5の1の1「赤肌の剣士と魔剣」
トルソーラ
「お前たちに、余の神血を与えよう」
トルソーラは、身寄りを失った若者たちを集め、そう言った。
トルソーラ
「血に適合した者は、神に準ずる力を得る」
トルソーラ
「出来なければ、死ぬ」
トルソーラ
「自らの運命を選ぶが良い」
100人ほどの若者たちが、神の血を受け入れることを選んだ。
そのほとんどが死んだ。
だが、生き残った者たちも居た。
4人。
神の血を受け入れた4人は、肌が赤く変色した。
そして最も強い、神の尖兵となった。
4人の名は、アルゼ、ミーナ、リーン。
そして、カナタ。
……。
アルゼ
「行け! カナタ!」
逆さ世界樹の最下層。
赤い肌の戦士たちが、ガイザークと戦闘していた。
カナタ
(紫電)
ガイザーク
「…………!」
カナタが、居合抜きをはなった。
ただの居合抜きでは無い。
カナタ=メイルブーケが編み出した、魔導抜刀。
魔術の力を用い、斬撃の速度を高める秘技だ。
雷の魔力と共に、カナタの聖剣が走った。
トルソーラが創った聖剣は、ガイザークの障壁を無力化する。
カナタの剣が、ガイザークの巨大な足首を、切断した。
ガイザーク
「ぐうっ!」
片足を失い、ガイザークの巨体が倒れた。
土埃を上げるその体の上に、カナタが飛び乗った。
カナタは、ガイザークの幻体の、その心臓の上で、剣を構えた。
身長18メートルを誇る幻体は、ガイザークの本体では無い。
神力で創造した、かりそめの体だ。
だが、幻体が死ねば、本体も死ぬ。
カナタが剣を突きおろせば、全てが決着するはずだった。
ミーナ
「やった……!」
ガイザーク
「我の……負けか……」
カナタ
「…………」
ガイザーク
「どうした? はようやらんか」
来るべきものが来ない。
ガイザークは疑問に思い、カナタに問いかけた。
カナタ
「トルソーラ様は……魔族が居ない未来を……望んでいる……」
カナタ
「魔族と第3種族を滅ぼし、人族だけの世界を創ることを、望んでいる」
カナタ
「だが……俺は……」
カナタは手に持っていた聖剣を、宙へと放り投げた。
真上へ。
そして、腰にかけていた予備の剣に、手をかけた。
その剣は、トルソーラから授かった魔剣だった。
リーン
「何を……!?」
天井へと向かった聖剣が、重力に負け、落下してきた。
カナタ
(紫電)
カナタは魔導抜刀をはなった。
カナタの剣が、聖剣を砕いた。
その反動で、カナタの予備の剣も砕け散った。
神殺しの剣は、ただの金属の破片となって、地に降り注いだ。
カナタはガイザークの体から飛び降り、仲間たちに体を向けた。
アルゼ
「カナタ……! テメェ……!」
アルゼ
「自分が何したのか、分かってんのかよ!?」
仲間の1人、アルゼがカナタを怒鳴りつけた。
カナタ
「…………」
少しの沈黙を挟んで、カナタは口を開いた。
カナタ
「何をしたんだろうな。俺は」
アルゼ
「ふざけてんじゃねえぞ!」
カナタ
「俺自身、意外だった」
カナタ
「ガイザークを、殺せると思っていた」
カナタ
「……彼女に剣を、振り上げるまでは」
ミーナ
「色香に惑わされたとでも言うのですか?」
カナタ
「ん……」
カナタ
「そうだな」
カナタ
「どうやら俺は、そうらしい」
カナタ
「俺の未来は、彼女と一緒が良い。そう思った」
リーン
「裏切り者に、未来なんて有ると思うの?」
カナタ
「無いかな?」
リーン
「無いわよ」
カナタ
「そうか」
リーン
「死になさい」
リーンは、ガイザークに向けていた手の平を、カナタへと向けた。
裏切り者は殺す。
そのときのリーンの思考は、ただそれだけだった。
カナタ
「…………」
リーンは強い。
たとえカナタであっても、丸腰では戦えない。
カナタは黙り、死の時を待った。
そのとき。
ガイザーク
「グオオオオッ!」
ガイザークが上体を起こし、リーンたちへと炎弾を放った。
リーン
「くっ!?」
アルゼ
「こいつ……!」
リーン
「退くわよ! 聖剣の力無しでは、神を倒すことは出来ない!」
素手のカナタは殺せても、ガイザークが相手では、話は別だ。
リーンは、即座に撤退を決断した。
アルゼ
「けどよぉ!」
せっかく、あと一歩まで追い詰めたのに。
アルゼの表情には、悔しさがにじんでいた。
リーン
「無駄死にしたいの!? さっさと来なさい!」
リーンは合理的な判断から、アルゼを叱りつけた。
アルゼ
「ちくしょう!」
ミーナ
「無念です」
リーンたちは、ラビュリントスの最下層から逃げ去っていった。
後には、カナタとガイザークが残された。
ガイザーク
「…………」
ガイザークは、幻体を解除した。
本体である少女の姿が、カナタの瞳に映された。
カナタ
「それがお前の本体か」
ガイザーク
「ガッカリしたか? このようなちんちくりんで」
カナタ
「いや。綺麗だな」
ガイザーク
「…………」
ガイザーク
「何を血迷うた」
カナタ
「聞いていなかったのか?」
カナタ
「俺はどうやら、お前のことが好きだ」
ガイザーク
「愚かな」
カナタ
「少し前、リーンが第3種族の女を、嬲って殺した」
カナタ
「名はカゲツ」
カナタ
「ヨーグラウを殺したという女だ」
カナタ
「腕の立つ女だったが、神殺しの咎で、仲間には忌み嫌われていたらしい」
カナタ
「孤立して弱っていた所を、リーンが捕らえた」
カナタ
「かわいがって、いたぶって、地獄を味わわせて死なせた」
カナタ
「リーンは泣いていた。好きだったんだそうだ」
カナタ
「どうやら色恋とは、理不尽なもののようだ」
ガイザーク
「つまり、愚かじゃ」
カナタ
「そうだな」
ガイザーク
「……これからどうするつもりじゃ?」
カナタ
「お前と共に生きたい」
カナタ
「だが、それは叶わんだろうな」
ガイザーク
「共に居たいなら、そうすれば良い」
ガイザーク
「聖剣が失われた今、連中もそう簡単には、我を討てんじゃろう」
カナタ
「自分がやったことは、償わねばならん」
カナタ
「……もう行くよ。元気で」
カナタはガイザークに背を向け、階段に足をかけた。
長い階段を、カナタは上っていった。
……。
カナタ
「……困るな」
階段を上った先には、大きな扉が有った。
行き道には無かった扉だ。
それが、カナタの帰り道を、塞いでいた。
扉は頑丈そうで、丸腰のカナタには、通れそうもなかった。
ガイザーク
「戻って何になる。犬死するだけじゃ」
階段の下から、ガイザークの声が聞こえてきた。
ガイザーク
「ここに残れ。カナタ」
カナタ
「それは出来ない」
カナタ
「俺がここに残れば、弟が代わりに咎を受けるだろう」
カナタ
「俺と違い、出来た弟だ」
カナタ
「身代わりにするわけにはいかない」
カナタ
「……頼む。ガイザーク」
ガイザーク
「…………」
ガイザーク
「1つ、条件が有る」
カナタ
「何だ?」
ガイザーク
「かならずもう1度、ここに帰って来い」
ガイザーク
「そう約束するのなら、ここから出してやる」
カナタ
「……約束しよう」
ガイザーク
「本当じゃからな?」
ガイザーク
「嘘ついたら、針千本飲ますからな?」
カナタ
「ああ」
ガイザーク
「……これを」
ガイザークは神力を用い、首飾りを創造した。
そしてそれを、カナタの首に転移させた。
カナタ
「これは?」
ガイザーク
「この扉を開く鍵じゃ」
ガイザーク
「お主にだけ託す、大切な鍵じゃ。失くすで無いぞ」
カナタ
「分かった」
扉が開いた。
カナタは迷宮を、1層ずつ上っていった。
……。
地上へ上がったカナタは、トルソーラの手先に捕らえられた。
カナタは抵抗しなかった。
けじめをつけるためには、逃げるわけにはいかなかった。
カナタは世界樹の頂上、トルソーラの元へと連行された。
神と対面するカナタを、兵士たちが睨んでいた。
アルゼは悔しそうな顔で、じっとカナタを見ていた。
それを見て、カナタは少し、申し訳無く思った。
カナタはトルソーラを見た。
トルソーラの巨大な幻体が、カナタを見下ろしていた。
トルソーラ
「カナタ。残念だ」
トルソーラ
「お前ほどの男が、まさか色恋に目が眩むとはな」
カナタ
「弁解はしません」
カナタ
「ただ、罰を受けるとします」
トルソーラ
「罰か」
トルソーラ
「お前は大きな罪を犯した。ただ殺すというわけにもいかん」
トルソーラ
「聖剣を砕いたお前は、人の身を捨て、剣となれ」
トルソーラ
「そうして永遠に、罪を贖うと良い」
カナタ
「分かりました」
トルソーラ
「……本当に、残念だ」
カナタ
「申し訳有りません」
トルソーラは、カナタへと手を向けた。
カナタの足元に、魔法陣が出現した。
そしてカナタの体は、指先から徐々に、魔石へと変わっていった。
トーノ
「兄さん!」
事態を見守っていたカナタの弟が、思わずカナタに駆け寄った。
トルソーラ
「よせ。いま近付けば、術の影響を受けるぞ」
トーノ
「ですが……!」
カナタ
「トーノ」
カナタは生身で無くなった手で、ガイザークから貰った首飾りを外した。
カナタ
「これを預かっていて欲しい」
カナタ
「大事な物だから、失くさないように頼む」
トーノ
「はい……!」
トーノはカナタから、首飾りを受け取った。
魔法陣は、トーノの体にも影響を与えていた。
トーノの爪が、魔石へと変化していた。
カナタ
「本当に……すまなかった」
カナタ
「どうか……幸せに……」
カナタは物言わぬ魔剣となり、地面に転がった。
トーノ
「兄さんっ!」
トーノの叫びだけが、世界樹の頂上に響いた。




