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6の14「家族会議と新戦術」





クリスティーナ

「ユリリカ……!?」


クリスティーナ

「君はネフィリムが、死んでも良いって言うのか……!?」



 迷宮の危険さは、王都に居る人間なら、誰もが聞き知っている。


 たいせつな家族を、行かせるような所では無い。


 だというのに、なんてことを言うのか。


 ……信じられない。


 そんな気持ちをあらわにして、クリスティーナが問うた。


 対するユリリカは平静だった。


 背の高い姉に、強い感情をぶつけられても、揺らいだ様子は無かった。



ユリリカ

「私だって、ネフィリムが傷つくのは嫌よ」


ユリリカ

「けど、負担になってばっかりじゃ嫌だっていう気持ちも分かるもの」


クリスティーナ

「負担になんか思ってない!」



 ユリリカの言葉を、クリスティーナは大声で否定した。


 ネフィリムを絶対に、迷宮になんか行かせてたまるものか。


 そんな気迫が感じられた。



クリスティーナ

「ボクには十分な稼ぎが有る! 皆をきちんと養っていける!」


ユリリカ

「そうね」


ユリリカ

「けどそれは、負担になっていないだけで、力にもなってない」


クリスティーナ

「そんなの……」


クリスティーナ

「傍に居てくれるだけで……十分なのに……」



 クリスティーナにとって、家族とは生きていくための希望だ。


 活力だ。


 必要不可欠であり、かけがえのないものだ。


 金銭や労働力よりも必要なものだ。


 負担などでは無い。


 プラスの存在だ。


 だが結局それは、クリスティーナ個人の物の見方でしかない。



ユリリカ

「お姉ちゃんが、私たちを大切に想ってくれているのは嬉しいわ」


ユリリカ

「けどね、人って生かされているだけでは、苦しいって感じてしまうのよ」


ユリリカ

「自分の足で立ちたいって、そう感じてしまうの。だから……」


ユリリカ

「冒険者になることがネフィリムにとって、自分で立つということなら……」


ユリリカ

「私には止められないわ」


ユリリカ

「それは私が、聖女候補になりたいと思ったのと、同じことだから」



 心に一片の気高さが有れば、ただ守られるだけではいられない。


 守る側がどう思っていようが、それは関係が無い。


 誇りを守るためには、戦わなくはならない。


 そして、サザーランド家の少女たちは、皆が心に、仄かな誇りを抱いていた。



クリスティーナ

「だけど……冒険者だなんて……」


ユリリカ

「確かに、冒険者は危険な職業かもしれない」


ユリリカ

「だけど、ヨークさんが面倒を見てくれるんでしょう?」


ユリリカ

「第3種族のネフィリムにとっては、ヘタな職場より安全かもしれないわよ?」


クリスティーナ

「けど……」


ユリリカ

「言っておくけどね、お姉ちゃん」


ユリリカ

「私は聖女教育で、とっくにラビュリントスで戦ってるのよ?」


クリスティーナ

「ええっ!?」



 クリスティーナは驚きの声を上げた。



クリスティーナ

「そんなこと、一言も言ってなかったじゃないか……!」


ユリリカ

「言ったわよ。マリーには」


マリー

「……うん」


クリスティーナ

「…………」



 がーんといった表情で、クリスティーナは固まった。


 だが少しすると、再起動して言った。



クリスティーナ

「迷宮は……話に聞くよりも安全なのかい?」


ユリリカ

「いいえ。危険な所よ。噂通りに」


ユリリカ

「けど、聖女候補をやめようと思ったことは無いわ」


ユリリカ

「そして私は、自分がやってきたことを、人にやるなとは言えない」


ユリリカ

「ネフィリムの意志を尊重するわ」



 自分が何を言っても、ユリリカの意見は変わらない。


 それを感じたクリスティーナは、マリーの方を見た。



クリスティーナ

「……マリーはどう思ってるんだい?」


マリー

「私は……」


マリー

「ネフィリムが冒険者をするのは反対」


マリー

「ネフィリムが危ない目に遭うのは嫌だし、とっても怖い」


ネフィリム

「マリー様……」


クリスティーナ

「…………」


マリー

「だけど、それは私の気持ち」


マリー

「気持ちを強制したら、ネフィリムは家族じゃなくて、奴隷になってしまう」


マリー

「だから……最後はネフィリムが決めないといけないと思う」


クリスティーナ

「……………………」


クリスティーナ

「マリーはいつの間にか……そんなふうに物事を考えられるようになってたんだね」


クリスティーナ

「3対1……か」


クリスティーナ

「皆を守ってるつもりだったけど……」



 悲しさと嬉しさが混じったような表情で、クリスティーナは天井を見上げた。



クリスティーナ

「ボクだけが……ずっと子供のままだったのかなあ」


マリー

「そんなことない」


マリー

「ずっとずっと、ありがとう。姉さん」




 ……。




 サザーランド邸を出たヨークたちは、宿へと戻っていった。


 ヨークたちは、正面から宿に入り、階段を上った。


 そして自分たちの部屋へと入っていった。


 寝室には、リホの姿が有った。


 リホは作業台の椅子ではなく、ミツキのベッドに腰かけていた。


 ヨークはリホに声をかけた。



ヨーク

「ただいま~」


リホ

「お帰りっス」


リホ

「今日は早かったっスね? 何かあったっスか?」


ヨーク

「色々有ったな」


リホ

「聞いてやっても良いっスよ」


ヨーク

「ああ。それで……」


ヨーク

「そっちこそ何かあったか?」


リホ

「別に何も無いっスけど」


ヨーク

「そうか? なんか朝よりも元気そうな気がするが」


リホ

「……別にっス」


ヨーク

「今は休憩中か? 作業の調子はどうだ?」


ミツキ

「ヨーク。あまり急かしては……」


リホ

「バッチリっスよ」


ミツキ

「えっ?」


リホ

「刻印は、もう完成したっス」


ヨーク

「おー。ぱちぱちぱち」


ミツキ

「……随分と手が早いですね?」


リホ

「魔弾銃の刻印は、簡単な部類っスからね」


リホ

「天才のウチにかかれば、こんなモンっス」


ヨーク

「そうか。凄いな」


ミツキ

「ひょっとして……クリスティーナさんに何か言われましたか?」


リホ

「あいつは邪魔してきただけっスよ」


リホ

「天才のウチには、大した妨害にはならなかったっスけどね」



 リホはそう言って、ニコニコと笑った。



リホ

「しかし、フレームの完成よりも、だいぶ早く完成してしまったっスね」


リホ

「まあ、ウチが天才なので仕方ないんスけど」


ヨーク

「そうだな。明日からどうするんだ?」


リホ

「売り物になりそうな図面でも引いておくっス」


リホ

「あくまでも魔弾銃は、素材集め用の手段っスからね」


ヨーク

「そうか」


ヨーク

「ちょっとレベル上げてくるわ」


リホ

「了解っス」



 ヨークとミツキは、迷宮の魔獣と死闘をくりひろげ、再び宿に戻った。


 それから後は、のんびりと過ごすことになった。




 ……。




 翌朝。


 ヨークとミツキは、大階段の有る広場に向かった。


 そこでくだらないジョークの応酬をしながら、ネフィリムを待った。



ヨーク

「…………」



 少しすると、ヨークは広場の時計を見た。


 時刻は午前9時になろうとしていた。



ヨーク

(来ないか)



 ヨークがそう考えた、そのとき……。



クリスティーナ

「ブラッドロードさん!」



 ネフィリムとは別の少女の声が、ヨークの耳に届いた。


 ヨークは声の方を見た。


 そこにクリスティーナが立っているのが見えた。


 目が合うと、彼女はヨークの方へと駆け寄ってきた。



ヨーク

「どうしてお前が?」


クリスティーナ

「その……」


クリスティーナ

「今日、ネフィリムは来られない」


ヨーク

「……そうか」



 何事かと思ったが、ただの連絡役だったか。


 そう思ったヨークは、クリスティーナに背を向けようとした。



クリスティーナ

「ちょ、待って。話を聞いておくれよ」



 クリスティーナは、慌ててヨークを呼び止めた。



ヨーク

「何だよ?」


クリスティーナ

「ネフィリムは……いつもはマリーと学校に行くんだ。だから……」


クリスティーナ

「休みの日に、鍛えてやってもらえないかな?」


クリスティーナ

「その……。マリーがちゃんと歩けるようになるまでだけど……」


ヨーク

「わかった」


クリスティーナ

「ありがとう」



 クリスティーナは、深く頭を下げた。



クリスティーナ

「ネフィリムのこと、どうかよろしくお願いします」


ヨーク

「ああ」




 ……。




 次の休日。


 ヨークとミツキは、ネフィリムと共に、迷宮に入った。


 第1層の通路。


 ネフィリムは、ヨークとミツキよりも前に出て、構えた。


 彼女の手中に有るのは、前に買った棍棒では無かった。


 ネフィリムの手には、魔術の杖が握られていた。


 ネフィリムの眼前には、2体の赤狼の姿が有った。


 赤狼が、ネフィリムめがけて駆けて来た。


 ネフィリムは、赤狼に杖の先端を向けた。



ネフィリム

「氷礫!」



 ネフィリムが放った呪文が、赤狼の片方に命中した。


 赤狼は絶命し、消滅した。


 ネフィリムの呪文の隙に、残った方の赤狼が、接近してきた。



ネフィリム

「ッ!」



 ネフィリムは、素早く後ろへステップした。


 ネフィリムが回避したことで、赤狼の牙が空を切った。


 軽やかにステップしたネフィリムは、すぐに杖を、残りの赤狼に向けた。


 そして唱えた。



ネフィリム

「氷礫!」



 再び放たれた魔術が、赤狼に命中した。


 赤狼は倒れ、消滅した。


 敵はすべて倒された。


 ネフィリムの勝利だった。



ネフィリム

「師匠! やったのであります!」



 ネフィリムは、ヨークの方へと振り返ると、嬉々としてそう言った。



ヨーク

「ああ」


ヨーク

「上々だな。今のところは」





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