5の8「変化と新たな戦い」
そうなるはずだった。
だが。
襲撃者が矢を放った、その直後……。
ヨーク
「嵐怒-ランド-」
ヨークが呪文を唱えていた。
バジルたちの前に、嵐の防壁ができた。
風は、飛来する矢を、1本残らず叩き落した。
ヨークとミツキが、バジル一行を守るように立った。
ヨーク
「卑怯な真似しやがって……!」
ヨークは視線を上げた。
そして、左側の屋根上を睨みつけた。
連中は、荒事に慣れている。
少年の眼光くらいで怯んだりはしない。
そして、ヨークがただの少年では無いと判断できるほど、上等な連中でも無かった。
襲撃者たちは、鈍さゆえの余裕を保っていた。
その余裕を崩す。
すぐに。
ヨークはそう決めた。
ヨーク
「俺は左をやる。ミツキは右を頼む」
ミツキ
「はい」
ヨークは、通路左側の屋根に飛んだ。
ミツキは逆側、右の屋根に飛び移った。
たとえ冒険者であっても、これほどの跳躍力を持つ者は、そう多くは無い。
一瞬でヨークとミツキは、襲撃者たちを間合いに入れていた。
「…………!」
襲撃者たちの感情が、初めて揺れた。
まずい。
そう思っても、もはや手遅れだった。
ヨークとミツキと交戦を始めた時点で、彼らのゴールは決まっていた。
襲撃者たちは、何をされたのかも分からぬままに、屋根上に倒れていった。
全員が倒されるまで、5秒もかからなかった。
あっという間の決着だった。
ヨークたちは、倒した襲撃者たちを、ロープで縛り上げていった。
ドス
「ミツキの言葉通りになったな」
屋根上のミツキを見上げながら、ドスがそう言った。
彼らは、実際に起きるはずだった出来事を、ミツキから聞かされていた。
バニ
「それって……」
バニ
「2人が居なかったら、私たち殺されてたって事よね……」
キュレー
「っ……」
バジル
「…………」
死が間近に有った。
その事に気付かされたバニは、顔色を悪くした。
バジルは周囲に、弱みを見せないようにふるまっていた。
だがその眉間には、皺が寄っていた。
ミツキ
「…………」
襲撃者の拘束が終わると、ミツキは屋根から飛び下りた。
ローブ姿の少女が、軽やかに通りに立った。
そのミツキに、キュレーが歩み寄った。
そして、感謝を告げた。
キュレー
「ありがとう。ミツキちゃん、ありがとう」
ミツキ
「どういたしまして」
ミツキ
「ですが、これで闇ギルドが無くなったわけではありません」
ミツキ
「何か手を打たないと、また襲撃が有るかもしれませんね」
ヨーク
「…………」
ヨーク
「潰してやる」
怒りと決意に満ちた顔で、ヨークが言った。
ミツキ
「ヨーク?」
ヨーク
「俺が、闇ギルドと決着をつける」
……。
翌朝。
午前九時前。
フルーレとエルが、大階段の広場に到着した。
バジルたちとの待ち合わせのためだ。
フルーレは前回と同じく、軽装鎧を身にまとっていた。
エルはメイド服姿だ。
今日も楽しい時間が始まる。
フルーレは、うきうきとした気持ちで、大階段の方へと歩いていった。
フルーレ
「ん……?」
フルーレの足が、止まった。
彼女は広場の中央に、人だかりが出来ているのに気付いた。
フルーレ
「何だろうな? あれは」
エル
「さあ……?」
近づいて、確かめてみるか。
フルーレがそう考えた、次の瞬間……。
バニ
「フルーレ」
人だかりに近づく前に、バニが声をかけてきた。
バニの後ろには、バジルたちの姿も見えた。
ミツキの姿も有ったが、ヨークの姿は見えなかった。
フルーレ
「バニ」
フルーレはバニに向き直り、顔だけを、人だかりに向けた。
フルーレ
「あれは?」
先に来ていたのなら、騒動の原因を知っているのではないか。
フルーレはそう思い、バニに質問した。
バニ
「ああ、あれ? ただの酔っ払いよ」
バニ
「酔って服脱いじゃって、見ない方が良いわ」
フルーレ
「なんだ。それだけか」
騒ぎに対するフルーレの興味が、一気に霧散した。
バニ
「そ。下らないわ」
バニ
「それより、早くラビュリントスに行きましょう」
フルーレ
「分かった」
酔っ払いなどを見るより、楽しいことをした方が良い。
フルーレはそう思い、バニの意見に賛成した。
エル
「あの、ヨーク様は?」
周囲をきょろきょろと見て、エルが言った。
6人の中で、ヨークの姿だけが、なぜか見えない。
バニ
「今日はちょっと、急用で来られなくなったの」
エル
「そう……ですか……」
エルは、あからさまに落胆した様子を見せた。
バニ
「次は絶対来るって言ってたから、気落ちしないで」
エル
「はい」
ミツキ
「行きましょう」
フルーレ
「そうだな」
一行は、ヨークを除く7人で、大階段へと向かった。
一方、広場の人だかりでは……。
「闇ギルドだってよ」
「本物か?」
「さあな。けどよ……」
「俺だったら、こんなことされたら恥ずかしくって、闇ギルドなんて名乗れねえな」
「まったくだ。それで……」
「ヨークってのは誰だ?」
人だかりの内側には、縛られた襲撃者たちの姿が有った。
姿は全裸で、口には布の猿轡をはめられていた。
そしてその近くには、大きな立て札が設置されていた。
立て札には、こうあった。
『臆病者の闇ギルド』
『まともに戦ったら猫1匹倒せない、腑抜けの雑魚ども』
『今すぐ雁首そろえて、迷宮の15階層まで来い』
『俺が全員叩き潰してやる』
『来なかったらこっちから潰しに行くから、覚悟しておけ』
『ヨーク=ブラッドロードより』
「何なんだろうな? こういうことすんのは」
「とんでもない馬鹿か、命知らずか」
「それとも……英雄-ヒーロー-か」
……。
迷宮の15層。
草原の広場に、ヨークが横たわっていた。
自分の手を枕にして、仰向けになり、目を閉じていた。
その傍らには、氷狼が1頭控えていた。
それだけで、迷宮の魔獣たちは、彼に近付くことが出来なかった。
ヨーク
「……来たか」
複数の足音が聞こえた。
ぞろぞろと、武装した連中が、広場に入ってきた。
その人数は、あっという間に100人を超えた。
200人、300人、そして、400人。
それはもはや、小規模な軍隊と言ってもよかった。
全員の入場が終わったのを確認し、ヨークは立ち上がった。
グリッド
(たった1人か……? 罠らしき物は見当たらないが……)
グリッド
「何者だ? お前は」
体格の良い男が、ヨークに声をかけた。
髪は黒の短髪で、武装しているが、防具は軽装だ。
この一団のリーダーのようだ。
男の名がグリッドだということを、ヨークは知らない。
興味も無かった。
ヨーク
「知ってんだろ?」
ヨーク
「テメェらが殺そうとした、バジルたちの仲間だ」
ヨーク
「あんだけ無様に負けといて、次は闇討ちとはな」
ヨーク
「生きてて恥ずかしくねえのかよ。カスどもが」
大切な友人を、殺されかけている。
ヨークは怒りを隠さず、闇ギルドの連中を罵倒した。
グリッド
「……連中は、闇ギルドの顔に泥を塗った」
グリッド
「だから始末する。それだけだ」
ヨーク
「阿呆が」
ヨーク
「グシューって奴から聞いてんだろ?」
ヨーク
「連中を捕まえたのは、バジルじゃねえ。俺だ」
ヨーク
「テメェらの顔に、泥を塗ったのは俺だ」
ヨーク
「なのに俺を狙わずに、バジルを殺して済まそうとした」
ヨーク
「肝心の俺には、手も足も出せねえ」
ヨーク
「テメェらは、俺にビビってるだけの臆病者だ」
ヨーク
「言ってみろよ」
ヨーク
「アナタ様が怖くて戦えませんって、言って見ろよ」
ヨーク
「土下座して言え」
ヨーク
「そうしたら、命だけは見逃してやる」
グリッド
「…………」
グリッド
「総員散開。囲んで潰せ」
煽りを含んだ降伏勧告を無視し、グリッドは、部下たちに命じた。
ヨーク
「違うだろ? ごめんなさいだろ?」
ヨーク
「情けをくれてやるのは、今回で最後だ」
ヨーク
「趣味じゃねえんだよ。弱いやつを一方的にブチ殺すってのは」
ヨーク
「ダセェし、気持ちわりぃ」
ヨーク
「だから、今回だけは見逃してやる」
ヨーク
「生かしておいてやる」
グリッド
「攻撃開始」
闇ギルドの側に、白旗を上げる意思は、毛頭なかった。
闇ギルドの面々は、弧を描く陣形で、ヨークを包囲した。
数の利を、十二分に活かす。
そんな意図が感じられた。
ヨークが待ち構えていると、陣形が狭まった。
前衛を担当する連中が、息を合わせ、ヨークを襲った。
連中の手には、長い槍が見えた。
ヨークの間合いの外から、突き殺す。
そういうつもりらしかった。
だが、襲撃者の攻撃は、ヨークには当たらなかった。
ヨークは槍の隙間をかいくぐり、素手で襲撃者たちを殴った。
槍を持った連中が、宙に浮かんだ。
そして、地面に激突した。
倒れた者たちが、起き上がることは無かった。
ヨークの拳を受けた者は、一撃で重症を負い、戦闘不能となっていた。
グリッド
「…………!」
予想以上の手練だ。
グリッドは息を呑んだ。
だが、ここで退くことはできない。
グリッド
「怯むな! 奴を殺せ!」
グリッドは、部下たちに発破をかけた。
闇ギルドの戦士たちは、一丸となって、ヨークに襲いかかった。
だが、当たらない。
剣も槍も、矢も呪文も。
見事な連携で放たれた全ての攻撃が、ヨークには届かない。
ヨークが1度拳を放つたび、襲撃者が1人倒れていった。
そして、1分後。
草原に立つ者はヨークとグリッド、2人だけになっていた。
ヨーク
「あとはテメェだけだ」
グリッド
「ぐっ……」
ヨーク
「オラッ!」
ヨークはグリッドを殴り飛ばした。
気絶しないよう、加減がしてあった。
2人が接触したことで、グリッドのサブスキル『戦力看破』が発動した。
グリッドの視界に、ヨークのレベルが表示された。
グリッド
「馬鹿な……その数値は……」
グリッドは、地面に転がされた。
仰向けに倒れたところに、ヨークは馬乗りになった。
美しくも陰ったヨークの顔が、グリッドを見下ろしていた。
ヨークの右手が、グリッドの首を掴んだ。
ヨーク
「勝負有りだろ?」
そう言ったヨークの顔には、戦いに勝ったよろこびなど、微塵も無かった。
ヨーク
「この戦いは、俺の勝ちだ」
ヨーク
「誓え」
ヨーク
「バジルに、俺たちに手を出さないって、全てに誓え」
グリッド
(誓いだァ……?)
グリッド
(こいつ、脳みそお花畑かよ)
グリッド
(俺たちは貴族や聖職者じゃ無い。悪党だぞ?)
グリッド
(それを誓いって……)
グリッド
「どうして……」
グリッド
「どうして俺たちを殺さない?」
気がつけば、グリッドは疑問を投げかけていた。




