表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/226

その13





ヨーク

「……見せびらかす?」



 予想もしない指摘に、ヨークは少し固まった。



ヨーク

「俺は別に、見せびらかしてるつもりはねーけど」


サトーズ

「お連れ様はお美しい」


サトーズ

「普通に歩いていても、目立つのは避けられないでしょう」


ヨーク

「確かにミツキは美人だ。目立つかもな。それが何だ?」


ミツキ

「…………」


サトーズ

「妬みを買います」


ヨーク

「…………?」


サトーズ

「お客様。奴隷とは、とても羨ましいものなのですよ」


ヨーク

「どういうことだ?」


サトーズ

「言葉の通りです。人々はあなたが持つ奴隷を、欲しいと思うでしょう」


ヨーク

「欲しいなら買えば良いだろ?」


サトーズ

「奴隷の価値を、ご存知無いようですね?」


ヨーク

「……まあ」



 高いということは分かる。


 それがどの程度なのかは、ヨークには分からなかった。



サトーズ

「奴隷とは、そこらの冒険者の手に入るような代物ではありません」


サトーズ

「第三種族は希少ですからね」


サトーズ

「広い王都を探しても、奴隷を所持している者など、数える程しか居ないでしょう」


サトーズ

「あなたは至上の宝石を見せびらかして、町を歩いているのですよ」


サトーズ

「無用心な金持ちが、賊に狙われるのと同じく、あなたも狙われます」


ヨーク

「……気をつけるよ」


サトーズ

「それに、奴隷の所有者は、『悪い金持ち』だと思われている」


ヨーク

「悪い?」


サトーズ

「はい」


サトーズ

「人間に値を付けて売るという行為を、どう思われますか?」



 法的に言えば、王都の第三種族は『人間』では無い。


 だが、それに言及するつもりは、二人には無かった。


 ミツキは人間以外の何者でも無い。


 ヨークの心がそう感じていた。



ヨーク

「悪趣味だな」


サトーズ

「はい」


サトーズ

「だから奴隷の主人は悪人である」


サトーズ

「……というのは『建前』ですがね」


ヨーク

「どういうことだ?」


サトーズ

「この世に悪趣味なことなど、山ほど有りますよ」


サトーズ

「冒険者に人気の娼館なども、別に趣味が良いとも思いませんね」


サトーズ

「あそこには奴隷と大差ない、借金を抱えた娘が大勢居る」


サトーズ

「ですが、娼館通いをする者を、悪人だという者は居ない」


サトーズ

「娼婦の柔肌というのは、皆の手に入る物だからです」


サトーズ

「……自分が手に入らない物を持っている相手を、実際以上に悪く言う」


サトーズ

「そういう心を持った人たちが居ます」


サトーズ

「どうかお気をつけ下さい」


ヨーク

「他人の悪意は、気にしない方が良いんじゃ無かったのか?」


サトーズ

「冒険者には、危険がつきまといますから」


サトーズ

「なるべく用心なされますように」


ヨーク

「そうか」


ヨーク

「忠告ありがとう。出かけてくる」


サトーズ

「はい。行ってらっしゃいませ」



 ヨークは宿を出た。


 サトーズの忠告を受け、服屋へと向かった。


 そして、白いフード付きローブを買い、ミツキに渡した。


 ミツキは特に反意も無く、ローブを着用した。


 ローブによって、ミツキの耳と尻尾、奴隷の首輪が隠された。



ヨーク

「どうだ? 暑苦しくねーか?」



 服屋前の通りで、ヨークが尋ねた。



ミツキ

「平気です」


ヨーク

「悪いな」



 今は4月。


 国中で成人式が行われる、春の季節だ。


 まだ夏は来ていない。


 過ごしやすい季節だった。


 気温が上がっても、この格好を強いるのだと思うと、ヨークは心苦しかった。



ヨーク

(耳と尻尾が無けりゃ、スカーフ程度でも良かったんだろうが……)


ミツキ

「自衛のためであれば、仕方が無いでしょう」



 ミツキはローブのことを、特に不自由とは思っていない様子だった。


 それどころか、どこか楽しそうですらあった。



ミツキ

「それもこれも、私が美人すぎるのがいけないのですね」


ヨーク

「だ~れが美人だ」


ミツキ

「私です」


ヨーク

「調子乗んな」


ミツキ

「ふふっ」


ミツキ

「暑さのことであれば、防暑の魔導器でも買えば、解決出来ると思いますよ」



 魔導器とは、魔石を元に作られた道具のことだ。


 魔石は刻印を刻むことで、様々な効果を発揮する。


 それに金属のフレームなどを組み合わせ、魔術の道具にする。


 日常生活から仕事、戦闘まで。


 魔導器は、人々の生活の奥深くまで浸透していた。


 ヨークが住む田舎にすら、水を作る魔導器などが有る。


 ヨークが使う魔術の杖も、魔導器であると言えた。



ヨーク

「防暑の魔導器? そんなのも有るのか」



 田舎には、あまり魔導器は無い。


 ヨークも魔導器には詳しく無かった。



ミツキ

「有ると思います」


ヨーク

「それなら良いけど……。高くないのか?」


ミツキ

「期待していますよ。ヨーク」


ヨーク

「……おう」


ミツキ

「これからどうしますか?」


ヨーク

「迷宮に行くぞ」


ミツキ

「下準備は、なさらないのですか?」


ヨーク

「ちょっと覗くだけだ。さ、行こ行こ」


ミツキ

「楽しそうですね」


ヨーク

「ああ。楽しみだ」



 二人は案内看板を頼りに、移動した。


 迷宮の入り口が有る広場へ。


 広場には、いかにも冒険者といった感じの連中が屯していた。


 さらに、冒険者を当てにした露店も見られた。


 ヨークは露店は無視し、広場の中央に向かった。


 そこに迷宮への入り口が有った。


 迷宮の入り口は、幅が6メートル以上ある、大きな下り階段となっていた。


 ヨークたちは、階段へと近付いていった。


 そのとき……。



衛兵

「通行証は?」



 階段付近に立っていた衛兵が、ヨークに声をかけた。



ヨーク

「通行証?」


衛兵

「ラビュリントスは、通行証が無いと入れないよ」


ヨーク

「えっ?」


衛兵

「危険だからね。小さい子供とかが入るといけないから」


ヨーク

「通行証はどうしたら?」


衛兵

「冒険者ギルドに行けば、発行してもらえるよ。お金はかかるけどね」


ヨーク

「あざ~っしたぁ」



 ヨークは衛兵に礼を言うと、大階段から離れた。



ヨーク

「がーんだな。出鼻を挫かれた」


ミツキ

「いかにもオノボリ=サンといった風情でしたね」


ヨーク

「ギルド行くぞギルド」


ミツキ

「はい」



 辺りの人に尋ねると、ギルドの位置は判明した。


 広場から通りに出て、少し歩くと、すぐにギルド前にたどり着いた。



ヨーク

「ここが冒険者ギルド……」



 ヨークは、冒険者ギルドの建物を見上げた。


 2階建てで、敷地面積もそれほど広くは無い。


 だが、ヨークは独特のオーラのようなものを、その建物から感じていた。



ミツキ

「緊張してますか?」


ヨーク

「ちょっとな」


ヨーク

「いきなりレベル10000の冒険者に出くわすかもしれんからな」


ミツキ

「インフレ凄いですね」


ヨーク

「ちょっと悪い奴で、受付の女の子とかにちょっかいをかけてるんだ」


ヨーク

「困ってる受付の子を見て、俺は止めに入る」


ヨーク

「だけど、まだ未熟な俺はボコボコにされてしまうんだ」


ミツキ

「されたいんですか?」


ヨーク

「ないです」


ヨーク

「すぅ~はぁ~」



 ヨークは深く息を吸い、そして吐いた。



ミツキ

「戦闘力が上がる謎の呼吸法ですか?」


ヨーク

「ただの深呼吸です。心が落ち着きます」


ミツキ

「おいたわしや」



 深呼吸でととのうと、ヨークはギルドの扉を開いた。



ヨーク

「失礼しま~す」



 腰低くそう言うと、ヨークから見て右手、待合所の面々から視線が来た。



ヨーク

「っ……視線めっちゃ来るな」


ミツキ

「逆に感動しますね」


ヨーク

「えっと……」


ミツキ

「あちらのカウンターへ行けば良いのでは?」


ヨーク

「なるほど。カウンターね? うん……」



 ヨークは、正面に見える受付カウンターらしき所へ向かった。


 そして、受付嬢に声をかけた。



ヨーク

「すいませ~ん」


ユッケ

「はい。ご用件は?」


ヨーク

「迷宮に行きたいんですけど、通行証って貰えますかね?」


ユッケ

「はい。通行証だけでよろしいですか?」


ヨーク

「だけ……というのは?」


ユッケ

「冒険者ギルドに入会いただけると、フリーの冒険者には無い、お得なサービスが受けられます」


ユッケ

「今なら年会費、銀貨6枚となっております。いかがですか」


ヨーク

「えっと、それじゃあお願い……」



 よく分からないまま、ヨークは答えようとした。


 ヨークが都会の荒波に飲まれそうになった、その時……。



ミツキ

「待ちなさい。村民=ザ=ファイナル」



 ミツキがヨークから都会をシャットアウトした。



ヨーク

「ミツキ?」


ミツキ

「サービスの内容も聞かずに入会するなんて、馬鹿なのですか?」


ミツキ

「迂闊に返答する前に、まずはきちんと話を聞くべきです」


ヨーク

「そっか」


ミツキ

「そうです」


ヨーク

「詳しいこと聞かせて下さい。お願いします」


ユッケ

「チッ」


ヨーク

「えっ?」



 ヨークは受付嬢から諸々を聞いた。



ヨーク

「どう思う?」



 話を聞いてもピンと来なかったヨークは、ミツキに助言を求めた。



ミツキ

「あなたの問題でしょう?」


ヨーク

「正直……良く分からんかった」


ミツキ

「もう……」


ミツキ

「まあ、わざと分かりにくくしているのでしょうけどね」


ユッケ

「ナンノコトデスカ?」


ミツキ

「フリーとギルド所属の一番の違いは、『クエスト』を回して貰えるか否かだと思われます」


ミツキ

「クエストとは、人々から冒険者への、特別な依頼のことですね」


ミツキ

「自由に潜りたいならフリー。堅実に稼ぎたいならギルド員になると良いと思いますよ」


ヨーク

「う~ん……。それなら別にフリーでも良いか?」


ユッケ

「ギルド所属のメリットは、クエストだけではありませんよ!」


ユッケ

「他にも、重症を負った時の医療保険なども……!」


ミツキ

「必要ありません」


ミツキ

「彼の傷は、全部私が治しますから」


ユッケ

「ぐぬぬぬぬぬぅ……!」


ミツキ

「ギルド員になることには、デメリットも有ります」


ミツキ

「たとえば、ギルドの緊急クエストの、招集に応じる義務などが有るようです」


ヨーク

「えっ? ギルド員なる」


ミツキ

「はい?」


ヨーク

「緊急クエストとかカッケェ」


ミツキ

「……好きにして下さい」


ユッケ

「…………入会していただけるのですか?」



 受付嬢は、期待と猜疑が入り混じった目でヨークを見た。



ヨーク

「はい」



 ヨークは頷いた。



ユッケ

「よっしゃあああああああぁぁぁっ! ノルマッ! 達成ッ!」



 受付嬢は両手を強く握り、天へと向けた。


 コロムビア。


 そんな音が聞こえたような気がした。



ヨーク

「ノルマ?」


ミツキ

「気にしない方が良いですよ」


ヨーク

「そっか」


ユッケ

「それでは、こちらに御記名をお願いしま~す」


ヨーク

「分かりました」



 手続きが終わり、ギルド証が発行された。


 ギルド証は、金属製の小さなカードだった。



ヨーク

「おぉ……!」



 ヨークはピカピカのギルド証に、宝物を見るかのような視線を向けた。



ユッケ

「ギルド証は、迷宮の通行証も兼ねております」


ユッケ

「入り口でギルド証を提示すれば、入場が可能となります」


ヨーク

「ありがと」


ヨーク

「そうだ。ミツキは……」


ミツキ

「私は無理ですよ」


ミツキ

「忘れたのですか? 私が何なのか」


ヨーク

「…………」


ミツキ

「行きましょうか」


ヨーク

「あぁ……」




 その時……。


 ギルドの扉が開く音がした。


 ヨークは音の方へ振り返った。


 一組のパーティが入ってくるのが見えた。



ヨーク

「あっ……!」


バニ

「ヨーク!?」


バジル

「…………!」



 パーティは、ヨークの幼馴染の四人組だった。



ドス

「来たか」


キュレー

「ドスくん、知ってたの?」


ドス

「いや」


ミツキ

「お知り合いですか?」


バジル

「てめェ……」



 バジルが険しい表情でヨークを睨んだ。



バジル

「どうしてここに居ンだ?」


ヨーク

「……外で話そうか」



 その時、ヨークの心は穏やかだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ