5の5「種族と家族」
バニ
「ヨークが……奴隷を……?」
バニの視線は、ミツキの首に吸い付けられていた。
そこには奴隷の首輪が有った。
美人の若い女の奴隷。
それをヨークが所持している。
そうみなしたバニの手が、小さく震えた。
ヨーク
「誤解だ」
奴隷趣味だと思われるなど、冗談では無い。
そう思ったヨークは、即座に否定をした。
ヨーク
「主人が居ない第3種族は、狙われやすいって言うだろ?」
ヨーク
「だから、主人のフリをしてるだけだ」
ドス
「首輪は飾りということか?」
ヨーク
「一応、主人の登録ってのはやってる」
ヨーク
「けど、首輪で命令したことは、一度もねえよ」
ドス
「信じよう」
ドス
「お前が嘘をつくのは、人をおちょくる時だけだ」
ミツキ
「それはそれで、どうなんですかね?」
バジル
「脱線すンな」
話が脇道に逸れるのが嫌いなバジルが、一行を咎めた。
そして再び、自身の質問を重ねた。
バジル
「どうしてヨークのこと知ってるンだって、そう聞いてンだが?」
ミツキ
「私には、ちょっとした予知のようなスキルが有ります」
ミツキ
「私が知る運命において、あなた方がヨークの素性を、話しているのを聞きました」
バジル
「運命……? なンだそりゃ」
バジルは、胡散臭いものを見る目で、ミツキを見た。
ドス
「もう少し詳しく話してくれ。お前のスキルについて」
ミツキ
「分かりました」
……。
ミツキは、自身が持つ力について、ざっと説明した。
それは完全な真実では無かった。
だが、要点はおさえていた。
キュレー
「うーん……。壮大な話だね」
バジル
「信じろってのか? そのヨタを」
ミツキの話は、バジルたちにとって、スケールが大きすぎた。
にわかには信じがたい。
バジルはそう思っているようだった。
ミツキ
「信じにくいというのは分かります」
ミツキ
「だけどあなた、ヨークに負けましたよね?」
ミツキ
「ヨークが勝てば、私の話を真面目に聞く」
ミツキ
「そういう約束だったはず」
ミツキ
「なので、信じてくれても良いのでは無いですかね?」
ドス
「真面目に聞くというのは、鵜呑みにするということでは無い」
ドス
「証明出来るのか? スキルで運命が分かるということを」
ミツキ
「ヨークが第3種族だと知っているということでは、証明になりませんかね?」
ヨーク
「それ」
ヨーク
「俺はそっちの方を、先に聞きたいんだが」
自身の種族を知ったことは、ヨークにとっては、衝撃の事実だった。
だが他の5人は、とっくにそれを知っていたらしい。
ヨークは驚きと共に、疎外感も抱いていた。
ミツキ
「もう少し待って下さいね」
ヨーク
「むぅ……」
ヨークはさびしそうな様子を見せた。
それを無視して、ドスが話を続けた。
ドス
「ヨークの素性は、村の大人であれば、皆が知っていることだ」
ドス
「運命を知る力など無くても、上手く調べれば分かる」
ミツキは村の人間では無い。
だが村の人たちが、口を滑らせてしまう可能性も有るだろう。
そう思えば、ミツキがヨークの種族を知ることは、不可能だとも言えなかった。
ミツキのスキルを、証明するほどの情報だとは言えない。
ドス
「もっと、決定的な証拠は無いのか?」
ミツキ
「嘘をついても、私にメリットは無い。そうは思いませんか?」
ドス
「そうかもしれない。だが、大切なことだ」
ドス
「お前がヨークの敵で無いと言うなら、話せるだけのことは話してもらう」
ドス
「何か、近々おきる事件を、言い当てられるか?」
ミツキ
「最初に言ったと思いますけどね」
ミツキ
「このままだと、あなたたちは死にます」
バジル
「漠然としてやがるな。悪徳占い師の、脅し文句か?」
ミツキ
「死因も分かりますよ」
ミツキ
「あなたを殺すのは、闇ギルドの連中です」
バニ
「知ってるの? 闇ギルドのこと」
ミツキ
「はい」
ヨーク
「闇ギルドって?」
闇ギルドの存在は、王都の冒険者にとっては常識だ。
だがヨークにとっては、初めて聞く名前だった。
音の感じからしても、良いものだとは思えない。
ヨークの表情が、厳しく引き締まった。
ヨーク
「お前ら、なんかヤバいことに足突っ込んでんのか?」
ドス
「俺たちが、とくべつ危ない事をしているわけじゃ無い」
ドス
「闇ギルドというのは、裏で冒険者を牛耳る、非合法組織だ」
ヨーク
「冒険者を?」
ドス
「ああ」
ドス
「連中は冒険者に、上納金を要求する」
ドス
「みかじめ料というやつだな」
ドス
「払わなければ、何かしらの制裁を受けることになる」
ドス
「逆に、上納金を納めてさえいれば、身の安全は保証される」
ドス
「冒険者である以上、多かれ少なかれ、闇ギルドとは関わっているということだ」
ヨーク
「お前らも、上納金を納めてんのか?」
プライドの高いバジルが、そんな連中と関わっているのか。
ヨークは意外そうに、バジルを見た。
バジル
「……チッ」
バジルはヨークから目をそらし、舌打ちをした。
バジル
「分かってンだよ。なさけねえってことは」
バジル
「レベルだ。レベルさえ上げりゃあ、連中だって手ェ出せなくなる」
バジル
「それまでの辛抱だ」
ミツキ
「ですが……」
ミツキ
「あなた方は、ただ上納金を納めているだけではありませんね?」
ドス
「…………!」
余裕の有ったドスの表情が、初めて揺らいだ。
ミツキ
「ある目的のため、闇ギルドを利用している……つもりになっている」
ミツキ
「そうでしょう?」
ヨーク
「目的……?」
ミツキ
「あなたたちの目的は、ヨークの肉親を探すこと」
ヨーク
「…………!?」
バジル
「つもりってのは何だよ?」
ミツキ
「見つけているのですよ。既に」
ミツキ
「闇ギルドは、王都に居る黒翼族の存在を知りながら、それを黙秘している」
ミツキ
「あなた方は、払う必要の無い依頼量を、ただ搾取されているのです」
バジル
「テメェ……闇ギルドのメンバーか?」
ミツキは、自分たちの内情に詳しすぎる。
もしスキルの話が嘘なら、闇ギルドの仲間だと考えた方が自然だ。
バジルはそう考え、ミツキを強く睨んだ。
ミツキ
「違いますけど」
ミツキには、バジルの威嚇は通用しない。
なので、平然とそう返した。
ドス
「スキルでそこまで分かるものなのか?」
ミツキ
「はい」
ドス
「その黒翼族というのは誰だ? どこに居る?」
ミツキ
「私が話さなくても、すぐに出会えると思いますよ」
ドス
「はぐらかさないでくれ」
ミツキ
「黒翼族の少女は、メイルブーケ迷宮伯家に居ます」
ドス
「少女?」
ミツキ
「はい」
ミツキ
「彼女はおそらく、ヨークの妹です」
ヨーク
「えっ?」
ドス
「母親は?」
ミツキ
「それは私にも分かりません」
ミツキ
「あなた方は、冒険者ギルドから、特別な依頼を受けるはずです」
ミツキ
「依頼主は、メイルブーケの御令嬢」
ミツキ
「その依頼の席で、あなた方は、黒翼族の少女とも出会うはずです」
ヨーク
「待てよ。待ってくれ」
ヨークは皆の話を止めた。
自分が第3種族だというだけでも驚きだ。
それなのに、妹まで居るだなんて。
混乱したヨークの頭が、休憩を求めていた。
ミツキ
「はい」
ヨーク
「俺は、黒翼族って種族なのか?」
ミツキ
「はい。そうですよね?」
バニ
「……ええ」
バニ
「実際には、黒翼族と魔族とのハーフだけどね」
ヨーク
「俺には獣の耳も、尻尾も無いぞ?」
第3種族と人族魔族の違いは、野の獣の特徴を持っているがどうかだ。
今のヨークには、獣の特徴は一切無い。
普通のハーフのように見えた。
バニ
「黒翼族は、名前の通り、黒い羽を持った種族なの」
バニ
「その羽を……ヨークが産まれた時に切り取った。そう聞いてる」
ヨークの背中には、肩甲骨の位置に、小さな傷跡が有る。
ヨークと仲が良い者であれば、皆がそれを知っていた。
ミツキ
「奴隷商人への対策ですか?」
バニ
「ええ。多分」
ヨークたちの村は、辺鄙な田舎に有る。
だが、まったく周囲と交流が無いわけでは無い。
目立つ黒翼族が居れば、隠し通すのは難しいだろう。
そして、第3種族は奴隷商人に狙われる。
なんとかして、ヨークの存在を隠す必要が有る。
そう考えた村の大人が、ヨークの羽を切り取った。
そういうことらしかった。
ヨーク
「知らなかった……」
バニ
「ヨークには、結婚したら話そうって思ってたの」
バニ
「赤ちゃんが産まれたら、分かってしまうことだから」
ヨーク
「そうか」
ミツキ
「…………」
バニは当然のように、ヨークの子供を産むつもりだったようだ。
そんなバニの発言を、ヨークは軽く流した。
家が隣だからだ。
ヨーク
「俺が第3種族だから置いて行ったっていうのは……?」
キュレー
「この国だと、第3種族には、人権が無いから」
キュレー
「村の大人たちは、ヨークくんのことが好きで、秘密を隠してくれてる」
キュレー
「だけど、王都でも同じようにいくかは分からなかった」
キュレー
「万が一、ヨーク君が第3種族だってバレたら、どうなるか……」
キュレー
「だから、まずは私たちだけで、王都が安全な所なのか、確かめようとしたの」
キュレー
「ヨーク君が傷つくのは分かってたけど、キミを奴隷なんかにさせるわけにはいかないから」
キュレー
「だけど……」
ミツキ
「王都は安全では無かった」
キュレー
「……うん」




