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7の16「閉会と帰路」


ヨーク

「え……?」



 サニタによって、第4の試練の概要が説明された。


 ヨークを含む少数名は困惑していたが、事情を知る者たちは落ち着いていた。


 そしておそらくは、事情を知る者の方が、知らない者よりも多かった。


 理不尽にも思える流れの中で、会場は、意外なほどの落ち着きを見せていた。



サニタ

「それでは、始めて下さい」



 第4の試練の開始が告げられた。


 直後クリーンが口を開いた。



クリーン

「あの」


サニタ

「何でしょう?」


クリーン

「私は第4の試練を、棄権させていただきます」



 クリーンのチームは、第3の試練の最後に、反則を犯している。


 振り返って見れば、第3の試練というのは、最後の試練の前の茶番に過ぎなかった。


 とはいえ、不正は事実だ。


 不正を犯した自分が、次の試練に進むのはおかしい。


 そう考えたクリーンは、聖女への道を、諦めることに決めたのだった。



リーン

「…………」



 リーンの顔に、強い苦味が走った。


 仮面のおかげで彼女の表情は、他の誰かに見られることは無かった。


 クリーンの発言に対し、サニタはこう尋ねた。



サニタ

「そうすると、聖女の試練そのものを棄権することになりますが、よろしいのですか?」


クリーン

「はい」



 クリーンは、迷わずに頷いた。


 元よりそのつもりだった。



サニタ

「分かりました」


イーバ

「ちょっと」


クリーン

「何ですか?」


イーバ

「お金が無いから、負ける前に降参しようって言うの?」


クリーン

「違うのです」


クリーン

「ただ、試練を通して私は聖女に相応しく無いと思ったので、辞退すると決めたのです」


イーバ

「あなたが駄目だったら……私だって……」


クリーン

「え?」


イーバ

「何でもない!」


イーバ

「私が聖女になる所を、指を咥えて見ていなさい!」



 イーバは苛立たしげに、トリーシャから金貨を受け取った。


 そして自身に割り当てられたテーブルに積んだ。



アシュトー

「…………」



 アシュトーも、自身に割り当てられたテーブルに、金貨を積んだ。



クリスティーナ

「ユリリカ。どうする?」


クリスティーナ

「実はボクは、ちょっとだけお金持ちだよ」


ユリリカ

「ここまでにしておきましょう」


ユリリカ

「良い思い出になったわ」


クリスティーナ

「分かったよ」



 元よりユリリカには、聖女になりたいという願望は薄い。


 姉に身銭を切らしてまで、試練に勝ちたいとも思えなかった。


 彼女にとっての聖女の試練は、ここで終わった。


 他の聖女候補たちも、似たようなことを考えているのか。


 イーバとアシュトーのチーム以外で、テーブルに金貨を積む者は現れなかった。


 アシュトーは、動かない聖女候補たちを一瞥した。


 そして最後に、イーバへと視線を向けた。



アシュトー

「予想通り、一騎打ちだな」


イーバ

「あら? 公爵家の私に、勝てると思っているのかしら?」


アシュトー

「商会の力を舐めるなよ」


ヨーク

(2回戦を越えられれば良いってのは、こういうことか……)


ヨーク

(ユリリカもクリーンも納得してるみたいだし、別に実害は無いんだが)


ヨーク

(なんだかなぁ……)


イーバ

「トリーシャ、追加のお金を!」


トリーシャ

「はい!」



 『収納』スキルでも持っているのか。


 トリーシャはどこからか取り出した金貨袋を、テーブルに積み上げた。


 ざっとテーブル上を見ると、形勢は、イーバ有利のように見える。


 イーバは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。



イーバ

「ふふん。どう?」


アシュトー

「ハッ」



 アシュトーはパチンと指を鳴らした。


 すると広間の外から、金貨袋を持ったメイドたちが入室してきた。


 メイドたちは金貨を、アシュトーのテーブルに積み上げていった。



アシュトー

「どうだ? お嬢様」


イーバ

「んううううっ!」



 イーバの側も、これで終わりでは無かった。


 さらにトリーシャに命令し、追加の金貨を用意させた。


 どんどんと、お互いのテーブルに金貨が積まれていった。


 壮絶かつ不毛な、財力による殴り合いの結果……。



サニタ

「アシュトー=ブラッドロード候補が、次代の聖女に相応しいと判断します」



 サニタが勝者の名を告げた。



アシュトー

「しゃあっ!」



 次の聖女に決まったアシュトーが、お下品なガッツポーズを取った。


 それを見ていたシデルのこめかみに、ピキリと青筋が走った。



イーバ

「うぇぇぇぇ……」



 負けるとは思っていなかったのか、イーバは泣き出してしまった。



サンゾウ

「…………」



 傍に立っていたサンゾウは、黙って彼女を抱きしめた。


 試練は終わった。



ヨーク

「帰るか」



 ヨークはチームメイトに声をかけた。



ユリリカ

「そうですね」



 そこへミツキたちも合流してきた。



ミツキ

「一緒に帰りましょう」


クリスティーナ

「そうだね」


シデル

「…………」



 ユリリカチームとクリーンチームの六人で、大神殿から出た。


 辺りは暗かった。



クリーン

「もう真夜中なのですね」


リーン

「私はこれで失礼させてもらうわ」


リーン

「ヨーグラウと仲良くお散歩なんて、ぞっとするもの」


ヨーク

「態度でけーな。反則魔のくせに」


リーン

「ぬぐ……!」


リーン

「あなたなんか、ガルダに焼かれて死ねば良いのに」



 そう捨て台詞を残して、リーンは姿を消した。



クリスティーナ

「消えた……?」


クリーン

「どうしておばあちゃんは、ヨークと仲が悪いのでしょうか……」


ユリリカ

「えっ? あの人ってクリーンちゃんのお婆ちゃんだったの?」


ヨーク

「実はな」


シデル

「…………」



 ヨークはユリリカとクリスティーナを、家に送り届けた。



クリスティーナ

「ただいま~」



 クリスティーナが玄関の扉を開けた。


 すると中から、マリーがぱたぱたと駆けてきた。


 少し遅れて、ネフィリムも姿を現した。



マリー

「姉さん……。お帰りなさい……」


クリスティーナ

「うん。ただいま」


マリー

「どうだった……?」


クリスティーナ

「負けてしまったよ」


マリー

「……残念」


ネフィリム

「ヨークさまを負かすような怪物が居たのでありますか?」


ヨーク

「金の力にやられた」


マリー

「…………?」



 マリーが眠そうな顔で、疑問符を飛ばした。



ユリリカ

「眠そうね」


マリー

「もう夜中……」


クリスティーナ

「遅くなってごめんね。さ、もうお休み」


マリー

「うん……」


マリー

「ヨークさん、ありがとう」


ヨーク

「ん」



 マリーは自分の部屋に戻っていった。



ネフィリム

「お食事はどうするのでありますか?」


クリスティーナ

「ご飯は良いや。甘い飲み物を一杯もらえるかな?」


クリスティーナ

「それと、お風呂の準備も頼むよ」


ネフィリム

「了解であります!」



 ネフィリムは、風呂の方へと駆けていった。


 クリスティーナはヨークへと向き直った。



クリスティーナ

「今日はありがとう。ブラッドロードさん」


ヨーク

「ん」


ユリリカ

「とっても格好良かったです!」


ヨーク

「ありがと」


ヨーク

「それじゃ、お休み」


ユリリカ

「はい。お休みなさい」



 ユリリカが惜しむようにゆっくりと、玄関の扉を閉じた。


 庭に残されたヨークは、ミツキたちへと振り返った。



ヨーク

「宿に帰るか」


ミツキ

「はい」


クリーン

「早くお風呂に入りたいのです」


シデル

「…………」


ヨーク

「何か居る!?」



 シデルの存在に気付いたヨークが、ビクリと体を震わせた。



シデル

「どうなさいました? 我があるじ」


ヨーク

「いやオマエのことなんだが。ていうか、あるじて」


ヨーク

「何言ってんの? お前」


シデル

「…………?」


ヨーク

「何首を傾げてるんスかね」


クリーン

「お二人のお友だちでは無かったのですね」


ヨーク

「知らん人です」


シデル

「そんな。私の体にあんなことをしておいて、知らん人だなんて……」


ヨーク

「俺、何かした?」


シデル

「私はあるじ様から、貴き血の香気を賜りました」


ヨーク

「おまえが勝手に俺に噛み付いただけだよな?」


シデル

「それによって、この身はあるじ様の眷属と化しました」


ヨーク

「えぇ……」


ヨーク

「相棒はミツキで間に合ってるんだが」


シデル

「私はあるじ様の眷属であり、相棒などではありません。もっと身分の卑しい雌奴隷です」


ヨーク

「もっと要らねえわ」


シデル

「そんな……!」


シデル

「聖女の試練に敗れた今、あるじ様に拾っていただく他に道は……」


ヨーク

「めんどくせえ……」


ミツキ

「他に道はって、あなた、家庭教師の仕事が有るじゃないですか」


シデル

「…………」


ヨーク

「そうなん?」


ミツキ

「この人、レディスさんですよ」


ヨーク

「そうなん?」


ミツキ

「はい」


クリーン

「ええっ!?」


シデル/レディス

「……バレていたのですか」



 シデルは姿を変えた。


 彼女の姿が、若きレディスのものへと変化していった。



クリーン

「若い!?」


レディス

「確かに、私には多少の収入は有ります」


レディス

「ですが、違うのです」


レディス

「眷属にとって、あるじに仕えることは、唯一の幸福」


レディス

「それ以外の選択肢などありえないのです」


ヨーク

「う~ん……」


ヨーク

「つまり……命令してやれば良いわけか?」


レディス

「はい。是非是非」


ヨーク

「命令する」


ヨーク

「俺の命令に左右されず、好きに生きろ」


レディス

「嫌です」


ミツキ

「えっ」


レディス

「私が望む人生とは、あるじ様にご命令をいただける人生なのですから」


レディス

「あるじ様の命令が無い人生など、死んだ方がマシです」


ミツキ

「負けた……」


クリーン

「何にですか」




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