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7の25「クリーンと故郷の村」



ニトロ

「これくらいかな。私が君にした仕打ちというのは」



 ニトロは過去を語り終えた。


 ヨークの父を手にかけ、母を連れ去ったことを。



ヨーク

「…………」



 両親の結末を知らされたにしては、ヨークの表情は平静だった。


 むしろ動揺を見せたのは、ニトロの仲間の神殿騎士たちだった。



リドカイン

「おい……!」



 焦りと怒りが混じったような顔で、リドカインはニトロを睨んだ。


 ニトロはリドカインに、活力の無い笑みを返した。


 そしてこう尋ねた。



ニトロ

「何かな?」


リドカイン

「何って……分かってんのかよ!?」


リドカイン

「テメェは今……禁忌を犯したって言ったんだぞ!」


リドカイン

「よりにもよって、神殿騎士の俺たちの前で!」



 第三種族との間に子を作ることは、王国において最大級の禁忌だ。


 よりにもよって、皆の規範となるべき大神官が、その罪を犯すとは。


 到底許されることでは無い。


 そんな罪を告白した直後だと言うのに、ニトロの様子は平穏そのものだった。



ニトロ

「うん。そうだね」


リドカイン

「そうだねって……」


トトノール

「不潔……不潔です……」



 聖女トトノールは、ニトロへの軽蔑を隠さなかった。


 神に仕える者として当然の反応だろう。



サッツル

「どうして……!?」



 ニトロを慕うサッツルは、怒るよりも戸惑っている様子だった。


 そんな彼らに対し、ニトロは自身の胸の内を語った。



ニトロ

「頃合だと思っただけさ」


ニトロ

「サレンは私には勿体ないくらいに立派な娘に育った。私は親としての役目を果たした」


ニトロ

「そして少年。キミが来た」


ニトロ

「デレーナという怪物を上回る強さを身に付けて、私の前に現れた」


ニトロ

「キミは私にとってのゴールだ」


ニトロ

「さあ、終わりにしようか」



 ニトロは抜刀し、剣先をヨークに向けた。


 そしてリドカインたちに声をかけた。



ニトロ

「私を罰するのは、目の前の敵を除いた後にすると良い」


ニトロ

「その時に、私が生き残っていればだけどね」


リドカイン

「てめぇ……!」



 神殿騎士たちは武器を構え、ヨークに殺意を向けた。



ヨーク

「悪いけどよ……」



 神殿騎士たちの視界から、フッとヨークの姿が消えた。



ニトロ

「ぐっ……!」


リドカイン

「が……あ……」


サッツル

「うぅ……」


トトノール

「くうっ……!」



 鈍い痛みを受けて、神殿騎士たちは倒れていった。


 痛みの正体は、ヨークの打撃だった。


 実力に差が有りすぎる。


 彼らは攻撃の正体を掴むことなく、あっさりと無力化されてしまった。


 致命傷を負った者は、一人として居ない。


 今のヨークにとっては、殺さずに相手を無力化するのも、実にたやすい事だった。



ヨーク

「俺はアンタのゴールなんかじゃねえよ。ニトロさん」


ニトロ

「どうして……?」



 どうして自分を殺さないのか。


 ニトロはヨークにそう問いかけた。


 それに対するヨークの答えはシンプルだった。



ヨーク

「……嫌いなんだよ。人殺すの」


ヨーク

「急いでんだ。先に行かせてもらうぜ」


ニトロ

「待っ……」



 倒れた神殿騎士たちの間を抜け、ヨークとミツキは転移陣に入った。


 そして陣を起動させ、室内から姿を消した。


 ニトロは人生のゴールを得ることができず、置き去りにされてしまった。


 神殿騎士に構っている暇など、今のヨークには無い。



ヨーク

「急ぐぞ」


ミツキ

「はい」



 世界樹の迷宮に転移した二人は、上を目指して走り始めた。




 ……。




クリーン

「あの……」



 クリーンは自宅に居た。


 田舎にしては立派というくらいの、素朴な木造の家だ。


 彼女は自宅の一室で、椅子の上で縛られていた。


 通常の縄では、彼女相手に役には立たない。


 頑丈な鎖が、クリーンの体に巻きついていた。


 そして、クリーンの足元には、魔法陣が描かれていた。


 それが何を意味するものなのか、クリーンにはわからなかった。



リーン

「…………」



 室内には、他にリーンの姿が有った。



クリーン

「結局、何のつもりなのですか? おばあちゃん」



 クリーンは、穏やかにそう問いかけた。


 目の前の人物が自分を害するとは、毛ほども思っていないのだった。


 クリーンの問いに対し、リーンは冷たい表情を作った。


 そしてこう言った。



リーン

「私はあなたのおばあちゃんなどでは無いわ」


クリーン

「何を言っているのですか? おばあちゃんはおばあちゃんなのです」


リーン

「違うのよ」


クリーン

「…………?」


リーン

「あなたに両親など居ない。だから祖父母も居ない」


リーン

「あなたはただ、神の目的のために創られた存在」


リーン

「あなたは私の複製。ただのクローン」


リーン

「出来損ないの器」


リーン

「クローン=リーン=ノンシルド」


リーン

「それがあなたの正体よ」


クリーン

「……何を言っているのか分からないのです」


リーン

「……分かりやすく教えてあげる」


リーン

「もし時間までにヨークが来なければ、あなたは死ぬのよ」


リーン

「その足元の魔法陣が発動してね」


クリーン

「はあ。そうなのですか」


リーン

「……この状況が分かってるの?」


クリーン

「はい」


クリーン

「ヨークは来るから、私はだいじょうぶということですね?」


リーン

「……………………」



 そのときリーンのスキルが、ヨークの接近を捉えた。



リーン

「来た」


リーン

「ヨーク=ブラッドロードが来た」



 リーンはそう呟くと、転移して部屋から消えた。



クリーン

「私、このままなのですか?」



 取り残されたクリーンに答える者は、誰もいなかった。




 ……。




ヨーク

「何だこりゃあ……」



 ヨークは戸惑いの声を上げた。



ミツキ

「村……ですか?」



 世界樹の迷宮、15層。


 草原の地層。


 迷宮を突き進んでいたはずのヨークたちの眼前に、人家の群れが現れた。


 村だ。


 ラビュリントスにおいては、99層までを踏破しても、家などは見当たらなかった。


 世界樹の迷宮においては、ラビュリントスの常識は通用しないらしい。


 初めての出来事を前に、ヨークたちは呆気に取られた。


 ヨークたちは周囲を警戒しながら、村へと足を踏み入れた。


 そしてそのまま、村の中央辺りへと歩いていった。


 そのとき。



ヨーク

「…………!」



 家屋の扉が、一斉に開いた。


 そして、それぞれの家から、武器を持った人々が姿を現した。



ヨーク

「赤いな……」



 ヨークはそう呟いた。


 武装した村人たちは、皆が赤い肌をしていた。


 リーンやクリーンと同じ色だった。



ミツキ

「クリーンさんの親戚ということでしょうか?」


ヨーク

「ここがクリーンの村かよ? まさか迷宮育ちとはな」


ヨーク

「道理で変な女だと思ったぜ」


リーン

「あなた……」



 リーンの声が聞こえた。


 ヨークの前方に、彼女の姿が浮かび上がっていた。


 彼女はいつものように、仮面によって表情を覆い隠していた。



リーン

「クリーンの悪口は止めてもらえるかしら?」



 空中からヨークを見下ろして、リーンがそう言った。



ヨーク

「よう。誘拐犯」


ヨーク

「クリーンはどこに居る?」


リーン

「私たちを倒せたら、会わせてあげるわ」


ヨーク

「なんだ。楽勝だな」


リーン

「……そうかもしれないわね」



 リーンを含めた村人たちが、ヨークに襲いかかってきた。


 戦いは、5分と続かなかった。


 村の戦士たちは屈強だった。


 その全てが、上級冒険者を超えるほどの武力を有していた。


 だが、その程度の次元、ヨークは王都を訪れる前に、既に超越している。


 神の次元を目指すヨークたちにとって、村人たちは敵では無かった。


 村はあっという間に、ヨークとミツキに制圧された。


 死者はいなかった。



リーン

「……さすがね」



 ヨークの眼前で、リーンが倒れ伏していた。


 仰向け。


 その仮面は、向かって右側が砕けていた。


 彼女の表情の半分だけが、ヨークの視界に晒されていた。



ヨーク

「こうなるって、予想出来なかったのかよ?」



 ヨークは尋ねた。


 ヨークとリーンは、既に一度交戦している。


 さらには聖女の試練でも、実力を見せつけている。


 実力差は明らかだった。


 だというのに、こうして戦う必要は有ったのか。


 ヨークにはわからなかった。



リーン

「ふふっ。どうかしらね」



 リーンは自嘲するような笑みを浮かべた。



リーン

「私たちは敗れた。さあ、クリーンを連れて行って」


ヨーク

「……何がしたかったんだよ。お前は」


リーン

「…………」



 リーンは無言を保とうとした。


 だが。



リーン

「ッ!」



 何かに気付いたような顔で、リーンはバッと上体を起こした。



ヨーク

「……?」


リーン

「クリーン!」



 そう叫んで、リーンは姿を消した。



ヨーク

「何だ!? どこに行った……!?」


ミツキ

「…………」



 ミツキはフードを外すと、耳をぴくぴくと動かした。



ミツキ

「向こうです!」



 ミツキは走り出した。


 ヨークもその後に続いた。


 ミツキはクリーンの自宅へと駆け込んでいった。


 そして、クリーンの気配が感じられる部屋の扉を開いた。



ミツキ

「…………!?」


リーン

「そんな……」



 ヨークたちは、椅子に縛り付けられているクリーンの姿を発見した。


 彼女の足元で、魔法陣が強い輝きを放っていた。


 魔法陣はさらに一際強く輝き、そして光を失った。



ザックス

「終わりましたな」



 クリーンの隣で、老人が口を開いた。


 彼の名はザックス。


 この村の長老だ。



リーン

「あなたが魔法陣を発動させたの……?」


ザックス

「ええ。その通りです」





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