６の１６「イジューと再度の凶行」
ヨーク
「レベル？」
ミツキ
「教えてくれましたよね？ スキルの効果とクラスレベルは連動しているって」
ヨーク
「言ったっけ？ 記憶に無いが」
ミツキ
「言ったんです」
ヨーク
「そうなのか」
ミツキ
「つまり、ヨークの『アイテムドロップ強化』の効果も、クラスレベルと連動しているということです」
ミツキ
「『アイテムドロップ強化』では、魔獣が落とす魔石も強化されます」
ミツキ
「ヨークの莫大なクラスレベルが、魔石の質に影響を及ぼしているということです」
クリスティーナ
「ええと……」
クリスティーナ
「ブラッドロードさんのクラスレベルは、いくつなのかな？」
ヨーク
「ナイショ」
クリスティーナ
「気になるじゃないか！？」
ヨーク
「ちなみにさ、ミツキ」
ミツキ
「はい」
ヨーク
「俺が強化した魔石、売ったりはしてないよな」
ミツキ
「ギリギリセーフです」
ミツキ
「魔弾銃が無事に完成したら、余った石は売る予定でしたか」
ヨーク
「あぶねえ……」
ミツキ
「要らない石は、後で砕いておきましょう」
ヨーク
「そうだな」
ヨーク
「それで結局、魔弾銃はどうするんだ？」
ミツキ
「……代わりになる魔石を、探してきましょうか」
リホ
「お願いするっス」
それから……。
リホ
「新型っス」
色々なことが有り……。
リホ
「ウチはやっぱり……」
リホ
「一人だと……何したら良いか……分からないっス……」
そして……。
リホ
「完成っス！」
エボンの工房のテーブルに、１００個の小箱が並べられた。
ヨーク
「それ、光るのか？」
リホ
「光らないっス」
ヨーク
「ちぇっ」
クリスティーナ
「いったい何なんだい？ それは」
リホ
「おまえ何で居るっスか？」
クリスティーナ
「ブラッドロードさんに、今日が新作の完成日だって聞いてね」
ミツキ
「ヨーク。機密漏洩罪ですよ」
ヨーク
「えっ？」
クリスティーナ
「全く、度し難いコンプライアンス意識だね」
クリスティーナが、やれやれといった感じで言った。
ヨーク
「お前が聞いたんじゃん！？」
エボン
「早く説明してくれよ」
リホ
「これは、『計算箱』っス！」
クリスティーナ
「計算箱……？」
リホは得意気に、自分が作った魔導器について説明をした。
クリスティーナは食い入るように、リホの言葉を聞いていた。
必死さすら感じられる。
そんなギラギラとした視線に、リホは気付けなかった。
ミツキ
「…………」
ミツキの探るような視線が、クリスティーナへと向けられていた。
……。
三日後。
サザーランド家の朝食。
マリーは既に車椅子を卒業し、自分で食事も出来るようになっていた。
クリスティーナはそんな彼女をちらりと見て、次にネフィリムに声をかけた。
クリスティーナ
「ねえ、ネフィリム」
ネフィリム
「何でありますか？」
クリスティーナ
「久しぶりに実験がしたい」
クリスティーナ
「一緒に工房まで来てもらえるかな？」
ネフィリム
「了解であります」
朝食を終えると、２人は家を出た。
そして、ドミニ魔導器工房に向かった。
二人は工房に入ると、クリスティーナ専用の設計室に入った。
部屋に入ると、クリスティーナは部屋の隅の方へと歩いた。
そこには、人がひとり入れそうなくらいの、大きな金庫が有った。
クリスティーナは金庫を開いた。
中には図面や希少な素材、そして、彼女の試作品が入っていた。
クリスティーナは、金庫から義手を取り出した。
そして金庫を閉じると、ネフィリムの方へ戻っていった。
クリスティーナ
「今日は、この新しい腕を試してもらう」
ネフィリム
「見た目は前のと変わらないのでありますね？」
クリスティーナ
「そうだね。けど、中身は別物さ」
クリスティーナは、義手の外装を開いた。
ネフィリムの瞳に、新型の内部機構が映った。
クリスティーナの表情を見れば、自信作だということはわかる。
だが、ネフィリムには学が無い。
中身を見ても、何が凄いのかはわからなかった。
クリスティーナ
「今までは、意思に対する義手の挙動を、一つの刻印でだけ済ませようとしていた」
クリスティーナ
「だけど、見て」
クリスティーナは、義手の内部の魔石を、順番に指さした。
旧型の義手には、魔石は一つしか使われていなかった。
だがこの新型には、いくつもの魔石が使用されているようだった。
クリスティーナ
「今回は、各々の魔石を操作することで、細かい挙動の調整が出来るんだ」
クリスティーナ
「個々のパラメータを、義手全体の挙動に連動させられる」
クリスティーナ
「魔導器の数学的処理が、完璧だから出来るんだ」
クリスティーナ
「まさに数字の魔法だよ」
クリスティーナ
「さあ、調整を始めるよ」
クリスティーナ
「もう誰にも、君をドジだなんて言わせないから」
……。
翌日。
ネフィリムは、ヨークと共に、迷宮に潜っていた。
ヨーク
「おまえ……」
軽快に戦闘を終えたネフィリムを見て、ヨークが口を開いた。
ネフィリム
「なんでありますか？」
ヨーク
「なんか今日、調子良さそうだな？」
ネフィリム
「調子……でありますか？」
ヨーク
「なんか、背筋が伸びてるっつーか、動きに危なっかしさが無くなったっつーか」
ネフィリム
「それはティーナ様のおかげであります」
ヨーク
「そうか。良かったな」
ネフィリム
「はいであります」
ネフィリム
「自分は幸せ者であります」
ネフィリムは、仮面の下でにこりと笑った。
ヨークには、ネフィリムの顔は見えなかった。
だがきっと、良い表情をしているのだろう。
ヨークはそう考えた。
……。
それからしばしの時が流れた。
前の運命と同様に、リホの活躍が、イジューの耳にも届いていた。
リホへの妨害をしくじったイジューは、クリスティーナの設計室に、姿を現した。
そして、クリスティーナを脅迫した。
イジュー
「首輪を嵌めろ」
クリスティーナ
「…………」
イジュー
「おまえにとっては他人だろう。ミラストックは」
イジュー
「他人と身内、どちらを優先すべきかなど、分かりきっていると思うが？」
クリスティーナ
「……………………」
前回の運命において、クリスティーナはイジューに屈服した。
だが……。
クリスティーナは、机の引き出しを開けた。
彼女の手が、その中の魔弾銃を掴んだ。
イジュー
「なんのつもりだ……！」
イジューは、驚きと苛立ちが混じったような表情を浮かべた。
クリスティーナ
「何って……」
クリスティーナ
「友だちなんだ。彼女は」
クリスティーナはイジューを睨みつけた。
そして魔弾銃の銃口を、イジューの顔面に向けた。
イジュー
「…………！」
クリスティーナ
「ボクがいつまでも、アナタに依存してると思うなよ」
クリスティーナ
「ユリリカは立派に聖女を目指してて、マリーも体が治って歩けるようになった」
クリスティーナ
「ネフィリムは迷宮で頑張ってて、体の調整も無事に終わった」
クリスティーナ
「みんな前に進んでる」
クリスティーナ
「もうボクには、友だちを裏切っても良い理由なんて、これっぽっちも無いんだよ」
イジュー
「全てが明るみになっても、構わないというのか」
クリスティーナ
「嫌に決まってるだろ？ けど……」
クリスティーナ
「ボクのことは、自業自得だ」
イジュー
「オマエだけの問題では済まない。家族にも、被害が出るぞ」
クリスティーナ
「それでも、ミラストックさんを巻き込んでも良いという話にはならない」
イジュー
「……誤算だったな」
イジュー
「ミラストックとおまえが、そこまで仲が良かったとは」
クリスティーナ
「……それにさ」
クリスティーナ
「こんなこと、ドミニさんには似合わないよ」
クリスティーナ
「慣れないことをするから、失敗するんだ」
クリスティーナ
「こんなこと、もう止めよう」
イジュー
「……そうはいかん」
そのとき、部屋の扉が開いた。
クリスティーナ
「ネフィリム？」
中に入ってきたのは、クリスティーナが良く知る少女だった。
だが……。
ネフィリム
「…………！」
ネフィリムは素早く、クリスティーナにとびかかった。
クリスティーナ
「えっ……？」
ネフィリムの手が、魔弾銃を掴んだ。
それをクリスティーナの手から引き剥がし、奪い取った。
ネフィリムは、手中に収めた魔弾銃を、イジューへと手渡した。
ネフィリム
「……申し訳ないのであります」
イジュー
「残念だったな」
イジューはその魔弾銃を、クリスティーナに向けた。
イジュー
「ネフィリムの主は私だ」
ネフィリムは奴隷だ。
首輪には、イジューが主として登録されている。
並の人間では、首輪の命令に逆らうことができない。
たとえ愛する者が相手でも、命令されれば、牙を向けてしまうことになる。
クリスティーナにも、そのあたりの事情はわかっている。
だからネフィリムに対し、負の感情を向けることは無かった。
……ただ苦笑した。
クリスティーナ
「……困ったな」
イジュー
「さて、首輪を……」
クリスティーナに命令しようとしたイジューが、急に固まった。
イジュー
「……………………」
クリスティーナ
「どうしたの？」
妙な様子を見せたイジューに、クリスティーナが尋ねた。
イジュー
「先ほど……」
イジュー
「妹の体が……治ったと言ったか？」
イジュー
「黒蜘蛛を与えたのでは無く……治ったと」
クリスティーナ
「うん。それが？」
イジュー
「……詳しく聞かせてもらおうか」
