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6の25「禁忌の子と悪の道」



イジュー

「なんなら私の悪行を、世間に訴えかけると良い」


イジュー

「卑劣な経営者は糾弾され、信用を失った工房は倒産」


イジュー

「おまえはパトロンを失うが……仕方が無いな」


イジュー

「それが正しいことなのだから」


クリスティーナ

「……………………」



 いったいイジューは何を考えているのか。


 クリスティーナにはわからなかった。


 自分がイジューを糾弾するように動けば、彼には損失しか無いはずだ。


 だというのに、彼の口調は、クリスティーナを挑発しているかのように聞こえた。


 どうせそんな事はできないだろう。


 やれるものならやってみろ。


 不可能だろうがな。


 ……そんなふうに考えているのだろうか。



イジュー

「おまえには、どちらを選ぶ権利も有る」


イジュー

「だが、黙っていては話は進まんぞ?」


クリスティーナ

「だけど……」


クリスティーナ

「もし全てを暴露すると言えば……あなたはボクを始末するのでは無いですか?」


イジュー

「そう思うか?」


クリスティーナ

「ボクを野放しにする理由が、無いじゃないですか」



 イジューは、人の手足を削ぐような連中の仲間だ。


 自分のような小娘くらい、簡単に始末できるのではないのか。


 そういう力が有るから、こうも堂々としていられるのだろうか。


 クリスティーナはそう考えた。



イジュー

「私は『輪』の中では温厚な部類だ」


イジュー

「こう見えて、まだ人を殺したことは無い」


イジュー

「……廃人にしたことは有るがな」


クリスティーナ

「……ダメじゃないですか」


イジュー

「ふむ。お前は……」


イジュー

「逃げ道を塞いで欲しいのか?」


クリスティーナ

「…………」


イジュー

「それなら、良い話を聞かせてやろうか」


イジュー

「おまえが引き取らないのなら、その娘は始末される」


クリスティーナ

「…………!」


イジュー

「知っているだろう?」


イジュー

「王都の法では、人族と魔族は、第3種族と子を成してはならない」


イジュー

「禁忌を破った者は、死罪だ」


イジュー

「子を生した夫婦、それに、産まれて来た子供もな」



 この国では、第3種族に人権は無い。


 だが、人権が無いというだけで、積極的に害されることは無い。


 奴隷としての立場を受け入れていれば、可愛がられさえするものだ。


 だが、禁忌を犯してしまえば話は別だ。


 第3種族は、他の種族と子を成してはならない。


 それを破った者は、生存すら許されなくなる。


 子も親も、法の下で抹殺される。


 そんな残酷な掟が、この国には存在していた。



イジュー

「その娘は、存在を隠すことで、今まで生き永らえてきた」


イジュー

「だが、こうして明るみになった以上、生かしておくことは出来ない」


イジュー

「有益な実験体となることで、生きる権利をやることが出来るが……」


イジュー

「実験体が不要というのなら、仕方が無いな」


イジュー

「これを送りつけてきた奴に、返却してやる」


イジュー

「殺処分は確定だろうがな」



 少女の生殺与奪は、クリスティーナへと委ねられた。


 クリスティーナには、彼女を見殺しにすることなどできない。


 クリスティーナには、便利な実験体が必要だ。


 彼女を助ける。


 彼女を手に入れる。


 哀れな少女の命を救う。


 便利な不具の少女を、弄り回してやる。


 救う。


 利用する。


 どこまでが建前で、どこまでが本心なのか。


 それすらもわからなくなり、クリスティーナの足元が揺れた。


 何にせよ、彼女の答えは決まってしまった。


 決められてしまった。



クリスティーナ

「……人権を与えないくせに、法で裁くなんて、狂ってる」



 後ろめたさのせいか、良心のせいか。


 クリスティーナはそう呟いた。



イジュー

「そうだな」


イジュー

「だがそんなことは、私たちには関係が無い」


イジュー

「選べ。娘を殺処分にするか」


イジュー

「有益な実験体として、生かす道を選ぶか」


クリスティーナ

「見事に逃げ道を塞いでくれましたね」


イジュー

「礼はいらん」


クリスティーナ

「……………………」


イジュー

「さて、娘を起こすぞ」


イジュー

「私に話を合わせろ。良いな」


クリスティーナ

「分かりました」



 イジューはポケットから、薬瓶を取り出した。


 そしてベッドの隣に立つと、眠る少女の口に、薬を流し込んでいった。



イジュー

「起きろ」



 イジューは薬瓶がカラになると、少女の体を揺さぶった。



ネフィリム

「ん……」



 少女はゆっくりと目を開いた。


 そして、眠そうに周囲を見た。



ネフィリム

「ここは……?」



 見慣れぬ風景が、少女の瞳に映った。


 不安を感じた彼女は、体を起こそうとした。


 だが、うまく起きられなかった。


 当然だ。


 彼女にはもう、手も足も無いのだから。



ネフィリム

「え……?」



 少女の目が、見開かれた。



イジュー

「どうした?」


ネフィリム

「手が……足が……あぁ……」


ネフィリム

「嫌あああああああああぁぁあぁぁぁっ!!!」



 狂乱に陥った少女の体が、ガクガクと痙攣した。


 自分が手足を奪われたという事実を、今はじめて知ったらしい。


 処置は、彼女の睡眠中に行われたのだろう。



クリスティーナ

「っ……!」


イジュー

「手足を落とした直後だったのか……!」



 イジューの顔に、初めて焦りが浮かんだ。



イジュー

「鎮静剤を持ってくる! 様子を見ておいてくれ!」



 イジューは牢から走り去っていった。



ネフィリム

「あああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ」



 少女はベッドの上で、震え続けていた。



クリスティーナ

「…………」



 クリスティーナは、少女に寄り添った。


 そして無言で、彼女を抱きしめた。



クリスティーナ

(謝ることは出来ない……)


クリスティーナ

(ボク自身の意思で、君をおもちゃにすることを選んだんだから……)



 正しい道から外れてしまった。


 少女の震えは、そんな事実を、クリスティーナに実感させた。


 やがてイジューが、急ぎ足で戻ってきた。


 彼は強引に、少女に薬を飲ませた。


 薬を飲むと、彼女は落ち着いた様子を見せた。



ネフィリム

「…………」


イジュー

「名前は?」



 無表情になった少女に、イジューはそう尋ねた。



ネフィリム

「ネフィリム」



 薬が効いているネフィリムは、気持ちの感じられない声で、自身の名前を口にした。



イジュー

「ネフィリム。私はイジュー=ドミニだ」


ネフィリム

「イジュー?」


イジュー

「そうだ」


イジュー

「ここに来るまでのことは、思い出せるか?」


ネフィリム

「家にいきなり、武器を持った人たちがやって来た」


ネフィリム

「お父さんもお母さんも、そいつらに捕まった」


ネフィリム

「それから、大きなお屋敷に連れて行かれて……」


ネフィリム

「お父さんたちとは別々にされて、閉じ込められて……」


ネフィリム

「怖くて泣いてたら、薬を飲まされて……」


ネフィリム

「起きたら、ここに居た」


ネフィリム

「……ねぇ」


ネフィリム

「私の手と足、どうしちゃったの?」


イジュー

「……おまえは禁忌の子だ。分かるか?」


ネフィリム

「……うん」


イジュー

「それを許せない連中に、おまえは捕らえられた」


イジュー

「そしてそのまま、おまえは殺されるところだった」


イジュー

「おまえから手足を奪ったのも、連中の仕業だ」


イジュー

「だが、私が助けてやった」



 酷い欺瞞を、イジューは口にした。


 ネフィリムは、自分たちの実験体になる子供だ。


 友好的な関係を築けることに、越したことは無い。


 そのための欺瞞だった。



ネフィリム

「おじさんが?」


イジュー

「そうだ。大金を払って、おまえを連中から買った」


イジュー

「私はおまえの命の恩人ということだ」


ネフィリム

「……そうなんだ」


ネフィリム

「ありがとう。おじさん」


イジュー

「とは言っても、ただの善意で助けてやったわけでは無い」


ネフィリム

「…………?」


イジュー

「私は魔導器工房を経営している」


イジュー

「おまえには、魔導器の開発に協力してもらう」


ネフィリム

「協力って……私、こんなだよ?」



 ネフィリムは、自身の下半身を見ながら言った。


 脚が有ったはずの所には、何も無くなってしまっていた。



イジュー

「そんな姿のおまえにしか、出来ないことも有る」


ネフィリム

「そうなんだ?」


イジュー

「彼女はクリスティーナ。私の……部下だ」



 クリスティーナに視線を送りながら、イジューはそう言った。



ネフィリム

「こんにちは。ネフィリムだよ」


クリスティーナ

「こんにちは。と言っても、今は夜だけどね」



 クリスティーナは平静を装い、ネフィリムに微笑みかけた。



ネフィリム

「そう?」


イジュー

「クリスティーナは、あの若さで凄い設計技師なんだ」


ネフィリム

「せっけい……?」


イジュー

「魔導器の仕組みを、考える人のことだ」


ネフィリム

「凄いんだね。私と同じくらいなのに」


イジュー

「彼女は今、義手や義足の研究をしている」


イジュー

「手足の無いおまえには、彼女の魔導器のテスターになって欲しい」


ネフィリム

「てすたー?」


イジュー

「魔導器がきちんと動くか、テストする人のことだ」


ネフィリム

「そっか。頑張るね。てすたー」


ネフィリム

「それで……」


ネフィリム

「お父さんとお母さんはどこ?」


クリスティーナ

「っ……!」


イジュー

「おまえの親は死んだ」


イジュー

「おまえを捕らえた連中に、殺された」


ネフィリム

「そっか……」


ネフィリム

「変なの」


ネフィリム

「お父さんとお母さんが死んだのに、あんまり悲しくないの」


ネフィリム

「……変なの」


イジュー

「今は薬が効いている。それで感情が抑えられているんだ」


イジュー

「あとでつらくなる」


イジュー

「その時に泣くと良い」


ネフィリム

「そっか。うん」


ネフィリム

「後で泣くね」




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