7の19「ニトロと過去」
ヨーク
「はぁ……」
ヨークは廊下でため息をついた。
ヨーク
「あーあ。ダッセェことしちまったな……」
そう言って、ヨークは頭をかいた。
ミツキ
「…………」
ヨーク
「もっとこう、有ったよな? オトナの対応みたいなもんが」
ミツキ
「良いじゃないですか。子供でも」
ヨーク
「……戻るか」
ミツキ
「はい」
ヨークとミツキは、パーティ会場に戻ろうとした。
その途中の廊下で、リーンが話しかけてきた。
リーン
「ヨーグラウ」
ヨーク
「居たのかよ」
リーン
「話がしたいの。二人きりでね。ちょっと良いかしら?」
ヨーク
「良いぜ」
ヨークはミツキといったん別れ、中庭に移動した。
そしてリーンと向かい合った。
ヨーク
「それで? 話ってのは?」
リーン
「あなた、本当に記憶が無いの?」
ヨーク
「人を記憶喪失みたいに言うな」
リーン
「あなたは強い」
リーン
「その強さは、既に神の領域にまで達している」
リーン
「神の魂を持つあなたが、再び神の領域までたどり着いた」
リーン
「だというのに、ヨーグラウの記憶は、少しも蘇って来ないというの?」
ヨーク
「ちっとも」
リーン
「本当に……?」
ヨーク
「俺が嘘ついてるとでも思うのかよ?」
リーン
「……いいえ」
リーン
「あなたを信じるわ。ヨーク=ブラッドロード」
ヨーク
「やっと俺の名前を呼んだな」
リーン
「ごめんなさい」
リーン
「……どうして神ですら、前世の記憶を忘れてしまうのでしょうね?」
ヨーク
「さあな」
ヨーク
「何か理由が有るんだろうさ」
リーン
「かもしれないわね」
リーン
「……それじゃ」
そう言って、リーンは姿を消した。
ヨーク
「何だったんだ……?」
ヨーク
「まあ良い。会場に戻るか」
話し相手も居なくなったので、ヨークはパーティ会場に戻った。
するとクリーンが話しかけてきた。
クリーン
「ヨーク。やっと帰ってきたのですね。遅いのです」
ヨーク
「ちょっと帰り道で美女に誘われてな」
クリーン
「パーティを放っていくなんて、よっぽど美人だったのですね」
ヨーク
「まあな」
クリーン
「…………」
ヨーク
(まあ、おまえと同じ顔だが)
やがてパーティが終わった。
ヨークは友人たちと一緒に、大神殿を出た。
途中でクリスティーナたちと別れると、ミツキ、クリーンとの三人になった。
三人は、宿への道を歩いていった。
クリーン
「ヨーク」
ヨーク
「ん?」
クリーン
「ヨークが前に言っていたケンカというのは、いつやるのですか?」
ヨーク
「近いうちにな」
クリーン
「私は一度、村に戻るのです」
クリーン
「村の皆に試練のことを話して、そうしたらまた会いに来るのです」
クリーン
「私が戻って来るまで、そのケンカを待ってもらっても良いですか?」
ヨーク
「そんなに見たいか? 俺のケンカなんざ」
クリーン
「応援するのですよ」
ヨーク
「そうか。まあ、よろしくな」
ヨークは自分たちの戦いに、クリーンを関わらせる気は無かった。
きっと危険な戦いになるだろう。
それにケンカと言ってはいるが、実際は殺し合いだ。
そんな血なまぐさいものを、少女に見せたいとも思わない。
クリーンが里帰りを終える前に、決着をつけよう。
そう思っていた。
ヨークの内心を知らないクリーンは、穏やかな笑みを浮かべていた。
クリーン
「はい」
クリーン
「それではまた」
クリーンは足を止めた。
ここでヨークたちと別れるつもりらしかった。
ヨーク
「もう暗いぞ? 里帰りは明日にしたらどうだ?」
クリーン
「だいじょうぶなのですよ」
ヨーク
「そうか」
相手がクリーンで無ければ、このまま行かせたりはしなかっただろう。
村まで送ろうと申し出たかもしれない。
ヨークはクリーンの実力を、信用していた。
一人でもだいじょうぶだろう。
そう考えたヨークは、クリーンを見送ることに決めた。
するとクリーンは、ヨークとは逆方向に足を向けた。
ヨーク
「行き先、逆かよ」
ヨークが呟いたそのとき。
クリーン
「おばあちゃん?」
突然に、リーンが現れて、クリーンの行く手を阻んだ。
リーン
「…………」
リーンの左手が、クリーンへと伸びた。
彼女の右手には、ナイフが握られていた。
クリーン
「っ!?」
リーンはクリーンを拘束した。
そして脅すように、ナイフの刃をちらつかせた。
クリーン
「…………?」
クリーンの表情に、恐怖は無かった。
大好きなおばあちゃんが、自分を傷つけるわけが無い。
そう信頼しているのだろう。
ただ戸惑った顔で、リーンの言葉を待っていた。
一方でヨークにとっては、リーンはただの怪しい女だ。
信頼など無い。
敵に向けるのと同様の視線を、リーンにも向けた。
ヨーク
「どういうつもりだ? おばあちゃんよ」
リーン
「この娘を返して欲しかったら、世界樹の迷宮の15層まで来なさい」
リーン
「もし来なければ、クリーンは殺すわ」
ヨーク
「ふざけてんのか? クリーンはテメェの孫だろうがよ」
リーン
「違う」
ヨーク
「…………?」
リーンの言葉にヨークが疑問符を浮かべたそのとき。
レディス
「あるじ様の敵!」
突然に現れたレディスが、背後からリーンに襲い掛かった。
リーン
「邪魔よ」
レディス
「ひぐうっ!?」
レディスはリーンに吹き飛ばされて、ゴロゴロと地面を転がっていった。
ヨーク
「なんで居るんだよ……」
リーン
「こっちのセリフだけど?」
リーン
「なんだか馬鹿らしい空気になったけど、私は本気よ」
リーン
「急ぎなさい。待っているわ。ヨーク」
ヨーク
「話を……!」
ヨークが文句を言う間も無く、リーンはクリーンと共に姿を消した。
ミツキ
(今、ご主人様をヨークと呼んだ……?)
ミツキ
(ずっとヨーグラウと呼んでいたのに、いったいどうして……?)
ミツキ
「どうしますか? ヨーク」
ヨーク
「リーンがクリーンを殺したがってるとも思えねえが……」
ヨーク
「1%でも可能性が有るなら、放ってはおけねーだろ」
ミツキ
「はい」
ヨーク
「あいつ、世界樹の迷宮って言ってたな」
ヨーク
「サンゾウが言うには、聖女の試練に使った迷宮が、世界樹の中らしいな」
ミツキ
「大神殿に戻りますか」
ヨーク
「ああ」
ヨーク
(……何かが始まった)
ヨーク
(俺たちが、神を倒そうとしてるのがバレた?)
ヨーク
(聖女の試練で力を見せすぎたか?)
ヨーク
(けど、それがクリーンをさらう理由になるか?)
ヨーク
(どうなってやがる……)
二人は大神殿に戻った。
そして転移陣の間へと向かった。
常人離れした速度で動く二人は、気付かれることなく目的地へとたどり着いた。
だが……。
ニトロ
「やあ」
転移陣の間には、ニトロの姿が有った。
リドカイン
「…………」
サッツル
「…………」
トトノール
「…………」
実力上位の神殿騎士や、聖女トトノールまでが、転移陣の間に集まっていた。
彼らは皆、武装していた。
戦闘を予期していたらしい。
ミツキ
「大神殿の最高戦力がお出迎えですか」
ミツキ
「リーンさんの冗談というわけでも無さそうですね」
ヨーク
「……分かってたんですか? 俺たちが来るって」
ヨークはニトロに尋ねた。
ニトロ
「ただ、来るだろうと聞かされただけさ。大賢者さまにね」
ヨーク
「おとなしく、引き下がってはもらえませんか?」
ヨーク
「たとえ敵でも、あなたには恩が有る」
ニトロ
「恩人……か」
ニトロ
「それが幻影だとしたらどうかな?」
サッツル
「ニトロさま……?」
ヨーク
「どういうことですか?」
ニトロ
「つまりさ」
ニトロ
「キミから両親を奪った張本人が、私だということさ」
ヨーク
「…………?」
ニトロ
「少し……昔話をしようか」
神殿騎士たちが殺気立っているこの状況で、ニトロはのんきに長話を始めた。
……。
20年前。
新米の神殿騎士だったニトロは、商家の次男坊のリュークと共に、王都を歩いていた。
そのとき。
二人の少し前方で、騒ぎが起こっているのが見えた。
都市の治安を維持するのも、神殿騎士の仕事の内だ。
ニトロ
「行くよ!」
ニトロは迷わずにそう言って、騒ぎの方へと向かっていった。
リューク
「マジメだなあ。ニトロは」
リュークは苦笑して、ニトロの後に続いた。
騒ぎの中心に駆けつけると、男が女性の腕を掴んでいるのが見えた。
セイレム
「放して……! 放してください……!」
ロッツ
「逃がすかよぉ!」
ニトロ
「何をしている! その女性を放せ!」
ロッツ
「そうはいかねえな」
ニトロ
「なんだって?」
ロッツ
「この女は第三種族だ。俺が見つけた。俺のモンだ」
ニトロ
「む……」
ニトロは唸った。
女性の背中からは、黒い羽が伸びていた。
疑いようの無い第三種族の証だ。
第三種族には人権が無い。
つまりこの騒ぎは、人間同士の揉め事では無い。
家畜を曳いているのと変わらないということだ。
法律の上では、ニトロが介入できる余地は無い。
ニトロは神殿騎士としての大義名分を失い、固まってしまった。
だが。
リューク
「とりゃあっ!」
ロッツ
「ぶえっ!?」
そんなことは知ったことかと言わんばかりに。
リュークは問答無用で男を殴り飛ばした。
リューク
「走るよ!」
リュークは女の腕を掴んだ。
そして走り出した。
セイレム
「あっ……」
ニトロ
「リューク! キミってやつは!」
ニトロは走りながらリュークを責めた。
リューク
「そう睨まないでよ」
リューク
「僕は彼を救ってあげたんだからね」
ニトロ
「救う?」
リューク
「彼みたいな普通の人が、奴隷を持ってただで済むと思う?」
リューク
「周りの妬みを買って、酷い目に遭うのがオチさ」
ニトロ
「そうかもしれないけど……!」
殴り倒した男が追ってこないのを確認すると、リュークは路地裏に避難した。
セイレム
「はぁ、はぁ」
あまり運動が得意では無いのか、女は息が上がっていた。
ニトロ
「大丈夫かい?」
セイレム
「はい……。ありがとうございます……」
そう言って、女は顔を上げた。
ニトロは初めて女の顔を見た。
二人の目が合った。
ニトロ
「……………………」
人間離れした彼女の美貌に、ニトロは見惚れてしまった。
そして……。
リューク
「綺麗だ……」
それは親友であるリュークも同じだった。
セイレム
「そんな、綺麗だなんて……」
女性は真っ赤になり、俯いてしまった。
ニトロ
(ああ……)
ニトロ
(そうなのか)
この日、三つの恋が生まれた。
そして、一つは砕けて消えた。




