5の18「猫耳メイドと猫耳メイド」
ヨークは首輪を掴んだ。
そして握力によって、首輪を握り砕いた。
首輪の残骸が、地面へと落ちた。
アヤ
「な……!? 何をやったの……!?」
ヨーク
「何って、首輪を外しただけだが」
アヤ
「レアスキル……?」
奴隷の首輪は頑丈だ。
たとえレベル100の戦士であっても、素手で破壊できる物では無い。
アヤはヨークが、特別なスキルを使ったと判断したらしい。
ヨーク
「いや……」
ただの深読みだ。
ヨークはアヤの言葉を、否定しようとした。
だがそれより先に、アヤの方が口を開いた。
アヤ
「だけど!」
アヤ
「忘れたの? ユーリはまだ、私たちの手中に有る」
アヤ
「逆らったらどうなるか、分からないのかしら?」
ヨーク
「どうなるんだ?」
平然とした様子で、ヨークは尋ねた。
アヤ
「どうって……」
予想通りの反応を得られず、アヤはかすかな戸惑いを見せた。
だが、すぐに気を取り直して、言葉を続けた。
アヤ
「痛めつけてやるわ。回復呪文でも治せないくらいに」
そう言ったアヤの顔には、嗜虐的な笑みが浮かんでいた。
ヨーク
「そうか」
ヨーク
「やってみせてくれよ」
アヤの脅しを受けても、ヨークは相変わらず平然としていた。
アヤ
「え?」
ユーリア
「ヨーク! 何を言ってるんだ!」
慌てたのは、ユーリアの方だった。
弟の命が、かかっているのだから。
ヨーク
「お前は黙ってろ」
ユーリア
「っ……」
アヤ
「……出来ないとでも思ってるわけ? ただの脅しだとでも?」
ヨーク
「さあ?」
ヨーク
「良いから、やってみせろよ」
アヤ
「馬鹿なこと言ってないで、服従しなさい」
アヤ
「もう一度首輪を嵌めて、私にキスをするのなら、許してあげても良いわよ?」
ヨーク
「やれよ」
アヤ
「ひょっとして、私をここで始末したらだいじょうぶ……だなんて思ってるのかしら?」
アヤ
「私に何かあったら、仲間が黙っちゃいないわよ?」
アヤ
「いくらあなたが強くても、ユーリの居場所まではわからないでしょう?」
ヨーク
「クッハハハッ!」
ヨークは突然に、あざ笑うような笑みを浮かべた。
アヤ
「…………?」
ヨーク
「実はな。俺は……」
ヨーク
「スキルで人の名前が分かるんだよ」
アヤ
「ッ!」
アヤの顔色が変わった。
アヤはスカートの下から、素早くナイフを取り出した。
そしてそのまま、ヨークへと斬りかかった。
ヨーク
「おっと危ない」
2人の戦闘能力は、隔絶している。
苦し紛れのような一撃が、ヨークに通じるわけが無かった。
ヨークは人差し指と中指で、ナイフを挟んで止めた。
そしてアヤの腕を掴むと、地面へとねじ伏せた。
ユーリに化けていた男/スモッグ
「アヤ様!」
ユーリに化けていた男が、アヤを助けようとした。
ヨーク
「フッ!」
スモッグ
「ぐああっ!」
ヨークは男の腹を、軽く蹴った。
男は吹き飛ばされ、壁にぶつかり、ダウンしてしまった。
そして、そのまま動けなくなった。
ユーリア
「どういうことなんだ……?」
ユーリア
「こんなことをして……ユーリは……」
ヨーク
「弟ならだいじょうぶだ。なにせ……」
ヨーク
「そこに居るからな」
ユーリア
「えっ?」
ヨーク
「そこの猫耳のメイドが、ユーリ=マレルだ」
ヨークはそう言って、室内に居るメイドを見た。
猫耳のメイド
「…………」
メイドは何も答えなかった。
それでヨークは、アヤの方へ視線を向けた。
ヨーク
「そうだろう? アヤ=クレイン」
アヤ
「…………」
アヤは悔しそうな顔をしながら、押し黙っていた。
ヨーク
「いまさら黙るなよ。種は割れてるんだ」
アヤ
「っ……。そうよ」
しぶしぶと、アヤはヨークの言葉を肯定した。
ユーリア
「っ……! アヤのスキルか……!」
ヨーク
「スキルを解け」
アヤ
「…………」
ヨーク
「このまま拷問してやっても良いんだぞ?」
ヨークには、人を拷問する趣味など無い。
だが、そういうことをする人間だと思われた方が、うまく行くことも有るらしい。
ヨークは闇ギルドで受けた忠告を活かし、自分を怖く見せることにした。
もしヨークの人柄を知っている者が居れば、笑い飛ばされていただろう。
ヨークに拷問など出来るわけが無いと。
だがアヤは、今日初めてヨークと出会った。
美しく、謎めいた、恐ろしく強い少年。
それがアヤにとってのヨークの全てだった。
そのおかげで、ヘタな脅しも無事に機能したようだ。
アヤ
「っ……」
怖気づいたアヤが、スキルを解除したらしい。
猫耳メイドが、光に包まれた。
光が収まった時、そこにはメイド服のユーリが立っていた。
ユーリアが化けていたユーリの姿と、瓜二つだった。
ヨーク
(服はそのままなのか)
女装が似合う少年を見て、ヨークは苦笑した。
ユーリア
「ユーリ!」
ユーリアにとっては、とても笑い事では無いようだ。
弟との再会を喜び、ユーリに抱きついていった。
ユーリ
「…………」
姉の抱擁を受けても、ユーリは無言のままだった。
ふしぎに思い、ユーリアはユーリに問いかけた。
ユーリア
「ユーリ……? 喋れないのか……?」
ヨーク
「首輪の命令だろう」
ヨークはそう推察し、ユーリの側面に立った。
そして首輪に手を伸ばし、握力でそれを破壊した。
粉々になった首輪の破片が、地面に落ちていった。
ユーリ
「あ……」
首輪の力が失われたおかげだろう。
ユーリの口が開いた。
ユーリ
「姉さん……」
ユーリは姉を呼び、ユーリアは、弟を強く抱きしめた。
ユーリア
「良かった……! ユーリ……良かった……!」
アヤ
「良かったですって?」
ユーリア
「アヤ……」
アヤ
「忘れたの? あなたは、違法賭博の借金のカタに売られたの」
アヤ
「公爵家の醜聞は、何1つ無くなってはいないのよ?」
ユーリア
「……公表すれば良い」
今までに無いきっぱりとした態度で、ユーリアが言った。
アヤ
「え……?」
3人の中で、ユーリアに反撃されるとは思っていなかったのだろう。
アヤの表情に、驚きが浮かんだ。
ユーリア
「醜聞を隠そうと足掻いて……君たちの言いなりになって……」
ユーリア
「結局、事態は良いようになんてならなかった」
ユーリア
「醜聞を隠すだけで救われるなんて、間違いだ」
ユーリア
「一時しのぎの嘘に、誇りなんて無い」
ユーリア
「私は……」
ユーリア
「父であるギャブル=マレルを断罪する」
ユーリア
「闇賭博に溺れた罪を、世間に公表し、弾劾する」
ユーリア
「そして領主として不適格な父から、当主の座を奪い、私が当主になる」
ユーリア
「跡継ぎである私が、自ら当主を放逐すれば、公爵家の取り潰しは免れるはずだ」
ユーリア
「取立ては、好きにすると良いよ」
ユーリア
「貴族でもなんでも無くなった、ギャブル=マレル個人からね」
アヤ
「そんなこと……」
ユーリア
「次に弟を害するというのなら……」
ユーリア
「マレル公爵家の全軍をもって、君たちの相手をする」
ユーリア
「戦場で会おう。アヤ=クレイン」
アヤ
「あ……」
ユーリアが本気だと悟ってしまったのか。
アヤはそれ以上、言い返すことはできなかった。
ユーリア
「さあ、行こう。ユーリ」
ユーリ
「ああ。姉さん」
ユーリアとユーリは、地下室から去ろうと、扉の方へ歩いた。
ヨークもその後に続いた。
アヤ
「待って……!」
去ろうとする3人の背に、アヤは縋るような声をかけた。
ヨーク
「何だよ?」
アヤ
「私を匿って! このままだと私……消されてしまう……」
ヨーク
「真珠の輪にか?」
アヤ
「ええ」
アヤ
「彼らは裏切り者と弱者を許さない……」
アヤ
「この失態を知られたら……確実に始末されるわ……」
ヨーク
「田舎にでも逃げろよ」
アヤ
「無理よ。この私が村民になるなんて……」
ヨーク
(犯罪計画のリーダーをするより、敷居は低いと思うが?)
ヨーク
「あのなぁ……」
ヨーク
「お前のせいで、俺の仲間は死にかけたんだ」
ヨーク
「どうしてお前なんかを、守ってやらなきゃなんねーんだよ」
アヤの話によれば、フルーレが襲われたのは、アヤたちの差し金だ。
おかげでバジルたちが、闇ギルドと対立することになった。
ミツキが居なければ、バジルたちは死んでいた。
なのに助けてもらおうなどと、勝手が過ぎる。
ヨークは腹を立てていた。
アヤ
「お願い……! お願いします……!」
アヤからすれば、自分の命がかかっている。
少し拒絶されたくらいで、諦めることはできないようだった。
ヨーク
「こいつ……」
ユーリア
「良いよ」
アヤ
「本当に……!?」
ユーリア
「うん。だけど1つ条件が有るかな」
アヤ
「条件……?」
……。
5分後。
ユーリアの前に、猫耳メイド服の少女が立っていた。
アヤがスキルで変化したものだ。
アヤ
「うぅ……」
慣れない格好なのだろう。
アヤが恥ずかしそうに呻いた。
ユーリア
「似合ってるよ。アヤ」
ユーリア
「いや。これからはミヤと呼ぼうかな?」
ユーリア
「それじゃ、この首輪をつけて」
ユーリアは、棚に有った奴隷の首輪を、アヤに渡した。
アヤ
「…………」
ユーリア
「その首輪を付けないのなら、君を匿うことは出来ない」
ユーリア
「君みたいな人を傍に置いていたら、いつ寝首をかかれるか分からないからね」
アヤ
「わかってるわよ……」
アヤはしぶしぶ、奴隷の首輪を装着した。
ユーリアは、ナイフで親指を切り、首輪の皿に当てた。
首輪が輝いた。
ユーリア
「うん。これで登録完了だね」
ユーリア
「命令する。今後私とユーリに危害を加える、一切の行為を禁ずる」
ユーリアの命令を受け、首輪が再び輝いた。
アヤ
「んっ……」
ユーリア
「良し。行こうか」




