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4の44「3センチと死」



ミツキ

「……そうですね」



 ミツキはリドカインから奪った剣を、ニトロの方へ放り捨てた。



ヨーク

「…………!」



 ヨークはその様を、地面に這いつくばって見ていた。


 彼の体は石化が進み、もう声を出すことも出来ない。



ニトロ

「すまないね」



 ニトロは、リドカインの剣を拾い上げた。



ミツキ

「あなたたちは……最初からこうするつもりだったのですね」


ニトロ

「そうだね」


ニトロ

「それが神の御意思だから」


ミツキ

「それだけですか?」


ニトロ

「…………」


ニトロ

「実を言うとね」


ニトロ

「少年のことは、ずっとこうしてやりたいと思っていたよ」


ミツキ

「あなたは彼のことを、名前で呼ばなかった。何故ですか?」


ニトロ

「君に話すことでは無いね」


ミツキ

「そうですか」


ニトロ

「何か思い残したことは有るかな?」


ミツキ

「…………」


ミツキ

「日記の締めを、綴ってもよろしいですか?」


ニトロ

「日記……? 構わないけど……」


ミツキ

「それでは遠慮なく」



 ミツキはスキルを用い、分厚い本とペンを取り出した。


 そして、本を開くと、何事かを記入していった。


 記入が終わると、本はスキルで『収納』された。



ニトロ

「私への恨み言でも書いたのかな?」


ミツキ

「いえ」


ミツキ

「良い人生だったと」


ニトロ

「もう良いかな?」


ミツキ

「出来るなら、梅酒の一杯でもいただきたいところですが」


ニトロ

「残念だが、手元には無くてね」


ミツキ

「そうですか」


ミツキ

「まあ、別に構いませんがね」


ニトロ

「悪いね」


ニトロ

「お別れだ。ミツキくん」


ミツキ

「……はい」



 ミツキはヨークに向き直った。


 ヨークはミツキの瞳を見た。


 そこには惑いも苦しみも無かった。



ニトロ

「…………」



 ニトロは剣を持ったまま、ミツキの背後に立った。


 終わりの時が、すぐそこにまで来ていた。


 ミツキはヨークにほほえみかけた。



ミツキ

「ご主人様。私のかみさま」


ミツキ

「あなたのことをずっと愛していました」


ミツキ

「そして、これからも」



 ニトロは剣を振った。


 剣先が、ミツキの右腹に入った。


 そして、へそを通り、左腹へと抜けた。


 ミツキの体は、2つに両断された。


 上の体が、どしゃりと地面に落ちた。


 ミツキの所持品が、周囲に散らばった。


 『収納』スキルの効果が、無くなった証だった。


 他愛ない日用品も有れば、思い出深い品々も有った。


 さきほどの日記帳も、そこに落ちていた。



ヨーク

(あ……?)



 ミツキの腹の断面から、長さ3センチほどの何かが、ぽとりとこぼれた。



ニトロ

「これは……」



 ニトロが、3センチの何かに気付いた。



ニトロ

「そうか……」


ニトロ

「三ヶ月といったところかな」


ニトロ

「君たちはもう、■■を作るほどの仲だったんだね」



 ぶちゅりと。


 ニトロの足が、3センチの何かを踏み潰した。


 ぐりぐりと、念入りにすり潰していった。


 3センチの何かは、地面の汚い染みになった。



ヨーク

「……………………」



 ヨークはそれを、認識出来なかった。


 純朴な彼は、目の前で何が起きてしまったのかを、理解することが出来なかった。


 現実が、ヨークの許容出来る範疇を、超えてしまっていた。


 残酷は、たしかに存在する。


 ヨークはそれを、見ないようにして暮らしてきた。


 そして今日、残酷はヨークを捕まえた。



ヨーク

「ぁ…………」



 ヨークの喉から、か細い声が漏れた。


 そして、殺意がやって来た。


 殺意は、彼の内面を、埋め尽くしていった。


 それはニトロたちへの殺意であり……。


 ニトロたちの存在を許す、世界への殺意であり……。


 無力で無様な、自分自身への殺意でもあった。


 ヨークは産まれて初めて、心の底から、自分自身を殺したいと願った。



ヨーク

(『敵強化』)



 『敵強化』のスキルは、ヨーク=ブラッドロードに殺意を持つ者に対し、発動する。




______________________________




ヨーク=ブラッドロード



クラス 魔術師 レベル2298



______________________________




ヨーク

「があああああああああああああああぁぁぁっ!」



 ヨークは咆哮を上げた。


 服ごと石化していたヨークの体に、ヒビが入った。


 そのヒビから、紅い殺意が漏れ出していった。


 ぱらぱらと、石の欠片をこぼしながら、ヨークは立ち上がった。



サッツル

「石化が……」



 サッツルの視界から、ふっとヨークの姿が消えた。


 そう思った次の瞬間には、サッツルは首をつかまれていた。



サッツル

「…………!」


サッツル

「ぐぼっ!?」



 ヨークはサッツルの首を、左に捻って殺した。



トトノール

「ひっ……!?」



 次の瞬間、ヨークはトトノールの前に居た。


 ヨークの右手が、トトノールの腹へ刺さった。



トトノール

「ひぎゃっ……!?」



 そのまま腹の中身を引きずり出すと、トトノールは死んだ。



ニトロ

「サレン……すま……」



 ニトロの視界に、振り上げられるヨークのカカトが映った。


 次の瞬間、ニトロの体は左右に分かれていた。


 振り下ろされたカカトが、ニトロの頭蓋から股間までを、粉砕していた。


 新しい死体が、3つ生まれた。



ヨーク

「ぐうううぅぅ……!」



 ヨークは、獣のような唸り声を上げた。



トルソーラ

「ほう……人を超えたか?」



 興味深げに、トルソーラが呟いた。



トルソーラ

「だが、神にも見えんな」



 トルソーラの声が、ヨークの耳に届いた。


 ヨークは思い出した。


 この場には、殺さなくてはならない相手が、もう2人居る。


 1人はトルソーラで、もう1人はヨークだった。


 ヨークを殺すのは、最後でなくてはならない。


 消去法で、ヨークはトルソーラを殺すことに決めた。



ヨーク

「がああっ!」



 ヨークは、爪でひっかくように、トルソーラに襲い掛かった。


 だが……。



ヨーク

「がっ!?」



 トルソーラの障壁が、ヨークを弾き飛ばした。


 神々が持つ、特別な障壁だ。


 単純な物理攻撃では、突破することはできない。


 かつてヨークは、ニトロから預かった剣で、障壁を裂いた。


 剣は地面に転がっていた。


 だが、それを用いるだけの理性は、今のヨークには無かった。


 今のヨークは、剣士ではなく、1個の獣と化していた。


 だからヨークは、別の手段を取ることに決めた。



ヨーク

「ぐ……ぐるるるっ……!」



 ヨークの体が、変形を始めた。


 彼の体は、徐々に人の姿を失っていった。


 それはいびつだが、どこか龍に似ていた。



ヨーク

「ごがあああああああああぁぁぁっ!」



 龍の牙が、トルソーラに迫った。




トルソーラ

「…………!」



 トルソーラは、紙一重で龍の牙をかわした。


 外敵を阻むはずの障壁は、機能しなかった。



トルソーラ

「これは……」



 トルソーラは、僅かな驚きと共に、ヨークを見た。



トルソーラ

「喰ったのか。余の神壁を」


トルソーラ

「そうか」


トルソーラ

「我らの世界を滅ぼした、全てを喰らう龍」


トルソーラ

「ダハーカ」


トルソーラ

「貴様はそれになろうと言うのか?」


トルソーラ

「ならば……」



 トルソーラは、てのひらを天に掲げた。


 巨大な剣が、彼の手中に納まった。



トルソーラ

「もはや、一片の油断もならぬ。全力で屠らねばなるまい」



 トルソーラは、剣を構えた。



ヨーク

「ググアアアアアアァァァッ!」



 邪龍が、トルソーラへと向かった。


 一方、トルソーラは剣を振った。


 その刀身から、青い熱線が、ヨークへと放たれた。



ヨーク

「グゲアアアアアアアアアァァ!」



 熱線が、ヨークの体を焼き尽くしていった。




 ……。




ミツキ

「……………………」



 ミツキは、暗い空間を漂っていた。



フルーレ

「ミツキ……」


ミツキ

「…………」


フルーレ

「起きてくれ。ミツキ」


ミツキ

「…………?」



 聞き慣れた声を受け、ミツキは目を開いた。


 そして体を起こすと、隣にフルーレが立っているのが見えた。



ミツキ

「フルーレさん……?」



 ミツキは、不思議そうにフルーレを見た。


 絶縁した相手だ。


 彼女の顔を見るのは、数カ月ぶりだった。



フルーレ

「ああ。私だ」


ミツキ

「私は……生きて……?」


フルーレ

「いや……」


フルーレ

「ミツキはたぶん、死んだんだと思う」


ミツキ

「それならどうして……」


ミツキ

「それに、あそこに居る人は……?」



 ミツキは、左側を見た。



カナタ

「…………」



 ミツキの視線の先に、青年が立っていた。


 青年は黒髪で、赤い肌をしていた。


 体型は華奢に見えるが、背筋がしっかりと伸びていた。


 ミツキにとっては、見慣れない青年だった。



フルーレ

「さあ? 私も初めて見る」


ミツキ

「あの、お名前をうかがってもよろしいですか?」


カナタ

「カナタ=メイルブーケだ」


フルーレ

「始祖様!?」


ミツキ

「……? 何がどうなって……」


???

「私が説明しましょう」



 上方から、女の声が聞こえた。


 ミツキは、声の方を見た。


 何も無かったはずの場所に、光が現れた。


 光が消えたとき、そこには少女の姿が有った。



ミツキ

「あなたは……」


ミツキ

「クリーンさん?」


クリーン

「…………」



 本人か。


 それとも幻か。


 そこに現れた少女は、クリーンの姿をしていた。



フルーレ

「ミツキの知り合いか?」


ミツキ

「そう見えますが……」


クリーン

「違うのです」


クリーン

「私は、クリーンだとかいう奴では無いのですよ」



 ミツキが聞き慣れた口調で、クリーンらしき少女は、そう言った。



ミツキ

「ですが、私の目には、クリーンさんにしか見えませんが」


クリーン

「そうですか」


クリーン

「今のお前には、私はそのように見えているのですね」


クリーン

「けど今は、そんなことはどうでも良いのです。重要なことでは無いのです」


ミツキ

「では、重要なことと言うのは?」


クリーン

「このままでは、邪悪な存在によって、世界は滅んでしまうのです」


クリーン

「それを止めます。止めなくてはならないのです」


ミツキ

「それを、どうして私に言うのですか?」


ミツキ

「私は神の手先にさえ、敗れ去った身の上です」


ミツキ

「そんな私に、神を止めるお手伝いが出来るとは、到底思えませんが」


クリーン

「いいえ」


クリーン

「きっと、奴を止めることは、あなたにしか出来ないのです」


ミツキ

「……? どうしてですか?」


クリーン

「それは、あなたがここに居るからなのです」


ミツキ

「意味が分かりませんが」


ミツキ

「そもそも、ここはどこなのですか?」


クリーン

「ここは、ヨーグラウの中なのです」


ミツキ

「……ヨーグラウ?」


クリーン

「ヨーグラウは、かつて世界を支配していた龍神」


クリーン

「そして、ヨーク=ブラッドロードの前世です」




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