４の４３「奴隷と神殿騎士」
トルソーラは、言葉を続けた。
トルソーラ
「よくぞ、非力な定命の身でありながら、邪悪な神を討ち倒した」
トルソーラ
「その偉業、心から称えよう」
ミツキ
「神……？」
ミツキ
「私たちは……神を殺したのですか？」
トルソーラ
「その通り。だが、気に病むことは無い」
トルソーラ
「客人。セブンカードは分かるか？」
ヨーク
「分かりますけど、それが？」
トルソーラ
「一勝負しよう」
トルソーラの体が、光を放った。
次の瞬間には、巨人は少年の姿に転じていた。
トルソーラは、ゆったりとしたキトンを身にまとっていた。
髪は短い金髪。
足には黄金のサンダルを履いていた。
トルソーラは、ヨークの前まで歩いた。
そして、地面に腰を下ろした。
トルソーラ
「座れ」
ヨーク
「……はい」
トルソーラの指示で、ヨークも腰を下ろした。
少年は、手の平を上に向けた。
すると、手中にカードが出現した。
一般的な、セブンカードに用いるカードだった。
トルソーラは、慣れた手つきでカードをシャッフルすると、ヨークに７枚放った。
ヨークはカードを受け取り、手札を確認した。
ヨーク
「どうして今カードなんですか？」
トルソーラ
「気まぐれだ。チェンジは？」
ヨーク
「４枚」
トルソーラ
「ふむ。余は３枚にするか」
２人はカードを捨て、代わりのカードを取った。
トルソーラ
「オープン」
トルソーラの合図と共に、２人は手札を開示した。
ヨーク
「……スリーコイン」
トルソーラ
「フォーソード」
トルソーラ
「余の勝ちだな」
カードの勝負に、ヨークは負けた。
……それが何だというのか。
ヨークはふわふわとした気持ちで、地面に座り続けていた。
トルソーラ
「ニトロ。やれ」
トルソーラが、何かを命じた。
ニトロ
「はい」
ヨーク
「えっ……？」
ニトロは剣を抜いた。
普段は使わない方の剣だった。
ミツキ
「……！？」
ミツキはニトロに警戒し、剣を構えた。
自分もそうするべきだろうか。
ヨークはぼんやりと、そう考えた。
だが何故か、ヨークの体は動かなかった。
ヨークは地面に座ったまま、ニトロの方を見た。
ニトロもヨークを見ていた。
２人の視線が、交わっていた。
ニトロ
「『あんじ』ることは無いよ。少年」
ニトロ
「私は君の味方だからね」
ニトロ
「そのままじっとしていれば良いんだ」
ヨーク
（そうかもしれない）
ヨークはじっと座っていた。
ニトロはヨークに突きかかった。
明らかな攻撃だった。
ニトロの攻撃に対し、ヨークは動けなかった。
ニトロの剣が、ヨークの腹に刺さった。
ヨーク
「あっ……」
腹を突かれ、ヨークは倒れた。
ミツキ
「ヨーク！？」
どうしてヨークが、抵抗せずに刺されたのか。
ミツキは驚きを隠せなかった。
あれくらいの攻撃、ヨークなら、対処できるはずではないのか。
ミツキ
「いったい何を……！？」
ニトロ
「べつに」
ニトロ
「ただの『暗示』スキルさ」
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ニトロ＝バウツマー
クラス 聖騎士 レベル２０３
スキル 闘気 レベル４
ギフテッドスキル 暗示
発動条件 対象がこちらの目を視認している状態で、スキル名を対象に聞かせること
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ミツキ
「っ……！ 風癒！」
ミツキは回復呪文を唱えた。
ヨークの体が、癒やしの風に包まれた。
だがヨークは、立ち上がることが出来なかった。
ヨークは、自分の体の異常に気付いた。
ヨーク
「これ……は……？」
ヨークの腹部が、服ごと石化を始めていた。
その始点は、剣を受けた部分だった。
ニトロ
「私の剣は、ただの魔剣じゃない。呪剣だ」
ニトロ
「この剣を受けた者は、徐々に体が石化し、物言わぬ石像と化す」
ニトロ
「石化の進行中は、呪文を使うことも出来ない」
ニトロ
「そして、石化は神の力が無ければ、癒やすことは出来ない」
ニトロ
「詰みだよ。少年」
ヨーク
「どう……して……？」
ヨークは、ニトロとトルソーラを交互に見た。
ニトロは命の恩人ではなかったのか。
それに、神であるトルソーラが、どうしてこのようなことを命じたのか。
ヨークには、見当がつかなかった。
トルソーラ
「どうして……か」
トルソーラ
「きっと、お前がカードで負けたからだろうな」
ヨーク
「ふざけんな……！」
トルソーラ
「そうふざけているつもりも無いが……」
トルソーラ
「余が支配するこの世界に、魔族など必要ない」
トルソーラ
「そう決めたということだ」
トルソーラ
「今まではガイザークの妨害が有り、好きに力は使えなかったが……」
トルソーラは、天に手をかかげた。
すると巨大な剣が現れ、トルソーラの手におさまった。
トルソーラは、その剣を放り投げた。
剣は無数に分裂し、王都へと降り注いだ。
それは人族を襲わなかった。
魔族とハーフだけを選び、その体を貫いていった。
「ひっ！？」
「ぎゃっ！？」
「何！？」
「いやああああぁぁぁっ！」
剣に貫かれた者たちは、金色に炎上した。
そして、跡形も残らず、消失していった。
トルソーラ
「これで１００万は死んだかな」
世界樹の頂上で、神は事もなげに言った。
トルソーラ
「魔族も原住民どもも、すぐに根絶やしにしてくれよう」
トルソーラ
「……さて、何をしている？」
トルソーラ
「その娘を、とっとと片付けろ」
ニトロ
「はい」
サッツル
「…………」
リドカイン
「…………」
トトノール
「…………」
ニトロたちは武器を構え、ミツキを取り囲んだ。
ミツキ
「…………」
ヨーク
「ミツキ……！ 逃げろ……！」
ニトロ
「もし逃げたら」
ニトロ
「石化した少年を、粉々に砕く」
ニトロ
「そうなれば、たとえ神の力であっても、蘇生は出来ない」
ミツキ
「…………」
ミツキ
「反撃の許可くらいは、いただけるのですかね？」
ニトロ
「好きにすれば良いさ」
ミツキ
「それでは参ります」
ミツキとニトロたちの、戦いが始まった。
レベルでは、ミツキが勝っていた。
だが、ニトロたち４人は、連携が取れていた。
トトノール
「光剣！」
ニトロと斬り合っている最中のミツキを、トトノールの呪文が襲った。
ミツキ
「っ！」
リドカイン
「オラアッ！」
呪文を回避したミツキを、リドカインの剣が襲った。
リドカインの剣先が、ミツキの肩肉をわずかに抉った。
サッツル
「はあっ！」
さらに、サッツルが追撃を加えてきた。
ミツキはそれを、大剣で受けた。
負傷で力が緩んだミツキは、剣を取り落としてしまった。
トトノール
「矢盗！」
トトノールは呪文で、ミツキの大剣を引き寄せた。
ミツキは武器を奪われた形になった。
武器を失ったミツキは、飛び退いて、ニトロたちから距離を取った。
ミツキ
「……風癒」
ミツキは丸腰のまま、神殿騎士たちと向かい合うことになった。
リドカイン
「悪いが、勝負有りだな」
ヨーク
「ミツキ……！ 俺に構うな！ 俺はどうなっても良い！」
ミツキ
「私が良く無いんですよね。それ」
ヨーク
「っ……！」
ヨーク
「命令する！ 逃げろ！」
それは、２人が王都に来てから、初めての命令だった。
通常であれば、首輪の強制力が、ミツキを動かすはずだった。
だが……。
ミツキ
「お断りします」
ヨーク
「え……？」
ミツキの首輪は、何の反応も示さなかった。
ユーリとの事件の後、ヨークはミツキの首輪に、再登録を行っていた。
だが、王都に来る前から、ミツキは首輪の強制力から、自由になっていた。
ミツキ
「私は、いっさいの命令に服従せず、自分の考えで行動します」
ヨーク
「言うことを聞けっ！！！ このクソ奴隷がっ！！！」
ミツキ
「私の全ては、あなたの所有物です」
ミツキ
「髪も爪も、尻尾も、胎も、全てがあなたのために存在している」
ミツキ
「ですから、そのような命令は聞けません」
ヨーク
「ミツキ……！」
ミツキは『収納』スキルで剣を取り出した。
それは、折れたボロボロの剣だった。
ヨークが最初に使っていた剣だ。
リドカイン
「何だ？ そのボロっちい剣は」
ミツキ
「これは、この世で最も強い剣です」
ミツキ
「名前は……そうですね。ヨークブレイドと言います」
ミツキ
「侮るのであれば、あなたは死にますよ」
リドカイン
「舐めてんのはそっちだろうがッ！」
リドカインが、前に出た。
ニトロ
「陣形を……！」
リドカインは、他の三人から突出する形になった。
完成された陣形に、綻びが生じていた。
リドカインの孤立に合わせ、ミツキも前に出た。
リドカイン
「受けてみろよ！」
ボロボロの剣では、自分の剣を受けきれないだろう。
そう考えたリドカインは、上段から、剣を力強く振り下ろした。
ミツキ
「…………」
リドカイン
「…………！？」
ミツキは剣先に対し、素手である左手を向けた。
リドカインの剣が、ミツキの左手を切り裂いた。
そして、手首の骨を砕き……。
上腕の半ばまで食い込んで、剣が止まった。
リドカイン
「な……！？」
予定外の出来事に、リドカインが隙を作った。
ミツキ
「フッ！」
ミツキの剣が、リドカインの首をはねた。
リドカインの首が、ころころと地面に転がった。
残された体は、どっと血を噴き出して倒れた。
トトノール
「リドカインさん！？」
ミツキ
「レベルの差を……甘く見ましたね」
ミツキは、手に持っていた剣を『収納』した。
ミツキ
「く……！」
そして腕に食い込んだ剣を外し、右手でその剣を構えた。
ミツキ
「……風癒」
ミツキは、薪のように割られた腕に、回復呪文を使った。
みるみると、傷が癒えていった。
サッツル
「そこまでです！」
気がつけばサッツルが、ヨークの隣に立っていた。
その剣先は、ヨークの首へと向けられていた。
サッツル
「彼を殺されたくなければ、剣を捨てなさい！」
ヨーク
「…………！」
ミツキはニトロに対し、見下すような視線を向けた。
ミツキ
「反撃は、許してもらえるのでは無かったのですかね？」
ニトロ
「……悪いね」
ニトロ
「ただ、交渉が出来る立場では無いということは、理解してもらっているはずだ」
