6の12「ネフィリムと秘密」
やがて神官が、2本の瓶を運んできた。
神官はビンを、祭壇の上に置いた。
ネフィリムは恐る恐る、聖水の瓶を手に取った。
そして仮面をはずすと、両方の聖水を飲み込んだ。
クラスとスキルの加護を得ると、ネフィリムは、ヨークと共に神殿を出た。
神殿の外で、ヨークはネフィリムに話しかけた。
ヨーク
「ちゃんとクラスとスキルが身に付いたか、自分で確認してみろ」
ネフィリム
「どうやるのでありますか?」
ヨーク
「目を閉じりゃ良い」
ネフィリム
「分かったのであります」
ヨークに言われるままに、ネフィリムは、仮面の下で目を閉じた。
ネフィリム
「あっ、クラスが見えるのであります」
ヨーク
「ちゃんとニンジャになってるか?」
ネフィリム
「はいであります」
ヨーク
「スキルは?」
ネフィリム
「『見切り』となっているのであります」
ヨーク
「戦闘用のノーマルスキルだな。悪くない」
スキルの中には、戦闘に向かないモノも有る。
ネフィリムは、スキルという点においては、冒険者の適正は十分のようだった。
何にせよ、クラスとスキルの入手は、無事に終了したようだ。
次はどうするべきかと、ヨークは考えた。
ヨーク
「おまえ、武器は使えるか?」
ネフィリム
「いいえであります」
ヨーク
「そうか。とりあえず武器屋に行ってみるか」
2人は通りを歩き、エボンの店へと向かった。
店員
「いらっしゃいませ」
店に入ると、若い男性店員が、ヨークたちを出迎えた。
店内に、エボンの姿は見えない。
ヨーク
「エボンさんは?」
ヨークは店員に尋ねた。
店員
「奥で金型つくってますけど。お呼びしましょうか?」
ヨーク
「いや。忙しいんなら良いよ」
ヨーク
「適当に、迷宮初心者向けの武器を、見繕ってくれるか?」
店員
「それでしたら、こちらの棍棒がオススメですよ」
店員はそう言うと、長さ70センチほどの棍棒を指し示した。
黒光りした、金属製の棍棒だった。
先端が尖っていて、突きにも使えるようだ。
店員
「刃が有る武器は、扱いに慣れていないと、怪我をしやすいですからね」
ヨーク
「じゃあそれで」
店員のオススメは、ヨークから見ても、妥当なように思えた。
それで素直に、その棍棒を買うことに決めた。
ヨーク
「値段は?」
店員
「銀貨3枚になります」
ネフィリム
「えっ……」
ヨークは財布から銀貨を取り出し、カウンターテーブルに置いた。
店員
「お買い上げありがとうございます」
ヨークは棍棒を受け取った。
そしてそれを、ネフィリムに差し出した。
ヨーク
「ほい」
ネフィリム
「あ、ありがとうであります」
装備が整うと、2人は再び迷宮へと向かった。
通りを歩き、広場に入り、大階段を下った。
2人は迷宮の第1層に立った。
そしてそれから、さらに少し歩いた。
魔獣が居ない安全な部屋に入ると、ヨークがネフィリムに言った。
ヨーク
「まずは適当に振ってみろよ」
ネフィリム
「…………」
ネフィリム
「はっ!」
ネフィリムは、上段の構えから、棍棒を振り下ろそうとした。
だが……。
棍棒は、ネフィリムの手からすっぽぬけた。
それはヨークの顔の真横を通り、迷宮の壁に突き刺さった。
ヨーク
「は?」
壁に刺さった棍棒は、迷宮の自己修復効果によって地面に落ちた。
ヨーク
「えっと……俺、おまえに何かしたっけ……?」
ネフィリム
「申し訳ないであります!」
ネフィリムは慌てて土下座をした。
ヨーク
「いや。土下座はせんで良い。っていうかするな」
ネフィリム
「はい……」
ネフィリムは立ち上がった。
そして、地面に転がった棍棒を拾った。
ネフィリム
「自分は、細かい動作は苦手なのであります……」
ヨーク
(細かいか?)
ヨーク
(つーか、今壁に刺さったよな?)
ヨーク
(レベル1で迷宮の壁を壊すとか……)
ヨーク
「おまえ、力は有るんだな?」
ネフィリム
「そうでありますね」
ヨーク
「それならいっそ、ナックル系の武器を使うのも悪くないか……?」
ネフィリム
「ナックル……でありますか?」
ヨーク
「ああ。拳を保護して、パンチ力を上げる武器だ」
ヨーク
「リーチも威力も無いから、一部の物好きしか使わねーが……」
ヨーク
「あれならすっぽ抜ける事も無いしな」
ヨーク
「1回試してみるのも良いかもな」
ヨーク
「ちょっと俺に、パンチしてきてみろよ」
ネフィリム
「こうでありますか?」
ヨークはネフィリムに、手のひらを向けた。
ネフィリムは、そこをめがけて、軽くパンチを放った。
ヨークは軽々と、そのパンチを受け止めた。
威力の無いパンチだった。
気が引けて、全力を出せていないのだろう。
ヨークはそう思い、ネフィリムを叱咤することにした。
ヨーク
「そんなパンチで魔獣を殺せるかよ」
ヨーク
「加減すんな。全力で来い」
ネフィリム
「けど……そんなことをしたら……」
ヨーク
「ん? 俺が心配か?」
ヨーク
「おまえのヘナチョコパンチで、俺が怪我なんかするかよ」
ヨーク
「遠慮してねーで、本気でやれ」
ネフィリム
「……分かったのであります」
ネフィリムは、ぐっと腰を落とし、構えた。
シロウトの構えだが、気合は感じられる。
そんな構えだった。
ネフィリム
「はあああああああああああああぁぁぁっ!」
ネフィリムの全力のパンチが、ヨークに迫った。
ヨークはその拳を、右手で受け止めた。
そして……。
ヨーク
「はあああああああああああああぁぁぁっ!?」
ヨークは思わず叫んだ。
ネフィリムの右腕が、宙を舞っていた。
胴体から離れた腕が、彼女の後方へと飛んでいった。
ネフィリム
「あっ……!」
ネフィリムの腕が、地面を転がった。
ネフィリム
「あうっ……!」
ネフィリムは、慌てて腕を拾った。
そしてそれを、ローブの下に隠した。
ネフィリム
「……見たでありますか?」
ネフィリムは気まずそうに、ヨークの方を見て言った。
ヨーク
「そりゃ見たよ。バッチリ」
ヨーク
(義手……。けど、普通の腕みたいに動いてたよな?)
ネフィリム
「うぅ……」
ネフィリム
「このことは、自分たちだけの秘密にして欲しいのであります……」
ヨーク
「クリスティーナたちは、このことを知ってるんだよな?」
ネフィリム
「はい。この腕を作ったのは、ティーナ様でありますから」
ヨーク
「周りにバレると不味いのか?」
ネフィリム
「…………」
ネフィリムは、黙って俯いた。
ヨークはそれを、肯定として受け取った。
ヨーク
「その腕、くっつくのか?」
ネフィリム
「工具さえ有れば」
ヨーク
「なら続きは無理だな。帰るか」
ネフィリム
「自分は……」
ネフィリム
「冒険者にも向いてないのでありますね……」
ネフィリムは、しょんぼりと言った。
何1つ成せず、引き返すことになった。
そのことに、ショックを受けているらしかった。
ヨーク
「簡単に諦めんな。捻り潰すぞ」
ネフィリム
「励ましてるのか脅してるのか、どっちでありますか!?」
ヨーク
「脅してる」
ネフィリム
「えぇ……」
ヨーク
「行くぞ」
2人は迷宮を出て、通りを歩いた。
やがて宿が見えてきた。
すると……。
ネフィリム
「あっ……」
ネフィリムは、声を漏らした。
宿の前に、サザーランド姉妹とミツキの姿が見えた。
ミツキ
「…………」
ヨークとミツキの目が合った。
ヨークはネフィリムの方に、視線をずらして言った。
ヨーク
「ミツキにはあいつらの所に、連絡に行ってもらってたんだ」
クリスティーナ
「ネフィリム!」
クリスティーナとユリリカが、ネフィリムに駆け寄ってきた。
少し遅れて、マリーの車椅子も近付いてきた。
クリスティーナ
「無事で良かった……」
クリスティーナは、ネフィリムに抱きついた。
ネフィリム
「ティーナ様……お仕事は……?」
ネフィリムは、呆けたような声で、そう尋ねた。
クリスティーナは、ネフィリムから体を離して言った。
クリスティーナ
「しばらく有休だよ」
ネフィリム
「ユリリカ様……マリー様……学校は……?」
ユリリカ
「ネフィリムが行方不明なのに、そんなこと言ってられないわよ」
マリー
「ネフィリム」
マリー
「私はまだ……あなたが居ないと……教室の扉も満足に開けられない……」
ネフィリム
「あっ……」
ネフィリム
「……申し訳ないのであります。だけど……」
ネフィリム
「扉を開けるのは……別に自分じゃなくても出来るのであります」
クリスティーナ
「それがどうしたんだい?」
ネフィリム
「え……?」
クリスティーナ
「この世の仕事の多くは、適切な訓練さえすれば、大半の人に出来るんだよ」
クリスティーナ
「替えが効かないのは、極一部の天才だけ」
クリスティーナ
「ミラストックさんのようなね」
クリスティーナ
「みんな、誰でも出来るような仕事をして、それでお金を稼いで生きていく」
クリスティーナ
「それで良いんだよ。ネフィリム」
クリスティーナ
「君だって本来は、そうじゃないといけなかったんだ」
ネフィリム
「けど……自分は扉を開けるのも、上手くないのであります……」
ネフィリム
「前もドアを壊して、先生に怒られたのであります……」
クリスティーナ
「ネフィリム……」
クリスティーナ
「それはボクのせいだ」




