その15
ヨークはミツキを追った。
通りには人が多い。
突き飛ばさないように注意して駆けた。
特に、今は折れた剣を手に持っている。
注意する必要が有った。
二人のクラスレベルは同程度。
ミツキは聖騎士で、ヨークは魔術師。
クラスの差で、ミツキの方が脚が速い。
だが、二人の距離は徐々に縮まっていった。
ヨーク「待てよ……! 待てって!」
ようやくヨークの手が、ミツキの腕を掴んだ。
腕を掴まれたミツキは、抵抗せず立ち止まった。
ミツキ
「何ですか」
ミツキは振り返ることなく問うた。
ヨーク
「こっちの台詞だ。いきなり逃げんな」
ヨーク
「おかげであいつらに説明……」
ミツキ
「逃げる……?」
ミツキ
「アホなのですか?」
ヨーク
「は?」
ミツキ
「せっかく人が気を利かせたのです」
ミツキ
「積もる話も有るだろうと……」
ミツキ
「そう言ったのに、追いかけて来てしまうなんて……」
ミツキ
「アホですよ」
ヨーク
「俺が……お前のこと邪魔だなんて言ったかよ?」
ミツキ
「いえ」
ミツキ
「ですが、幼馴染の集まりに奴隷が混じるのは、どうですかね?」
ヨーク
「気にしてんのか? バニに奴隷って言われたの」
ミツキ
「いえ」
ミツキ
「私が奴隷というのは事実ですし?」
ヨーク
「事実だったら何とも思わないなんて、そんな馬鹿な理屈が有るか」
ミツキ
「……何なのですか」
ミツキ
「私は傷ついていないのに、どうしても、傷ついたという事にしたいのでしょうか」
ヨーク
「俺はあいつらに、お前を紹介したかった」
ミツキ
「必要の無いことです」
ヨーク
「お前が嫌なら止めるよ」
ミツキ
「嫌と言うか、無駄なことは止めておいた方が良いです」
ヨーク
「そうかよ」
ヨーク
「ただ、バニも別に悪い奴じゃねーんだ」
ヨーク
「あんまり嫌わないでいてくれると、助かる」
ミツキ
「まったく。誰が嫌ったと言ったのですか」
ミツキ
「下らない問答、もう止めにしません?」
ヨーク
「分かったよ。これからどうする?」
ミツキ
「私たち、迷宮に行く予定だったと思うのですが」
ヨーク
「行くか……。って」
ヨーク
「剣が折れてたんだった」
ヨークの手には、折れた長剣が握られっぱなしになっていた。
ミツキ
「そういえばそうですね。忘れてましたけど」
ミツキはフードの開口部の、上の方をつまんだ。
ミツキ
「あの男、あなたがくれた剣を折りました」
元は村の自警団から持ってきた剣だ。
だが、旅の流れでなんとなく、ミツキの剣ということになっていた。
ヨーク
「こんだけ見事に折れてると、どうしようもないな」
ヨーク
「……捨てるか」
ミツキ
「捨てるのは後で良いでしょう。私のスキルで収納しておきます」
ヨーク
「よろしく」
ヨークは折れた剣を逆さに持ち、ミツキに手渡した。
ミツキ
「はい」
ミツキのスキルによって、折れた剣はヨークの視界から消えた。
ミツキ
「武器屋に行きますか?」
ヨーク
「上層なら、剣無しでもなんとかなる気もするけどな」
上層とは、迷宮の1階層から20階層を指す。
初級冒険者の領域だ。
レベルをしっかり上げてきた自分たちなら、どうにかなる。
ヨークはそう見積もっていた。
ミツキ
「油断はいけませんよ」
ヨーク
「そうか」
ミツキ
「はい。それに、他にも必要な道具が有ると思いますし」
ヨーク
「道具?」
ミツキ
「迷宮の地図とか」
迷宮の地図。
少年心をくすぐる響きだった。
ヨークの心境が、一気に買い物へと傾いた。
ヨーク
「そうか。んじゃ、買い物行くか」
ミツキ
「はい。武器屋から行きましょう」
二人は武器屋を探して歩き始めた。
一方……。
バジルは、とある宿を訪れていた。
仲間の姿は無い。
一人だった。
バジルは階段を上り、2階に移動した。
そして客室の前に立ち、ノックをした。
グシュー
「入れ」
許可が出ると、バジルは扉を開いた。
バジル
「……失礼します」
中に入ると、丸テーブル周囲の椅子に、4人の男が腰掛けていた。
男たちの手にはカードが有った。
テーブルには貨幣が積まれている。
グシュー
「お前か」
リーダー格らしき男が、バジルを見て口を開いた。
人族。
髪は薄赤で、瞳は灰色。
背はヨークより少し高いくらい。
袖のない上着から、がっしりと筋肉のついた腕が伸びていた。
バジル
「どうも。グシューさん」
グシュー
「何だ? 依頼の話か?」
バジル
「はい。それもありますが」
バジル
「お尋ねしたいことが有りまして」
グシュー
「あ?」
バジル
「最近そちらで奴隷を売買されましたか?」
グシュー
「奴隷……?」
グシュー
「ああ。『狼耳』の……」
バジル
「……!」
狼耳と聞いた瞬間、バジルの四肢にぎゅっと力が入った。
グシュー
「『雄』ならたまに扱ってるが」
バジル
「…………」
バジルの四肢から力が抜けた。
バジル
「雄……ですか?」
グシュー
「ああ。なんでか知らねえけど、雄しか市場に出て来ねえんだよな」
グシュー
「それがどうかしたか?」
バジル
「いえ。失礼しました」
バジル
「……依頼の方は?」
グシュー
「悪いが、進展ナシだ」
グシュー
「実際、王都に居るって根拠もねえしな」
バジル
「そうですか」
バジル
「……これはほんの気持ちです。どうぞ」
バジルは高級酒の瓶をテーブルに置いた。
グシュー
「おお。ありがとよ」
バジル
「それでは、失礼します」
丁寧に頭を下げると、バジルは客室を出た。
階段を下り、宿屋から出て、立ち止まる。
思案した。
バジル
(連中はシロ……か?)
バジル
(下手に踏み込むと、逆にヨークが目ェつけられる可能性も有るからな……)
バジル
(そンなら……ヨークはいったいどこから奴隷を……)
一方。
宿の客室で、グシューは酒をグラスに注いでいた。
そのとき……。
オッチー
「グシューさん」
いつの間にか、窓の方に男の姿が有った。
華奢な優男のようだった。
グシュー
「うおっ!?」
グシューは驚いて、グラスの酒を零してしまった。
グシュー
「あぁ……もったいねえ……」
グシュー
「ドアから入って来いって言ってんだろうがよ」
オッチー
「すいません。つい癖で」
グシュー
「それで? 何の用だ?」
グシュー
「下らない用件だったら、ぶっ飛ばすぞ」
オッチー
「仕事です」
グシュー
「何すりゃ良いんだ?」
オッチー
「女を一人、始末して下さい」
ヨーク
「お邪魔しま~す」
ヨークたちは、武器屋を見つけて入店した。
エボン
「らっしゃい。何が欲しいんだ?」
禿頭の大男が、気の良い笑みでヨークを出迎えた。
ヨーク
「別に、普通の剣で良いんだけど」
ミツキ
「いけません」
ヨーク
「ん?」
ミツキ
「せっかく買って頂けるのに、すぐに折れるような剣では困ります」
ミツキ
「ずっと使える、頑丈なのが欲しいです」
ヨーク
「そうは言うがな。今のところ予算がそんなに無い」
ヨーク
「安物で我慢してくれ」
ミツキ
「むぅ……」
エボン
「おいおいボウズ。うちの商品を舐めてもらっちゃ困るぜ」
エボン
「一番下の剣だって、そう簡単に折れるような作りはしてねえよ」
ミツキ
「本当ですか?」
エボン
「ああ」
ミツキ
「それなら……」
ミツキ
「もし買った剣が折れてしまったら、もっと良いのに換えてもらっても良いですか?」
エボン
「んん? 良いぜ」
ミツキ
「それなら、これとこれ、二本お願いします」
そう言って、ミツキは長剣を2本、手に取った。
エボン
「分かった。鞘も買っていくか?」
ミツキ
「要りません」
ミツキ
「こいつらは、ここで折るので」
エボン
「えっ?」
ミツキは剣の片方を上方に投げた。
そしてもう片方の剣で、おもいきり切りつけた。
レベル100超えの、前衛職の膂力が、剣を叩き折った。
折れた刃が飛んだ。
刃は、エボンの顔のすぐ隣を通過し、壁に突き刺さった。
エボン
「ヒッ!?」
ミツキ
「あっ、すいません」
ミツキ
「刃が飛ぶ方向を考慮していませんでした」
ヨーク
(剣って斬れるんだな。知らんかった。てか)
ヨーク
「普通に殺人未遂じゃね? これ」
ミツキ
「事故ですよ。それで……」
ミツキ
「良い剣に換えてもらえるのですよね?」
エボン
「いや、折れたらっつったけど!? 自分で折るのはどうなの!?」
ミツキ
「そうは言いますけどね?」
ミツキ
「私と同じレベルの剣士と戦えば、私は剣を折られて負けるということですよ」
ミツキ
「そんな商品を、自信満面で売りつけるのは、如何なものでしょうか?」
エボン
「っ……」
エボン
「分かったよ。好きなの持ってけ」
ヨーク
「良いのか?」
エボン
「自慢の剣をこんな風にされたのは、産まれて初めてだ」
エボン
「身なりを隠してるが、凄い剣士なんだろう?」
エボン
「そんな人に商品を使って貰えるなら、ウチの店にも箔が付くってもんだ」
ヨーク
「そうか」
ヨーク
(実際はただの素人なんだが)
ヨーク
「ミツキ。どれにするんだ?」
ミツキ
「ヨークが選んで下さいよ」
ヨーク
「お前が使うんだ。自分で選んだ方が良いだろ?」
ミツキ
「私、剣の事なんか分かりませんから……」
ミツキ
「選んで下さい。お願いします」
ヨーク
「後で文句言うなよ?」
ミツキ
「はい」
ヨーク
「頑丈なのが良いんだったな」
ヨーク
「それじゃ、コレとかどうだ?」
ヨークは、巨大な刀身を持った、無骨な剣を選んだ。
ミツキ
「えっ。それは可愛くないです」
ヨーク
「文句言わないって約束だよな!?」
ヨーク
「つーか、可愛い剣って何だよ……?」
ミツキ
「無いですか」
ヨーク
「無いでしょ」
エボン
「有るぜ」
ヨーク
「有んの!?」
エボン
「可愛すぎて売れなかったんだが、倉庫から持ってくるか?」
ミツキ
「いえ」
ミツキ
「仕方ないので、ヨークが選んでくれたやつにします」
エボン
「ちぇっ」
ヨーク
「良いのか?」
ミツキ
「はい」
ミツキは、ヨークが選んだ大きな剣を手に取った。
ミツキ
「これ、下さい」
エボン
「よっしゃ。持ってけドロボー」
武器屋の男が冗談めかして言った。
だが、これはジッサイ泥棒と変わらないのではないか。
そう思ったヨークは、フォローを入れることに決めた。
ヨーク
「えっと……」
ヨーク
「今は金無いけど、稼げたらちゃんと払いに来るんで」
エボン
「おう。期待せずに待ってるぜ」
ヨーク
「信頼度低いな」
エボン
「あったりめぇだ」
エボン
「冒険者の言うことなんか真に受けて、商売なんてやってられっか」
ヨーク
「冒険者とはいったい……うごご……」
エボン
「けどまあ」
エボン
「ボウズたちにはちょっとは期待してるぜ」
ヨーク
「……ありがと」
エボン
「ボウズ。名前は?」
ヨーク
「ヨーク。ヨーク=ブラッドロードだ」
ミツキ
「ミツキです」
エボン
「俺はエボンだ。よろしくな」
ミツキ
「はい」
無事に剣を手に入れたヨークたちは、武器屋を出た。
その後、冒険者向けの道具屋へと向かった。
ミツキ
「これとこれとこれとこれ下さい」
ヨーク
(すげぇ何か買ってる……)
品数の多さに圧倒されるだけだったヨークを尻目に、ミツキは次々とアイテムを買い漁っていった。
買い物が終わり、二人は道具屋を出た。
ヨーク
「いっぱい買ったな~」
ミツキは両手いっぱいに荷物を抱えていた。
そして、それをスキルで『収納』していった。
ミツキ
「デスマネーが潤沢なので」
ミツキは、死んだ奴隷商人から奪った金銭を指し、そう言った。
ヨーク
「……めっちゃ呪われてそう」
ヨーク
「それで、何買ったんだ?」
ミツキ
「色々ですけど」
ヨーク
「何に使うんだ?」
ミツキ
「色々です」
ヨーク
「ふぉーえぐざんぽー」
ミツキ
「上層の地図を買いました。見ます?」
ヨーク
「見る見る」
ミツキは『収納』スキルで地図を取り出し、ヨークに渡した。
ミツキ
「どうぞ」
ヨークが受け取った地図は、冊子の形になっていた。
パラパラとめくると、一つの見開きごとに、一つの階層の地図が描かれている様子だった。
デザインが凝っていて、旅行者が土産として買っていくことも有るらしい。
ヨーク
「なんかワクワクするよな。こういうの」
ミツキ
「そうですか? 買って良かったです」
ヨーク
「ちなみに、そっちは何読んでんの?」
ミツキ
「冒険者の手引きです」
ヨーク
「面白い?」
ミツキ
「文字多いですよ」
ヨーク
「俺はこっちで良いや」
そう言ってヨークは、手中の地図に見惚れた。