6の23「完成品とその次」
車椅子に乗ったマリーが、町を進んでいった。
クリスティーナたち3人は、その少し後ろに続いた。
マリー
「姉さん……」
マリーが小さな声を漏らした。
クリスティーナ
「どうしたの? マリー」
マリー
「すごい見られてる……気がする……」
マリーは恥ずかしそうに言った。
見られているというのは、彼女の自意識過剰では無いだろう。
いくつもの視線が、ちらちらとマリーに向けられていた。
まず車椅子というもの自体、あまり街中で見かける物では無い。
そのうえこの車椅子は、人の手を借りずに動いている。
さらに、その後ろには、不揃いな3人組の姿が見える。
桃髪の美少女、エリート然としたスーツの男、がっしりとした作業着姿の男。
いったいどういう集まりなのか。
人々には想像もつかなかった。
マリーは普通の少女だ。
少なくとも本人は、そうありたいと願っている。
このような視線には、慣れてはいなかった。
クリスティーナ
「うん。マリーは可愛いからね。どうしても目立ってしまうんだろうね」
クリスティーナ
「それじゃあ静かな公園にでも行こうよ」
クリスティーナは、マリーを視線から遠ざけるため、そう提案した。
マリー
「……うん」
4人は公園へと入っていった。
街の通りと比べると人通りは少ない。
落ち着いた雰囲気だと言えた。
おかげでマリーも穏やかさを取り戻したようだ。
クリスティーナ
「良い天気だねえ。歌でも歌ってあげようか?」
秋の太陽に誘われて、クリスティーナはそう提案した。
マリー
「恥ずかしいから止めて」
クリスティーナ
「えっ」
……。
4人は、のんびりと公園を進んでいった。
全てが順風満帆に思え、クリスティーナは浮かれていた。
……ゴンと、鈍い音が鳴った。
車椅子が、大きめの石を、蹴飛ばしてしまったのだった。
ガタリと揺れて、車椅子は動かなくなった。
クリスティーナ
「マリー……!?」
クリスティーナは慌て、マリーの前に回り込んだ。
マリー
「……だいじょうぶ」
クリスティーナ
「本当に? どうして止まって……」
イジュー
「手だ」
クリスティーナ
「あっ……」
イジューの指摘によって、クリスティーナは車椅子が止まった理由に気付いた。
マリーの右手が、手すりから落ちてしまっていた。
石を踏んだ時の衝撃が原因だろう。
クリスティーナ
「たったこれだけで……」
クリスティーナはショックを受けた。
この状況から、一人でのリカバリは不可能だ。
マリーの自由は、たった一つの石ころに、破壊されてしまったということになる。
イジュー
「そうだな」
イジュー
「そして、たったこれだけのことに、気付くことが出来なかった」
イジュー
「実地で試さなくては、分からないことが有るということだ」
クリスティーナ
「っ……」
イジュー
「さて、どう改良する?」
イジューは二人にそう尋ねた。
ガンジ
「腕にベルトをはめてみては?」
イジュー
「確実かもしれんが、まるで囚人のようでもある」
イジュー
「使う側は、良い気分がせんかもな」
イジュー
「それに、無理に固定することで、逆に事故の原因になる場合も有る」
イジュー
「……手すりに窪みを作るのが、良いかもしれんな」
ガンジ
「なるほど……」
クリスティーナ
「…………」
二人の話し合いに、クリスティーナは参加できなかった。
心に衝撃が残っていた。
それをすぐさま振り払うことは、未熟な少女には不可能だった。
クリスティーナ
(未完成品だった……)
クリスティーナは車椅子が、ほとんど完成したと思っていた。
自信を持って妹を乗せられる。
そう思っていた。
だがそれは、愚かな勘違いにすぎなかった。
クリスティーナ
(出来損ないにマリーを乗せて、いい気になってたんだ……)
クリスティーナ
「ごめん。ごめんね。マリー」
成功体験を、マリーにあげたかった。
あげられると思っていた。
だがそれは、ただの驕りに過ぎなかった。
台無しにしてしまった。
そう思ったクリスティーナは、妹にわびた。
マリー
「どうして謝るの?」
マリー
「楽しかった。ありがとう。姉さん」
クリスティーナ
「……うん」
……。
二ヵ月後。
ドミニ工房の空き部屋。
クリスティーナの前に、改良が重ねられた車椅子が、2台有った。
様々なテスターの意見が取り入れられた、完成品だ。
イジュー
「これで一旦完成とする」
イジュー
「魔導車椅子の開発は、本日をもって終了とする」
クリスティーナ
「はい。あの……」
クリスティーナ
「その車椅子はどうするんでしょうか?」
イジュー
「ちょうど、これを欲しがっている物好きな成金が居てな」
イジュー
「そいつがこれを買った」
クリスティーナ
「2台とも……ですか?」
イジュー
「いや。今のところは1台だけだな」
クリスティーナ
「っ……ボクにこれを売って下さい!」
クリスティーナ
「これ、いくらですか?」
イジュー
「値を付けるなら、大金貨8枚といったところだろうな」
学生のクリスティーナには、とても手が出ない価格だった。
クリスティーナ
「ぁ……」
せっかく造った車椅子が、自分の手に入らない。
そのことに気付いたクリスティーナは、か細い声を上げた。
そのとき……。
イジュー
「……金はいらん。持っていけ」
いつもの仏頂面で、イジューがそう言った。
クリスティーナ
「良いんですか……!?」
イジュー
「後で才能で払ってもらう」
クリスティーナ
「ありがとうございます!」
クリスティーナは深々と頭を下げた。
そのとき。
社員の一人が空き部屋に入ってきた。
彼はイジューの前に立ち、そして言った。
「社長。加熱箱に300台の追加発注が来ました」
「確認のサインをお願いします」
イジュー
「ああ」
イジューは書類にサインをした。
その社員は、サインだけ受け取ると、素早く去っていった。
クリスティーナ
「加熱箱? それって……」
聞き覚えの有る名前だ。
そう思い、クリスティーナは尋ねた。
イジュー
「リホ=ミラストックの図面だ」
クリスティーナ
「ミラストックさんの魔導器……売れてるんですか?」
イジュー
「ここ三ヶ月で3000台売れた」
クリスティーナ
「…………!」
イジューの言葉は、クリスティーナに衝撃をもたらした。
クリスティーナ
(ボクが売れない車椅子を作ってる間に……そんなに……)
クリスティーナ
「ボクも……」
イジュー
「む?」
クリスティーナ
「ボクも売れる魔導器を創ります!」
クリスティーナは、リホへのライバル心を燃え上がらせ、そう言った。
イジュー
「そうか」
イジューは彼女の熱意に、フラットに答えた。
そしてこう尋ねた。
イジュー
「それより、次はどうするのだ?」
クリスティーナ
「え?」
イジュー
「通過点なのだろう? この車椅子は」
クリスティーナ
「はい」
イジュー
「次は何を創る?」
クリスティーナ
「次は義手義足を作りたいと思っています」
イジュー
「図面は?」
クリスティーナ
「家に有ります。……ほんの試作ですが」
イジュー
「持って来い」
クリスティーナ
「はい!」
クリスティーナは、部屋の出口に向かおうとした。
それから後ろ髪を引かれるように立ち止まり、車椅子を見た。
イジュー
「病院に送っておいてやる。とっとと行け」
クリスティーナの気持ちを察し、イジューはそう言った。
クリスティーナ
「は、はい!」
イジュー
「私は社長室に戻る」
クリスティーナは、走って部屋から出ていった。
30分後。
彼女は図面を持ち、社長室にやってきた。
クリスティーナ
「図面です!」
元気の良い声と共に、クリスティーナは図面を差し出した。
イジュー
「ふむ……」
イジューは机の上に、その図面を広げた。
そしていつもの気難しい顔で、図面を眺めた。
イジュー
「……………………」
いつまで経っても、イジューは口を開かなかった。
クリスティーナ
「社長……?」
不安に思い、クリスティーナはイジューを呼んだ。
イジュー
「解説してくれ」
クリスティーナ
「アッハイ。これはですね……」
……。
1時間後。
クリスティーナはイジューへの説明を終えた。
イジュー
「……相変わらず難解だな」
イジューは苦い顔で言った。
クリスティーナの理論は、リホですら理解が難しかった物だ。
イジューは魔導器販売の天才だが、エンジニアとしての才能は、リホに劣る。
社長業に忙しく、技術者としてのブランクも有る。
脳のピークも通り過ぎている。
今のイジューに、天才の理論を完全に理解するのは、難しかった。
クリスティーナ
「すいません」
イジュー
「謝るな。私がアホなだけだ」
イジュー
「…………」
クリスティーナ
「…………」
イジュー
「いっそ、このまま造ってみるか」
クリスティーナ
「良いんですか?」
イジュー
「車椅子の時は、既存の車椅子を元に、形を練り上げていけば良かった」
イジュー
「だが……義手とは、この世に存在しない架空の物だ」
イジュー
「義足なら有る」
イジュー
「だが、それは魔導器ではなく、杖のように体を支えるだけの物だ」
イジュー
「おまえが目指している義手義足とは、全く別次元の物だ」
イジュー
「前例が無い以上、1から全てを作り上げねばなるまい」
クリスティーナ
「そんなことをしていたら、物凄いお金がかかるんじゃ……」
イジュー
「私の工房を舐めるな」
イジュー
「この程度の道楽で潰れるような、ヤワな経営はしていない」




