6の24「純潔と混血」
クリスティーナ
「道楽……ですか」
イジュー
「気に障ったか?」
クリスティーナ
「……少し」
イジュー
「ならば、見返してみるがいい」
イジュー
「図面は製造部門に回しておく。試作品が出来たらまた来い」
クリスティーナ
「はい」
その日はそれで解散になった。
試作品は、一月たらずで完成した。
当然それは、彼女たちの満足に足るものでは無かった。
それでクリスティーナが挫けることは無かった。
彼女が目指すのは、前人未到の境地だ。
困難に挑んでいるということは、十分にわかっていた。
そして彼女には、車椅子つくりの経験が有る。
ものづくりというものが、どれだけ困難なものか。
彼女は既に、それを学んでいた。
クリスティーナは、焦ることなく義手の製作を進めた。
……。
半年の時が、あっという間に過ぎた。
ドミニ工房の空き部屋。
クリスティーナはその日も、義手のテストを行っていた。
このとき、クリスティーナの腕には、試作品の義手がはめられていた。
外見は、ガントレットに近い。
内部をスカスカにするわけにはいかないので、がっしりとした見た目をしている。
クリスティーナは筋力を使わず、念によって義手を動かした。
義手は滑らかに動いた。
何度も試作を重ねている。
最初の作品と比べれば、見違えるほどに挙動が安定していた。
義手は、テーブル上のコップへと向かった。
ガラス製の透明なコップには、なみなみと水が注がれていた。
義手の指が、コップに触れた。
そして義手は、ゆっくりとコップを掴んだ。
クリスティーナはコップを持ち上げた。
そして、少し横に動かすと、ゆっくりとテーブルに下ろした。
クリスティーナ
「……ふぅ」
緊張が解け、クリスティーナは息を吐いた。
イジュー
「成功か」
クリスティーナの斜め後ろで、イジューが口を開いた。
今までのテストでは、コップを潰してしまったり、落としてしまったりしていた。
幾度もの改良の末、ついにコップを割らずに運ぶことが出来た。
飛躍的な進歩だと言えた。
クリスティーナ
「辛うじてといった感じですけどね」
クリスティーナ
「実際の手でやるよりも、かなり集中してやらないと、余計な力が入ってしまいます」
クリスティーナ
「生身の手と同等と言うには、程遠いですね」
クリスティーナの声音に、満足の色は見られなかった。
彼女の目標は、もっと高い所に有る。
もし完璧な義手ができたとしても、それはまだ通過点に過ぎない。
マリーの全身を、不自由なく動かす魔導器。
それにたどり着くまで、クリスティーナが満足することは無い。
イジュー
「そうか」
イジューはクリスティーナの志を、褒めることもたしなめることも無かった。
イジュー
「次はどうする?」
平坦な口調で、イジューはそう尋ねてきた。
クリスティーナ
「……地道にやるしかありませんね」
クリスティーナ
「魔石を調整しては替えての、繰り返しです」
クリスティーナ
「何か劇的なアイデアでも浮かべば、別ですけどね」
イジュー
「ふむ」
イジュー
「それなら……義足の方を試してみるつもりは有るか?」
クリスティーナ
「見つかったんですか? 探していたテスターが」
イジュー
「…………」
イジュー
「おまえは……」
イジュー
「何を支払ってでも、義足を完成させたいと思うか?」
クリスティーナ
「もちろんです!」
イジュー
「それなら……」
イジュー
「今晩、私の別荘に一人で来い」
クリスティーナ
「えっ? それって……」
クリスティーナ
「まさか枕営業とか? なーんて……」
クリスティーナは、茶化すような口調で言った。
だが……。
イジュー
「嫌か?」
イジューは真剣な口調で、そう尋ねてきた。
クリスティーナ
「…………」
クリスティーナの表情が、ぴしりと固まった。
クリスティーナ
「ホントの……本気ですか?」
イジュー
「嫌なら構わん」
イジュー
「テスターの発見が、遅れるだけの話だ」
クリスティーナ
「あ……ええと……」
クリスティーナ
「少し……考えさせて下さい……」
クリスティーナは、弱々しい口調でそう言った。
彼女にとって、一番大切なのは、妹のマリーだ。
彼女のためなら、この生命を捧げても構わない。
覚悟が有る。
……そのつもりだった。
自身の純潔くらい、いくらでもくれてやる。
そのつもりだったのに……。
実際にそのような提案をされると、彼女の心は怯えてしまった。
イジュー
「期限は今夜の9時だ」
イジュー
「10分でも遅れたら、この話は無かったことにする」
クリスティーナの怯えなど、知ったことではない。
そう思っているかのように、イジューは淡々と言葉を続けた。
言いたいことを言い終えると、イジューは部屋から出ていった。
クリスティーナ
「あ……」
クリスティーナ
「……………………」
少しすると、クリスティーナも空き部屋を出た。
そして工房を出て、病院へと歩いた。
彼女はまっすぐに、マリーが居る病室へと向かった。
マリー
「姉さん。いらっしゃい」
マリーはクリスティーナを、微笑みと共に出迎えた。
彼女のベッドの隣には、黒い車椅子が有った。
クリスティーナがプレゼントした物だった。
クリスティーナ
「いらっしゃったよ」
クリスティーナは、マリーに微笑みを返した。
マリーを車椅子へ乗せると、二人は公園に向かった。
公園で、学校の話などをしながら、クリスティーナはマリーの隣を歩いた。
クリスティーナ
「ねえ、マリー」
マリー
「何?」
クリスティーナ
「ボク、頑張るよ」
クリスティーナ
「絶対に、君を歩けるようにしてみせる」
マリー
「うん」
マリー
「信じてる」
……クリスティーナの覚悟が決まった。
……。
夜になった。
8時過ぎになると、クリスティーナは家から出た。
そして、イジューの別荘に向かった。
彼女は広い庭を通り、別荘の玄関前に立った。
そして、呼び鈴を鳴らした。
クリスティーナ
「…………」
しばらく待ったが、反応は無かった。
彼女は仕方なく、玄関扉に手を伸ばした。
鍵はかかっていなかった。
クリスティーナは扉を抜け、玄関ホールと入った。
ホールにひとけは無かった。
だが、灯りはしっかりと点いていた。
クリスティーナ
「ドミニさん?」
心細さを感じたクリスティーナは、イジューの名を呼んだ。
そのとき。
イジュー
「待っていたぞ」
玄関ホール脇の通路から、イジューが姿を現した。
イジュー
「覚悟は決まったか?」
クリスティーナ
「はい」
イジュー
「それなら、ついてこい」
イジューはクリスティーナに背を向け、歩き出した。
クリスティーナは慌てて後を追った。
イジューは一階の、とある一室へと入っていった。
クリスティーナ
「お酒……?」
クリスティーナは、疑問符を浮かべた。
そこは酒蔵のようだった。
涼しい室内に、いくつもの棚が並べられていた。
そしてどの棚にも、酒瓶がずらりと並んでいた。
イジュー
「他の何に見える?」
クリスティーナ
「こんな所で……するんですか?」
色気の有る場所ではない。
クリスティーナはそう思い、イジューにそんな質問をした。
イジュー
「…………」
イジューは疑問には答えず、酒蔵の奥へと歩いていった。
そして、いちばん奥の棚の前で立ち止まった。
彼は酒瓶の位置を動かすと、空いたスペースに手を突っ込んだ。
すると……。
クリスティーナ
「…………?」
部屋が地震のように震え、棚が動きだした。
今まで棚が有った場所に、地下への階段が現れた。
クリスティーナ
「何なんですかこれ……」
イジュー
「隠し階段が珍しいか?」
クリスティーナ
「少なくとも、ボクの家には無いですね」
イジュー
「行くぞ」
イジューは階段を下りていった。
クリスティーナもそれに続いた。
やがて二人は、階段を下りきった。
その先の空間に、地下牢が並んでいるのが見えた。
クリスティーナ
「何のためにこんな……」
イジュー
「変態どもには必要なのさ」
クリスティーナ
「……………………」
イジューは通路を、突き当りまで進んでいった。
そして、一番奥の牢を開けた。
彼はその中へと入っていった。
遅れてクリスティーナも牢に入った。
クリスティーナ
「…………!」
中に有るモノを見て、クリスティーナの体が、ビクリと固まった。
ネフィリム
「…………」
牢の中には、ベッドが置かれていた。
その上に、一人の少女が寝かされていた。
少女は目を閉じており、意識は無い様子だった。
彼女の頭の側面には、赤い角が生えていた。
肌は青白かった。
そして何より、彼女には、手足が一本も無かった。
二の腕の途中、そして太ももの途中で、彼女の手足は切除されていた。
クリスティーナ
「第3種族? 奴隷? いや、そんなことより……」
イジュー
「そう」
イジュー
「この娘は、禁忌の子だ」
イジュー
「そして、おまえのテスターだ」
クリスティーナ
「……どうして禁忌の子が、あなたの別荘に居るんですか」
クリスティーナ
「それも……地下牢に」
イジュー
「知り合いに世間話で、義足のテスターを探していると言った」
イジュー
「そうしたら、この娘を売りつけて来た」
クリスティーナ
「知り合い?」
イジュー
「気にするな。ただのクズどもさ」
クリスティーナ
「気にするに決まってるでしょうが」
イジュー
「詮索するだけ無駄だ」
クリスティーナ
「っ…………」
クリスティーナ
「彼女の手足は……どうしたんですか」
イジュー
「私が見た時には、この姿だった」
イジュー
「用途は伝えてあったからな。気を利かせてくださったというわけだ」
イジュー
「どうやったのか。切断面も綺麗なものだ」
イジュー
「それと卵巣の位置に、手術痕が有ったな」
イジュー
「こっちは、わざと痕が残るようにしてある」
イジュー
「まったく、連中らしいことだ」
クリスティーナ
「ドミニさん! 分かっているんですか!?」
クリスティーナ
「これは非道な人体実験ですよ!?」
イジュー
「そうだな」
イジュー
「まったくもってその通り。悪魔の所業、人の道を外れたクズのすることだ」
イジュー
「……それで?」
イジュー
「それなら、止めておくか?」
クリスティーナ
「っ……」
イジュー
「人体実験は、良くないことだからな」
イジュー
「こんな悪いこと、止めてしまおうか」




