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5の24「金貨と銅貨」




ユーリア

「腐っても公爵だよ私は。腐ってはいるけどね」


ユーリア

「金貨1万枚くらい、どうとでもなるさ」


ミツキ

「そうなのですか?」


ヨーク

「けどな、そんな大金、ポンと出してもらうわけには……」


ユーリア

「頼むよ」


ユーリア

「君に恩返しをさせて欲しいんだ」



 ユーリアは、真剣な顔を作って言った。


 どうにも断りづらい。


 ヨークはそんなふうに感じてしまった。



ヨーク

「…………」



 どうしたものか。


 少しの間、ヨークは思案した。



ヨーク

「それじゃ、こういうのはどうだ?」


ヨーク

「おまえは俺に、金貨1万枚を貸す」


ヨーク

「ただし、期限とか罰則は無しだ」


ヨーク

「俺はその金貨を、倍にして返す」


ユーリア

「それだと結局、こっちが得をすることになると思うけど」



 無期限とはいえ、元金が倍になって返ってくるのなら、かなりの利息だと言える。


 そしてユーリアにとって、ヨークは約束を守る男だ。


 踏み倒されるリスクは低い。


 ヨークの提案は、ユーリアにとって、割の良い儲け話だと言えた。



ヨーク

「手早くゴタゴタを解決出来たら、俺たちにだって得になる」


ヨーク

「どっちかが損をするより、お互いが得をした方が良いだろ」


ユーリア

「……分かった」


ユーリア

「君は少し頑固なようだし、この辺りで手を打とうか」


ヨーク

「ありがとよ」


ユーリア

「それじゃ、センリさんと話をするから、君たちは別室で待機していてもらえるかな?」


ヨーク

「いや。荷物運びが残ってるからな」


ヨーク

「仕事の続きとさせてもらうさ」


ユーリア

「そんなこと、ウチの連中にやらせれば良い」


ヨーク

「どうせ暇だし」


ユーリア

「……君が良いのなら、それでも良いけど」



 ユーリアから見れば、ヨークは対等以上の存在だ。


 公爵ごときですらしない仕事を、ヨークがする必要は無い。


 そう考えていた。


 とはいえ、彼が自由を愛する平民であることは、ユーリアも理解している。


 貴族としての感覚を、無理に押し付けるつもりも無かった。



ヨーク

「ああ。それじゃ」


ミツキ

「私も手伝いましょう」


ミツキ

「今日で話が片付くのであれば、魔獣を探しに行く必要も有りませんからね」


ヨーク

「そういえば、まだ今日の分を倒してなかったな」


ヨーク

「ちょっと庭を借りて良いか?」


ユーリア

「どうぞ」


ミツキ

「ヨーク」


ミツキ

「念のため、街から離れた方が良いのでは?」


ヨーク

「そっか」


ユーリア

「えっ? 何するの?」



 不安げなユーリアの質問に、ヨークは答えなかった。



ヨーク

「それじゃ、話がついたら、倉庫の方まで来てくれ」



 ヨークはそう言うと、ミツキと共に、部屋から出て行った。




 ……。




 ヨークが去ってから、少しの時間が経過した。


 センリはテーブルを挟み、ユーリアと向き合っていた。


 2人の間には、大量の貨幣が積まれていた。


 全ての貨幣は黄金色に、きらきらと輝いていた。



ユーリア

「小金貨1万枚だ」


ユーリア

「これでヨークは開放してもらえる。そうだね?」


センリ

「……そうですね」



 センリは商人だが、大金持ちというほどでも無い。


 内心では、高く積まれた貨幣の圧に、心を乱されていた。


 とはいえ、商人がそう簡単に、本心を見せるものではない。


 黄金など慣れている。


 そんな感じの表情を、ユーリアへと向けていた。



ユーリア

「さあ、持っていってくれ」



 この程度の黄金、少しも惜しくはない。


 まるでそう思っているかのように、ユーリアの表情には余裕が有った。


 ケチな商人と公爵では、格が違う。


 センリはそう思わざるをえなかったが、やはり表情は崩さなかった。



センリ

「これほどの金貨は、運びきれません」


センリ

「銀行の私の口座に、振り込んでおいて下さい」


ユーリア

「分かった」


ユーリア

「ひとつき以内には、振り込むことを約束するよ」


センリ

「はい」



 センリは頷き、そして尋ねた。



センリ

「公爵様ともあろうものが、どうしてそこまでされるのですか?」


ユーリア

「惚れた弱みというやつかな」


ユーリア

「いや。ガチ恋では無いよ? ギリギリで踏みとどまったからね」


ユーリア

「本気になってもさ、勝ち目は無さそうな感じだったから」


ユーリア

「ファン……。そう。ファンだね」


ユーリア

「私はヨークのファンなんだ」


センリ

「…………?」



 ヨークは美しい。


 容姿だけを見れば、高嶺の花だとも言える。


 だが、ヨークは平民で、ユーリアは公爵だ。


 手を伸ばせば、届くものなのでは無いのか。


 センリはそう考えたが、口には出さなかった。



センリ

「まあ、お金さえいただければ、私としては文句はありません」


センリ

「それでは、仕事の方に戻らせていただきます」


ユーリア

「うん。よろしくね」



 センリはユーリアの部屋を出た。


 そして階段を下り、倉庫へと向かった。


 倉庫に入ると、全ての荷物が運び終わっている様子だった。



センリ

「あれ? もう運び終わったの?」


ミツキ

「私は『収納』持ちですからね」


センリ

「えっ!? どうしてもっと早く言わなかったの!?」


ミツキ

「言いたくなかったので」


センリ

「…………」


ミツキ

「それで、ユーリアさんとのお話は、どうなりましたか?」


センリ

「……ヨーク」


センリ

「あなたの借金は完済されたわ」



 そう言ったセンリの表情は、冷めているように見えた。



ヨーク

「大金持ちじゃねえか。もっと喜べよ」


センリ

「……喜んでるわよ」



 センリはスキルで『契約書』を取り出した。


 『契約書』は、ひとりでに燃え上がった。


 後には燃えカスすら残らなかった。



センリ

「これであなたは自由よ。好きにしなさい」


ヨーク

「そっか」


ヨーク

「まあ、王都に帰るまでは、護衛してやるよ」


センリ

「……ありがと」



 センリはうつむいて、礼を言った。



ヨーク

「さて、帰ったらのんびりするか」


ミツキ

「またすぐに、忙しくなりますよ」


ヨーク

「そうか」


ヨーク

「けど、猫牧場には行かないとな」


ミツキ

「はい」




 ……。




シュウ

「ユーリア様」



 ユーリアの部屋で、シュウがあるじに声をかけた。



ユーリア

「何かな?」



 微笑を浮かべながら、ユーリアはシュウに尋ねた。



シュウ

「公爵家の金庫に、これほどの余裕が有ったとは、初耳ですが」


ユーリア

「はっはっは。有るワケ無いよね。そんな余裕」



 ユーリアは、乾いた笑い声を上げた。



シュウ

「え……?」



 そのとき……。


 隣の部屋から、2人の人物が入ってきた。


 2人とも、シュウが見知った人物だった。


 1人はユーリ。


 そしてもう1人は、猫耳メイドに扮したアヤだった。


 ユーリはなぜだか、渋い顔をしていた。



ユーリ

「…………」


アヤ

「それで……」



 アヤは、指を鳴らした。


 部屋中に積まれた金貨が、光に包まれた。


 光が消えた時、金貨だったはずのそれらは、くすんだ銅貨に変わっていた。



アヤ

「金貨1万枚も、どうやって用意するつもりなのかしら?」


シュウ

「これは……」


アヤ

「私のスキル。典型的な詐欺の手口ね」



 全てはスキルによる錯覚だった。


 今の公爵家に、金貨1万枚を、ポンと出せる財力など無い。



シュウ

「……公爵家が、実際に動かせるお金は?」



 眉間に深いシワを刻みながら、シュウが尋ねた。


 ユーリアの代わりに、ユーリがその質問に答えた。



ユーリ

「小金貨2000枚といったところだ」


ユーリ

「それも、少なからぬ無理をしてな」


シュウ

「…………」


シュウ

「見栄を張ったわけですか」



 シュウはユーリアにジト目を向けた。



ユーリア

「だってほら、私はヨークのファンだし……」


ユーリア

「お金くらい、ぽーんと出してあげたいじゃないか」


シュウ

「はぁ」


アヤ

「なるほど。これが都合の良い女というやつね」


アヤ

「ユーリ。あなたはああなってはダメよ」


ユーリ

「なってたまるか」



 ユーリは渋い顔で吐き捨てた。



ユーリア

「あーどうしよう……」


アヤ

「あの女を始末するのが手っ取り早いんじゃないの?」


ユーリア

「ダメだよ。ヨークにバレたら嫌われちゃうよ」


ユーリア

「ねえシュウ」


ユーリア

「何か良い儲け話、無いかなあ?」


シュウ

「実家に問い合わせてみましょう」


シュウ

「ですが、流石に金貨1万は厳しいと思いますが」


ユーリア

「ミヤはどう?」


アヤ

「あなたを娼館に売れば、金貨500枚くらいにはなるんじゃないかしら?」


ユーリア

「えっ? 私の価値、低すぎ?」


アヤ

「あら? 自分の美貌にどれだけ夢を見てるのかしら?」


ユーリア

「…………」


ユーリア

「ユーリは?」


ユーリ

「自分がしでかした事だろう。人に頼るな」


ユーリ

「……まあ一応、ツテを当たってはみるが」



 ユーリアの弟は、姉に少し甘かった。



ユーリア

「ありがとう」


ユーリ

「まったく……」



 ユーリアに笑顔を向けられると、ユーリはそっぽを向いた。



アヤ

「借金の踏み倒しが知れたら、今度こそ、公爵家はおしまいでしょうね」


ユーリア

「うん。けどさ」


ユーリア

「こういう追い込まれた状況って、なんだかワクワクしない?」


ユーリ

「姉さん……」


ユーリ

「最近、父上に似て来たんじゃないか?」


ユーリア

「えっ…………………………………………」



 ユーリアは、しばらく言葉を話せなかった。





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