4の45「願いと運命」
クリーン
「あなたを強く想っていたヨーグラウは、死んだあなたの魂を喰らい、体内へと取り入れました」
ミツキ
「……はあ」
クリーンの言葉に対し、ミツキはピンと来ない様子だった。
ミツキ
「私以外にも、2人居るようなのですが?」
ミツキはそう言って、ちらりとフルーレとカナタを見た。
2人とも、ヨークと縁深い人物には見えない。
場違いのように思えた。
クリーン
「そいつらはオマケなのです」
フルーレ
「オマケ!?」
カナタ
「…………」
クリーン
「オマケは黙っているのです」
フルーレ
「うぅ……」
ミツキ
「それで、私に何をしろと?」
クリーン
「術を託します」
ミツキ
「術? どのような?」
クリーン
「運命に、干渉する術です」
クリーン
「この術は、ほんの僅か、過去に影響を及ぼすことが出来ます」
クリーン
「道具1つ、送り届ける程度。本当に、僅かな力なのです」
ミツキ
「過去を変える? そのようなことが、本当に可能なのですか?」
クリーン
「条件付きですけどね」
クリーン
「とにかく、この術を使って、人々を救うのです。良いですね?」
ミツキ
「どうして私なのですか?」
クリーン
「最初はヨーグラウに、術を託そうかとも思ったのです」
クリーン
「ですが彼の魂には、既に複数回、術を発動した形跡が有りました」
クリーン
「ヨーグラウは、世界を救うことに、何度も失敗しているということです」
クリーン
「まったく、役に立たない奴なのです」
クリーンは、呆れたような顔を見せた。
ヨークと軽口を叩いているときに、たまに見せる表情だった。
クリーン
「なので、ヨーグラウの傍らに居たあなたに、この術を託すことにしたのです」
ミツキ
「…………」
ミツキ
「どうすれば、人々を救えるのでしょうか?」
クリーン
「ヨーグラウを救う」
クリーン
「その事を考えるのです」
クリーン
「それが結果として、人々の生存にも繋がるはずです」
クリーン
「たとえそのせいで……神を殺めることになったとしても……」
ミツキ
「神を?」
クリーン
「おそらくは、そうなることでしょう」
クリーン
「ヨーグラウが魔族の血を引いている以上は、仕方のないことなのです」
ミツキ
「……はぁ」
ミツキ
「神殺しとは、大仰ですね」
ミツキ
「そもそも……アレは本当に、神なのですか?」
クリーン
「そうですね」
クリーン
「とは言っても、お前たち第3種族の神では無いのですが」
ミツキ
「どういうことでしょうか?」
クリーン
「元々は、この世界の神は、1柱でした」
クリーン
「ですがある日、他の世界の神々が、この世界にやって来たのです」
ミツキ
「どうしてですか?」
クリーン
「自身の世界を失ったためです」
ミツキ
「世界というのは、失われるものなのですか?」
クリーン
「そうですね」
クリーン
「神々の世界は、ダハーカという龍によって、滅ぼされてしまいました」
クリーン
「世界を失った神々は、この世界を、盗ることに決めました」
クリーン
「そして結託し、第3種族の神を、死に追いやりました」
クリーン
「その第3種族の神が、ヨーグラウ」
クリーン
「ヨーク=ブラッドロードの前世なのです」
ミツキ
「他の神は、侵略者だということですか」
クリーン
「お前たちから見れば、そうなるのです」
ミツキ
「迷宮の、最下層に居た存在は?」
クリーン
「アレの名はガイザーク。魔族の神なのです」
ミツキ
「すると、トルソーラというのは……」
クリーン
「人族の神ですね」
ミツキ
「なるほど……」
ミツキ
「トルソーラは、魔族の根絶を望んでいる様子でしたね」
ミツキ
「つまり、侵略者同士で潰し合っていたということですか」
クリーン
「そういうことになるのです」
ミツキ
「なんて不毛な……」
クリーン
「…………」
クリーン
「さて、話は飲み込めたのですか?」
ミツキ
「それなりには」
クリーン
「それでは、私から術を受け取り、人々のために戦ってくれますね?」
ミツキ
「これって、選択肢は無いやつですかね?」
クリーン
「世界の破滅は、ヨーグラウの破滅と同義なのです」
クリーン
「それでも構わないと言うのなら、断ってみると良いのです」
ミツキ
「……承りましょう」
ミツキ
「それが御主人様の幸福につながるのなら」
クリーン
「それでは、お前に術を託すのです」
ミツキ
「どうぞ」
クリーンは、ミツキに手を伸ばした。
クリーンの手が、ミツキの心臓の位置に触れた。
クリーン
「行くのです」
ミツキ
「…………」
ミツキ
「……くうっ!」
ミツキは自身の中に、力強い何かが、流れ込んでくるのを感じた。
その熱さを前に、ミツキは声を抑えられなくなった。
ミツキ
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ミツキは叫んだ。
叫びながら、恐るべき力の奔流に耐えた。
事が済んだとき、ミツキは思わず膝をついてしまった。
クリーン
「耐えたようですね」
クリーンは、淡々とした口調で言った。
クリーン
「さすがは、ヨーグラウが選んだつがいなのです」
ミツキ
「えっ? 耐えられない可能性も有ったんですか?」
クリーン
「細かいことは良いのです」
ミツキ
「…………」
クリーン
「術の譲渡は成ったのです」
クリーン
「さあ、その術を使い、人の未来を救うのです」
ミツキ
「どうしたら?」
クリーン
「運命を変えたいと、強く望むのです」
ミツキ
「分かりました」
ミツキは目を閉じた。
そして、運命を改変するため、念じてみた。
ミツキ
「…………?」
ミツキが念じても、何も起こらなかった。
ミツキは疑問を感じ、目を開き、クリーンの方を見た。
クリーン
「……念が弱いのです」
クリーン
「気持ちが強くなくては、運命は変えられないのですよ」
クリーン
「もっと本気で念じるのです」
ミツキ
「……はい」
ミツキは再び目を閉じた。
そして念じたが、特に変化は見られなかった。
クリーン
「マジメにやっているのですか?」
ミツキ
「申し訳ありません」
ミツキ
「……私は自分の人生に、満足してしまっているのかもしれません」
ミツキ
「御主人様と出会えたことは、私にとっては過分でしたから」
ミツキ
「過去を思い返しても、温かいものばかりが、浮かんでくるのです」
クリーン
「~っ!」
今まで激情を見せなかったクリーンが、表情を苛立ちに染めた。
クリーン
「勝手に満足している場合では、無いのですよ!?」
クリーン
「このままでは世界は……!」
ミツキ
「そう言われましても……」
クリーン
「私は……人選を間違えたのですか……!?」
そのとき……。
ふよふよと、小さな光が、ミツキに近付いていった。
ミツキ
「あなたは……?」
ミツキは光に問いかけた。
光は何も答えなかった。
ミツキは水をすくうような仕草で、その光に触れた。
ミツキ
「……そうですか」
ミツキ
「あなたは……私と御主人様の……」
ミツキ
「ごめんなさい」
満ち足りていたはずのミツキの目から、涙がこぼれた。
悔恨が、強い念を成した。
暗かったその世界は、真っ白に染まっていった
……。
ドンツ
「夢を叶えてこい」
ヨーク
「はい。行って来ます」
ヨーク
「本当に……お世話になりました」
その日、ハインスという小さな村から、1人の少年が旅立った。
少年の名は、ヨーク=ブラッドロード。
運命はまた、繰り返す。
もうちっとだけ続くんじゃ。




