自身が奪う者であるのに、他者を心から信じることなど、できるはずも無い」
トルソーラ
「人族がこの世の覇権を得ぬ限り、余は安心して眠ることが出来ない」
トルソーラ
「眠りの浅さが、さらなる焦燥と疑念を呼び起こす」
トルソーラ
「心を焦げ付かせながら、魔族の動向に目を光らせる」
トルソーラ
「余はそんな存在に成り果ててしまった」
ヨーク
「親バカだな」
トルソーラ
「かもしれん」
トルソーラ
「だが、誰だって自分の子が一番可愛い」
トルソーラ
「親とはそういうものだろう?」
ヨーク
「親じゃねえから分かんねーわ」
トルソーラ
「そうか」
トルソーラ
「本当に……ヨーグラウでは無いのだな。おまえは」
相手が神ヨーグラウであれば、子を想う気持ちを分かち合えるはずだ。
だがヨークはヨーグラウでは無い。
魂は同じでも、決定的に別の存在だ。
トルソーラはその事実を、ようやく飲み込めたようだった。
ヨーク
「そう言ってんだろ?」
トルソーラ
「余の魂も……余では無い何者かになるということか」
ヨーク
「おまえの行く先は決まってる」
ヨーク
「赤肌でがんばり屋の女の子だ」
トルソーラ
「リーンが産んだ子供か」
ヨーク
「ああ」
トルソーラ
「余には、リーンから転生の術を受けた後の記憶が無い」
トルソーラ
「結局、うまく行かなかったというわけだ。何もかも」
ヨーク
「失敗作扱いすんなよ。あいつを」
トルソーラ
「フッ……」
トルソーラ
「来世では仲良くしてやってくれ」
ヨーク
「気が向いたらな」
トルソーラ
「ああ」
トルソーラ
「…………」
トルソーラ
「ヨーク=ブラッドロード。人族をどうする?」
ヨーク
「何も」
トルソーラ
「そうか」
トルソーラ
「妙だな……。どうしてだかおまえの言葉を、やけにすんなりと信じられる」
トルソーラ
「……後の事を頼む」
ヨーク
「何もしないっての」
トルソーラ
「それで十分だ」
トルソーラ
「それと……ガイザークのアホを……」
ヨーク
「分かってる」
トルソーラ
「ありがとう」
トルソーラ
「……余はおそらく、あと三分ていど生きられる」
トルソーラはそう言って上体を起こした。
そして手中にカードを出現させた。
トルソーラ
「最期に一勝負しないか?」
ヨーク
「ルールは?」
トルソーラ
「セブンカード。分かるか?」
ヨーク
「ああ」
トルソーラは、慣れた手つきでカードを配った。
ヨークは配られた手札を見た。
あまり良い手だとは言えなかった。
ヨーク
「五枚チェンジ」
トルソーラ
「三枚チェンジだ」
お互いが手札を交換した。
トルソーラ
「オープン」
トルソーラ
「フォーソードだ」
ヨーク
「ファイブカップ」
僅差だが、ゲームはヨークの勝利に終わった。
トルソーラ
「……カードでも勝てんか」
トルソーラは苦笑した。
ヨーク
「こんなのはただの運試しさ」
トルソーラ
「だが、人事を尽くした果てには、天運を備えた者が勝つ。そうだろう?」
ヨーク
「かもな」
ヨーク
「もう一勝負するか?」
トルソーラ
「いや。十分だ」
トルソーラは、床に座り込んだまま目を閉じた。
トルソーラ
「不思議と穏やかな心地だ」
トルソーラ
「焦りも恐れも無い」
トルソーラ
「まるで何年も、優しい揺り籠で眠っていたかのような……」
トルソーラ
「…………………………………………」
それきりトルソーラは動かなくなった。
トルソーラの体から、輝く球体が溢れた。
それは何かに呼ばれるように、世界樹へと沈んでいった。
神トルソーラの最期だった。
ヨーク
「……居なくなった」
ヨーク
「さっきまで……カードで遊んでたのにな……」
ミツキ
「……ヨーク」
ミツキはヨークに歩み寄った。
そして手を伸ばし、彼をそっと抱き寄せた。
……。
世界樹の迷宮。
赤肌の一族の村。
民家の一室、椅子の上で、少女は目を開いた。
クリーン
「…………」
クリーン
「おばあちゃん?」
クリーンが目覚めた時、リーンは彼女のすぐ前に立っていた。
リーン
「…………」
リーンはクリーンを抱きしめた。
リーン
「……あのね。クリーン……」
リーン
「実は私ね……」
リーン
「あなたのお母さんなの」
クリーン
「そうなのですか?」
リーン
「うん……」
クリーン
「お母さん?」
リーン
「うん……」
クリーン
「お母さん」
リーン
「うん……」
……。
ヨークはリーンたちと合流すると、大神殿へと戻った。
大神殿ではおおぜいの神殿騎士が、武器を持って待ち構えていた。
リドカイン
「ノコノコと来やがったか……」
ミツキ
「数を揃えたら、ヨークに勝てると思ったのですか?」
リドカイン
「……知るか」
リドカイン
「けど、このまま通すわけにも行くかよ」
リーン
「下がりなさい」
リーンがそう命じた。
リーンはトルソーラ直属の部下だった。
おかげで大神殿においても、大きな影響力を有していた。
トトノール
「大賢者様……! ですが……!」
リーン
「我らが崇める神、トルソーラ様は身罷られました」
リーン
「そして今、その貴き魂は、我が娘であるクリーンに宿っています」
クリーン
「えっ?」
リーン
「彼女が世界樹の後継者、この世界の新たなる神です」
リーン
「そして彼女は人族と魔族、そして第三の種族が争うことを望んではいません」
リーン
「これ以上の諍いを望む者は、神の意に逆らう者であると心得なさい」
リーンは圧を放った。
それは神の力では無いが、平凡な神殿騎士たちには、神の威光に等しく感じられた。
神殿騎士
「あぁ……」
神殿騎士たちは武器を取り落とし、戦意を失っていった。
騎士たちはクリーンにひれ伏した。
戦うまでも無く、全てが決着していた。
クリーン
「????????」
ヨーク
「……ニトロさんは?」
ヨークは自分たちを待ち構えていた面々の中に、ニトロの姿が無いことに気付いた。
サッツル
「禁忌を犯した者として、牢に捕らえてあります」
リーン
「禁忌を咎めるのは、この時までです」
リーン
「神はもう、第三種族を虐げることを望んではおられません」
リーン
「大神殿の名をもって、第三種族の解放を宣言して下さい」
サッツル
「権力者の反発を招くと思われますが……」
リーン
「神に背きたいと言うのであれば、好きにさせれば良いでしょう」
サッツル
「……承知しました」
その日から、大神殿は第三種族の解放をうたうことになった。
急激な教えの転換は、多少の社会的動揺をもたらした。
だが、神の威光に正面から逆らおうとする者は、そう多くは無かった。




