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7の2「賭けと99層」



 ヨークは楽しげに笑った。



ミツキ

「はい。そのつもりです」



 そう言ったミツキも、どこか楽しげだった。



ヨーク

「おもしれえ」


ヨーク

「それじゃ、何か賭けるか?」



 微笑を浮かべたまま、ヨークはそう提案した。



ミツキ

「何かとは?」


ヨーク

「それはこれから考える」


ミツキ

「それでは……」


ミツキ

「月並みですが、負けた方が勝った方の言うことを聞くというのはどうでしょうか?」


ヨーク

「じゃあそれで」



 ヨークはまったくためらうこと無く、ミツキの提案を受け入れた。


 負けた時の心配などは、微塵もしていない様子だった。


 そんなヨークを見て、ミツキはこう尋ねた。



ミツキ

「良いんですか? 凄い命令が来るかもしれませんよ」



 脅しのようなミツキの言葉を聞いても、ヨークは揺らがなかった。


 彼は、楽しそうな様子を崩さずに、こう言った。



ヨーク

「こういうのって、大体はひよって、無難なお願いになるって決まってんだよなぁ」


ミツキ

「精一杯、良心の呵責を乗り越えさせていただきます」


ヨーク

「おまえ俺に何させたいの」


ミツキ

「ふふふ。楽しみにしておいて下さいね」


ヨーク

「まあ、勝てば良いか」


ミツキ

「ヨークの良心に期待していますね」


ヨーク

「俺の願いはもう決まってる」



 ヨークは一瞬だけ、真剣な顔を作った。


 ミツキがそれに対して何かを思う前に、その表情は崩れた。


 ヨークの表情筋は、ふたたび楽しげな笑みを形作っていた。



ミツキ

「そうですか?」


ミツキ

「……負けませんけど」



 ミツキも真剣な表情を作った。


 その表情は、しばらくのあいだ崩れなかった。



ヨーク

「頑張れ」


ヨーク

「……それでさ」


ヨーク

「神って奴とは、いつ決着をつけるんだ?」


ミツキ

「……悩ましいですね」


ミツキ

「敵の目的は、迷宮の邪神を倒すことで、神の完全な力を解放することにあります」


ミツキ

「ですが、邪神と戦うのに必要な鍵は、私が隠し持っている」


ミツキ

「私の元に鍵が存在している限り、連中は邪神を倒せないはずです」


ミツキ

「場のイニシャティヴは、私たちが握っていると言っても良いでしょう」


ミツキ

「しかし、鍵を隠しておくにも限界があります」


ミツキ

「寿命やその他の要因で私が死ねば、『収納』スキルも終焉を迎えます」


ミツキ

「そうなれば、問題を後の世代に、丸投げすることになってしまう」


ミツキ

「そうならないためにも、ヨーク、あなたが神を討たねばなりません」


ヨーク

「俺か~」


ミツキ

「そう。あなたです」


ミツキ

「あなたに神を討てないのであれば、他の誰にもそれは叶わないでしょう」


ヨーク

「あんまり持ち上げられても困るが」


ヨーク

「……それで、いつやるんだ?」


ミツキ

「レベルのことを考えれば、決着を引き伸ばした方が、私たちには有利となります」


ミツキ

「……ですが、気がかりも有ります」


ヨーク

「だな」


ミツキ

「まずは聖女の試練を乗り切りましょう」


ミツキ

「無事にクリーンさんが聖女になれたら、その時には神との決着をつけましょう」


ヨーク

「良いのかね。敵のお膝元で遊んでて」


ミツキ

「勝手にユリリカさんの守護騎士になったのは、ヨークの方だったと思いますけど」


ヨーク

「断るのも悪かったしなぁ」


ミツキ

「危機感が足りませんね」


ヨーク

「うーん……」


ミツキ

「まあ、アナタはそれで良いです」



 ヨークが戦いの鬼になれば、勝率は上がるだろう。


 だがミツキは、それをヨークに強いるつもりは無かった。


 出来ることなら、ずっと温かいままの彼でいて欲しい。


 それは世界の命運よりも優先される、ミツキのエゴだった。



ミツキ

「牙を研ぎましょう」


ミツキ

「姑息な罠など切り裂いてしまえるほど、鋭く」




 ……。




 ヨークたちは、修行や迷宮の探索を続けながら、クリーンを鍛えていった。


 ヨークはミツキ、クリーンと一緒に、99層の奥地までたどり着いた。


 その壁面に、重厚な金属製の大扉が見えた。



クリーン

「門……?」



 クリーンが呟いた。


 クリーンはヨークたちと違い、迷宮に関する前知識が無い。


 急に現れた人工物に、素直な驚きを見せていた。



ヨーク

「これが例のやつか……」



 何かをしっているふうに、ヨークがそう口にした。


 それを聞いたクリーンの視線が、ヨークへと向けられた。



クリーン

「ヨークはこの門が何なのか、知っているのですか?」


ヨーク

「聞いた話によると、この奥にはこわーい化け物が居るらしいぞ」


クリーン

「誰に聞いたのですか?」


ヨーク

「とある筋だ」


クリーン

「だから、それは誰なのですか」


ヨーク

「ナイショ」



 ヨークは神との戦いに、クリーンを巻き込む気はなかった。


 それに、ミツキの特異な力を説明するのも面倒だ。


 なのでヨークは、クリーンに細かい事情を話さないことに決めていた。



クリーン

「むぅ……」



 ヨークの気持ちなど知らないクリーンは、不満さを隠さなかった。



ヨーク

「それじゃ、マッピングだけ済ませて帰るか」


クリーン

「開けられないのですか? あの扉」



 せっかくここまで来られたのに、何もせずに帰るのか。


 クリーンは大扉に対して、大きな未練を見せた。



ヨーク

「開け方は分かってる」


ヨーク

「けど、今のところは開けるつもりは無いな」


クリーン

「戦わないのですか? その化け物と」


ヨーク

「なにせ、こわーい化け物だからな」


クリーン

「ヨークでも敵わないのですか?」


ヨーク

「ガチれば余裕」


クリーン

「口だけなら、何とでも言えるのです」


ヨーク

「……全部が無事に終わったら、挑みに来るのも良いかもな」


ヨーク

(世界樹の神を倒したら、勝手に出てくる可能性が高いが……)



 トルソーラとガイザークは、お互いに力を縛り合っているらしい。


 トルソーラが死ぬということは、ガイザークの真の力が解き放たれるということだ。


 そうなったとき、ガイザークが温厚にしている保証は無い。


 場合によっては、2柱の神と連戦をすることになるかもしれない。


 ヨークはそう予想していた。


 そうなれば、ガイザークとの戦いは、トルソーラとの決戦よりも、過酷なものとなるだろう。


 それに耐えられるだけの力を、身につけておく必要が有った。



クリーン

「全部? 聖女の試練のことなのですか?」


ヨーク

「それもあるし、他にもまあ、色々だ」


クリーン

「とにかく、また来るのですね?」


ヨーク

「気が向いたらな」


クリーン

「男ならハッキリするのです」


ヨーク

「男女差別やめろ」


クリーン

「絶対にまた来るのですよ? 良いですね?」


ヨーク

「はいはい」


クリーン

「『はい』は一回なのです」


クリーン

「約束ですよ?」


ヨーク

「ああ」


クリーン

「モフミちゃんも、約束です」


ミツキ

「はい。約束です」



 それから三人は、99層の探索を続けた。


 隅々まで歩き回り、マッピングを終わらせた。



ミツキ

「これで99層のマッピングも終了ですね」



 そう言ったミツキの手には、ラビュリントスの完璧な地図が有った。


 王都で売られている地図と比べると、手書きのその地図は、不格好だ。


 だが、ヨークたちにとっては、1から自分たちで作り上げた、大切な物だった。



ヨーク

「上がりか」



 しんみりとした様子で、ヨークがそう言った。


 クリーンも、それに共感したようだ。



クリーン

「もう……お仕舞いなのですね」


ヨーク

「おまえにとっては、これからが本番だろ?」


クリーン

「……そうですね」


ミツキ

「あの、ちょっと良いですか?」



 スキルで地図を『収納』して、ミツキがそう言った。



クリーン

「何なのですか?」


ミツキ

「今日、迷宮にドラゴンが出ると思います」


ヨーク

「……うん?」



 唐突なミツキの言葉に、ヨークは首を傾げた。



ミツキ

「ですから、ドラゴンが」


ヨーク

「どういうこと?」


ミツキ

「出ます。ドラゴン」


ヨーク

「ドラゴンって実在すんの?」


ミツキ

「らしいですよ」


ヨーク

「強いの?」


ミツキ

「なまら」


ヨーク

「なまらかー」


ミツキ

「迷宮の魔獣たちとは一線を画す相手です」


ミツキ

「肩慣らしには丁度良いでしょう」


ヨーク

「どこ? ドラゴンどこに出んの?」



 明らかにテンションが上がった様子で、ヨークはそう尋ねた。



ミツキ

「クリーンさんが、ヤカラに襲われた辺りですね」


ヨーク

「行こう。早く行こう」



 ヨークはワクワクとした様子で、ちらちらと帰り道を見た。



ミツキ

「急がなくてもドラゴンは逃げませんよ」


ヨーク

「そんなの分からないだろ?」


ミツキ

「あのですね、良いですか? ヨーク」


ミツキ

「逃げるドラゴンは、ドラゴンではありません」


ミツキ

「ただのトカゲです」


ヨーク

「なるほど。言われてみたらそうだな」


クリーン

「……意味がわからないのです」


クリーン

「そもそも、どうしてドラゴンが出るなんて分かるのですか?」


ミツキ

「スキルの力です」


クリーン

「そんなスキル、聞いたことが無いのです……」


ミツキ

「ユニークでしょう?」


ミツキ

「……さあ、行きましょう」



 ヨークたちは、帰りの階段を、足早に上っていった。


 そして、かつてクリーンが襲われた階層に移動した。



ミツキ

「……おや?」



 ドラゴンが出た場所に到着したミツキは、首を傾げた。



ヨーク

「どうした?」


ミツキ

(冒険者たちが居ない……?)





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