7の14「ヨークVSミツキ」
ミツキ
「そうですね。多少は」
ヨーク
「多少て……」
しれっと言ってのけたミツキに、ヨークは呆れ顔を見せた。
突然現れたキワモノに、ギャラリーも騒然としている。
とても多少大きいなどという言葉で済むスケールではない。
ミツキは他人の価値観に対して、そこまで鈍感では無い。
わざと鈍感さを装うことによって、ヨークの反応を楽しんでいるのだろう。
ヨーク
「いったい何メートル有るんだよ」
ミツキ
「刀身は、15は無いと思いますよ」
ヨーク
「ここで使うのを前提に作ってきたのか?」
ミツキ
「元はサンゾウさんを殺すために造ったんですけどね」
サンゾウ
「拙者!?」
突然に話の矛先を向けられ、サンゾウが驚きの声を上げた。
ヨーク
「ぷっ」
ヨークはつい吹き出してしまった。
ヨーク
「まったくおもしれー女だな。おまえは」
ミツキ
「はあ。どうも」
ミツキ
「どうせなら、美人とか愛してるとか言われたいものですけどね」
ヨーク
「はいはい美人美人」
お世辞では無いが、ヨークはわざとちゃかした感じでそう言った。
ミツキ
「ありがとうございます」
ヨーク
「良く持てるな? そんなもん。ゴリ……」
ミツキ
「オオカミ」
ミツキ
「私はオオカミです」
ヨーク
「アッハイ」
ミツキ
「意外と軽いですよ。魔光銀製ですからね」
ヨーク
「魔光銀は白。その剣は真っ黒じゃねーか」
ミツキ
「塗装しました」
ヨーク
「そうですか。はぁ」
ヨーク
「俺は自分を倒すための武器の素材を、必死こいて集めてたのかよ」
クリーンと出会う前。
ヨークは妙に大量の金属を、集めさせられていた。
ちなみにその金属は、魔光銀などでは無かった。
ミツキ
「皮肉なものですね」
ヨーク
「まったく」
ヨーク
「それで、そいつが有れば俺に勝てるって?」
ミツキ
「短射程ブキに人権など無いということを、思い知らせてさしあげましょう」
ヨーク
「やってみせろよ」
ミツキ
「はい」
ミツキ
「審判の方、ちょっと下がっていてもらえますか?」
ミツキ
「当たりますよ」
ゴリラの戦いに巻き込まれてはたまらない。
ミツキの言葉を受けて、バークスがゆっくりと下がって行った。
あまりそそくさと逃げては、大神官の威厳に関わる。
そう思っているのか、バークスの動きは無駄に鈍重だった。
やがてバークスが、ミツキの間合いの外に出た。
するとミツキは、ヨークから15メートルほどの距離まで離れた。
ミツキ
「間合いの外からと行きましょう」
ヨーク
「そうだな」
ミツキは大剣を構えた。
それに対し、ヨークも魔剣を構えてみせた。
ミツキ
「金剛」
時間が経過したため、ミツキは強化呪文をかけなおした。
彼女はさらに呪文を唱えた。
ミツキ
「堅刀」
呪文が成立すると、ミツキの剣が輝きをまとった。
どうやら武器を強化する呪文のようだ。
ミツキ
「かかって来なさい。ふふふ」
力に溺れているのか。
ミツキは楽しげに、ヨークを誘った。
ヨーク
「おう……」
ヨーク
(とは言ったものの、どうやるんだ? これは)
ヨークは迷った。
刀身10メートルの剣が、ヨークを威圧していた。
こんな武器と戦うのは、ヨークとしても初めてのことだ。
正しい戦い方を、手探りで見つける必要が有る。
ヨークは試しにミツキの間合いに踏み込んでみた。
ヨーク
「うおっ!?」
すぐさま剣が襲いかかってきた。
魔剣で撃ち合えるような質量では無い。
ヨークは慌てて後ろに下がった。
ヨーク
(思った以上に厄介だなオイ……)
少し探ってはみたが、ヨークは未だ、攻めの答えを見つけ出せなかった。
ヨークが攻めてこないのを見ると、ミツキが口を開いた。
ミツキ
「来ないのですか?」
ミツキ
「それでは、こちらから行きます」
ヨーク
「……ッ!」
宣言通り、ミツキが前に出た。
二人の距離は遠く離れていた。
だが、一歩グンと踏み込めば、そこはもうミツキの間合いだった。
彼女はまるで木の枝でも扱うかのように、巨大な金属塊を振り回してきた。
高速で迫る金属塊の乱舞。
それを前に、ヨークは下がることしか出来なかった。
ヨーク
(隙だらけなのに……隙がねえ!)
剣術の才が無い者が剣を振れば、そこに隙が出来る。
そして、ミツキには剣才は無かった。
今までのヨークは、その隙を突くことで、ミツキ相手に優勢を保っていた。
だが、隙というのは一足一刀の間合いでのみ通じるもの。
人と人との尋常の斬り合いでのみ成り立つもの。
間合いの外で生まれた一瞬の隙は、隙としての意味を成さない。
今、ヨークの間合いは、ミツキよりも圧倒的に短い。
ミツキはヨークを間合いの外に追いやることで、自身の隙を無にしていた。
ヨーク
「氷竜!」
ヨークは呪文を唱えた。
明確な突破口が見えたわけでは無い。
苦し紛れの一手だった。
上方に氷の竜が出現し、ミツキへと向かった。
相手がミツキでなければ、オーバーキルでは済まない。
それほどの呪文だったが……。
ミツキ
「はああああああああああぁぁぁっ!」
向かってきた氷竜を、ミツキは一撃で粉砕した。
残骸である氷片が、きらきらと宙を舞った。
ヨーク
「ゴリゴリだなオイ……」
ミツキ
「攻撃呪文を、使った」
ヨーク
「あ?」
ヨークは疑問符を浮かべた。
ミツキの口調が、いつもの会話の時とは異なっていたからだ。
次にミツキはこう続けた。
ミツキ
「デレーナさんにも使わなかった攻撃呪文を、私に」
ミツキ
「ふふ」
ヨーク
「何が嬉しいんだよ?」
ミツキ
「いえ。別に嬉しいとかでは無いですけどね。ふふふふ」
ヨーク
「なんなん?」
ミツキ
「それよりもヨーク。あなたの攻撃呪文では、私は倒せませんよ」
ミツキ
「今のあなたは魔術師では無く、暗黒騎士なのですから」
ミツキ
「暗黒騎士の呪文の威力は、魔術師の7割程度」
ミツキ
「私の立場から見て、あなたの呪文は、昔よりも弱くなっているのです」
ヨーク
「昔……? またおまえのスキルの話か」
ミツキ
「はい。まあ」
ヨーク
「そ」
いま大切なのは、眼前の問題をどうするかだ。
ヨークはそう考え、ミツキとのやり取りはスッパリと忘れた。
ヨーク
(……次はどうすっかな)
ヨーク
(攻撃呪文でミツキを仕留めるなら、剣で防ぎにくい風の呪文がベストか?)
剣による防御は、絶対では無い。
呪文を工夫すれば、付け入る隙は、必ず存在しているはずだ。
ヨークはそう考えた。
だが……。
ヨーク
(けどなあ……)
何か思う所が有ったのか、ヨークは風の呪文を使わなかった。
その代わりに、彼はこう唱えた。
ヨーク
「氷狼、千連」
あっという間に、広間が氷狼で埋め尽くされた。
初めてこれを見る者にとっては、ちょっとした物量だ。
試練の参加者の中には、怯えを見せる者も複数居た。
だがミツキは、毎日ヨークと共に、命がけのレベル上げに臨んでいる。
この程度は見慣れている。
一寸の動揺すら、見せることは無かった。
ミツキ
「これで私を倒せるとでも?」
ヨーク
「さあな」
ヨークはそう言うと、狼の一匹に跨った。
氷の冷たさが、ヨークの尻に染みた。
ヨーク
(上手く逃げてくれよ)
そう念じると、ヨークは目を閉じた。
同時に狼たちが、ミツキへと飛びかかった。
大量の狼を相手に、さすがに剣だけでは対処しきれない。
だがミツキには、十分なレベルと呪文による強化が有った。
ミツキは迫る狼を、拳や蹴りを交えて処理していった。
狼はみるみると数を減らし、残りはヨークが跨っている一体のみになった。
ミツキ
「時間稼ぎにもなりませんでしたね!」
ミツキは前に出た。
そしてヨークを間合いの内へと捉えた。
ミツキは剣を上段に構え、ヨークに向かって振り下ろした。
ヨーク
「いや。十分だ」
そう言って、ヨークは唱えた。
ヨーク
「氷斬」
そのときヨークの魔剣を、巨大な氷が覆った。
ミツキ
「な……!?」
ミツキの剣とほぼ同じ大きさのそれは、ミツキの攻撃を受け流した。
ミツキの剣が地面を叩いた。
地面が爆散し、破片が周囲へと飛び散った。
ミツキ
「っ!」
身の危険を感じたミツキは慌てて後退し、ヨークから距離を取った。
そして構え直すと、ヨークを視界に入れたまま、口を開いた。
ミツキ
「そんな呪文が使えたとは、知りませんでした」
ヨーク
「使えなかったさ。ついさっきまではな」
だから、氷狼の上で瞑想をした。
ミツキ
「……あの短時間で、新しい呪文を創ったというのですか?」
ヨーク
「ああ」
ミツキ
「まあ、ヨークならそれくらいはやりますか」
ヨークなら仕方ない。
ミツキはそう考え、目の前の現実を受け入れた。
ヨーク
「さあ」
ヨーク
「斬り合いの続きをやろうぜ」
そう言ってヨークは、氷狼からおりて構えた。
ミツキ
「先ほど言いましたが、暗黒騎士の呪文の性能は、魔術師の7割」
ミツキ
「その剣が、呪文で強化した私の剣を、上回っているとも思えませんが」
ヨーク
「別に良いさ」
ヨーク
「おまえの剣が届く距離なら、俺の剣もおまえに届く」
ヨーク
「それで十分だ」




