7の28「神と対面」
リーンはクリーンと別れ、ザックスの家に向かった。
そして家の応接間で、彼と二人きりになった。
リーン
「何かしら? 話というのは」
ザックス
「クローン=リーンの話です」
リーン
「…………」
ザックス
「あのクローンには、トルソーラさまの魂が宿っているという話でしたな?」
リーン
「ええ」
ザックス
「いつ目覚めるのですか。トルソーラさまの心は、力は」
リーン
「そんなの、分からないわ」
ザックス
「……本当は、目覚めないのではないですか?」
ザックス
「我々に宿る魂も、多くは何者かの魂が輪廻したものであるはず」
ザックス
「ですが、前世の記憶に目覚めたという話は、聞いたことがありません」
ザックス
「術は失敗だったのでは無いのですか?」
ザックス
「人は……神ですら、魂だけでは個足りえないのでは?」
ザックス
「神の肉体を失ったトルソーラさまは、トルソーラさまではありえないのではないですか?」
リーン
「まだ……分からないわ」
リーン
「結論を出すには早すぎる」
ザックス
「本当にそうお考えですか?」
リーン
「何よ?」
ザックス
「よもや、娘に情が移ったのでは無いでしょうね?」
リーン
「まさか」
リーン
「愛する人との娘ならともかく、彼女はただのクローンよ?」
リーン
「母親としての感情なんて抱くわけが無いでしょう?」
ザックス
「……そうですか」
ザックス
「ならば娘の見極めには、どれだけの期間が必要だとお考えですか?」
リーン
「それは……」
リーン
「せめて……人として一人前になるまでは……」
リーン
「16歳、成人になるまでは、待った方が良いんじゃないかしら?」
ザックス
「なるほど。分かりました」
ザックス
「16歳になっても神として目覚めなければ、魂を元の肉体に返す」
ザックス
「そういうことでよろしいですかな?」
リーン
「……待って」
リーン
「私たちの目的は、ガイザークを倒すことでしょう?」
リーン
「神の記憶が無くても、ガイザークに届くだけの力が有れば良い。そうでしょう?」
ザックス
「確かに」
ザックス
「それでは、さっそくクローンに聖水を飲ませることにしましょう」
ザックス
「それで戦士としての適正は測れる」
リーン
「聖水は、成人式の日に飲ませるのが決まりでしょう?」
ザックス
「大事の前に細かい決まりなど、放っておけば良いと思いますが」
リーン
「焦らないの。急いては事を仕損じる、よ」
ザックス
「分かりました」
リーンとクリーン、親子の日々が過ぎていった。
それは、特に大きな事件などは起こらない、ゆったりとした毎日だった。
それでも時は、刻一刻と過ぎていった。
クリーンはすくすくと育っていった。
やがて成人式の日がやってきた。
赤肌の民の村にも、小さな神殿が有った。
クリーンはそこで村の子たちと一緒に、スキルを授かることになった。
彼女は祭壇の前に立ち、用意された聖水を飲んだ。
祭壇の向こう側には、ザックスの姿が有った。
この村は、外界からは隔絶している。
まともな神官が派遣されることもなかった。
それで村の年長者が、神官の真似事をしているのだった。
ザックス
「ふむ……」
ザックスが、祭壇に置かれた水晶を覗き込んでいた。
スキル判定のための魔導器だった。
水晶に表示されたクリーンのスキルを、ザックスの目が読み取った。
ザックス
「クリーンのスキルは『聖域』のようだな」
クリーン
「『聖域』?」
「何それ?」
「聞いたことない」
「強いの?」
聞き覚えの無いスキルに、村の子供たちが、次々と疑問符を発した。
リーン
「落ち着きなさい」
リーン
「クリーン。あなたはどうやらレアスキルを授かったようね」
リーン
「スキルの効果は私が調べておくから、今日はもう遊びに行っても良いわよ」
クリーン
「……分かりました」
「行こう。クリーンちゃん」
クリーンは、同年代の友人に連れられて、神殿を出て行った。
他の大人たちも神殿を去った。
神殿には、リーンとザックスの二人が残された。
リーン
「…………」
リーンは硬い表情で、ザックスと向かい合った。
ザックス
「決まりですな」
ザックス
「『聖域』は魔獣の力を弱める、最も戦士に向かないスキル」
ザックス
「失われた聖剣の代わりになるはずも無い」
ザックス
「それに、クローンの気性も、戦いには向いていない」
ザックス
「クローンに宿った魂をトルソーラさまに返し、次の神託を待ちましょう」
リーン
「……待って」
ザックス
「何ですかな?」
リーン
「クリーンが『聖域』を授かったのには、何か意味が有るのかもしれない」
リーン
「丁度、次の聖女を決める時期が来ている」
リーン
「あの子に聖女の試練を受けさせてみてはどうかしら?」
リーン
「試練を通して彼女の力が覚醒するかもしれない」
ザックス
「賢明とは思えませんな」
ザックス
「ですが、良いでしょう」
ザックス
「試練が終わるまでに、心の整理をつけておいて下さい」
リーン
「整理?」
ザックス
「いえ。何でも」
……。
リーンはヨークたちの前で、昔話を終えた。
リーン
「結局……整理などついていなかったというわけね。私は」
リーン
「ヨーク。あなたにクリーンをさらって欲しかった」
リーン
「あの子をどこか遠い世界まで、連れて行って欲しかった」
リーン
「けど、うまく行かないものね」
リーン
「クリーン……」
リーンはクリーンの頬を撫でた。
クリーンは、虚ろな目をしていた。
その顔色には生気が無い。
死が近付いているということか。
ヨーク
「諦めてんじゃねえぞ」
リーン
「え……?」
ヨーク
「まだクリーンの肉体は生きてる」
ヨーク
「トルソーラから魂を取り戻せば、クリーンは生きられる。そうだろう?」
リーン
「……そうね」
リーン
「この子とトルソーラさまは、世界樹をパスとして繋がっている」
リーン
「トルソーラさまが死ねば、魂はクリーンに戻ってくるわ」
リーン
「だけど……」
ヨーク
「だけどもクソもねえ」
ヨーク
「やることが分かってるなら、やるだけだ」
ザックス
「愚かな」
ザックス
「神に敵うはずが無い」
ヨーク
「あっそ」
ヨーク
「行くぞ。ミツキ」
ミツキ
「はい」
二人はリーンの家を出た。
そして村を出て、迷宮の16層へと駆けていった。
……。
そして世界樹の頂上。
ヨークとミツキの前で、巨人が椅子に腰かけていた。
ミツキ
「…………」
ヨーク
「よう。トルソーラ」
ヨークは巨人に声をかけた。
トルソーラ
「……?」
クリーンの魂を持っているとはいえ、トルソーラにとって、ヨークは初対面の相手だ。
見知らぬ闖入者を前に、トルソーラは疑問符を浮かべてみせた。
ヨーク
「俺が分からねえか?」
ヨーク
「クリーンだった時のこと、何も覚えちゃいねえのか?」
トルソーラ
「クリーン? 何だそれは?」
ヨーク
「……そうかよ」
ヨーク
「確認しとくが、おまえの目的は魔族を殺すこと。そうだな?」
トルソーラ
「神を快楽殺人者のように言うな」
トルソーラ
「余の目的は、人族だけが暮らす楽土を築くこと」
トルソーラ
「魔族の抹殺は、その手段に過ぎぬ」
ヨーク
「もうちょっと、仲良くできねーモンかね」
トルソーラ
「そこに命が有る限り、収奪は発生する」
トルソーラ
「生命というものが持って産まれたカルマ、自然の摂理だ」
トルソーラ
「余はそれを、神の尺度でやろうとしているというだけの話だ」
ヨーク
「収奪……ねえ」
ヨーク
「たしかに生き物ってのは、何かを食いつぶさないと生きてはいけないんだろうさ」
ヨーク
「けど、人間同士くらい対等じゃねえと、据わりが悪いぜ。俺は」
トルソーラ
「それはおまえが収奪に無自覚なだけだ」
トルソーラ
「おまえのように美しい者が、凡人と対等であるはずが無い」
トルソーラ
「いつかどこかで、必ず人を踏み台にする」
ヨーク
「そういうもんか?」
トルソーラ
「そうだろう?」
ヨーク
「なるほど?」
ヨーク
「結局、魔族の抹殺を止めるつもりは無いってことだな」
トルソーラ
「無論」
ヨーク
「仕方ねえな。クリーンの為でもあるし」
ヨーク
「本当は、人殺しとか趣味じゃねえんだけどよ」
ヨーク
「おまえを殺しに来たぜ。神様」
トルソーラ
「……………………」
トルソーラ
「何だ貴様は?」
トルソーラ
「阿呆……なのか?」
ヨーク
「何がおかしい?」
トルソーラ
「神である余を殺すなどと、正気の沙汰とは思えん」
ヨーク
「えらっそうに」
ヨーク
「神がそんなに偉いのかよ」
トルソーラ
「当然のことをわざわざ……。真性の狂人か?」
ヨーク
「てめぇだって、俺を使って迷宮の神を殺すつもりだったんだろうが」
ヨーク
「人が神を殺して何が悪い」
トルソーラ
「ガイザークを? おまえが?」
トルソーラ
「ふむ……。カナタに匹敵する剣士が生まれたということか」
トルソーラ
「だが、どうして余の目的を知っている?」
ヨーク
「さて、スキルの力かな?」
トルソーラ
「ふむ……?」
トルソーラ
「おまえは混血のようだが、魔族の刺客というわけか」
トルソーラ
「だが……刺客を通すとは……」
トルソーラ
「リーンたちは何をやっている?」
ヨーク
「腰痛がつらいんだろうさ。おばあちゃんだからな」
トルソーラ
「なるほど。若作りだが、あれもいい年だからな」
トルソーラ
「少し休みを取らせた方が良いかもしれんな」
ヨーク
「そうしてやれ。さあ、やろうぜ」
トルソーラ
「……不遜な」




