６の５「リホと眠気」
ヨーク
「何かは防がなきゃならんワケだ？」
ミツキ
「そう複雑な問題では無いので、ご安心下さい」
そう言うミツキには、慌てた様子は無かった。
迫り来る問題に対し、余力をもって対処できる。
そう考えている様子だった。
ヨークはミツキのことを、なるべく信頼することにしている。
それで、納得した様子を見せた。
ヨーク
「それなら良いが」
それからヨークとミツキは、朝の身支度を済ませた。
ヨーク
「朝飯行くか」
身支度が終わると、ヨークはミツキに言った。
ミツキ
「リホさんは？」
ミツキはそう尋ねた。
２人の身支度の間も、リホはずっと、ヨークのベッドで目を閉じていた。
ヨーク
「起こしてみるか。リホ～」
ヨークはリホの肩を掴んだ。
そして、彼女の体を揺すった。
リホ
「ん……」
リホは眠そうに薄目を開けた。
リホ
「眠いっス……」
べつに、無理に起こす理由も無い。
もし眠りたいのなら、寝かせてあげても良いか。
そう思いながら、ヨークは尋ねた。
ヨーク
「朝飯行くか？ 寝てるか？」
リホ
「食べるっス……」
リホはフラフラと立ち上がった。
着替えずに眠ったので、服装に問題は無かった。
眠そうなリホを連れて、ヨークとミツキは食堂へ向かった。
バニ
「おはよう」
食堂に入ると、既にバニたちの姿が有った。
ヨーク
「おはよ」
ヨークはバニたちに声をかけた。
リホ
「…………」
バジル
「そいつフラフラしてンな。だいじょうぶか？」
リホ
「ダイジョーブっス……」
リホはそう言って着席した。
そして眠そうに、朝食を注文した。
ヨークはバニたちと一緒に、朝食をとった。
そして食事が終わると、寝室に戻った。
リホ
「ん……」
リホは食事中も、ずっと眠そうにしていた。
寝室に入るなり、リホはベッドに、ぽてんと倒れこんでしまった。
そんなリホを見て、ミツキが言った。
ミツキ
「だいぶ眠い感じですね」
ミツキ
「エボンさんの所に行くのは、明日にしましょうか？」
リホ
「エボン……？」
ヨーク
「武器屋のオッサンだよ。図面を見てもらう」
リホ
「行くっス……」
リホはよろりと立ち上がった。
ヨーク
「だいじょうぶかよ？」
明らかに眠そうなリホの様子を見て、ヨークは心配そうにしてみせた。
そんなヨークに、リホはこう尋ねてきた。
リホ
「何がっスか……？」
リホ本人は、自分の状態が、特に問題が有るとも思っていないようだ。
ヨーク
「おぶされ。向こうに着くまで寝てろ」
リホ
「ういういっス……」
ヨークはリホに背を向けた。
小柄なリホの体が、ヨークにのしかかってきた。
２つの柔らかいものが、ヨークの背に触れたが、彼は気にしていないフリをした。
ヨークはリホを背負ったまま、ミツキと一緒に宿屋を出た。
そのとき……。
クリスティーナ
「見つけたよ。ブラッドロードさん」
ヨークは宿屋の前の通りで、クリスティーナに声をかけられた。
マリー
「……おはよう」
クリスティーナの隣には、マリーの姿も有った。
彼女は先日と同じく、車椅子に座っていた。
ミツキ
「えっ……！？」
彼女たちに驚いたのは、声をかけられたヨークではなく、ミツキの方だった。
ヨーク
「おはよう」
ヨークは特に驚きも見せず、のんきに挨拶を返した。
だが、疑問は有ったらしく、こう尋ねた。
ヨーク
「で……どうしてここに居るんだ？」
クリスティーナ
「君に会いに来たんだ」
クリスティーナは微笑んで言った。
ヨーク
「俺に？」
クリスティーナ
「妹の恩人に対して……ボクは少しだけ無礼だったからね」
クリスティーナ
「お礼とお詫びを兼ねて、君を夕食に招待したいと思うんだ。どうかな？」
ヨーク
「分かった。行くよ」
クリスティーナ
「ありがとう。今夜で構わないかな？」
ヨーク
「ああ」
ヨークには、特に予定というものは無い。
いつ誘われても構わなかった。
クリスティーナ
「うん。ところで……」
クリスティーナ
「君はどうして子供を背負っているんだい？」
ヨークの肩の辺りを見ながら、クリスティーナが尋ねた。
ヨーク
「子供とは言うがな、中々のモンだぞ。これでも」
ミツキ
「何が中々なのですか？」
ヨーク
「何でもないです」
クリスティーナ
「…………？ 結局どういうこと？」
ヨーク
「夜更かしして眠そうだったから、寝かしてやろうと思って」
クリスティーナ
「そう。その子も冒険者なの？」
ヨーク
「いや。無職らしいぞ」
クリスティーナ
「……うん？ これからどこかに出かけるのかな？」
ヨーク
「武器屋だな」
クリスティーナ
「そうか。冒険者だからね」
クリスティーナ
「設計士のボクには、あまり縁の無いところだけど……」
クリスティーナ
「後学のため、ご一緒させてもらっても良いかな？」
ヨーク
「良いぞ」
ヨークは歩き出した。
マリーの車椅子を押すクリスティーナが、その隣に並んだ。
そのとき……。
クリスティーナ
「あれ……？」
ヨークの背中側を見て、クリスティーナがふしぎそうな声を上げた。
ヨーク
「どうした？」
クリスティーナ
「ミラストックさん？」
ヨーク
「ん？ リホと知り合いなのか？」
クリスティーナ
「うん……」
クリスティーナ
「どうして彼女が、君の背中に居るのかな？」
ヨーク
「眠いからだよ」
クリスティーナ
「理由になってるかな？ それ」
クリスティーナ
「君とミラストックさんは、どういう関係なんだい？」
ヨーク
「ええと……」
ヨーク
「保護者かな？」
クリスティーナ
「初耳だな。彼女に君みたいな保護者が居たなんて」
ヨーク
「まあ、拾ったのはついこの間だし」
クリスティーナ
「拾った？ まるで彼女がペットみたいな言い草だね？」
クリスティーナ
「ちゃんと彼女に対して、紳士的な行いを心がけているんだろうね？」
クリスティーナ
「まさか成人したばかりの彼女に、汚らわしい行為をしてはいないだろうね？」
クリスティーナは、詰め寄るように言った。
そんなクリスティーナの剣幕を受けて、ヨークは後ずさった。
ヨーク
「意外とグイグイ来るな。お前」
クリスティーナ
「別に……」
クリスティーナ
「学友だった彼女を気にかけるのは、淑女として当然のことだよ」
ヨーク
「そうか」
ヨーク
「俺なんかに頼らなくても、仲の良い友だちが居たんじゃねえか」
クリスティーナ
「別に。……ねえ」
クリスティーナ
「彼女はどうして急に、工房を辞めてしまったんだい？」
ヨーク
「友だちなのに、リホから聞いてねえのか？」
クリスティーナ
「彼女とは、友だちとかじゃ無いんだ。その……」
ヨーク
「…………？」
言葉に詰まったクリスティーナを見て、ヨークは疑問符を浮かべた。
少し待ったが、クリスティーナは口を開かなかった。
それでヨークの方から話すことにした。
ヨーク
「リホは工房をクビになったんだよ。辞めたんじゃねえ」
クリスティーナ
「え……？」
ヨーク
「役立たずだって言われて、追い出された」
ヨーク
「俺はそう聞いてる」
クリスティーナ
「そんな……」
マリー
「……酷い」
ヨーク
「ああ。酷い話だろ」
少し暗い雰囲気で、ヨークたちは歩いた。
やがて、エボンの店の前へと到着した。
ヨーク
「リホ。着いたぞ。起きろ」
リホ
「ういうい～」
リホは眠そうに、ヨークの背から降りた。
そんなリホに、クリスティーナが声をかけた。
クリスティーナ
「おはよう。ミラストックさん」
リホ
「おはようっス」
リホはぼんやりと、クリスティーナに挨拶を返した。
そして固まった。
リホ
「……………………」
リホ
「サザーランド！？」
硬直が解けたリホは、びくりとクリスティーナから飛び退いた。
クリスティーナ
「うるさいよ。朝っぱらから」
リホ
「どうしてお前が居るんスか……！？」
リホは、完全に眠気が覚めた様子で尋ねた。
クリスティーナ
「どうしてって。ボクとブラッドロードさんは友人だからね」
リホ
「そうなんスか！？」
ヨーク
「いや。昨日会ったばっかだが」
リホ
「昨日……？」
リホ
「そういえば、魔導技師に会ったって言ってたっス……！」
ヨーク
「そう。それだ」
リホ
「けど、いま一緒に居る理由にはならないっス」
リホ
「こんな朝っぱらから。仕事はどうしたっスか？ クビになったんスか？」
クリスティーナ
「ハハッ。まさか。君じゃないんだから」
リホ
「な……！」
失職を笑われたリホは、くわっと目を見開いた。
そのとき、マリーが口を開いた。
マリー
「姉さん……酷い……」
クリスティーナ
「えっ……？」
マリー
「仕事をクビになった人に、そんなこと言うなんて……」
マリーの言葉に、クリスティーナは慌てた様子を見せた。
クリスティーナ
「これは、その、違うんだ！」
マリー
「何が？」
クリスティーナ
「え……えぅ……」
クリスティーナ
「ごめんなさい」
クリスティーナは、深く頭を下げた。
リホ
「妹には弱いんスね」
クリスティーナ
「ぐ…………」
ヨーク
「じゃれあってないで、行くぞ」
リホ
「じゃれて無いっス！」
クリスティーナ
「じゃれて無いよ！」
２人はほぼ同時に言った。
ヨーク
「はいはい」
