5の19「ユーリアと遠い星」
ヨークはユーリアたちと共に、家の外に出た。
玄関扉の向こうには、広い庭が有った。
庭のあちこちに、見張りの兵が倒れていた。
みな意識を失っている様子だった。
ユーリア
「この人たちは……」
ヨーク
「アウトドア派なんだろうな」
ヨークは見張りたちを無視し、庭を歩いた。
ユーリアは、少しおっかなびっくりといった感じで、ヨークの後に続いた。
見張りが起き上がって来ないかと、心配しているのだろう。
ユーリは姉の隣を歩き、そのあとにアヤが続いた。
庭の出口の辺りまで来ると、ユーリアは、屋敷へと振り返った。
そして、弟に声をかけた。
ユーリア
「私たち、一緒の家に居たんだね。気付かなかったよ」
ユーリ
「そうだな」
ユーリア
「さて……。改めて礼を言うよ。ヨーク」
ユーリア
「ありがとう」
ユーリ
「感謝する」
ユーリは感謝を述べたが、無表情だった。
ヨークに何か思う所が有るのか、それとも単に、そういうタイプの人間なのか。
ヨーク
「どういたしまして」
ユーリの無愛想を気にせず、ヨークは微笑を浮かべた。
ユーリア
「……ねえ」
ユーリア
「私に仕える気は無いかな? 給金は弾むよ」
突然に、ユーリアはヨークを誘った。
ヨーク
「止めとく」
考えるまでも無く、ヨークの答えは決まっていた。
ユーリア
「……そっか」
ユーリア
「君には私なんかより、デレーナのような英雄の方が、ふさわしいのかもしれないね」
ヨーク
「別にあいつに仕えてるわけでもねーけど」
ユーリア
「そう?」
ユーリア
「だけど、彼女とのダンスは、とても素敵だった」
ヨーク
「ええと……ありがとさん?」
ユーリア
「ふふっ」
ユーリア
「私とも、1度踊ってもらえるかな?」
ユーリアはそう言って、ヨークに手を伸ばした。
ヨーク
「良いぜ」
ヨークはユーリアの手を取り、彼女を抱き寄せた。
ユーリ
「…………」
2人は曲も無しに踊った。
踊りが終わるとユーリアは、ヨークの胸に頭を預けた。
ユーリア
「……ありがとう」
そう言ったユーリアの表情は、ヨークからは見えなかった。
そしてユーリアは、ヨークから離れていった。
ユーリア
「じゃあね。ヨーク」
ヨーク
「ああ。またな」
ユーリア
「帰ろう。ユーリ。ミヤ」
ユーリ
「ああ」
アヤ
「…………」
3人は、庭から通りに出て、ヨークから遠ざかっていった。
ヨーク
「さて、俺も帰るか」
ヨークは地面を蹴り、高く跳んだ。
どこか屋根の上にでも跳び乗ったのだろう。
地上から、ヨークの姿が消えた。
ユーリは、ヨークが居た方を振り返って、姉に話しかけた。
ユーリ
「彼は何者なんだ?」
ユーリア
「さあ? スーパーヒーローかな?」
ユーリ
「姉さんは、彼のことが好きなのか?」
ユーリア
「いや。好きじゃないよ。釣り合わないからね」
ユーリ
「姉さんが納得してるなら良いが」
ユーリア
「月には手が届かないものさ」
ユーリアは月を見上げた。
彼女はまっすぐに、月に手を伸ばした。
彼女自身の手の甲によって、月は見えなくなった。
彼女の手のひらの先に、その星は、たしかに存在しているはずだった。
ユーリアは手を、ぎゅっと握った。
そして、胸に引き寄せてみた。
ちくりと、小さな痛みが胸に走った。
月は変わらずに、空に在った。
ユーリアの手の中には無い。
ユーリア
「それより、君の方が心配だよ。ユーリ」
ユーリアは、おどけたような笑顔で言った。
ユーリ
「私が? どういうことだ?」
ユーリア
「今の君はさ……」
ユーリア
「性欲優先で婚約者を捨て、不埒な写真で脅迫した挙句、決闘に無様に敗れたクズ野郎だからね」
ユーリ
「……………………」
ユーリは固まった。
今までは窮地に置かれていて、自分の立場など考える余裕が無かったのだろう。
ユーリア
「大体ミヤが悪いよ」
笑みを浮かべながら、ユーリアはアヤを見た。
ユーリ
「この女……!」
アヤ
「ひいいいいぃっ!?」
……。
ヨークはメイルブーケ邸に帰還した。
庭の正門前に、エルの姿が有った。
ヨーク
「エル」
エル
「ヨーク様」
ヨーク
「何やってんだ? こんな所で」
エル
「ヨーク様を、お待ちしておりました」
ヨーク
「ずっと立ってたのか?」
エル
「お気になさらないで下さい。好きでやっていたことですので」
ヨーク
「……そうか」
ヨーク
「ミツキは?」
エル
「お部屋でお休みです」
ヨーク
「寝てる?」
時間はそろそろ、真夜中と言っても良い。
いつものミツキであれば、寝息を立てていてもおかしくない時間だった。
エル
「いえ。ヨーク様をお待ちですよ」
ヨーク
「だいぶ待たせちまったなぁ」
自分のせいで夜更かしをさせてしまったか。
ヨークは、心苦しく思った。
ミツキ
「ヨーク」
突然に側方から、ミツキの声が聞こえた。
ヨーク
「うおっ!?」
驚いたヨークは、バッと彼女から距離を取った。
エル
「あっ。ミツキ様」
ミツキ
「遅かったですね。いったいどこまで行っていたのですか?」
ミツキが質問をしてきた。
責めるようなセリフに思えなくもないが、彼女の声音は落ち着いていた。
ヨーク
「あちこち寄り道をな」
ミツキ
「それで、何が有ったのですか?」
ヨーク
「その前に、フルーレは?」
エル
「お部屋にいらっしゃると思いますけど」
ヨーク
「あいつらにも話しておきたい。どこかに集めてくれるか?」
エル
「分かりました」
……。
居間に皆で集合することになった。
伯爵家の邸宅というだけあって、居間の広さも並では無かった。
ヨーク、ミツキ、エル、フルーレ、デレーナの5人が、居間の大きなソファに座った。
エルとミツキがヨークの隣に座り、フルーレとデレーナは向かい側に座った。
エルは最初は立っていたが、ヨークが強引に、隣に座らせた。
5人全員が着席すると、ヨークは事情の説明を始めた。
ヨーク
「そういうわけで、ユーリアがしたことは、全部アヤの差し金だったんだ」
ヨーク
「だから、あいつらがしたことは、許してやって欲しい」
フルーレ
「……どうしてヨークが、彼女の許しを請うているんだ?」
フルーレが、釈然としない様子で言った。
ヨーク
「……なんでだろ?」
ヨーク
「まあ良いや」
ヨーク
「とにかく、真珠の輪って連中は、首飾りを狙ってるみたいだから」
ヨーク
「何か手を打った方が良いかもな」
デレーナ
「考えておきますわ」
ヨーク
「それじゃ、宿に帰るわ」
ヨークはソファから立ち上がった。
それを見て、ミツキもソファから立った。
フルーレ
「お休み。ヨーク」
ヨーク
「お休み。ああ、それと……」
ヨークはデレーナに視線を向けて言った。
デレーナ
「何ですの?」
ヨーク
「今度、剣を教えてもらっても良いか?」
デレーナ
「私の強さは、あなたよりも下なのですけど」
ヨーク
「そりゃ、勝ち負けならそうだが」
ヨーク
「お前の剣、綺麗だったからさ」
ヨーク
「良かったら教えてくれよ」
デレーナ
「……承りましたわ」
デレーナは少し頬を染めて、ヨークの申し出を了承した。
……。
ヨークはミツキと共に、メイルブーケ邸を出た。
猫で送ってくれるという話も有ったが、辞退した。
2本の脚を使い、宿屋へと帰った。
すると、宿屋の入り口の前に、誰かがしゃがみ込んでいるのが見えた。
バニ
「あっ……」
ヨーク
「バニ?」
人影の正体は、幼馴染のバニだった。
バニは立ち上がり、ヨークたちの前まで歩いてきた。
バニ
「お帰り。ヨーク。ミツキ」
ミツキ
「はい。ただいま帰りました」
ヨーク
「何してたんだ? そんなところで」
バニ
「何って、ヨークを待ってたのよ」
ヨーク
「そうか。待たせて悪い」
バニ
「……朝帰りかと思った」
ヨーク
「ミツキも居るのに、そんなことするかよ」
バニ
「そっか」
バニ
「お土産は?」
ヨーク
「あ……」
ミツキ
「有りますよ。はい」
ミツキはスキルを使い、小包みを4つ取り出した。
ミツキ
「フルーレさんから、皆さんへの贈り物です」
ミツキは小包みを4つまとめて、バニへと手渡した。
バニ
「わっ。本格的っぽい?」
バニ
「なんだか悪いわね」
ミツキ
「護衛料金の一部だと思えば良いのでは?」
バニ
「それは……。う~ん……」
ミツキ
「それと、ヨークにはこれを」
ミツキはスキルで剣を取り出し、ヨークに渡した。
ヨーク
「あの時の剣か」
ヨークが受け取った剣は、デレーナとの決闘で使った物のようだった。
ヨーク
「良い剣なんだろ? 貰っても良いのか?」
ミツキ
「素直に貰っておきましょう」
ミツキ
「ヨークには、その剣が似合いますから」
ヨーク
「そうか?」
ミツキ
「はい」
バニ
「ねえ、パーティはどうだった?」
バニ
「……色んな女の子と踊ってきたの?」
ヨーク
「いや。踊ったのは1回だけだな」
バニ
「そっか。ミツキとね?」
ヨーク
(デレーナとだが)
バニ
「けど、1回しか踊らなかったのなら、今まで何してたの?」
ヨーク
「色々あったんだよ。決闘とか」
バニ
「決闘!?」
バニ
「どういうこと? 詳しく聞かせなさいよね」
ヨーク
「良いけどさ」
ヨーク
「もう遅いし、風呂入って寝たいんだが」
ヨーク
「後でどうせ、バジルたちにも話すと思うし」
バニ
「今聞きたいの」
ヨーク
「分かったよ。風呂出るまで待ってろ」
バニ
「うん!」
バニは宿へ駆け込んでいった。
ヨーク
「ははっ。元気なやつだな」
ヨークはそう言って、ミツキに笑いかけた。
ミツキ
「嬉しいのでしょう。ヨークが無事に帰ってきたことが」
ヨーク
「パーティを何だと思ってるんだ。あいつは」
ミツキ
「婚約者をめぐって、決闘をする所でしょうね」
ヨーク
「…………」
ヨークは何も言えなくなった。




