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6の20「加熱箱と車椅子」




リホ

「どうって、もう教えてもらえることは無いんスね?」


イジュー

「設計で悩む部分が有れば、答えてやる」


リホ

「それなんスけど……」


リホ

「ウチ、デザインとか興味無いんスよね」


リホ

「技術的な魅力の無いモノを作るのに、興味を感じないんス」


リホ

「いや、別に物の外見が、全く気にならないってわけじゃ無いんスよ?」


リホ

「ただ、わざわざウチがやる必要を感じないというか……」


リホ

「そういうのはウチ以外の連中が、がんばれば良いと思うっス」


イジュー

「おまえの好みなど知ったことか」


イジュー

「図面を提出しなければ、評価はやれん。落第だ」


イジュー

「つまり、単位もやれんということだ」


リホ

「……そうっスか」


リホ

「これじゃあダメっスかね?」



 リホは自身の通学用カバンを開いた。


 そして中から、折りたたまれた製図用紙を取り出した。



イジュー

「それは?」


リホ

「ウチが考えた魔導器っス」



 そう言われ、イジューは顔をしかめた。


 製図用紙というものは、通学カバンに入れるモノでは無い。


 専用の図面入れに保管しなくては、折り目がついてしまう。


 魔導技師たるもの、図面は大切に扱うものだ。


 そんな基本の心得すら、この娘は教わっていないというのか。



イジュー

「見せてみろ」



 イジューは苦々しい顔で、リホにそう命じた。



リホ

「ういっス」



 リホは製図用紙を広げた。


 そして、折り目だらけの図面を、机の上に広げた。


 イジューはリホの後ろに立ち、図面を覗き込んだ。



イジュー

「む……」



 学生レベルを遥かに超えた複雑な機構が、そこには有った。



リホ

「どうっスか?」


イジュー

「ちょっと……待て……」


イジュー

「……………………」



 イジューは食い入るように、1時間ほど図面を見つめた。


 その間、彼は一言も発さなかった。


 いったい何事なのか。


 周りの生徒たちが不安そうに、チラチラとイジューの方を見た。



イジュー

「これは……」



 図面を読み終え、イジューは口を開いた。



イジュー

「酷いな」


リホ

「えっ? どうしてっスか?」



 自慢の図面を否定され、リホは驚きの声を発した。



イジュー

「デザインが酷すぎる。ただの四角い箱だ。売れる形をしていない」



 イジューは商売人としての視点から、そう発言した。


 その言葉を聞いて、リホの表情から興味が消え去った。



リホ

「……見た目はどうでも良いっス」


リホ

「どうなんスか? ウチが考えた回路は」



 リホの関心は、デザインなどより高度な技術に向けられている。


 見た目より、魔導刻印の方を評価して欲しいと思っていた。



イジュー

「この魔導器の名前は?」



 イジューはリホの言葉には答えず、そう質問してきた。


 リホは素直に答えることにした。



リホ

「加熱箱っス」


イジュー

「なるほど……」


イジュー

「この図面、言い値で買おう」


リホ

「えっ?」


イジュー

「この魔導器は金になる。新しくかつ、有用だ」


イジュー

「……見た目さえ、なんとかすればの話だがな」


リホ

「ええと……」


リホ

「イジュー=ドミニが、ウチの図面を買うって言ってるんスか?」



 リホは天才だ。


 そしてそれを、自覚してもいる。


 だがそれでも、彼女はただの学生にすぎない。


 対するイジューは、業界のトップだ。


 そんな人物が、リホの図面に金を出すと言っている。


 リホの内面に、ふわふわとした驚きが生じた。



イジュー

「そうだ。いくら欲しい?」


リホ

「ええと……」



 リホは技術者としては一流だが、商売の素質は無い。


 自分の発明に、いくら値をつけるのが正解なのか。


 それがさっぱり分かっていない様子だった。



クリスティーナ

「ドミニさん」



 リホが迷っていると、遠くの席から、クリスティーナが口を開いた。



イジュー

「ん?」


クリスティーナ

「お金の話なんて、教室ですることじゃ無いと思いますけど」



 クリスティーナは、キツめの口調でそう言った。


 ただでさえ、リホは学校での立場が弱い。


 大金を手にしたと分かれば、目をつけられる可能性が高い。


 リホに危険が及ぶような話は、して欲しくないと思っていた。


 そんなクリスティーナに、リホは冷めた感情を向けた。



リホ

(ハッ。嫉妬っスか)



 リホは内心で笑った。


 一方で、イジューはクリスティーナの意見に同意した。



イジュー

「そうか。そうだな」



 金の話は、そこでおしまいになった。


 ……なんだつまらない。


 提示された金額によっては、先輩をもっと悔しがらせることができたかもしれないのに。


 リホはそう思ったが、それを表に出せるほどには、気が強くは無かった。



イジュー

「あと何年で卒業出来る?」



 話題を切り替えて、イジューはそう質問してきた。



リホ

「分からないっス。まだ1年なんで」


イジュー

「卒業したら、うちの工房に来い」


リホ

「……良いっスよ」



 どうにもトントン拍子すぎる。


 リホはそのことに若干の疑念を抱きつつ、イジューのオファーを承諾した。


 魔導技師にとって、ドミニ工房を超える就職先は存在しない。


 それ以上の成果を得る手段は、起業くらいしか無いだろう。


 そしてリホは、社長業には興味が無かった。


 自分の能力が、経営に向いているとも思っていなかった。



イジュー

「A評価をやる。帰って良いぞ」


リホ

「そうっスか」



 お墨付きをもらったリホは、椅子から立ち上がった。



リホ

「お先に失礼っス」



 リホはそう言い残すと、教室から去っていった。



イジュー

「どうした? 手が止まっているぞ?」



 イジューは生徒たちに、厳しい視線を向けた。


 様子をうかがっていた生徒たちが、慌てて作業を再開した。


 その直後、クリスティーナが口を開いた。



クリスティーナ

「あの……ドミニさん」


イジュー

「どうした?」


クリスティーナ

「ボクの図面も見てもらえませんか?」


イジュー

「見せてみろ」



 イジューはクリスティーナに近付いていった。


 クリスティーナは、図面をケースから取り出した。


 リホの図面と違い、彼女の図面は、折り目ひとつ無い綺麗なものだった。


 イジューはリホの時と同様に、後ろから図面を覗き込んだ。


 クリスティーナはドキドキしながら、イジューが口を開くのを待った。



イジュー

「これは……車椅子か?」



 魔導器の外見だけを咀嚼して、イジューはそう尋ねた。



クリスティーナ

「はい」


イジュー

「回路が難解だな……。車椅子を動かすのに、こんな複雑な魔石が必要なのか?」


クリスティーナ

「はい。これは……」


クリスティーナ

「手を使わなくても、イシだけで走る車椅子なんです」


イジュー

「ふむ……。それが本当なら大したものだが……」


イジュー

「売り物にはならんな。これは」


クリスティーナ

「えっ……」


クリスティーナ

「見た目ですか? デザインが……」


イジュー

「見た目は後で直せば良い」


イジュー

「ただ、需要が無いから売れん」



 イジューは商売人としての視点で、きっぱりとそう断言した。



クリスティーナ

「需要……ですか?」


イジュー

「お前はこの車椅子を、誰に売るつもりだ?」



 イジューは答えを与える代わりに、クリスティーナに疑問を投げかけた。



クリスティーナ

「それはもちろん……両脚が不自由な人に……」


イジュー

「まず、その両脚が不自由な人というのが少ない」


イジュー

「そして、手が元気なら、自分で車椅子を走らせることは出来る」


イジュー

「この車椅子は、それすら出来ない限られた人たちを、ターゲットにしているわけだ」


クリスティーナ

「それは……はい……」


イジュー

「そして、1番の問題はだ」


イジュー

「手足が不自由な人の保護者が、この車椅子を欲しがるかどうかだ」


クリスティーナ

「保護者……ですか? 本人では無く」


イジュー

「分からんか?」


イジュー

「手足が動かない者には、それを介護する人たちが居る」


イジュー

「そういった人たちの支持を得られなければ、これを売ることは出来ん」


クリスティーナ

「……分かりません」


クリスティーナ

「どうしてボクの車椅子は、支持を得ることが出来ないのですか」


イジュー

「心配だからだ」


クリスティーナ

「心配……?」


イジュー

「この車椅子を必要とするような人間は、一人では危機に対処出来ない」


イジュー

「中には頭がボケた老人だって居る」


イジュー

「そんな連中が、フラフラと自分の意思で動き回ることを、周囲の人間は歓迎しない」


イジュー

「自分の目に見える所に、留め置ける方が安心するのだ」


イジュー

「普通に、補助動力付きの車椅子でも作った方が、よっぽど売れるだろうな」


クリスティーナ

「だけど……」


クリスティーナ

「人は……自分の意思で動きたいんです……!」


クリスティーナ

「介護する人たちだってきっと……家族が自分の意思で動ける所を、見たいと思うんです……!」


イジュー

「家族か。なるほどな」


イジュー

「おまえの家族に、全身不随を患った者が居るのだな?」


クリスティーナ

「……はい」


イジュー

「だが、介護をする者の何割かは、家族などでは無い」


イジュー

「専門の職についた者が、患者の面倒を見ているのだ」


イジュー

「おまえも……」


イジュー

「家族を誰かに任せているから、学校に通えているのだろう?」


クリスティーナ

「あ…………」


イジュー

「商品にはならん」


イジュー

「だが、技術としては目を見張るものがある。A評価をやろう」


クリスティーナ

「う……うぅ……」



 業界のトップに、自分の図面を否定された。


 その事実が、クリスティーナの心に、深く食い込んだ。


 彼女は人目もはばからず、泣き出してしまった。



イジュー

「泣くな。鬱陶しい」


クリスティーナ

「ボクには……魔導技師の才能は……無かったんですね……」




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