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5の23「不法侵入者とデイリーモンスター」




ヨーク

「別にお前は、金貨が欲しいだけなんだろ?」


ヨーク

「俺に人を殺させたり、危ない目に遭わせたいわけじゃない」


ヨーク

「そうだよな?」



 ヨークは少女のことを、強欲ではあっても、邪悪では無いと思っていた。


 それにいざとなれば、ミツキが助けてくれるはずだ。


 そういう信頼が有った。


 なのでヨークは現状について、特に心配はしていなかった。



センリ

「……ええ。そうね」


センリ

「あなたには、血を流させるつもりは無いわ」



 少女はヨークの考えを、部分的に肯定した。



ヨーク

「ほらミツキ。こう言ってるぞ」


ミツキ

「甘いですよヨーク」


ミツキ

「人を罠にはめる女です。信用して良いわけが有りません」


ヨーク

「そうかな?」



 本当に信用できる相手なら、罠のような契約書など使わない。


 ミツキはそう考えているようだ。


 だが、ミツキが忠告をしても、ヨークはのほほんとしていた。


 ミツキはヨークの耳に、口を近付けて言った。



ミツキ

「あの女がヨークの力に気付けば、悪用される可能性が有ります」


ミツキ

「手遅れになる前に、あの女を始末させて下さい」


ヨーク

「いや。それはダメだろ」


ミツキ

「しかし……」


ヨーク

「あいつとは偶然出会った。それに魔族なら、神の手先じゃない。そうだろ?」



 ヨークは悪い神が相手なら、命を賭けて戦うつもりだった。


 あるいは、仲間の命を脅かす連中が相手なら、命を奪うのも仕方が無いと思っていた。


 だが、ここに居る少女は、ただの商人だ。


 レアスキルを持っている以外には、特に力が有るわけでも無い。


 ミツキが本気で拳を振るえば、次の瞬間には、肉片になっていることだろう。


 か弱い一般人の少女だ。


 それを殺すなど、ヨークにとってはありえないことだった。



ミツキ

「それはそうですが……」


ヨーク

「けど……」


ヨーク

「もしバジルたちやエルに、危害が及びそうになったら、その時は頼む」



 ヨークはミツキにそう頼んだが、そんな事にはならないだろうとも思っていた。



ミツキ

「はい。了解しました」


センリ

「ちょっと、私を差し置いて、何をコソコソ話してるのよ?」



 2人が小声で話しているのを見て、少女は不機嫌そうになった。



ヨーク

「ちょっとプライベートな話だ」



 あなたを殺す話をしていました……などとは言えない。


 ヨークは話をごまかしてみせた。



センリ

「…………」


ヨーク

「まさか、召使いは秘密を持っちゃいけないなんて言わないよな?」



 スキルの力で白状することになっては困る。


 そう思い、ヨークは牽制を入れた。



センリ

「別に良いわ」


センリ

「私だって、あなたの尊厳を奪いたいわけでは無いもの」


センリ

「けど、私に危害を加えるようなことは、あなたには出来ないわよ」


センリ

「契約書に、そう記させてもらったから」


センリ

「奴隷が私を襲うように、命令することも出来ない」


センリ

「それは覚えておくことね」


ヨーク

「命令出来ないんだってさ。困ったな」


ミツキ

「とても困りましたねえ」



 そう言ったミツキは、ちっとも困っていない感じだった。



センリ

「さ、それじゃあ行きましょうか」


ヨーク

「どこに?」


センリ

「お仕事よ」




 ……。




ヨーク

「それで、センリの召使いをやってるわけだ」



 ユーリアの私室で、ヨークは今までの成り行きについて話を終えた。



ユーリア

「……はぁ」



 ユーリアはため息をついた。



ユーリア

「お人好しというかなんというか……」


シュウ

「…………」



 そのとき、シュウがやってきて、ジュース入りのコップをテーブルに置いた。



ヨーク

「どうも」



 ヨークは会釈をして、コップを手に取った。


 そして、軽く唇を湿らせた。



ユーリア

「君にはメイルブーケの後ろ楯も有るだろう?」


ユーリア

「もう少し、うまく立ち回れたんじゃないのかな?」


ヨーク

「権力を使ったり、金借りたりすんのも、なんだかな」


ヨーク

「性に合わねー」


ヨーク

「フルーレたちには魔剣も貰ってるしな」


ヨーク

「これ、高いんだってさ」



 ヨークはそう言って、腰の鞘を撫でた。



ユーリア

「そうだね」


ユーリア

「メイルブーケの魔剣には、お城1つ買えるくらいの価値は有る」


ヨーク

「そんなにか」


ヨーク

「えらいもん貰っちまったな」


ユーリア

「それだけの働きはしていると思うけどね。君は」


ヨーク

「だと良いけどな」


ユーリア

「その魔剣を、奴隷の料金にしたらどうかな?」


ヨーク

「いや。これは要る」



 ヨークは断言した。


 この先に、戦いが迫っている。


 強力な武器を手放すことなど、ありえないことだった。



ユーリア

「そう?」


ユーリア

「君だったら、素手でも戦いには困らない気がするけどね」



 ユーリアは、ヨークが背負った宿命を知らない。


 彼が苦戦するところなど、想像もできないらしかった。



ヨーク

「いや。俺より強い奴は居るからな」


ヨーク

「そいつと戦うのに、素手じゃきついさ」


ユーリア

「何者かな? 君より強い人というのは」


ヨーク

「さあ? 神様かな」


ユーリア

「はぐらかすんだ?」


ヨーク

「言っても信じねえだろ」


ユーリア

「決め付けないで欲しいけど」


ヨーク

「信じねえさ」


ユーリア

「むう……」



 可能な限り、ヨークの理解者でありたい。


 そう思っているユーリアは、ヨークの言葉を聞いて、不機嫌そうにしてみせた。


 そのとき。


 コツコツと、窓の方から音が聞こえた。



ユーリア

「…………?」



 前にも同じようなことが有った。


 そんな風に思いながら、ユーリアは、窓の方へと向かった。


 窓にカーテンはかけられていなかった。


 おかげで音の正体は、すぐにわかった。



ミツキ

「こんにちは」



 窓の外には、ミツキの姿が有った。


 平然とした顔で、壁にぶら下がっている様子だった。


 しかも片手で。



ユーリア

「気のせいかな。ヨークの奴隷が見える」



 ユーリアは、眉間を押さえながら言った。



ミツキ

「ミツキです」


ヨーク

「奴隷じゃないぞ。友だちだぞ」


ユーリア

「…………」


ユーリア

「ここは4階のはずだけど」


ミツキ

「テクニックが有れば、4階くらいならどうにでもなります」


ユーリア

「パワーだよね? どう考えても」


ミツキ

「あの、開けていただけませんか?」


ミツキ

「ガラス片が飛び散ると、片付けが面倒でしょう?」


ユーリア

「家の窓を破壊するのを、当然の権利みたいに言うの止めてもらえるかな?」


ミツキ

「ですが、待つのに飽きてきました」


ユーリア

「うん。自業自得だよね?」


ミツキ

「あと30秒くらいしか辛抱できないかもしれません」


ユーリア

「良いけど、ウチを壊したら牢屋にブチ込むからね」


ミツキ

「できるものならやってみてください」


ユーリア

「本当にふてぶてしいな君たちは!?」



 ユーリアは、しぶしぶと窓を開けた。


 軽い身のこなしで、ミツキが中へ滑り込んできた。


 彼女は左手に、謎の布包みを抱えていた。



ミツキ

「ありがとうございます」



 室内に立つと、ミツキはユーリアに頭を下げた。



ユーリア

「……君が暗殺者じゃなくて良かったよ」


ミツキ

「どうもどうも」


ユーリア

「どうして窓から?」


ミツキ

「時短です。見張りに見つかると面倒ですから」


ユーリア

「完全に不法侵入者のセリフだね」


ミツキ

「奴隷の身分では、身元を証明するのも一苦労ですからね」


ユーリア

「それはそうかもしれないけどさ」


ユーリア

「というか、何の用?」


ミツキ

「ヨーク。例のブツです」



 ミツキは手に持っていた包みを、ヨークに渡した。



ヨーク

「くるしゅうない」


ユーリア

「何それ?」


ヨーク

「魔獣」


ユーリア

「うん?」


ヨーク

「デイリーモンスターだ」


ユーリア

「うん。さらに意味不明になったね」


ミツキ

「行商のせいで、レベル上げが出来ませんからね」


ミツキ

「私が新鮮な魔獣を捕獲して、配達しているというわけです」


ユーリア

「魔獣1匹くらいじゃ、レベルは上がらないと思うけど」


ミツキ

「はぁ。これだから素人は」



 ミツキはわざとらしくため息をついた。



ユーリア

「何か間違ったこと言ったかな私!?」


ユーリア

「……しかし大変だね。いちいち魔獣を捕まえてくるなんて」


ミツキ

「別に苦痛ではありませんから」


ユーリア

「そうなんだ?」


ミツキ

「はい。ですが、この状況が続くというのも困りますね」


ミツキ

「私たちにも、予定というものが有りますから」



 レベル上げだけをしていれば良いというものでは無い。


 元の運命を知るミツキは、そう考えていた。



ユーリア

「小金貨1万枚だっけ? 私が立て替えても良いよ」


ヨーク

「いや……」


ヨーク

「大金を出してもらう理由がねえだろ」


ユーリア

「逆に理由しか無いと思うけど?」


ヨーク

「そうか?」


ユーリア

「忘れたのかな? 君は私たちの恩人なのだけど」



 ユーリアからすれば、ヨークは家族の命を救ってくれた人だ。


 何もしないということの方がありえなかった。



ヨーク

「そういえばそうだったか」


ユーリア

「……はぁ」


ミツキ

「だいじょうぶなのですか?」


ミツキ

「家のゴタゴタで、あまり余裕が無いのでは?」



 ミツキは公爵家の懐事情を、気遣ってみせた。




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