６の６「作成依頼と魔光銀」
ヨークたちは、正面口からエボンの店へと入った。
店主のエボンがそれを出迎えた。
エボン
「いらっしゃい」
ミツキ
「どうも」
エボン
「おっ。ボウズたちか」
エボン
「頼まれてた剣は、まだまだかかるぜ？」
エボンがミツキにそう言った。
ミツキ
「いえ。今日は別件で来ました」
エボン
「そうか」
次にエボンは、リホやクリスティーナたちを見た。
エボン
「そっちの嬢ちゃんたちは、ボウズの仲間か？」
ミツキ
「そんなところです」
エボン
「そうかそうか。よろしくな」
エボンはそう言って、笑みを作った。
リホは微笑んで、エボンに言葉を返した。
リホ
「よろしくっス」
リホ
「それにしても、小汚い店っスね」
無礼千万だった。
エボン
「ボウズ。こいつ放り出して良いか？」
エボンは目を細めて言った。
ミツキ
「勘弁してあげて下さい」
ミツキ
「実は彼女は、凄腕の魔導技師なのです」
エボン
「このちんまい嬢ちゃんがか？」
エボンは意外そうにリホを見た。
ミツキ
「はい」
ミツキ
「ですが差別が原因で、工房をクビになってしまったのですね」
ミツキ
「それで、自力で魔導器を売って、工房の連中を見返してやろうと考えているのです」
ミツキ
「そういうわけで、魔導器のフレームの作成を、お願い出来ないでしょうか？」
エボン
「どうすっかなぁ～。こう見えて最近忙しいんだよなぁ」
ミツキ
「そうですか。それでは、縁が無かったということで」
ミツキはエボンに背を向けた。
去ろうとするミツキを、慌ててエボンが呼び止めた。
エボン
「ちょ、待て待て待て待て。俺とボウズの仲だろ？」
ミツキ
「妙なモノを捏造しないでいただけますか？」
エボン
「えぇ……」
ヨーク
「結局、出来るのか？」
エボン
「図面を見せてくれ」
リホ
「どうぞっス」
リホは持参した図面を、エボンに手渡そうとした。
それを見て、クリスティーナがこう尋ねてきた。
クリスティーナ
「何を作るんだい？」
リホ
「お前は見ちゃダメっス！」
リホはそう言うと、差し出した図面を引っ込めてしまった。
このままでは話が進まない。
そう思ったヨークが、横から口を挟んだ。
ヨーク
「ケチケチすんなよ。見られて減るモンじゃねえだろ？」
リホ
「むぅ……」
マリー
「私も見たい」
リホ
「……どうぞっス」
数の暴力に負けたリホが、おとなしく図面を差し出した。
エボンは図面を受け取ると、台の上に広げた。
そして真剣な顔で、図面に目を通した。
エボン
「…………」
エボンの反対側から、クリスティーナが図面を見た。
そしてこう言った。
クリスティーナ
「これは……典型的な魔弾銃だね」
クリスティーナの側からは、図面は逆さまに見える。
だが特に問題なく、図面の内容を理解してしまったらしい。
それからクリスティーナは、図面への感想を口にした。
クリスティーナ
「刻印の無駄の無さは、さすがといったところだけど……」
クリスティーナ
「いまさら普通の魔弾銃を作っても、市場に入り込めるとは思えないけど」
リホ
「売れなくても良いんスよ」
リホ
「これはウチが、自分で使うんスから」
クリスティーナ
「えっ？ 君が？ どうして？」
リホ
「今のウチは文無しっスからね」
リホ
「魔導器の製作費を、ラビュリントスで稼ぐっス」
クリスティーナ
「ダメだよそんなの！」
クリスティーナが、突然に声を荒らげた。
リホはそれを、意外そうに見た。
リホ
「……サザーランド？」
クリスティーナ
「冒険者なんて……危険すぎる」
クリスティーナ
「魔術学校を主席で卒業した君が、やるような仕事じゃないよ」
リホ
「そうは言っても、他に出来るような仕事も思いつかないっス」
クリスティーナ
「銀行に行けば良いだろう？」
クリスティーナ
「君ほどの実績が有れば、いくらでも融資が受けられるはずだ」
リホ
「実績……？ 何を言ってるんスか？」
リホ
「あっという間に工房をクビになったウチに、実績なんて無いっスよ」
クリスティーナ
「は…………？」
クリスティーナ
「君はその短期間で、いくつもの魔導器を設計したじゃないか……！」
リホ
「ああ。アレっスか」
リホ
「全部……ボツになったっス」
リホ
「使い物にならないって……全部……燃やされたっス……」
屈辱を受けた日のことを、思い出したのだろう。
リホは徐々に、涙声になっていった。
クリスティーナ
「そんなはずは……だって……」
リホ
「……もう……良いっスか……？」
涙声のまま、リホは言葉を続けた。
リホ
「ウチは……ラビュリントスでやっていくしか……無いんス……」
クリスティーナ
「ダメだ！」
クリスティーナはきっぱりと、リホの考えを否定した。
そんなクリスティーナに対し、リホは冷たい視線を向けた。
リホ
「……あんまりしつこいと怒るっスよ」
もう既に、半分は怒っている。
リホの目は、そう物語っていた。
リホの敵意を受けて、クリスティーナは怯んだ様子を見せた。
クリスティーナ
「う……ボクは……ええと……そうだ……！」
クリスティーナ
「ボクが投資する！」
リホ
「えっ？」
突然のクリスティーナの言葉に、リホの敵意が散った。
クリスティーナ
「だから、君の魔導器の製作費を、ボクが出すって言ってるんだ！」
リホ
「……何を企んでるんスか？」
リホは胡散臭そうにクリスティーナを見た。
クリスティーナ
「えっ？ 企む？」
リホ
「お前には、ウチに金を出す理由が無いっス」
クリスティーナ
「それは……」
クリスティーナは、考え込む様子を見せた。
そして、笑ってこう言った。
クリスティーナ
「愉快だからさ！」
リホ
「はぁ？」
クリスティーナ
「学校でボクに勝った君が、社会では、ボクの下について働く……」
クリスティーナ
「ボクに頭を下げて、ボクの利益のために汗水垂らすんだ」
クリスティーナ
「たまらなく痛快じゃないか」
クリスティーナ
「だから、決して君が心配だからとかじゃ無いんだからね」
クリスティーナの笑みには、不自然さが混じっていた。
だがリホの側には、それを読み取る余裕など無かった。
リホ
「なるほど……。そういうことっスか」
リホはクリスティーナの言葉を、額面通りに受け取ったようだ。
クリスティーナ
「分かってくれたかい」
リホ
「そうっスね」
リホはクリスティーナの言葉を肯定し、それからこう言い捨てた。
リホ
「お前の援助なんか要らないっス」
クリスティーナ
「えっ？」
リホの突き放す言葉に、クリスティーナは驚きを見せた。
リホ
「お前に頭下げるくらいなら、迷宮に潜った方がマシっス」
こんなリホの反応は、予想外だったのだろうか。
クリスティーナは、思考停止したような様子で、ひたすらに疑問符を浮かべた。
クリスティーナ
「えっ？ えっ？」
マリー
「姉さん……」
混乱したクリスティーナに、妹のマリーが声をかけた。
マリー
「そんな言い方したら……断られるに決まってる……」
次に、ヨークが口を開いた。
ヨーク
「クリスティーナ」
ヨーク
「心配しなくても、リホが一人前になるまでは、俺たちでしっかり面倒を見るつもりだ」
ヨーク
「絶対に大怪我なんてさせない。安心してくれ」
クリスティーナ
「べつに心配なんてしてないけど！？」
エボン
「……ちょっと静かにしてくれねえかな」
クリスティーナ
「……ごめんなさい」
周りが静かになると、エボンは図面に視線を戻した。
エボン
「…………」
ヨーク
「出来そうか？」
エボン
「ああ。行けるぜ」
……。
ヨークたちとエボンは、開発する魔導器に関して、細かい話を詰めることになった。
エボン
「素材は鉄で良いのか？」
ヨーク
「いや……」
ヨークはエボンの質問を否定し、ミツキに視線を向けた。
ミツキ
「はい」
ミツキはスキルを使い、金属塊を取り出した。
それはダンジョンで手に入れた、ドロップアイテムだった。
ミツキ
「これを……上手く加工出来ませんか？」
ミツキは金属塊を、エボンに差し出した。
それを横から見ていたクリスティーナが、驚きの表情を浮かべた。
クリスティーナ
「まさか魔光銀……！？ どうやって手に入れたんだい！？」
クリスティーナは、一流の魔導器工房に勤務している。
そんな彼女にとっても、魔光銀というのは、手に入れがたい、希少素材のようだった。
ヨーク
「迷宮でドロップした」
クリスティーナ
「レアドロップ……？」
クリスティーナ
「そんな希少な素材、ただの魔弾銃には必要無いだろう？」
クリスティーナ
「良かったらボクに売ってくれないか？」
リホ
「ウチの邪魔をするんスか？」
嫌がらせで、自分から素材を奪おうとしている。
リホはクリスティーナの申し出を見て、そう感じたらしかった。
クリスティーナ
「違う」
そんなリホの邪推を、クリスティーナは即座に否定した。
クリスティーナ
「ボクは元々、軽くて頑丈な素材が欲しかったんだ」
彼女がそう弁解しても、リホは僻むような目つきを変えなかった。
リホ
「取るつもりっスか。ブラッドロードがウチのために取ってきてくれたのに」
クリスティーナ
「取るって……そういうんじゃ……」
ヨーク
「まあ待て」
ヨーク
「そんなに欲しいのなら、今度取ってきてやるよ」
ヨークは事もなげにそう言った。
