その14「再戦と勝敗」
ヨークたちは、ギルド前の広い通りに出た。
ヒリついた様子の冒険者たちを、街行く人々は避けて通る。
ヨークとバジルを基点に、開けた空間が出来た。
バジル
「……で?」
バジルは首を傾けて、問うた。
ヨークは、自分に向けられたバジルの瞳を、まっすぐに見返した。
そして言った。
ヨーク
「バジル」
ヨーク
「俺は……冒険者になる」
バジル
「はっ?」
バジルは嘲笑の気を吐き出した。
バジル
「前に分からせてやったはずだが?」
バジル
「分からなかったか? それとも、忘れっちまったのか?」
ヨーク
「あれは悔しかったさ。けどな……」
ヨークの表情が、穏やかに崩れた。
ヨーク
「自分の道は見つけた」
ヨーク
「俺だけの道だ」
ヨーク
「もう……卑屈にはならない」
バジル
「もう一回分からせてやろうか?」
バジルは腰の剣に手をかけた。
バニ
「ちょっと……! バジル……!」
冒険者はあらくれだ。
それでも、通りで切り合うというのは、穏やかでは無い。
それに、前にどうなってしまったのかを忘れたのか。
バニは視線でバジルを牽制した。
だが……。
ヨーク
「そうしてくれ」
ヨークは堂々とそう答えた。
バジル
「は?」
バニ
「えっ?」
戦いに乗り気なヨークを見て、バジルすらも意表を突かれた様子を見せた。
ヨーク
「バニ。心配しないでくれ」
バニ
「そんなこと言ったって……」
ヨーク
「大丈夫。それに……」
ヨーク
「俺は、今の自分の強さが知りたい」
ヨーク
「前みたいに、剣で勝負しよう」
バジル
「本気でやンのか?」
ヨーク
「ミツキ。剣を貸してくれ」
剣は今、ミツキによって『収納』されていた。
ヨークは、斜め後ろのミツキへと、手を伸ばした。
ミツキ
「嫌ですよ」
ミツキはそう答えた。
左手の親指と人差し指で、フードの上の部分をつまんでいた。
おかげでヨークにはミツキの表情は見えなかった。
ヨーク
「ミツキさん?」
ミツキ
「はい。ミツキさんですが」
ヨーク
「今めっちゃ剣が要る場面なの、見て分かりません?」
ミツキ
「全然」
ミツキは顔を右に向けた。
ヨーク
「えぇ……」
ミツキ
「なに勝手に盛り上がってるんですか私は無視ですか」
ミツキ
「人の質問を無視する村民に、武器なんか渡しませんよ」
ヨーク
「質問って何だっけ?」
お知り合いですか。
少し前、ミツキはヨークにそう尋ねた。
バジルに気持ちを吸い取られたヨークは、ミツキの質問に答えなかった。
二人きりのときは、そんなことは無かった。
ミツキ
「……素手で戦えば良いじゃないですか」
ヨークは何を聞かれたのか、全く記憶に無かった。
だが、ミツキがこういう態度を見せるのは珍しい。
自分が悪いのだろうなと、なんとなく思った。
ヨーク
「悪かったから。好きに質問してくれ」
ミツキ
「あの人たちは何者ですか」
ヨーク
「友だちだよ。村の幼馴染」
ミツキ
「村民仲間ですか」
ミツキ
「その割には険悪な雰囲気ですが」
ヨーク
「あいつはああいう性格なんだよ」
ミツキ
「はぁ」
バジル
「おい、いつまでウダウダやってやがる」
ヨーク
「剣、頼むよ」
ミツキ
「どうぞ」
ミツキは空中から剣を出現させた。
そして刃の部分を持ち、ヨークへと差し出した。
ヨークは剣を受け取り、軽く振って、重さを確かめた。
バジル
「『収納』だと……?」
レアスキルを見て、バジルの視線が初めてミツキに向かった。
バジル
「そのローブのチビ、いったい……」
ミツキ
「あなたとそこまで身長変わらないと思いますけど?」
バジル
「…………」
バジルの瞼が上がった。
ヨーク
「バジル。今は俺を見ろよ」
バジル
「グダらせたのはテメェらだろうが」
ヨーク
「面目ない」
バジル
「けど……そうだな」
バジル
「今はテメェをボコる」
バジルは腰の剣を抜刀し、構えた。
前に戦ったときよりも、崩れた構えだった。
ヨーク
「簡単にはやられねーよ?」
バジル
「ぬかせ!」
バジルは前に出た。
自分から攻めるのが、バジル本来の喧嘩スタイルだ。
荒々しくも力強い剣が、ヨークへと向かった。
ヨーク
「…………」
ヨークはバジルの攻めを軽く受け止めた。
バジル
「っ……!」
ヨークの強固な受けに、バジルの表情が揺らいだ。
バジルは二度三度と攻めを重ねた。
だが、ヨークは揺るがなかった。
どっしりと立ち、全ての攻撃を冷静に捌いていた。
ヨーク
「なあ、今レベルいくつだ?」
ヨークは余裕の有る口調で尋ねた。
バジル
「何だよ……!」
以前とは様変わりしたヨークを相手に、バジルは苛立ちを隠せなかった。
ヨーク
「前は17だったな? 今は30くらいか?」
バジル
「知るかよっ!」
バジルは攻撃を続けた。
だが、その全ては意味を成さなかった。
ヨーク
「……おばさん心配してたぞ。次はいつ村に帰って来る?」
バジル
「時じゃねえ!」
苛立ちの中、バジルは本音の一端を漏らした。
ヨーク
「時? どういうことだ?」
バジル
「うるせェぞ! 戦ってンだろうが!」
ヨーク
「……そうだな」
ヨーク
「今度はこっちから行くぞ」
バジル
「っ!」
ヨークが初めて攻めた。
右上から左下に走る、しっかりと力の入った剣だった。
鋭い。
バジルの想定より遥かに。
ヨークの一撃を、バジルは辛うじて受け止めた。
バジル
「ぐっ……!」
楽だ。
ヨークはそう感じた。
大きな差が、二人の間に出来ていた。
その差は、クラスの力を得る前よりも大きい。
ヨークのレベルは、たとえ3で割ってもバジルより大きい。
魔術師なのに。
純粋な力で、ヨークはバジルを上回った。
ヨーク
(やっぱり、レベルの差は大きい)
二人の剣が合わさった。
鍔迫り合いの形だ。
パワーに差が有る。
崩せる。
ヨークはそう確信した。
ヨーク
(崩して、次で決め……)
バジル
「『爆裂剣』!」
バジルが叫んだ。
バジルの剣が赤く輝いた。
剣の前方で爆発が起きた。
ヨークは爆風に押され、吹き飛ばされた。
バニ+ミツキ
「ヨーク!」
地面を転がったヨークに向けて、二人の少女が叫んだ。
6メートルほど転がったヨークは、仰向けの姿勢で停止した。
ヨーク
「っ……」
ヨークは上体を起こした。
ヨーク
(何が起きた……?)
ヨークは混乱した頭で、なんとか状況を把握しようとした。
バニ
「バジル! 何考えてるの!」
ヨークの目に、バニが怒鳴っているのが見えた。
バニ
「仲間にスキルを使うなんて……」
バジル
「……うるせぇ」
バジルはふてくされたように、バニから顔を逸らしていた。
ヨークはようやく状況を飲み込めてきたような気がした。
ヨーク
(そうか……)
ヨーク
(俺はバジルのスキルを受けたのか……)
ヨーク
(油断した。レベルで上回っていると)
ヨーク
(体はまだ動くが……)
ヨーク
「剣が……」
ヨークの剣は、鍔から15センチくらいの位置で、刃が折られていた。
元から大した剣では無い。
村から借りパクしてきた安物だ。
酷使すれば、こうなってしまうのは仕方のないことだった。
ヨーク
(ボッキリ逝きやがったな)
ヨーク
(戦うだけなら魔術が有るけど……)
ヨーク
(剣の勝負だって言ったからな)
純粋な剣の勝負なら、バジルは反則負けだ。
少なくとも、他の面々はそう考えていた。
だが、バジルのスキルには剣の字が入っている。
それならば、スキルもバジルの剣技の一部と言えなくも無い。
自分の負けでも仕方がないかもしれない。
ヨークはそう考えていた。
ヨーク
「バジル……」
素直に負けを認めよう。
そう考えて、ヨークは立ち上がった。
ヨーク
「俺の負……」
ミツキ
「死ねっ!!!」
ミツキのドロップキックが、バジルを吹き飛ばした。
バジル
「ぐぼおっ!?」
ヨーク
「えっ?」
キュレー
「バジルくん!?」
キュレーが慌ててバジルに駆け寄った。
バジル
「ぐ……」
ミツキ
「大丈夫ですか!? ヨーク!」
ミツキはそう言うと、ヨークにぺたぺたと触れてきた。
どう見ても、大丈夫で無いのはバジルの方だった。
ヨーク
「過保護か」
ミツキ
「えっ?」
ヨーク
「別に、ただの喧嘩だってのに……」
ミツキ
「けど……」
ヨーク
「バジル。悪い。今回は俺の……」
バニ
「ヨーク!」
バニが表情を変えていた。
悲しみと焦りが混じったような表情だった。
ヨーク
「バニ?」
バニ
「どういうこと……!?」
ヨーク
「俺のレベルのことか? これは……」
バニ
「違う!」
バニ
「どうしてヨークが奴隷なんか連れてるの!?」
飛び蹴りでフードがめくりあがり、ミツキの容姿が露になっていた。
ミツキの狼耳と首輪が、衆目に触れていた。
ヨーク
「あっ……」
ヨーク
「それは……」
ヨークは言葉に詰まった。
人道に反した事をしている気は無かった。
だが、バニは辛そうな顔をしていた。
適切な言葉を考え出す前に、ミツキが口を開いた。
ミツキ
「ヨーク」
ミツキ
「どうやら私はお邪魔なようです」
ミツキ
「友人同士、積もる話も有るでしょうから……」
ミツキ
「先に……宿に戻っていますね」
ヨークの返答も待たず、ミツキはヨークに背を向けた。
ヨーク
「ちょ、待てよ」
ヨーク
「クッソ……」
ヨーク
「悪いバニ! 詳しい話はまた今度な!」
バニ
「あっ……」
ドス
「ヨーク!」
ドスが珍しく大声を出した。
ヨークは一瞬立ち止まった。
ドス
「これを嵌めておけ!」
ドスがヨークに何かを投げた。
ヨークはそれを受け止めた。
ヨークはすぐに走り出し、ドスの視界から消えた。
バニ
「ヨークが……ヨークが奴隷を……」
キュレー
「落ち着いて。バニちゃん」
バニ
「け、けど……」
バニ
「綺麗な……女の子だった……」
バニ
「私なんかよりもずっと……」
キュレー
「そんなこと無いよ。大丈夫だよ」
バジル
「ンなこと言ってる場合かよ」
バニ
「バジル?」
バジル
「あいつ……どこであのゴリラを手に入れやがった?」
キュレー
「バジルくん。女の子にゴリラなんて言っちゃダメだよ」
バジル
「話逸らすな」
バジル
「ヨークの奴が、どうやって奴隷手に入れたかっつってンだよ」
バニ
「それは……」
バニ
「村に奴隷商人が来た?」
バジル
「あのチンケな村にか?」
バニ
「どこかの寄り道で来たのかもしれないし……」
バジル
「金は?」
バジル
「ヨークは孤児だ。遺産が有るなンて話も聞いたことがねぇ」
バジル
「あいつはどうやって奴隷を買った?」
バニ
「まさか……」
バニ
「悪い連中に目をつけられた……?」
ドス
「そうは思わんがな」
バジル
「どうしてだ?」
ドス
「あいつは昔のままだった」
ドス
「いや……。前より明るくなったと言って良い」
バニ
「それってあの娘が……」
ドス
「深読みするな」
ドス
「とにかく、後ろ暗いところが有るようには見えなかった」
ドス
「連中との関わりは、無いと思うがな」
バジル
「そうか」
バジル
「だが、もし連中がヨークに手を出してやがったら……」
ドス
「そうだな」
ドス
「だが、まずはレベルだ」
ドス
「何をするにしても、今の俺たちではレベルが足りていない」
バジル
「……思ってたより窮屈だったな。冒険者ってやつは」
ドス
「ああ」
ドス
「ヨークは上手くレベルを上げた様子だったが……」
バジル
「……見た感じ、レベル40は有るな」
バニ
「そんなに? 半年でレベルを30以上も上げたってこと?」
バニ
「……無茶苦茶ね」
キュレー
「何かコツが有るのかな? レベル上げの」
バジル
「深く考えることはねェと思うけどな」
バジル
「ゴリラがヨークのレベルを上げたンだろうさ」
バニ
「パワーレベリング? あの娘が?」
キュレー
「ゴリラはダメだってば」
バジル
「あいつはヨークよりもレベルが上だ」
バニ
「ホントに?」
バジル
「一撃でアバラが粉々にされた。バケモンだ」
キュレー
「どうして早く言わないの!?」
バジル
「何が」
キュレー
「怪我してるんでしょ!?」
バジル
「ああ。話が終わったら言おうと思って」
キュレー
「早く怪我見せて!」
バジル
「お、おう……」
バニ
「あっ……」
ドス
「どうした?」
バニ
「ヨークの連絡先、聞いてない……」
ドス
「お互い冒険者だ。すぐに会えるさ」
バニ
「……そうね」