７の９「ミツキとふるい落とし」
ミツキ
「お時間は取らせません」
ミツキ
「彼女ほどの人であれば、刻印の異常を読み取るなど、一瞬でしょうから」
コーゼンの顔色が悪くなった。
自分が追い詰められていると、気付いてしまったのだろう。
コーゼン
「ヒ……」
コーゼンの喉奥から、高い声が漏れた。
コーゼン
「ヒイイイイイイイイイイィィッ！？」
コーゼンは、ミツキの手首に手を伸ばした。
そして強引に腕輪を外すと、箱に有った腕輪をいくつか手に取り、転移陣へと駆けて行った。
コーゼン
「腹痛により、早退させていただきます！」
そう言い残し、コーゼンは転移陣を起動させた。
彼の姿が広間から消えた。
クリスティーナ
「…………？」
事情がわからないクリスティーナは、ただただ困惑した様子を見せた。
コーゼンが去った転移陣を見て、ミツキはこう考えた。
ミツキ
（まあ、この程度で良いでしょう）
ミツキ
（アレがどうなろうが、私には関係が有りませんからね）
今回の件で、コーゼンが処分を受けるのかどうかはわからない。
なあなあで済まされて、お咎め無しで終わるかもしれない。
コーゼンは、一応は敵だ。
だが、ミツキからすれば、どうでも良い相手でもあった。
この場で恥をかかせただけでも十分かもしれない。
ミツキはそう考えて、コーゼンから意識を外した。
そしてクリスティーナに声をかけた。
ミツキ
「助かりました」
クリスティーナ
「ふうん？」
何もしていないのに礼を言われ、クリスティーナは首を傾げた。
……。
コーゼンが腕輪を減らしてしまった。
なので他の神官が、保管庫から予備の腕輪を運んできた。
何事も無かったかのように、腕輪の配布は続いた。
その後、無事に全員が、腕輪を装着し終えた。
自分たちにはめられた腕輪は、不正の無い正常な物だ。
ミツキは目を閉じて、それを確認した。
チームメイトのクリーンやリーンも、異常を訴えてくることは無かった。
やがてバークス大神官が口を開いた。
バークス
「皆さん」
バークス
「ただいまをもって、第２の試練を開始とさせていただきます」
バークス
「それでは、１０層でお会いしましょう」
バークスはそう言うと、広間を出て行った。
ヨーク
「始まった……みたいだな」
ユリリカ
「どうしましょうか？」
キョロキョロと周囲を見ながら、ユリリカがそう尋ねてきた。
ヨーク
「まあ、適当に……」
そのとき。
ミツキが動いた。
ミツキ
「ふっ！」
ヨーク
「いきなり何やってんだ」
ミツキの大剣を、ヨークの魔剣が受け止めた。
アシュトー
「は……？」
アシュトーが声を漏らした。
ミツキの剣は、アシュトーを狙ったものだった。
それをヨークが、横から入って受け止めていた。
アシュトーに雇われているはずのデレーナは、ミツキの一撃を前に動けなかった。
攻撃に気付けなかったわけでは無い。
だが、デレーナの戦闘スタイルは、速度を活かしたヒットアンドアウェイだ。
ゴリラでないデレーナには、ミツキの怪力を、正面から受け止めるのは不可能だった。
だから動けなかった。
代わりにヨークがミツキを止めていた。
ミツキ
「何のつもりでしょうか？」
ヨーク
「こっちのセリフだ」
ヨーク
「いきなり直接攻撃なんて、随分と乱暴なんじゃねえか？」
ミツキ
「そうでしょうか？」
ミツキ
「私が動かなければ、逆にアシュトーさんの方から仕掛けていたのではないのですか？」
ヨーク
「そうなのか？」
ヨークはアシュトーに声をかけた。
アシュトー
「…………」
ミツキ
「私としては、この第２の試練で、どうしても彼女を仕留めておきたい」
ミツキ
「そこをどいていただけませんか？ ヨーク」
ヨーク
「俺としては、イバちゃんに負けなきゃ、後は割とどうでも良いんだよ」
ヨーク
「けど……頼まれたからな」
ヨーク
「特に深い理由もねーけど、どかねえぜ」
ミツキ
「迷惑ですよ？」
ヨーク
「悪いな」
それから二人は、三合ほど切り結んだ。
ヨークはミツキに意識を残したまま、デレーナに声をかけた。
ヨーク
「デレーナ。アシュトーを連れてとっとと逃げろ」
デレーナ
「……はい！」
デレーナは、アシュトーを抱え上げた。
ミツキと比べればパワーの無い彼女だが、それでもクラスレベルは１００を超える。
たとえ武装していようが、人を一人抱えるくらいなら容易だった。
アシュトー
「おい……！」
デレーナ
「黙って下さい。舌を噛みますわよ」
広間から、デレーナの姿が消えた。
ミツキ
「……俊敏さでは、未だに敵いませんね」
ヨーク
「どうする？ 続けるか？」
ミツキ
「……いえ」
ミツキは軽く後ろに跳んだ。
ミツキ
「あなたを敵に回す以上の愚行は、存在しないでしょう」
ミツキ
「この決着は、第３の試練でつけるとしましょう」
ミツキ
「どうぞ、お先に行って下さい」
ヨーク
「分かった」
ヨーク
「ユリリカ。ティーナ。行こう」
ユリリカ
「……はい！」
ユリリカは、小走りでヨークに駆け寄った。
ユリリカ
「凄すぎて全然見えませんでしたよ……！」
ヨーク
「鍛えてるからな」
ユリリカ
「そういう問題なんでしょうか……？」
話しながら歩いていく二人に、クリスティーナが続いた。
やがてヨークたちの姿が、広場から見えなくなった。
シュウ
「あれ？」
シュウ
「俺は？」
アシュトーチームの中で、シュウだけが取り残されてしまっていた。
そんな彼に、ミツキが声をかけた。
ミツキ
「一緒に行きますか？」
シュウ
「良いのか？」
ミツキ
「まあ、こうなってしまったのは私の責任ですし」
ミツキ
「さて……」
次の瞬間。
シュウの視界から、ミツキの姿が消えた。
「えっ？」
「あれっ？」
「きゃあっ！」
あちこちから悲鳴が上がった。
いくつもの腕輪が切断され、地面に落下していた。
広間の中央の辺りで、ミツキが口を開いた。
ミツキ
「誠に勝手ながら、皆さんの腕輪を破壊させていただきました」
ミツキ
「ここから先には、強力な魔獣が出現します」
ミツキ
「それに打ち勝つ力が無いと判断した方々は、私の独断で失格とさせていただきました」
「何言ってるの！？」
「独断って、ふざけてるんですか！？」
「私の腕輪がぁ……」
ミツキ
「あなた方は、ルールに則って、私に負けたのです」
ミツキ
「敗者に文句を言われる筋合いは有りません」
ミツキ
「どうか、大神殿までお引取り下さい」
「…………」
実際に失格となってしまったからにはどうしようもない。
聖女候補たちは、しょんぼりと大神殿に帰っていった。
ニトロ
「それじゃあ私たちも行こうか」
サレン
「はいお父様」
ニトロとサレンは、サッツルと共に広間を出て行った。
サレン
「モフミさんの剣を、見切ることが出来ませんでした」
サレン
「自分にモフミさんに見逃されるだけの力量が有ったとも思えません」
サレン
「私は……モフミさんと顔見知りだったから見逃されたのでしょうか？」
ニトロ
「落ち込むことじゃない」
ニトロ
「この私から見ても、彼女の力量は規格外だ」
サッツル
「強すぎますね。彼女は」
ニトロ
「うん……」
ニトロ
（あれほどの圧を感じたのは、デレーナ以来だ）
ニトロ
（そのデレーナも剣を持って、聖女の試練に参加している）
ニトロ
（彼女は私の『暗示』を受けて、剣を捨てたはずなのに）
ニトロ
（『暗示』が解けたのか？ いったいどうして……？）
ニトロ
「不可解だな」
サレン
「はい？」
ニトロ
「彼女は不思議なくらい強い。そう言ったのさ」
サレン
「そうですね」
ニトロたちが去った後の広間で、イーバが口を開いた。
イーバ
「そろそろ私たちも行きましょうか」
イーバは取り巻きたちを連れて、広間から出て行った。
後にはクリーンのチームと、シデルのチームが残された。
クリーン
「私たちは行かないのですか？」
ミツキ
「……どうしましょうかね」
ミツキはシデルを見た。
彼女が何者で、何をしでかすのかも、ミツキの日記には、しっかりと記されていた。
ミツキ
「っと」
シデルの守護騎士Ａ
「えっ……！？」
シデルの守護騎士Ｂ
「…………！」
ミツキが動いた。
シデルの背後に控えていた二人の守護騎士。
その腕輪を破壊したのだった。
ミツキ
「あなた方は失格です。そのままお帰り下さい」
ミツキはシデルの腕輪だけは、意図的に残していた。
それに気付いた守護騎士たちが、ミツキを睨みつけた。
シデルの守護騎士Ａ
「何のつもりだ！？」
シデルの守護騎士Ｂ
「彼女一人で迷宮に入れと言うのか！？」
ミツキ
「もしお嫌であれば、そのまま大神殿に帰っていただいても構いませんが」
シデル
「……私は先に進みます」
ミツキ
「どうぞ」
ミツキは広間の出口を指し示した。
シデルの守護騎士Ａ
「お役に立てず申し訳ありません……」
シデルの守護騎士Ｂ
「どうか、無茶はなさらないで下さい」
シデル
「はい」
シデルはミツキよりも先に、広間から退出していった。
それを見届けた守護騎士は、転移陣で大神殿へと帰っていった。
ミツキ
「……まるで悪役ですね。私は」
