７の１０「クリスティーナとシデル」
用件を済ませたミツキは、クリーンたちの所へと戻った。
クリーンの傍に立つリーンが、仮面の穴を通し、ミツキに疑問の視線を向けた。
リーン
「何がしたかったのかしら？」
リーンは大賢者の異名を持つ猛者だ。
そんな彼女でも、時空を超えたミツキの意図を、見通すことはできないらしかった。
ミツキの側も、リーンに手の内の全てを晒すつもりは無い。
それでぼんやりとした言葉を返した。
ミツキ
「自己満足……ですかねぇ」
リーン
「目立ちたかった？ 力を誇示したかったのかしら？」
ミツキ
「そんなところです」
リーン
「そういう人には見えなかったけれど」
ミツキ
「知り合ってから、それほど長くも無いでしょう」
リーン
「……そうね」
クリーン
「出発しないのですか？」
ミツキ
「すいません。行きましょう」
シュウ
「世話になるよ」
ミツキたちは、置いてけぼりにされたシュウも加えて、広間から出発した。
一方ヨークたちは、迷宮の魔獣に遭遇していた。
彼らが出会った魔獣は、大型のネズミだった。
クリスティーナ
「わっ！ 魔獣だ！ 魔獣だよ！？」
ロクに戦闘経験の無いクリスティーナは、そう言ってヨークの後ろに隠れた。
ヨーク
「そうだな。魔獣だな」
ヨーク
「つーわけで、頑張れ」
クリスティーナ
「えっ！？」
ヨークは後ろに下がった。
そしてクリスティーナを先頭に立たせた。
クリスティーナ
「ど、どど、どういうことかな！？」
矢面に立たされたクリスティーナは、震えながらヨークに尋ねた。
ヨーク
「妹の前で、格好いいところ見せたいだろ？」
クリスティーナ
「…………」
クリスティーナ
「まあね！」
クリスティーナの震えが止まった。
彼女は魔獣に向き直ろうとした。
クリスティーナ
「よーし。かかって……」
彼女たちのやり取りは、魔獣から見れば、隙でしか無かった。
クリスティーナが構えるよりも前に、魔獣が彼女に飛びかかってきた。
クリスティーナ
「ひゃあっ！？」
クリスティーナは悲鳴を上げた。
魔獣が彼女ににのしかかった。
ヨーク
「っと」
ヨークが魔獣を蹴った。
勢いよく壁にブチ当たり、魔獣は絶命した。
魔石が地面に落ちた。
クリスティーナ
「ひぁぁ……」
ユリリカ
「ヨークさん。あんまりお姉ちゃんを虐めないで下さい」
ヨーク
「追い込まれたら、力が出せるかと思ったんだが……」
ユリリカ
「そうですね。お姉ちゃんはそういうタイプです」
ヨーク
「力が出てるようには見えんが……」
ユリリカ
「追い込まれてないからですよ」
ヨーク
「…………？」
ユリリカ
「ヨークさんが居るから、安心してるんですよ。お姉ちゃんは」
ヨーク
「…………」
ヨーク
「立てるか？」
クリスティーナ
「へ……へっちゃらさ……」
クリスティーナは立とうとしたが、その足は震えていた。
ヨーク
「……悪かったよ」
ヨークはクリスティーナを抱え上げた。
クリスティーナ
「ひゃっ！？」
ユリリカ
「……ずるい」
……。
サンゾウ
「にんにん」
サンゾウの小太刀がネズミを切り裂いた。
魔獣は一撃で絶命し、地面に魔石を落とした。
イーバ
「サンゾウ……」
サンゾウ
「何でござるか？」
イーバ
「私の『聖域』は、４メートルが限界のはずなんだけど」
サンゾウ
「それが何か？」
イーバ
「…………」
サンゾウが倒した魔獣とイーバの距離は、どう見ても１０メートルは離れていた。
イーバ
「ここの魔獣って、思っていたよりも強く無いのかしら……？」
イーバは首を傾げた。
そのとき、新手の魔獣が現れた。
サンゾウ
「新手でござるな」
イーバ
「ストップ」
サンゾウ
「む？」
イーバ
「リドカイン。あなた、試しにアレと戦ってみない？ 『聖域』ナシで」
リドカイン
「……勘弁してくれ」
……。
デレーナ
「アシュトー」
アシュトーを抱きかかえたまま、デレーナが足を止めた。
アシュトー
「どうした？」
デレーナの腕から下りて、アシュトーが疑問符を浮かべた。
デレーナ
「迷子になってしまいましたわ」
するとアシュトーは、ポケットに手を入れた。
そして折りたたまれた紙を取り出し、デレーナに手渡した。
アシュトー
「この迷宮の地図だ」
デレーナ
「ありがとうございます」
デレーナ
「…………あの」
アシュトー
「どうした？」
デレーナ
「今、どこですの？」
アシュトー
「…………」
アシュトー
「知るかよ」
……。
なんのかんのありつつ、八人の聖女候補は、無事に目的地へと到着した。
それを確認すると、バークスが口を開いた。
バークス
「八人の聖女候補の到着が確認されました」
バークス
「今この時をもって、第２の試練を終了とさせていただきます」
バークス
「それでは、第３の試練の説明へと移らせていただきます」
前回は、バークスがそう言った時、迷宮には聖女候補が残されていた。
そのせいで、ヨークが口を挟むことになった。
今回は、ミツキが間引きを行っている。
そのおかげで、今回のヨークは何も言わなかった。
バークスは滞りなく、試練の説明を進めていった。
第１、第２の試練と同様。
第３の試練のルールも、前回と変わらないようだった。
それぞれのチームの代表による、直接的な戦いだ。
ルール説明が終わると、組み合わせを決めるため、くじ引きが行われた。
くじ引きの結果、組み合わせは以下のように決まった。
Ａブロック
第一試合 ユリリカ ＶＳ シデル
第二試合 トリーシャ ＶＳ イーバ
Ｂブロック
第一試合 サレン ＶＳ アシュトー
第二試合 クリーン ＶＳ マギー
ヨーク
「しょっぱなか……」
ヨーク
（クリーンのチームは反対側。ミツキと当たるのは決勝戦になるな）
ヨーク
（１回戦はどうするかな）
ヨーク
（シデルって奴の実力は、良く分からんが……）
ヨーク
（聖女候補相手に、俺が出て行くってのも違う気がするんだよな）
シデルの守護騎士は、ミツキが失格にしている。
そのおかげでシデルのチームは、彼女一人になっていた。
ヨークたちが誰を選ぼうが、確実にシデルと当たることになる。
神を相手に牙を研いでいる自分が、そこいらの少女に負けるはずが無い。
まともな戦いにすらならないだろう。
ヨークはそう自負している。
夢に向かう少女を捻り潰すのは、ヨークには気がすすまなかった。
ヨーク
「ユリリカって喧嘩強いのか？」
ユリリカ
「私なんて全然ですよ。全然」
ヨーク
「そうか……」
ヨーク
（ユリリカを出してわざと負けるってのも、何か違うんだよなぁ）
相手の聖女候補は、守護騎士が脱落しても、独力で迷宮を抜けてきたようだ。
実力者なのだろう。
それに対しユリリカは、特に武勇に秀でているわけでは無いらしい。
ユリリカを出せば、おそらくは敗れるだろう。
ヨークはそう推測した。
いったいどうするのが正解なのか。
ヨークは少し思案した。
そして。
ヨーク
「それじゃあ……」
ヨーク
「ティーナ。１回戦ヨロシク」
ヨークは白い装甲に覆われた肩を、ポンと叩いた。
クリスティーナ
「えっ？」
クリスティーナ
「ボボボボクがかい？」
ヨーク
「安心しろよ。審判が居るから死なねえって」
ヨーク
「それにほら、相手も歴戦の勇士って感じじゃない」
クリスティーナ
「ボクより弱い人間なんて、この世に存在しないよ？」
ヨーク
「何のための白蜘蛛だよ」
ヨーク
「ほら、行ってこ～い」
ヨークはクリスティーナの背中を、広間の中央に向かって押した。
クリスティーナ
「ひゃああ！？」
それを見て、対戦相手のシデルは、クリスティーナの正面に移動した。
バークス
「試合開始」
バークスが、試合の始まりを告げた。
クリスティーナ
「うぅ……。恨むよ。ブラッドロードさん」
クリスティーナはおどおどとした挙動で、シデルと向き合った。
対するシデルは、妙な格好のクリスティーナに、警戒の視線を向けた。
シデル
「……得体が知れない感じですね」
シデル
「１回戦ですが、仕方がありません」
シデル
「血の結界よ」
クリスティーナ
「ッ……！？」
シデルの足元から、赤く光る線が走った。
その線は、部屋全体を囲む魔法陣を形成した。
ユリリカ
「う……！？」
ユリリカの体勢が崩れた。
広間の中で、一定の力に達さない者たちが、次々と倒れていった。
ヨーク
「だいじょうぶか？」
ヨークはユリリカを支え、彼女に声をかけた。
ユリリカ
「体が……重い……」
ヨーク
「あいつの技か。メチャクチャしやがるな」
シデル
「……………………？」
シデル
「私の技を受けて、どうして立っているのですか？」
シデルは広間を見回して、疑問符を散らした。
ヨーク、ミツキ、デレーナ、サンゾウ、リーン、そしてクリスティーナ。
彼らは平然と立っていた。
一人くらいなら、なんとかして立つ者が居るかもしれない。
そう考えていたシデルにとって、それは驚くべき展開だった。
クリスティーナ
「何か凄いスキルを使ったみたいだね」
白蜘蛛の装甲の下で、クリスティーナが口を開いた。
クリスティーナ
「勝ちたいのは分かるけど、ユリリカを巻き込んだのはいただけないな」
シデル
「どうして立っているのだと聞いているのです！」
クリスティーナ
「どうしてって……」
クリスティーナ
「この白蜘蛛は、改良型だからね」
シデル
「意味が……ッ」
クリスティーナは前に出た。
腹への打撃で、シデルの体が浮いた。
さらに左頬へと拳が刺さった。
次に右こめかみへの上段回し蹴り。
拳法の達人のような流れる打撃を受け、シデルの体が転がっていった。
三つ有った腕輪の魔石は、全て砕けてしまっていた。
クリスティーナ
「キミの負けだ」
地面に転がったシデルを見て、クリスティーナがそう言った。
ユリリカを苦しめられて、彼女は少し怒っていた
