7の8「ミツキとコーゼン」
サンゾウ
「ヨークどの~」
ヨークたちに、ニンジャクロスを着た少年が、話しかけてきた。
緑色の狐耳としっぽ。
サンゾウだった。
ヨーク
「サンゾウ。おまえも居たのか」
ヨークは意外そうな顔を見せた。
サンゾウと聖女の試練に接点が有るとは、まったく思っていなかったからだ。
サンゾウ
「まったく奇遇でござるな」
ヨーク
「守護騎士なのか? 誰の……」
ヨークがサンゾウに質問しようとした時……。
イーバ
「あなた」
イーバ
「私のサンゾウに何か御用かしら?」
イーバ=マーガリートが、ヨークに声をかけてきた。
第三種族のサンゾウに、悪さでもすると思っているのか。
彼女はヨークに対し、厳しい視線を向けていた。
リドカイン
「…………」
イーバの後ろには、神殿騎士のリドカインが控えていた。
彼は職務を忠実にこなすべく、沈黙を保っていた。
ヨーク
「イバちゃん」
イーバ
「誰がイバちゃんか」
イーバはムッとした顔を作り、クリスティーナへと視線を移した。
イーバ
「……その不審者は何なの?」
クリスティーナ
「不審者? どこに居るんだい?」
完全武装のクリスティーナは、ふしぎそうに周囲をきょろきょろと見回した。
イーバ
「…………」
ヨーク
「…………」
クリスティーナを無視して、ヨークはサンゾウの方を見た。
ヨーク
「おまえ……」
サンゾウ
「はい」
ヨークの視線が、サンゾウの顔から首周りへと移った。
ヨーク
(首輪は無い……。奴隷にされたって感じでも無さそうだが)
ヨーク
「どうしてイーバの守護騎士なんてしてるんだ?」
イーバ
「なんてって何よ?」
ヨーク
「こまけえな」
ヨーク
「……サンゾウ?」
サンゾウ
「実は拙者、イーバどのの食客となったのでござる」
ヨーク
「食客……。つまり、ヒモか」
サンゾウ
「用心棒でござるよ!?」
サンゾウ
「まぁ……若干モフらせ屋としての業務が無いことも無いのでござるが……」
ヨーク
「どうしてそいつのヒモになったんだ?」
サンゾウ
「飢えてふらついていた所を、彼女に保護されたでござる」
ヨーク
「飢えって……」
ヨーク
「飯くらいおごってやるのに」
サンゾウ
「いつまでも、ヨークどのの世話になるわけにもいかんでござるからな」
ヨーク
「おまえの腕なら、稼ぐ方法なんていくらでも有ると思うんだがな」
サンゾウ
「追い剥ぎでござるか? いくら人族どもが相手でも、それはちょっと……」
ヨーク
「いや、冒険者ギルドに行くとか色々有るだろ」
サンゾウ
「冒険者……? ナンデござるか? それは」
ヨーク
「……そういや昔の人だったな」
どうやらサンゾウたちが居た時代には、冒険者は存在しなかったらしい。
ヨークたちからすれば、冒険者というのは、昔から有る職業に思える。
だが実際は、それほど歴史が有るものでは無いのかもしれない。
ヨーク
「魔獣を倒して、冒険者ギルドって所に魔石を持っていくと、買い取って貰えるんだよ」
ヨーク
「それとギルドに入会すると、仕事を回してもらえたりもする」
サンゾウ
「なんと。それは知らなかったのでござる」
ヨーク
「……一つ勉強になったな」
サンゾウ
「かたじけない」
ヨーク
「それじゃ、試練がんばれよ」
サンゾウ
「ヨークどのが相手では、少し厳しいでござるが……」
サンゾウ
「誠心誠意、頑張らせていただくでござる」
ヨーク
「おう」
話が終わると、サンゾウたちは去っていった。
去り行くイーバを見ながら、ユリリカが口を開いた。
ユリリカ
「あの人……マーガリートのお嬢様ですよね?」
ヨーク
「らしいな」
ユリリカ
「ヨークさんって、公爵家にもお友だちが居るんですね」
ヨーク
「アレは敵だ」
ユリリカ
「えっ?」
ヨークたちは広間で、しばらくのあいだ待機した。
やがて広間に、神官長が姿を見せた。
神官長は、開会の挨拶を始めた。
長い挨拶の後、第1の試練の内容が告げられた。
前の運命と同様、第1の試練は、筆記試験だった。
聖女候補たちは、筆記試験の会場に移動した。
ヨークたち守護騎士は、控え室に移動することになった。
暇を持て余したヨークは、ミツキに近付いていった。
ミツキはゆったりと、用意された椅子に座っていた。
ヨークはミツキに声をかけた。
ヨーク
「なあ」
ミツキ
「はい」
ヨーク
「試験終了まで抜け出して、レベル上げでもしねえ?」
ミツキ
「いけませんよ」
ミツキ
「……券でも使いますか?」
ヨーク
「券? 何だそれ?」
ミツキ
「あ……」
今回のミツキとヨークは、男女の関係では無い。
そのために起きなかった出来事が、いくつも有った。
日記に感情移入したミツキは、しばしばその事を忘れてしまう。
ミツキはスキルで紙とペンを取り出し、そこに文字を書き込んだ。
ミツキ
「肩たたき券です。100回使えます。どうぞ」
ヨーク
「太っ腹だな。どうした?」
ミツキ
「私はいつも太っ腹ですよ」
ミツキ
「いえ。太くは無いですけど」
ヨーク
「細っ腹か」
ミツキ
「並っ腹でお願いします」
ミツキ
「さて、ティキトを使いますか?」
ヨーク
「逆に俺が揉んでやろうか?」
ミツキ
「えっ?」
ヨーク
「遠慮すんな」
ヨークはそう言うと、椅子の後ろへと回り込んだ。
ミツキ
「あっ……」
ヨークはミツキの肩を揉み始めた。
ミツキ
「んっ……あっ……」
意外とうまいヨークのマッサージに、ミツキが声を漏らした。
クリスティーナ
「ブラッドロードさん! 破廉恥だよ! 破廉恥!」
真っ白な変質者が、ヨークに人差し指を向けた。
ヨーク
「えぇ……?」
ただ肩もみをしただけなのに。
ヨークは釈然としない様子の声を漏らした。
ひょんなこんなしている内に、第1の試練は終了した。
聖女候補たちが、控え室へと移動してきた。
ヨークとクリスティーナは、ユリリカと合流した。
一行は、試験の手応えなどについて話しつつ、採点が終わるのを待った。
やがて第1の試練の、結果発表の時がやってきた。
ヨークたちは控え室から、最初の広間に移動した。
そして……。
サニタ
「ユリリカ=サザーランドさん」
無事にユリリカの名前が読み上げられた。
クリスティーナ
「やった! 凄いぞユリリカ!」
クリスティーナはユリリカの背中に手を回し、彼女を抱き上げた。
そしてその場でぐるぐると回転した。
サニタ
「ごほん」
神官長のサニタが咳払いをすると、クリスティーナはユリリカを下ろした。
ユリリカ
「うぅ……」
自由になったユリリカは、恥ずかしそうに俯いた。
やがて合格者の発表が終わった。
合格者のメンツは、前の運命と変わりないようだった。
大神官のバークスの案内で、ヨークたちは移動した。
それから転移陣を使い、第2試験の会場に転移した。
サンゾウ
「この転移術……。それに、ここは……」
次の試験会場に移動すると、サンゾウは何かに気付いた様子を見せた。
ヨーク
「どうした?」
いったい何事だろうか。
そう思ったヨークが、小声でサンゾウに話しかけた。
サンゾウ
「ここは……トルソーラの世界樹の中でござるな」
ヨーク
「そうなのか?」
サンゾウ
「間違い無いのでござる」
ヨーク
「そうか」
ヨークは迷宮の天井を見上げた。
ヨーク
(この上に、神ってのが居るのか……)
それから大神官が、試練の説明を開始した。
説明が終わると、試練のための腕輪が配られる段階になった。
ヨークたちは、用意されたテーブルの前に、列を作った。
参加者たちは順番に、神官に腕輪をはめられていった。
コーゼン
「あの、次の方」
ミツキ
「はい」
コーゼン神官が、ミツキに腕輪をはめた。
そして……。
ミツキ
「この腕輪、なんだか変な感じがしますね」
ミツキは皆に聞こえる声で、ハッキリとそう言った。
ミツキ
「不良品かもしれません。他の腕輪に交換してもらえますか?」
コーゼン
「あのですねえ」
ミツキの言葉を受けて、コーゼンは呆れ顔を見せた。
明らかに、ミツキの方に非が有る。
そんな表情をしていた。
コーゼン
「試練で用いる腕輪は、厳重に品質管理が為されています」
コーゼン
「不良品など有るはずもございません」
ミツキ
「そうですか?」
ミツキ
「では、万一この腕輪が不良品だった場合、どなたに責任を取っていただけるのでしょうか?」
コーゼン
「責任と言われましても……」
コーゼン
「起きるはずのない事には、責任が生じるはずも有りません」
ミツキ
「そうですか」
ミツキ
「クリスティーナさん」
クリスティーナ
「何かな?」
声をかけられたクリスティーナが、ミツキに近付いてきた。
ミツキ
「この腕輪の魔石に問題が無いか、見ていただけませんか?」
そんなミツキの頼みに、クリスティーナは難色を示した。
クリスティーナ
「ここでかい? 顕微鏡が無いと難しいよ?」
ミツキ
「有りますよ」
ミツキはスキルを使い、顕微鏡を取り出した。
ミツキ
「顕微鏡ならここに有ります」
クリスティーナ
「そう。分かったよ」
コーゼン
「あ、あの……そちらの方は?」
ミツキ
「彼女はクリスティーナ=サザーランド」
ミツキ
「かのドミニ工房で、設計技師を任されている天才ですよ」




