5の9「薄っぺらな誓いと精一杯の悪行」
ヨークは震える声で言った。
ヨーク
「人死にが出ずに済んだら……それが1番良いだろうが」
ヨーク
「王都に来たら……楽しいことがいっぱい有るって思ったのに……」
ヨーク
「なんで殺し合いなんかしなきゃいけないんだよ……」
ヨーク
「お前の……お前らのせいで……」
ぽたりと。
涙が一滴、悪党の頬に落ちた。
グリッド
「…………」
オッチー
「リーダー。とっとと誓っちゃって下さいよ」
部下のオッチーが、グリッドにそう促した。
グリッド
「あ? ああ……」
グリッド
「誓おう」
グリッド
「全てに誓う。今後、俺たちは、お前とその仲間に、危害を加えない」
ヨーク
「ホントに……?」
グリッド
「神に誓ったんだ。二言は無い」
こうしてグリッドは、全てに誓った。
誓いの言葉とは、この世界の人たちにとって、大切なものだ。
それを口にするのが、悪党で無ければ。
ヨーク
「そっか……」
ヨーク
「ははは……」
ヨークはふらりと立ち上がった。
そして、ポケットに手を入れた。
ヨークはそこから薬瓶を取り出し、グリッドに差し出した。
ヨーク
「これ、ポーション。少ないけど、飲んで」
グリッド
「お、おう……」
グリッドは困惑しながら、薬瓶を受け取った。
ヨークは涙ぐんだ目を、ごしごしと擦った。
ヨーク
「良かった……」
グリッド
「これで手打ちってことで良いか?」
ヨーク
「いいや」
グリッド
「え……」
ヨーク
「俺は、汚い闇討ちをかけてきたお前たちを、信用出来ない」
ヨークはお人好しだ。
お人好しだった。
悪意に鈍い。
大きすぎる悪意を、理解することができない。
人の善意を信じたい。
そう思って生きている。
人は皆、良心を持っている。
そんな幻想を信じている。
この世に多大な悪意が渦巻いていることを、知ろうともしない。
己の世界に閉じこもっている。
愚者だ。
だから騙される。
ヨーク=ブラッドロードとは、そういう少年だった。
そのせいで、友人たちが死にかけた。
ミツキが居なかったら、全員殺されていただろう。
そのことが、ヨークには許せなかった。
ヨーク
「だから……」
いつまでも、ただのお人好しではいられない。
自分も悪くなる必要が有る。
ヨークはそう決めていた。
ヨーク
「木鼠……415連」
ヨークは杖も無しに、呪文を唱えた。
ヨークの周辺から、木の鼠が湧き上がってきた。
グリッド
「これは……!?」
ヨーク
「こいつらは、俺の魔術で創ったネズミだ」
ヨーク
「俺の命令通りに動き、お前たちを見張る」
ヨーク
「ずっとずっと、見張り続ける」
ヨーク
「お前たちが誓いを破ろうとしたら、そいつらがお前たちを殺す」
ヨーク
「約束、守れよ」
悪行を封じるには、殺してしまうのが手っ取り早い。
実に安直で、効果的な手段だ。
ヨークは人殺しが嫌いだ。
たとえ相手が悪党であっても、命までは取りたくはなかった。
だが、このまま野放しにするわけにもいかない。
そんなヨークが選んだ手段が、監視だった。
それがヨークという少年の、せいいっぱいだ。
この木鼠が居るかぎり、ヨークたちが連中に害されることは無い。
全て決着した。
ヨークはそう思い、この場から立ち去ろうとした。
「…………」
倒れた男の1人が、ヨークの背中にクロスボウの照準を合わせていた。
(こんな鼠が何だってんだ……!)
(死ね……!)
男は引き金を……。
「ぎゃあああああああああぁぁぁぁっ!」
悲鳴が上がった。
木鼠が、男の腕を斬り飛ばしていた。
クロスボウを持っていた手が、ぼとりと地面に落ちた。
そして……。
「止め……! ひいいいいいいいいいいいぃぃぃっ!」
ヨーク
「やめろっ!」
頸動脈を噛み切る直前で、鼠は動きを止めた。
鼠は主人から命じられるままに、男の肩から下りた。
そして、次の命令を待った。
ヨーク
「…………」
ヨーク
「だから言っただろうがっ!」
ヨークは悔しそうに叫んだ。
ヨーク
「これくらいのことが! どうして守れねえんだよ!」
ヨーク
「クソがッ!」
ヨーク
「お前ら……」
ヨークは、闇ギルドの面々を睨みつけた。
グリッド
「っ……!?」
約束を破った自分たちは、この場で殺されてしまうのか。
グリッドの体がこわばった。
ヨーク
「何やってんだお前ら……!」
グリッド
「何って……?」
ヨークの様子が妙だ。
そう思い、グリッドは困惑した。
ヨーク
「こん中に治癒術師はいねえのか!?」
オッチー
「一応……」
オッチーが、小さく手を上げた。
ヨーク
「仲間が怪我してんだろうが! 助けてやれよ! バカかよ!」
ヨークはそう言って、地団駄を踏んだ。
人を超えた脚力に、迷宮がずんずんと揺れた。
グリッド
(こいつ……何なんだ……!?)
グリッドには、眼の前の男が、理解出来なかった。
自分を殺そうとした男を、治療しないことに怒っている。
まったく意味が分からない。
本当に人間なのか。
こいつは。
この男は、自分たちの想像を超えたバケモノなのか。
グリッドは、戦慄した。
ヨーク
「とっとと治療してやれ!」
オッチー
「は、はぁ……」
オッチーは、重症を負った仲間に歩み寄り、回復呪文を唱えた。
ヨーク
「……2度目は無いからな。覚えとけよ」
ヨークは、そう吐き捨てて去っていった。
後には闇ギルドの面々が残された。
グリッドの隣で、木鼠がうろちょろと走っていた。
グリッド
「ぐっ……」
グリッドは、痛みに耐えて立ち上がった。
そして、オッチーに声をかけた。
グリッド
「こっちにも回復たのむ」
オッチー
「わかりました」
オッチー
「風癒」
オッチーの治癒術によって、グリッドの怪我が癒えていった。
グリッド
「ふぅ……。助かった」
オッチー
「どうも」
オッチー
「それで、あのガキ、どうやって始末しますか?」
グリッド
「ん?」
オッチー
「魔術で俺たちを見張り続けるなんて、出来るわけが無い」
オッチー
「そんなことが出来るなんて、聞いたことが有りません」
オッチー
「ハッタリに違いありませんよ」
オッチー
「それに、いくら強くたって、相手は甘ちゃんのガキだ」
オッチー
「毒を使ったり、いくらでもやりようは有る」
木鼠
「…………」
そのとき木鼠が、オッチーの肩に駆け上った。
光を宿さない目が、彼の首に向けられた。
オッチー
「う……」
オッチーの体が、恐怖で硬直した。
グリッド
「本当にそう思うか?」
オッチー
「…………」
グリッド
「手加減されて、傷1つ負わせられず、顔も覚えられた」
グリッド
「もしお前がしくじったら、次は皆殺しかもな?」
グリッド
「それでもやるか?」
オッチー
「……止めときます。責任とか苦手なんで」
グリッド
「そうか」
グリッド
「……なあ。お前、初めて人を殺したのって、何歳の時だ?」
オッチー
「たしか13くらいですね」
グリッド
「まあ、それくらいだよな」
グリッド
「それをあのガキ……」
グリッド
「俺たちなんかを殺すのが、悲しいんだとよ」
オッチー
「変なやつですね。他人を殺すのが悲しいだなんて」
オッチー
「死ねたらもう、お腹を空かせることも無いのに」
グリッド
「…………」
グリッド
「サボってないで、とっとと治してやれ」
オッチー
「あいあい」
オッチー
「癒霧-ユギリ-」
オッチーの治癒術が、闇ギルドのメンバーを包み込んだ。
闇ギルドの戦闘員たちは、怪我が治った順に、ちらほらと起き上がりはじめた。
グリッド
「…………」
グリッド
「聞け!」
グリッドは、大声を広場に響かせた。
グリッド
「実働部隊のリーダーとして決定する!」
グリッド
「闇ギルドからあの連中への、一切の手出しを禁ずる!」
オッチー
「それ、上の人たちが納得しますかね?」
グリッド
「させるさ」
グリッド
「あのガキのレベルを知ったら、上も納得せざるを得ない」
オッチー
「ちなみに、おいくらでした?」
グリッド
「2000だ」
オッチー
「…………………………………………」
オッチー
「はい?」
オッチー
「何の冗談ですか? 4月だから馬鹿になったんですか?」
グリッド
「嘘は言って無い」
オッチー
「はえ~。人間なんですか? アレ」
グリッド
「さあな」
知りたくもない。
あんなバケモノとは、2度と関わりたくはない。
グリッドは、心底そう思っていた。
……。
ヨークは迷宮を、上へとあがっていった。
そして、8層の途中で、バジル一行を見つけた。
バニ
「あっ……」
バニが、ヨークに気付いた様子を見せた。
フルーレ
「ん?」
バニの様子を見て、フルーレたちも、ヨークに顔を向けた。
エル
「ヨーク様!」
バニ
「終わったの?」
バニが小走りに、ヨークに駆け寄っていった。
ヨーク
「多分」
バニ
「目、赤いわよ」
ヨーク
「埃が目に入った」
バニ
「……ごめんなさい」
バニ
「あなたを守りたかったのに、守られてばかりいる」
ヨーク
「ずっと一緒に育って来たんだ」
ヨーク
「たまたま俺に力が有った」
ヨーク
「バジルたちが俺の立場でも、同じ事をするさ」
バニ
「そうだけどね」
バニ
「……悔しいわ。なんだか」
フルーレ
「バニ。ヨークも混ざれるのか?」
バニ
「ううん」
バニ
「ヨークが疲れてるみたいだから、今日はもう上がって良い?」
フルーレ
「そうか。疲れてるのか」
フルーレ
「良し。帰ったら甘い物でも食べに行こう」
バニ
「ええ。そうしましょう」
フルーレ一行は、迷宮の探索を終えた。
そして8人で、広場へと帰還した。
それから屋台で甘いお菓子を買って、一休みをした。
フルーレ
「それじゃ、また明日」
バニ
「うん。また明日」
エル
「…………」
エルは頭を下げた。
フルーレたちは、ヨークたちに背を向け、去っていった。
バジル
「さて……」
バジル
「詳しい話を聞かせてもらうぜ。ヨーク」
……。
ヨークたちは、廃屋の応接室へ移動した。
ヨークはそこで、闇ギルドとの決着がついたことを説明した。
ヨーク
「そういうわけで、もう俺たちには手を出せないはずだ」
バジル
「呪文で監視って……」
バジル
「そんなこと、マジで出来ンのか?」
ヨーク
「出来るよ」
ドス
「なるほど。だが、不安が有るのも事実だ」
ドス
「それで提案なんだが」
ドス
「ヨークたちの宿に、俺たちも引っ越して良いか?」




