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6の10「ネフィリムと頼み事」



ミツキ

「何かと言われましても……」


ミツキ

「治癒術なら、かけましたけれど」


クリスティーナ

「マリーの体は、王都中の治癒術師に診てもらった」


クリスティーナ

「それでもちっとも良くならなかったんだよ?」


ミツキ

「私は上級冒険者です」


ミツキ

「王都の治癒術師よりもレベルが高いので、呪文の効果にも違いが出たのかもしれません」


クリスティーナ

「レベル……」


クリスティーナ

「そんな簡単なことだったのか……?」



 ミツキの言葉を聞いても、クリスティーナは納得がいっていないようだった。



ミツキ

「仮説ですよ。あくまでも」


クリスティーナ

「確かに、学者としては、結論を決め付けてしまうのは良くないね」


クリスティーナ

「だけど……」



 クリスティーナはミツキに向かい、深々と頭を下げた。


 そして言った。



クリスティーナ

「本当に、本当に、ありがとう」


ユリリカ

「…………」


マリー

「…………」


ネフィリム

「…………」



 クリスティーナの行動を見た一家が、頭を下げた。


 4人とも、礼をしたまま固まってしまった。



ミツキ

「止めて下さい。居心地が悪いです」


クリスティーナ

「そうかい?」



 ミツキの言葉を受けて、4人は頭を上げた。



クリスティーナ

「……借りを作ってばかりだな。君たちには」


ミツキ

「お返しを楽しみにしていますよ」


クリスティーナ

「うん」



 ヨークたちは、サザーランド邸から去っていった。


 家の庭に、家族が4人、残された。


 ヨークたちが消えて少しすると、ユリリカが、マリーの方を向いた。



ユリリカ

「ねえ、立てるの?」


マリー

「えっと……」



 ユリリカの疑問を受け、マリーは立ち上がろうとした。


 マリーは地面と車椅子に力をかけ、ゆっくりと膝を伸ばしていった。


 ふらふらと、あぶなっかしく。


 彼女はなんとか立ち上がったが、再び車椅子に座り込んでしまった。



ユリリカ

「マリー……!?」



 ユリリカは慌てた様子で、マリーの肩に触れた。


 姉を心配させまいと、マリーはすぐに口を開いた。



マリー

「だいじょうぶ」


マリー

「ただ……歩くのは難しい。ふらふらする」


ユリリカ

「完全に治ったわけじゃ無いのかしら……?」


クリスティーナ

「筋肉が衰弱しているだけだと思うよ」


クリスティーナ

「リハビリをすれば、きっとすぐ歩けるようになるよ」


ユリリカ

「良かった……」


マリー

「うん」


クリスティーナ

「……本音を言うと、少し妬ましいね」


クリスティーナ

「君に手足をプレゼントするのは、ボクの役目だと思ってたのに……」


クリスティーナ

「結局、ボクの研究は、ミツキさんに及ばなかった」


クリスティーナ

「ダメなお姉さんだね。ボクは」


マリー

「そんなことない」


マリー

「姉さんたちのおかげで、私は色んな所に行けた」


マリー

「そのおかげで、ミツキさんにも会えた」


マリー

「姉さんが居なかったら、こうはならなかった」


マリー

「姉さんは……天才」


クリスティーナ

「やっぱり?」



 クリスティーナは気取った笑みを見せた。



ユリリカ

「あはは。お姉ちゃんはそうじゃないと」


マリー

「ふふっ」



 3姉妹の顔に、明るい笑顔が宿った。


 ネフィリムは、3人から少しだけ離れた位置で、寂しそうに微笑んでいた。



ネフィリム

「…………」


ネフィリム

(本当に……良かったのであります。ですが……)


ネフィリム

(自分はもう……用済みでありますね)



 翌日。



ヨーク

「行ってくる」


リホ

「了解っス」



 リホを宿屋に残して、ヨークたちは迷宮に行くことにした。


 ヨークとミツキは、大階段の有る広場へと到着した。


 2人はそのまま、大階段へと向かった。


 大階段の近くに、緑色の、フード付きローブを身につけた人物が立っていた。


 フードの奥には、顔全体を覆う、のっぺりとした仮面が見えた。



ヨーク

(待ち合わせかな?)



 知らない他人が立っている。


 ヨークはそう認識した。


 それでその人物を無視して、横を通ろうとした。


 すると……。



ネフィリム

「待って欲しいのであります!」



 緑ローブの人物が、2人を呼び止めた。



ミツキ

「ネフィリムさん?」



 ミツキは、声音からそう推測して、尋ねた。



ネフィリム

「はいであります……」



 ネフィリムは一瞬だけ、フードと仮面を外し、顔を見せた。


 それからすぐに、それらを被り直した。



ミツキ

「色々と面倒ですよね。第3種族は」



 トラブルを避けるため、第3種族であることを隠しているのだろう。


 ミツキは自分自身とも照らし合わせて、そう推測した。



ネフィリム

「……はいであります」


ヨーク

「仮面なんて、徹底してるな」


ネフィリム

「普段はここまでの事はしないのであります」


ネフィリム

「ラビュリントスには、荒くれ者が多いと聞いたので」


ヨーク

「そうか。それで、どうしてここに居るんだ?」


ネフィリム

「実は……」



 ネフィリムは突然、勢い良く土下座をした。


 そして言った。



ネフィリム

「自分を弟子にして欲しいのであります!」


ヨーク

「えっ?」




 ……。




 サトーズの宿屋、ヨークたちの部屋。


 作業台で、リホがじっと魔石と向かい合っていた。


 リホはただ魔石を見つめるだけで、その手は少しも動いてはいなかった。



リホ

「…………」



 そのとき、部屋の扉がノックされた。



リホ

(ミツキに、知らない奴は入れるなって言われてるんスよね)



 面倒だから、無視しておこうか。


 リホがそう思っていると、ドアが何度も何度もノックされた。


 そして、うるさい声が、ドアの向こうから聞こえてきた。



クリスティーナ

「ブラッドロードさん! 居ないの!? ブラッドロードさん!」


リホ

(知ってる奴だったっス……)



 その声は、良く聞き慣れたものだった。


 それにしてもうるさい。


 実にうるさい。


 アレを放置しておけば、近所迷惑にもなるだろう。


 そう考えたリホは、しぶしぶと扉に向かった。


 扉を開けると、リホの予想通り、クリスティーナの姿が見えた。



リホ

「何スか?」



 リホは、面倒臭さを隠さずに尋ねた。



クリスティーナ

「ネフィリムが……これを……」



 クリスティーナは震える手で、リホに紙切れを差し出した。


 その紙には、知性の感じられない線で、なんらかの文字が書かれていた。



リホ

「手紙っスか? 汚い字っスね……。ええと……」


リホ

「『探さないで下さい。ネフィリム』」



 リホは紙切れに書かれた文字を、読み上げた。


 するとクリスティーナが、食らいつくように言葉を重ねてきた。



クリスティーナ

「そう! ネフィリムが家出したんだ!」


リホ

「何かしたんスか?」


クリスティーナ

「それは……」


クリスティーナ

「マリーを転ばせたのを叱ったことを、怒ってるのかもしれない……」


リホ

「まあ、確かにサザーランドの物言いは、ちょっとキツかったっスけど」


クリスティーナ

「やっぱりそうかな……?」


リホ

「けど、家出するほどのことでも無いと思うっスけど」


クリスティーナ

「だったらどうして家出なんてするんだよ……!?」


リホ

「知らないっスよ。ウチに聞くなっス」



 リホが投げやりに言うと、クリスティーナは、寝室に首を突っ込んだ。


 そしてキョロキョロと室内を観察し、言った。



クリスティーナ

「ブラッドロードさんは?」


リホ

「迷宮に出かけたっスよ」


クリスティーナ

「そう。いつ帰ってくるのかな?」


リホ

「知らないっス」


クリスティーナ

「戻ってくるまで待たせてもらうよ」


リホ

「帰れっス」



 リホはクリスティーナの頭を押して、扉を閉めようとした。


 クリスティーナは抵抗して、扉を閉めさせまいとした。



リホ

「ぐぬぬ……!」


クリスティーナ

「ぎぎぎ……!」



 力の拮抗は、長くは続かなかった。


 今のリホは、まだクラスレベルを上げられてはいない。


 素の身体能力が、勝敗に結実する。


 小柄なリホに比べて、クリスティーナの方が体格が良い。


 さらにクリスティーナは、妹の介護のため、モヤシのリホよりも鍛えられている。


 力比べには当然、クリスティーナが勝利した。



クリスティーナ

「ボクの勝ちだ!」



 部屋への侵入を果たしたクリスティーナが、勝ち誇って言った。



リホ

「……頭では勝ってるから良いっス」



 クリスティーナは、ベッドに腰かけた。



リホ

「……はぁ」



 リホは作業台に戻り、魔石と向き合った。



クリスティーナ

「それは魔弾銃の魔石かい?」



 クリスティーナは、先日エボンの店まで同行している。


 そのときに、リホの図面を読んでもいた。


 それでリホにそう尋ねた。



リホ

「……そうっスけど」


クリスティーナ

「自分で刻印をやってるんだね?」



 クリスティーナは、物珍しそうに言った。


 彼女は設計技師だ。


 魔石の刻印は、全て工房の刻印技師に任せている。


 自力で刻印をしたのは、学校の授業が最後だ。



クリスティーナ

「見せてもらっても良いかな?」



 クリスティーナはそう言うと、リホに体を近づけていった。



リホ

「ダメっス」


クリスティーナ

「ケチケチするなよ。見せなさい。見せろ」



 クリスティーナは、リホを作業台から押しのけようとした。



リホ

「止めるっス……!」



 リホはクリスティーナに抵抗した。



クリスティーナ

「そんなに必死になることじゃ無いだろ……!?」


リホ

「何に必死になろうが、ウチの勝手っス……!」


リホ

「ふぬぬ……!」


クリスティーナ

「ぐぎぎ……!」



 ドアの時と同様に、力比べはクリスティーナが勝利した。



クリスティーナ

「ボクの勝ちだ」



 クリスティーナは、リホから作業台の椅子を奪い取った。


 そして、魔石がセットされた顕微鏡を覗き込んだ。



リホ

「止め……!」



 拡大表示された魔石の表面が、クリスティーナの瞳に映った。



クリスティーナ

「これは……」


クリスティーナ

「まだ何も手をつけていないじゃあないか」



 顕微鏡にセットされている魔石は、なんの刻印も施されていない、まっさらなモノだった。


 クリスティーナは、軽い困惑と共に尋ねた。



クリスティーナ

「いったい何を恥ずかしがっていたんだい?」


リホ

「別に何も恥ずかしがって無いっス!」




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