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7の31の2「怨嗟と猫舌」



ミツキ

「運命を書き換える……? どういうことですか?」


トルソーラ

「悪いが、おまえと問答している場合では無い」


トルソーラ

「ヨーグラウを倒さぬ限り、奴の体からは、邪悪な怨嗟が流れ続ける」


トルソーラ

「このままでは、ヨーグラウの怨嗟で、世界樹が腐り落ちる」


トルソーラ

「そうなれば、人々の魂が行き場を失う。世界の破滅だ」


トルソーラ

「一刻も早く、術を完成させねば……」



 トルソーラの周囲で、強い力が渦巻いていた。


 彼の真剣な表情は、とても口を挟んで良いような雰囲気では無かった。


 だがそれでも、ミツキは彼に問いかけた。



ミツキ

「良いから答えて下さい!」


トルソーラ

「む……」



 術の構築を続けたまま、トルソーラはしぶしぶと口を開いた。



トルソーラ

「余は世界樹のあるじとしての権能で、運命に干渉する力を、人に授けることが出来る」


トルソーラ

「自分自身のためには使えず、世界の危機を救うためという、条件付きだが」


ミツキ

「それって……まさか……」


ミツキ

「あの日記帳は……あなたの力で……!?」




 ……。




 ある日、少年の村が、巨大なスライムに滅ぼされた。


 もっと自分に力が有れば。


 そう思い、少年は鳴いた。


 ある日、少年は、黒鎧の戦士に敗れた。


 あの壁を、破ることさえ出来れば。


 そう思い、少年は鳴いた。


 ある日、少年の大切な人が、吸血鬼に殺された。


 この手枷さえ無かったら。


 そう思い、少年は鳴いた。


 邪龍の鳴き声が、世界にこだました。


 少年の中身は、邪龍の怨嗟で満ちていた。


 少年は産まれながらにして、世界に対する呪いだった。


 邪龍からこぼれた黒い怨嗟が、世界を埋め尽くしていった。


 神は人々を護るため、少年を救おうとした。


 神は村を救うため、少年に魔術の杖を与えた。


 少年は杖を用い、無事にスライムを討ち果たした。


 村は救われたが、世界は救われなかった。


 神は黒鎧の戦士を倒すため、一本のナイフを少年に与えた。


 そのナイフは、ハーフの少女の発明品だった。


 少年はナイフを用い、黒鎧の戦士を討ち果たした。


 ハーフの少女は救われず、世界も救われなかった。


 神は吸血鬼を倒すため、少年に魔弾銃を与えた。


 それはありふれたモノだったが、手枷を壊すには十分だった。


 吸血鬼は倒され、月狼族の少女も救われた。


 だが……。


 他ならぬ神自身のせいで、少女は命を落とすことになった。


 結局、世界は救われなかった。


 神は神を倒すため、少女に日記を与えた。


 そして、世界は……。




 ……。




トルソーラ

「日記……? 何を言っている?」


ミツキ

「……運命の改変は、これで最初では無いということです」


トルソーラ

「確かか?」


ミツキ

「別に、嘘だと思ってもらっても構いませんけど」


トルソーラ

「……何にせよ、急場をしのぐ必要が有る」


トルソーラ

「おまえに余の力を預ける。なんとかしてみせろ」


ミツキ

「……いえ」


ミツキ

「私は今を、諦めたくはありません」



 そう言って、ミツキは前に出た。



トルソーラ

「何か作戦でも有るのか……?」


ミツキ

「そんな立派なモノは有りませんけどね。ただ……」



 言葉を断ち切って、ミツキは地面を強く蹴った。


 そして。



ミツキ

「いい加減に目を覚ましてくださいっ!」



 ミツキのドロップキックが、ヨークの頭部に直撃した。



ヨーク

「ガウッ!?」



 ヨークは白龍の兜を砕かれ、吹き飛ばされた。



ヨーク

「ガウウ……!」



 ヨークはしりもちをつき、黒い怨嗟に下半身が埋まった状態で、ミツキを睨みつけた。


 兜を失くした顔は傷だらけで、両目からは、黒い血涙が流れていた。


 一方、彼と向かい合うミツキの脚は、黒い怨嗟に浸かっていた。



トルソーラ

「馬鹿な……!」



 ミツキの無謀を見て、トルソーラは思わず声を漏らした。


 怨嗟は生命を蝕む。


 ミツキの脚からじゅうじゅうと、何かが焼けるような煙が出ていた。


 ミツキはそのまま、ヨークの正面に歩いた。


 そして膝をつき、下半身を怨嗟へと埋めていった。


 ミツキから上がる煙が、激しさを増した。


 激痛が走っているはずだ。


 だが、それを気にした様子も無く、ミツキはヨークに話しかけた。



ミツキ

「ヨーク……」


ミツキ

「こんなこと、あなたには似合いませんよ」


ミツキ

「らしくない事は止めましょうよ」



 ミツキはそう言って、ヨークへと手を伸ばした。


 ミツキの両手が、ヨークの頬を挟み込んだ。


 ミツキはヨークの頭を引き寄せようとした。


 それと同時に、ミツキは自身の顔を、ヨークへと寄せていった。


 お互いの息が、触れ合うほどの距離にまで来た。


 ミツキは唇の間から、舌先を伸ばした。


 ぺろりと。


 ミツキの舌が、ヨークの顔の傷に触れた。


 それからミツキは、自身の顔を少しだけ下げた。


 そしてヨークの唇に、自身の唇を合わせた。


 そのとき。


 ヨークの脳裏に、見覚えの無いはずの記憶がよぎった。




 ……。




ヨーグラウ

「そこに……一族を逃がすと良い」


カゲツ

「感謝します」



 カゲツの剣によって、ヨーグラウの首が落ちた。


 首が落ちても、ヨーグラウには、しばしの時間が残されていた。


 ヨーグラウはすぐに訪れるであろう死を待って、目を閉じた。



ヨーグラウ

(十分だ……)


ヨーグラウ

(俺は……十分に憎めている……)


ヨーグラウ

(この気持ちを……来世に持っていけるはずだ……)



 だが、そのとき。


 頬に温かいものを感じて、ヨーグラウは目を開いた。



サーベル猫

「みゃあ」



 猫の声が聞こえた。


 ヨーグラウは、声の方を見た。


 猫がぺろぺろと、傷だらけのヨーグラウを舐めているのが見えた。



ヨーグラウ

(癒さないでくれ)



 もはやヨーグラウには、言葉を発することもできない。


 だから心のなかで願った。



ヨーグラウ

(この怨嗟を薄めるような真似は、しないでくれ)


ヨーグラウ

(俺の復讐にそんなものは不要だ。止めてくれ。だが……)


ヨーグラウ

(とても……温かいな……)



 一抹の救いを感じながら、ヨーグラウの命は終わった。


 ヨーグラウの魂が旅立っていった。



カゲツ

「行くぞ。ニルヴァーナ」


サーベル猫/ニルヴァーナ

「みゃあ」




 ……。




 そして今。



___________________________




ユニークスキル 癒し手


 効果 触れた相手の傷病や呪いを回復させる


  追加効果1 相手への思いやりにより効果上昇


  追加効果2 舌で触れることにより効果上昇



___________________________




ヨーク

「あ……?」



 ヨークの血涙が止まった。


 顔の傷が塞がった。


 地にこぼれた黒い怨嗟が蒸発していった。


 辺りが静まると、ミツキはヨークから顔を離した。



ミツキ

「ヨーク。目が覚めましたか?」


ヨーク

「猫……?」



 ぼんやりと、ヨークはそう呟いた。



ミツキ

「猫がどうかしましたか?」


ヨーク

「あ……いや……」


ヨーク

「悪い。ちょっと寝惚けてたみたいだ」


ミツキ

「まったく。まだ戦闘中ですよ?」


ヨーク

「悪いって言ってるだろ?」


ヨーク

(まったく、敵わねえよなあ……)



 ヨークは苦笑しながら立ち上がった。


 そしてトルソーラを睨みつけた。



ヨーク

「なあ神様」


ヨーク

「ミツキのことを好き勝手言ってくれたな。凡庸だの何だのと」


ヨーク

「何も知らねえくせに、デタラメ言ってんじゃねえぞ。このドメ○ラが」


トルソーラ

「怨嗟を祓ったというのか。その女が」


トルソーラ

「世界を破滅に導きうるほどに高まった、神魂の怨嗟を、たやすく……」


ヨーク

「良い女だろう?」


トルソーラ

「かもしれんな」



 トルソーラはヨークを注視した。


 ヨークの体から、白いオーラが立ち上っていた。


 それは人の域を超えた、神の闘気だった。


 怨嗟は去り、神魂の力はヨークのコントロール下に有った。


 この力が有れば、トルソーラを倒せるのだろう。


 ヨークはそう考えた。



ヨーク

「ちょっと引っ込んでろよ」



 ヨークは白い力を抑えつけた。


 少しずつ、ヨークから放たれる闘気が減少していった。


 やがて闘気は消えた。


 ヨークが放つプレッシャーは、人間のそれに戻っていた。



トルソーラ

「何のつもりだ?」


トルソーラ

「せっかく余を倒せるだけの力を取り戻したというのに」


トルソーラ

「どうしてその機会を、棒に振ろうというのだ?」


ヨーク

「ヨーグラウの力でおまえをぶっ飛ばして、それでめでたしめでたしか?」


ヨーク

「積年の恨みを叩きつけて、そんだけで全部終わりかよ」


ヨーク

「それってさ……」


ヨーク

「俺はどこに居るんだ? ミツキは?」


ヨーク

「ヨーク=ブラッドロードはどこに居るんだよ」


ヨーク

「俺は俺の意思で、おまえをぶっ倒しに来たんだ」


ヨーク

「おまえが俺の仲間を傷つけたから、ぶん殴りに来たんだ」


ヨーク

「くだらねえんだよ。大昔の恨み言なんざ」


トルソーラ

「大した矜持だな。だが、どうする?」


トルソーラ

「おまえは余に敗れた。どう足掻いてもその事実は変わらん」


トルソーラ

「再戦を望む不遜は許してやろう」


トルソーラ

「だが、ヨーグラウの神威無しに、どうするというのだ?」


ヨーク

(……俺にとって、一番大切なのはミツキだ)


ヨーク

(ミツキを守るためなら、ヨーグラウの力に頼っても良い。だけど……)


ヨーク

「まだだ」



 ヨークは魔導抜刀の構えを取った。



ヨーク

「まだ俺は……」


ヨーク

「ヨーク=ブラッドロードは、全部を見せちゃいねえ」



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