5の21「商人と荷運び」
5章の本筋は前話で終わりですが
ちょっと短いかなと思ったので4話ほど日常回をやります。
シュウ
「…………」
ユーリア
「…………」
ユーリア
「それで君は……」
ヨーク
「えっほ、えっほ」
ユーリア
「いったい何をやっているのかな?」
ヨーク
「えっほ……」
ヨーク
「えっ……?」
ユーリア
「やあ」
マレル公爵領の大都市、リヨ。
公爵邸の倉庫で、ヨークは木箱を抱えていた。
物資の到着を見に来たユーリアは、そこでヨークと出くわしたのだった。
ヨーク
「やあ」
ユーリア
「質問」
ヨーク
「何だっけ?」
ユーリア
「だから、いったい君は、何をしているの?」
ヨーク
「荷物運びだが?」
ユーリア
「『だが?』って、もう……」
ユーリア
「君は冒険者のはずだろう?」
ヨーク
「ここ最近、色々とあってな」
ユーリア
「つまり?」
ヨーク
「少し長くなるぞ」
ユーリア
「分かったから、納得がいくように説明してね」
ヨーク
「まず、俺とミツキの関係だが……」
ユーリア
「そこから?」
センリ
「ちょっと! ヨーク!」
怒ったような声が聞こえた。
若い女の声だった。
ユーリアは、声の方を見た。
魔族の女子が、ヨークたちの方へやって来るのが見えた。
センリ
「サボって何をやっているのよ!」
髪をツインテールにした少女が、ヨークを叱りつけた。
少女の格好は、商人のように見えた。
ヨーク
「いや。知り合いが居たからさ」
センリ
「知り合い……?」
ヨークの言葉を受けて、少女はユーリアの方を見た。
ユーリア
「…………」
ユーリアは、黙って少女に視線を返した。
センリ
「あの……ひょっとしてあなたは……」
ユーリアの格好は、いかにも貴族といった感じだった。
それを見て、少女はユーリアの正体に勘付いたようだ。
少し顔を引きつらせて、ユーリアに質問をした。
ユーリア
「ユーリア=マレルだ」
ユーリアは、真顔で名乗った。
センリ
「ももも申し訳有りません!」
少女は自分の頭を下げながら、ヨークの頭を押さえた。
そして、ヨークにも頭を下げさせた。
センリ
「ウチの召使いが、何か失礼なことをしてしまったのでしょうか……!?」
ユーリアの眉が、ぴくりと動いた。
頭を深く下げていた少女は、そのことに気付かなかった。
ユーリア
「召使い? ヨークが?」
センリ
「あの……?」
少女は恐る恐る顔を上げ、ユーリアの表情をうかがった。
そこに、家族に向けるような温かさは無かった。
ユーリア
「そもそも、君は誰かな?」
センリ
「っ……」
雲の上の人物に、冷たい視線を向けられ、センリの体がこわばった。
だがセンリは商人だ。
貴人を恐れてばかりいては、商売などできない。
センリは背筋を伸ばし、まっすぐにユーリアを見た。
センリ
「私は、センリ=ハーケンと申します」
センリ
「この度は、商会からの物資の輸送を、担当させていただいております」
ユーリア
「そう。それでどうして、彼は荷物運びなんかしているのかな?」
センリ
「実は……」
センリ
「この男は、薄汚いコソ泥なのです」
ユーリア
「シュウ。この雌豚を殺せ」
ユーリアは、そばに控えていたシュウに、即座にそう命じた。
シュウ
「はい」
シュウは抜刀し、センリに斬りかかった。
ヨーク
「ちょっと待てよ」
ヨークの魔剣が、シュウの魔剣を受けた。
シュウの剣は、センリの頭から10センチほどの所で止まった。
センリ
「えっ? えっ?」
武人では無いセンリには、シュウの動きは見えなかった。
自分を庇ったヨークの動きも同様だ。
いつの間にか、眼前に剣が出現している。
困惑し、頭の上に疑問符を、大量に浮かべていた。
ヨーク
「いきなり何やってんだ」
公爵が殺しを命じるなど、笑い事では済まない。
ヨークは真剣な顔で、ユーリアを睨みつけた。
ユーリア
「……ふっ」
ユーリア
「軽い冗談だよ」
ユーリア
「いくら私でも、商会の関係者をいきなり殺したら、デメリットが大きい」
ユーリア
「君が止めてくれることくらい、折り込み済みさ」
ヨーク
「止めなかったらどうしてたんだよ?」
ユーリア
「ははは。寸止めしたに決まってるだろ?」
ヨーク
「……だよな?」
ヨーク
「本気かと思って、ビビったぜ」
ヨークは気を緩め、剣をおさめた。
もし命令が本気なら、タダで済ませるつもりは無かった。
戦いにならず、ヨークはほっとしていた。
ヨーク
「って言うか、冗談でも剣なんか抜くな」
人殺しのサプライズなど、面白くもない。
自分とユーリアとでは、笑いのセンスが合わない。
貴族の笑いはわからない。
ヨークはそう思わざるをえなかった。
ユーリア
「ごめんね」
ユーリアは、苦笑してわびた。
センリ
「ヨーク……。マレル公爵様とお知り合いなの?」
そう尋ねたセンリの顔色は、少し悪くなっていた。
彼女もまた、ユーリアの『冗談』など、理解できない人間だった。
ヨーク
「ああ。一応な」
ユーリア
「一応って、つれないね」
ヨーク
「お前とマトモに話したのって、あの晩くらいだろ」
ユーリア
「一晩の仲だね」
センリ
「えっ……!?」
事情を知らないセンリが、ぎょっとした顔をヨークに向けた。
ヨーク
「妙な言い方すんな」
ユーリア
「それで? 彼女とはどういう仲なのかな?」
ユーリア
「私が納得出来るように、説明して欲しいね」
ユーリア
「ここで長話というのもどうかと思う。私の部屋にでも行こうか」
ヨーク
「……センリ。荷物は後で良いか?」
センリ
「え? ええ。そうね」
ヨーク
「それじゃ、行くか」
4人でユーリアの私室へと向かった。
部屋に入ると、ヨークは室内を見回した。
公爵の部屋というだけあって、ヨークの家とは比べ物にならない豪華さだった。
室内に、ベッドは無い。
私室と寝室とは、別になっているようだ。
部屋の中央辺りに、立派な丸テーブルが見えた。
シュウ以外の3人は、丸テーブル脇の椅子に腰かけた。
ユーリア
「何か飲み物でもどうかな?」
ヨーク
「ああ。頼む」
ユーリア
「シュウ。お酒を持ってきて」
ヨーク
「昼間だぞ」
ユーリア
「それじゃ、ジュースで」
シュウ
「はい」
シュウは部屋を出て行った。
ユーリアはヨークに向かい、ニッコリと微笑んだ。
ユーリア
「さあ、話を聞かせてもらおうか」
……。
1週間ほど前。
メイルブーケの事件が解決し、ヨークは久々に、ミツキと2人になっていた。
2人はぶらぶらと、王都を歩いていた。
ヨーク
「ようやく一区切りだな」
ミツキ
「そうですね」
ヨーク
「それじゃ、レベル上げでもするか」
神と戦うため、強くなる必要が有る。
ヨークはその目的を、忘れてはいなかった。
ミツキ
「ヨーク」
ミツキ
「一頑張りしたのですから、少し休みませんか?」
ヨーク
「それじゃ、宿でゴロゴロするか」
ミツキ
「いえ。遊びに行きましょう」
ヨーク
「どこに」
ミツキ
「猫牧場なんていかがですか? ヨーク、猫好きですよね?」
ヨーク
「猫か。良いな」
ミツキ
「はい」
ヨーク
「それじゃ、エルも誘って」
ミツキ
「ヨーク」
ヨーク
「何?」
ミツキ
「シスコン」
ヨーク
「違うし」
ヨーク
(妹を可愛がるのは兄の義務であって、妙な意味は無いし)
ミツキ
「それなら、私と2人でも猫牧場に行けますね?」
ヨーク
「……良いけどさ」
ミツキ
「なんですか? やはりシスコンですか?」
ヨーク
「お前、俺と2人きりになりたいのか?」
ミツキ
「…………」
ミツキ
「いけませんか?」
ヨーク
「…………」
ヨーク
「良いけどさ」
……。
ユーリア
「ちょっと待って。嫌がらせ?」
ヨークの話を聞いていたユーリアが、困惑した顔で言った。
ヨーク
「えっ? 何が?」
ユーリア
「ひょっとして、私の脳を破壊したいのかな? 君は」
ヨーク
「意味分からん」
ユーリア
「君が他の女とイチャコラしている様子を、詳細に説明する必要有る?」
ヨーク
「イチャコラしてないし、言うほど詳細でも無いが」
ユーリア
「そうかな? 本当に?」
ヨーク
「女子だったら、他人の恋バナなんて、面白がるもんじゃ無いのかよ?」
ユーリア
「私には、ちょっと刺激が強いようだね」
ユーリア
「頭が割れそうだ。視界が赤く染まってきた。世間の女子は逞しいね」
ヨーク
「ウブなんだな」
ユーリア
「……そのようだ」
ヨーク
「続けて良いか?」
ユーリア
「良いけど、イチャコラ部分は飛ばしてもらっても構わないかな?」
ユーリア
「脳に来るよ。これは」
ヨーク
「慌てなくても、すぐに本筋に入る」
ユーリア
「だと良いけどね」
……。
ヨーク
「猫牧場でどっちだっけ?」
ミツキ
「あちらですよ」
2人は猫牧場へ向かおうとしていた。
そのとき……。
センリ
「見つけたっ!」
女の声が聞こえた。
大声だ。
道行く人々が、声の方を見た。
ヨークたち2人も、同じ方向を見た。
そこに魔族の少女の姿が有った。
彼女がセンリという名前であることを、ヨークは知らなかった。
少女の視線は、ヨークに向かっていた。
ヨーク
「俺?」
声をかけられたのは、自分なのだろうか。
ヨークはそう思い、センリに尋ねてみた。
センリ
「あっ……」
センリはヨークの美貌を、このとき初めて見た。
センリはヨークに見惚れ、動けなくなった。
センリ
「…………」
ヨーク
「…………?」
何も言ってこない少女を、ヨークはふしぎに思った。
それで、強めに声をかけた。
ヨーク
「おい、俺に声かけたのか?」
センリ
「っ! 当然よ!」
センリ
「まさか、この私が分からないなんてことは無いわよね?」
センリ
「この泥棒っ!」




