７の７「アシュトーと依頼」
アシュトー
「俺たち以外に、ブラッドロード商会のチームが、もう一組有るってことか？」
デレーナ
「いいえ」
デレーナ
「ヨークさまは、小さな村の出身と聞いていますの」
デレーナ
「商会とは関係が無いと思いますが……」
アシュトー
「村？ その辺の村から、メイルブーケ以上の達人が、いきなり湧いて出たってのかよ」
アシュトー
「大根じゃねえんだぞ？」
デレーナ
「あのお方は、普通の人間の尺度には、納まりきらないお方ですからね」
アシュトー
「超うまい大根ってことか」
アシュトー
「……それで？ そのヨークってのはどこに居るんだよ？」
アシュトーは、広間を見回した。
そしてヨークの姿を探した。
デレーナも周囲を見たが、ヨークの姿は見当たらなかった。
どうやらまだ、ヨークは来てはいないようだ。
デレーナはアシュトーに、それを教えようとした。
デレーナ
「まだ……」
そのとき。
広間の扉から、ヨークたちが入室してきた。
デレーナはヨークに視線を向けて、アシュトーに言った。
デレーナ
「あっ、あのお方がヨークさまですわ」
アシュトー
「あいつか……」
アシュトーの視線が、クリスティーナに引き寄せられた。
アシュトー
「格好良いじゃねえか……」
全身を装甲で包んだ姿が、なにやら心に刺さったらしい。
アシュトーの表情に、ワクワクの色が混じった。
シュウ
「えっ？」
アシュトー
「っと、それどころじゃねえな」
アシュトー
「話つけに行くか」
アシュトーたちは、ヨーク一行に近付いて行った。
するとヨークが、デレーナに気付いた様子を見せた。
ヨーク
「デレーナ？」
デレーナ
「どうも」
デレーナは、ヨークに軽く一礼をした。
ヨーク
「どうしてデレーナが……」
ヨークは疑問の言葉を口にしようとした。
だがそれを、アシュトーが遮った。
アシュトー
「おい」
アシュトー
「白いの。テメェがヨーク＝ブラッドロードか？」
アシュトーは、クリスティーナを睨んでそう言った。
クリスティーナ
「ボクはクリスティーナだけど」
アシュトー
「……紛らわしいな。かぶいた格好しやがって」
クリスティーナ
「かぶ……？」
ヨーク
「俺がヨークだが」
アシュトー
「おまえが……」
アシュトーは、ヨークにガンをつけようとした。
ヨークはアシュトーの目を、まっすぐに見返した。
そのときアシュトーは初めて、ヨークの容姿をはっきりと見ることになった。
アシュトー
「ッ……！」
アシュトーは、ヨークから目を逸らした。
睨み合いは、彼女の負けに終わったらしい。
ヨーク
「…………？」
自分に用事が有ったのではないのか。
そう思い、ヨークは怪訝な顔をした。
アシュトー
「男のくせに、ナンパなツラしやがって」
アシュトーは言いがかりのような事を言って、ヨークを睨んだ。
ヨーク
「何なんだよ？」
本題を口にしないアシュトーに対し、ヨークは焦れた様子を見せた。
アシュトー
「ちょっと話良いか？」
ヨーク
「良いけど」
アシュトー
「来い」
ヨーク
「……えらっそうな奴だな」
ヨーク
「ちょっと行ってくる」
ヨークは守護対象のユリリカたちに声をかけた。
クリスティーナ
「すぐに戻ってくるんだよ。キミが居ないと心細いからね」
会場の雰囲気に、飲まれてしまったのだろうか。
クリスティーナは若干の挙動不審さを見せていた。
ユリリカ
「だいじょうぶ。お姉ちゃんは私が守るわ」
クリスティーナ
「ユリリカ……」
堂々としたユリリカを見て、クリスティーナは感動した様子を見せた。
ヨーク
「何しに来たんだよオマエ」
アシュトーは広間を出ていった。
ヨークもその後を追った。
二人はひとけの無い区画に移動した。
アシュトーが立ち止まると、ヨークは口を開いた。
ヨーク
「で？」
アシュトー
「まず、おまえは商会とは関係ねえのか？」
ヨーク
「商会？」
アシュトー
「ブラッドロード商会だよ。マジで言ってんのか？」
ヨーク
「まったく無関係だが……」
アシュトー
「……そうか」
アシュトー
「俺を勝たせろ。ヨーク」
ヨーク
「いきなり何言ってんだ？」
アシュトー
「強いんだろ？ おまえ」
アシュトー
「俺はブラッドロードの代表として、この試練に勝たなきゃなんねえ」
アシュトー
「おまえを雇ってる聖女候補の十倍の額を払う。だから、俺に協力しろ」
ヨーク
「いや……」
ヨーク
「俺は別にユリリカからは金を貰ってねえぞ」
アシュトー
「どういうことだ？」
ヨーク
「俺が守護騎士をやってるのは、ユリリカと友だちだからだ」
ヨーク
「傭兵をやってるわけじゃねーよ」
アシュトー
「いくらだ？」
アシュトー
「いくら払えば俺に寝返る？」
ヨーク
「寝返らねえよ」
ヨーク
「金で裏切るとか、クズのすることだろ」
アシュトー
「……どこのお坊ちゃんだよ」
ヨーク
「はあ？」
アシュトー
「どうしたら俺に協力してくれる？」
ヨーク
「だから、しないっての」
しつこいアシュトーに対し、ヨークはうんざりとした表情を見せた。
ヨークの心が離れていっている。
そう気付いたアシュトーは、表情を改めて、真剣にこう言った。
アシュトー
「俺は死ぬ気で聖女を目指してんだ……！」
アシュトー
「いい加減な気持ちの、大根みてえな奴に負けるわけにはいかねえんだよ！」
ヨーク
（大根？）
真剣な様子のアシュトーを見て、ヨークも表情を改めた。
ヨーク
「そんなに聖女になりてーのか？」
アシュトー
「そうだ」
アシュトー
「俺は聖女になるために産まれて来たんだ」
アシュトー
「金が駄目なら……俺の体はどうだ？」
アシュトー
「俺を聖女にしてくれたら、この体を一晩中好きにして良い」
ヨーク
「……おまえ、いつもそんなことしてんのかよ？」
アシュトー
「ちげえよ！」
アシュトー
「おまえには、そんだけの価値が有るって言ってんだよ」
ヨーク
「悪いが、女なら間に合ってる」
アシュトー
「そうか……。その顔だもんな……」
ヨークの言葉に、アシュトーは納得を見せた。
ヨークの美貌は、王都一と言っても良いレベルだ。
放っておいても、女の方から寄ってくるに違いない。
そう考えたようだった。
ヨーク
（まあ、童貞なんだが）
ヨーク
（どうすっかな……）
ヨーク
（ユリリカは、別にどうしても聖女になりたいって感じじゃねえんだよな）
ユリリカが本気なら、ヨークも全力で戦っただろう。
ヨークにとって、友情に報いるとはそういうことだ。
だがヨークは、ユリリカの身の上を知っている。
ユリリカが聖女候補になったのは、補助金を手に入れるためだ。
べつに聖女にはなれなくても構わない。
むしろなりたくない。
彼女はそう考えているようですらあった。
それを踏まえれば、アシュトーの話に乗るのも、悪いことでも無い気もする。
ヨークはそう考えた。
ヨーク
「守護騎士を、辞退しても良い」
アシュトー
「本当か？」
ヨーク
（ネフィリムも、守護騎士をやりたがってたみたいだしな）
ヨーク
「ああ。けど……」
ヨーク
「どっちにせよ、戦いになったら、おまえたちはクリーンたちには勝てねえと思うぞ」
アシュトー
「クリーン……。赤い奴か」
ヨーク
（まあ赤いが）
アシュトー
「あのミツキって女、強いらしいな……」
ヨーク
「ミツキを知ってるのか？」
アシュトー
「メイルブーケと知り合いらしいからな」
アシュトー
「ヨークとはどういう関係なんだよ？」
ヨーク
「……友だちです」
アシュトー
「そ」
アシュトー
「それで、あのメイルブーケでもミツキには勝てねえのかよ？」
ヨーク
「怪しいところだな」
ヨーク
「純粋な剣技ならデレーナが上だが、ミツキには呪文の力も有る」
ヨーク
「何でも有りで戦えば、ミツキが上だと思う」
アシュトー
「そうか……」
ヨーク
「どうする？」
アシュトー
「…………」
アシュトー
「……辞退はしなくて良い」
アシュトー
「ただ、第二の試練で俺たちを見逃して欲しい」
ヨーク
「見逃す？ どういうことだ？」
アシュトー
「第二の試練では、敵チームへの直接攻撃が解禁される」
アシュトー
「そこでやられたらアウトだ。第三の試練には進めねえ」
アシュトー
「逆に、第三の試練まで進めれば、俺に分が有る」
アシュトー
「ミツキって奴からも、俺を守ってくれると助かる」
ヨーク
「そこまでは保証しねーが、まあ、覚えとくよ」
アシュトー
「すまん」
話を終えたヨークたちは、広間へと戻った。
ヨークはアシュトーと別れ、ユリリカたちの所へ戻った。
ヨーク
「お待たせー」
クリスティーナ
「いっぱい待ったよ？」
ヨーク
「すんまそん」
ユリリカ
「何の話だったのか、聞いて良いですか？」
ヨーク
「危うく引き抜かれるところだった」
ユリリカ
「ええっ！？」
ヨーク
「ちゃんと断ったから安心しろよ」
ユリリカ
「ふぅ……」
ヨーク
「それに、俺が居なくてもネフィリムが居るだろ？」
ユリリカ
「……ソウデスネ」
憧れの人と一緒に試練に出たい。
そんな乙女心がわからないヨークに、ユリリカは冷たい視線を向けた。
クリスティーナ
「今からネフィリムを呼びに行くのは大変だよ」
クリスティーナ
「それに、ネフィリムは前に、ミツキさんに惨敗しているからねぇ」
クリスティーナ
「まあ黒蜘蛛も、以前のままの性能では無いけれどね」
ヨーク
「そうか」
ヨーク
「ちょっと見てみたかった気がするな。残念だ」
クリスティーナ
「ボクが居るよ？」
ヨーク
「……ソウデスネ」
クリスティーナ
「…………？」
