6の13「修理とケンカ」
クリスティーナ
「君はボクを責めて良いんだよ」
ネフィリム
「そんな……!」
ネフィリム
「ティーナ様が居なかったら自分は……!」
クリスティーナ
「待ってて」
クリスティーナ
「黒蜘蛛は、必ず完成させてみせるから」
ネフィリム
「ティーナ様……」
ヨーク
(黒蜘蛛……?)
聞き慣れない単語が、ヨークの耳に入った。
だが、自分には関係の無いことだろうと思い、すぐに頭の片隅に追いやった。
ヨーク
「…………」
ヨークは、クリスティーナの隣に立った。
ヨーク
「ちょっと良いか?」
ヨークの囁き声が、クリスティーナの耳に届いた。
クリスティーナ
「ひうっ!?」
耳をくすぐられたクリスティーナは、びくりと震えを見せた。
そして耳を赤くして、ヨークに尋ねた。
クリスティーナ
「ななな何だい急に?」
ヨーク
(耳が敏感なのか? まあ良い)
ヨーク
「ネフィリムの腕が取れた」
クリスティーナ
「っ……!」
ヨークの言葉を聞いて、クリスティーナの顔色が変わった。
彼女は真剣な顔で、ヨークに言った。
クリスティーナ
「ちょっと……家に来てもらえるかな?」
ヨーク
「ああ。ミツキは?」
クリスティーナ
「君だけで……いや」
クリスティーナ
「ミツキさんには、一緒に来てもらおうかな」
ヨーク
「分かった。ミツキ。これ」
ヨークは黒光りした棍棒を、ミツキに握らせた。
ネフィリムに買った物だが、彼女が片腕になったので、ヨークが運んできていた。
ミツキ
「棍棒……?」
ヨーク
「しまっといて。それと、今からクリスティーナの家に行く」
ミツキ
「分かりました」
ミツキは棍棒を『収納』した。
一行は、サザーランド邸へと向かった。
クリスティーナは家に入ると、ヨークたちを居間に案内した。
ネフィリムは、外れた腕をローテーブルに置き、ローブと仮面を外した。
マリー
「えっ?」
マリーは驚きを見せた。
ネフィリムの腕のことは、仲間内での秘密だったからだ。
ネフィリムは、マリーに向かって、申し訳なさそうに言った。
ネフィリム
「バレてしまったのであります」
マリー
「そう……」
クリスティーナ
「ユリリカ。工具箱を持ってきて」
ユリリカ
「了解」
ユリリカが、居間から退出した。
クリスティーナ
「座って」
ヨーク
「ああ」
ヨークとミツキはソファに座った。
クリスティーナはその対面のソファの、中央に座った。
マリーはぎこちなく車椅子から立ち、よろよろと、ソファの方へと向かった。
クリスティーナとネフィリムは、それを手伝わず、ただじっと見守った。
やがてマリーは、クリスティーナの左隣に座った。
するとクリスティーナが口を開いた。
クリスティーナ
「さて……」
クリスティーナ
「まずはお礼を言わせて貰おうかな」
クリスティーナ
「ネフィリムを保護してくれてありがとう。それと……」
クリスティーナ
「二人とも、ネフィリムの腕のことは、内密にして欲しい」
ヨーク
「良いぜ」
ミツキ
「はい」
二人は素直に頷いた。
クリスティーナ
「……あっさりしてるね」
ヨーク
「逆に、バラして俺に何の得が有るんだよ」
クリスティーナ
「純朴だね。君は」
ヨーク
「とにかく、俺は黙っときゃ良いんだろ?」
クリスティーナ
「そうだけどね」
マリー
「ありがとう。ヨーク」
ユリリカが、居間に戻ってきた。
彼女は手に、金属の箱を持っていた。
重そうな箱だったが、ユリリカは軽々と、それを運んでいた。
ユリリカ
「お姉ちゃん。はい」
ユリリカは、箱をローテーブルに置いた。
がしゃりと音が鳴った。
クリスティーナ
「ありがとう」
クリスティーナは箱を開いた。
箱の中には、様々な工具が詰まっていた。
クリスティーナ
「それと、二人にお茶とお菓子を頼むよ」
ユリリカ
「はいはーい」
ユリリカは、再び部屋を出て行った。
キッチンに向かったのだろう。
クリスティーナ
「ネフィリム、おいで」
ネフィリム
「はいであります」
ネフィリムは、クリスティーナの右隣に座った。
クリスティーナは、彼女に手を伸ばした。
クリスティーナ
「服を脱がせるよ」
ヨーク
「えっ、おい」
男の自分が居るのに、女性の服を脱がせるというのか。
ヨークは焦った様子を見せた。
それを見て、クリスティーナはくすりと笑った。
クリスティーナ
「心配しなくても、シャツは着ているよ」
ヨーク
「…………」
クリスティーナは、ネフィリムの服を脱がせていった。
ネフィリムは、黒のタンクトップ姿になった。
ヨーク
(普通にエロい気がするが……)
ヨークは内心で、そう考えた。
ネフィリムは、立派に女性的な肉付きをしている。
彼女のタンクトップ姿は、ヨークには性的に見えた。
それを自分が見守っていても良いのだろうか。
ヨークは少し迷った。
ヨーク
(本人が気にしてないなら、まあ良いか)
ミツキ
「ヨーク」
ヨーク
「……何でしょう?」
ミツキ
「女性の胸ばかり見るのは失礼ですよ」
ネフィリム
「えっ!?」
ヨーク
「言うほど見てませんが?」
マリー
「えっち……」
ヨーク
「女子の力で包囲するの止めてくれ」
クリスティーナ
「ははは。分かっているよ」
クリスティーナ
「ブラッドロードさんほどの人が、そんな汚らわしい真似を、するはずが無いってね」
ヨーク
「アッハイ」
ヨークは縮こまった。
そこへユリリカが戻ってきた。
ユリリカの手には、お盆が乗せられていた。
その上には、湯気を立てたティーカップが、人数分のせられていた。
ユリリカはティーカップを、ヨークたちの前に置いた。
ユリリカ
「はい。お茶をどうぞ」
ミツキ
「ありがとうございます」
ユリリカ
「あの、となり良いですか?」
ヨーク
「ああ。良いぞ」
ソファは3人がけだ。
クリスティーナの側のソファは、満席になっていた。
それでユリリカは、ヨークの隣に座った。
ヨーク
「…………」
ヨーク
「左腕も作り物なんだな」
ヨークがネフィリムを見て言った。
彼女の右腕は、今は外れてしまって存在しない。
もう片方の腕も、その二の腕の途中から、金属の義手になっていた。
ネフィリムには、生身の腕は存在しない。
クリスティーナ
「うん。両脚もね」
クリスティーナ
「ミンナニ、ナイショダヨ?」
ヨーク
「ネフィリムが怪我してたのを、保護したんだって?」
ヨーク
「よっぽどの事故に合ったんだな」
クリスティーナ
「……………………」
クリスティーナ
「まあね」
クリスティーナは、言葉少なになった。
彼女は黙々と、ネフィリムの右腕をくっつけていった。
クリスティーナ
「動かしてみて」
義手の接合作業が終わると、クリスティーナがネフィリムに言った。
ネフィリム
「……………………」
ネフィリムは、腕をゆっくりと動かしていった。
ただの機械の塊であるはずの腕が、生身の腕のように、なめらかに動いていった。
クリスティーナ
「どう?」
ネフィリム
「問題無いのであります」
クリスティーナ
「うん。良かった」
ヨーク
「その腕は、よく外れるのか?」
クリスティーナ
「まさか。逆に聞きたいね」
クリスティーナ
「いったい何をしたら、腕が外れたんだい?」
ネフィリム
「師匠を思いっきり殴ったら、外れたのであります」
クリスティーナ
「……うん?」
ネフィリム
「師匠とは、ブラッドロード様のことなのであります」
クリスティーナ
「うんなるほど?」
クリスティーナ
「どうしてブラッドロードさんを、全力で殴る必要が有るのかな?」
ヨーク
「どれくらいケンカが出来るか、見てやろうと思って」
クリスティーナ
「何やってるの!? ネフィリムはケンカなんてしないよ!?」
ネフィリム
「…………」
叱りつけるようなクリスティーナの言葉を受けて、ネフィリムは俯いた。
ヨーク
「結局、止めるのか? 冒険者は」
クリスティーナ
「冒険者だって? 当たり前だろう?」
クリスティーナ
「そんな怖い仕事、ネフィリムには向いてないよ」
ヨーク
「…………」
ネフィリム
「自分は……」
ネフィリム
「師匠……」
ネフィリム
「冒険者には……向いてないのでありますよね……?」
ヨーク
「知るかよ」
ネフィリム
「えっ……」
ヨーク
「会ったばっかりの奴が、何に向いてるかなんて、分かるかよ」
ヨーク
「死ぬ気でブチ当たって、ようやく見えてくるのが才能だろ?」
ヨーク
「けどまあ、良いんじゃねえか?」
ヨーク
「リホと違って、面倒を見てくれる家族が居るんだ」
ヨーク
「冒険者なんかにならなくても、お前は幸せに暮らせるだろうさ」
ヨークは立ち上がった。
ヨークはソファから離れ、居間の出口へと足を向けた。
ヨーク
「んじゃ。帰るわ」
ネフィリム
「師匠……!」
背中を向けたヨークを、ネフィリムが呼び止めた。
ネフィリム
「自分は強くなりたいのであります……!」
ヨーク
「そうか」
ヨークはネフィリムへと振り向いた。
クリスティーナ
「ダメだよ! 冒険者なんて許さないからね!」
ヨーク
「…………」
ヨーク
「俺は家の問題に、口を挟むつもりはねえ」
ヨーク
「もし話がついたら、明日の朝9時に、大階段に来い」
ヨークはそう言い残すと、居間から出ていった。
ミツキもソファから立ち上がり、ヨークの後を追っていった。
ネフィリム
「…………」
ネフィリム
「ティーナ様……自分は……」
クリスティーナ
「ボクは反対だ。絶対に認めないぞ」
そのとき、ユリリカが口を開いた。
ユリリカ
「私は……」
ユリリカ
「ネフィリムが頑張りたいのなら、応援したいわ」




