その9
今回からヒロインとの漫才が増えます。苦手な方が居たらすいません。
ヨーク
「神……? 何言ってんだ?」
ヨーク
「どうやったら俺が神に見える?」
ミツキ
「……すいません。愚かな事を言いましたね」
ミツキ
「外に居た人たちは?」
ヨーク
「……死んだ」
ミツキ
「そうですか」
ヨーク
「…………」
ヨークは檻の中の少女を観察した。
その肌は若々しく、ヨークと同じくらいの年に見えた。
美しい銀の髪が腰まで伸びている。
衣服は幅広の腰帯を使う、見慣れないタイプのもの。
色は薄桃。
袖周りの布が妙に多い。
民族衣装のように思えた。
だが、何より目を引くのは、衣装よりも、頭頂から伸びた獣の耳だった。
人の耳と、獣の耳。
耳を4つ持っている様子だった。
ヨーク
(頭の上に耳が生えてる? それに、腰からは尻尾も)
ヨーク
(狼みたいだ)
ヨーク
(銀色の狼……)
ヨーク
「お前、『第三種族-サード-』か?」
第三種族とは、人でも魔族でもない種族の総称だ。
人や魔族よりも遥かに数が少ない。
ヨークの村にも第三種族は一人も居なかった。
ミツキ
「はい。まあ」
ヨーク
「どうして檻の中に居る? それに、その首輪……」
少女の首周りは、白い金属製の首輪で囲われていた。
オシャレで身につけるような物には、見えなかった。
ヨーク
「犯罪者……なのか?」
ヨーク
「悪いことして、その中に入れられてんのか?」
ミツキ
「まさか」
ミツキの瞼に嘲るような色が宿った。
ミツキ
「売られていくところだったのですよ。奴隷として」
ヨーク
「奴隷?」
ヨーク
「奴隷って……昔話とかに出てくるあの奴隷か?」
ヨークは現実で奴隷を見たことが無かった。
本を読んでいると、たまに出てくる。
そういうおとぎ話の中の存在という認識だった。
まさか現実に出会うとは、考えもしなかった。
ミツキ
「あなたが読んだ昔話は知りませんが、そうでしょうね」
ヨーク
「人間を……物みたいに売るのか?」
ミツキ
「と言うより……」
ミツキ
「第三種族は人間では無い。そう思われているのでしょうね」
ヨーク
「マジかよ……」
のどかな村とは全く違う世界に、ヨークの脳が揺れた。
ヨークはぎゅっと拳を握りしめた。
ミツキ
「それで、あなたは私をどうするのでしょう?」
そう問う音色には、どこか馬鹿にしたような色が混じっている。
ヨークはそれを気にせず、少女の檻に近付いた。
ミツキ
「連中の代わりに私を売りますか? それともここで……」
ヨーク
「今出してやる」
ミツキ
「えっ?」
ヨークは猫車の中を探った。
檻の鍵を探すためだった。
幸い、大した量の積荷は無かった。
木箱を少し漁ると、簡単に鍵は見つかった。
見つけた段階では、それが檻の鍵だという保証は無かった。
だが、檻の鍵穴に挿し込むと、鍵はあっさりと開いた。
ヨークは檻の鉄扉を開き、少女に声をかけた。
ヨーク
「ほら、出ろよ」
ミツキ
「なるほど? 檻から出さないと触れられませんからね?」
ミツキ
「ただ、言っておきますけど、下手なことをしたら私の売値が……」
ヨーク
「じゃあな」
ヨークは少女に背を向けた。
ミツキ
「えっ?」
ヨークは少女を置いて、猫車の外へと出た。
ミツキ
「ちょ、ちょっと……!」
ヨークの背後から、少女の声がした。
少女はヨークを追って外へ出てきたようだ。
ヨークは少女へと振り向いた。
なんとなく、彼女のつま先に視線が行った。
小さなサンダルを履いている。
親指と人差し指の間に紐を挟む、変わった形状をしていた。
歩きにくそうだ。
長旅は大変だろうな。
ヨークはぼんやりとそう考えた。
少女の視線が商人の死体に向いた。
気付いてしまったらしい。
ミツキ
「っ……」
顔をひきつらせた少女は、死体を見ないよう、まっすぐにヨークの瞳を見た。
ヨーク
「俺がやったんじゃねえからな?」
ミツキ
「見れば分かります」
ぐちゃぐちゃの傷は、人の手で再現しようとすれば、相当の労力が必要だろう。
ミツキ
「あの……」
ヨーク
「何だ?」
ミツキ
「あなたはいったい……どうするつもりなのですか」
ヨーク
「王都に行く。ああ、王都は知ってるか? ここから北東に有る……」
ミツキ
「そうでは無く……私をどうするのかと聞いているのです」
ヨーク
「別に」
ヨーク
「牢から出られたんだから、好きに生きれば良いだろ?」
ヨークは再び少女に背を向けた。
ミツキ
「ま、待ちなさい!」
離れていくヨークを、少女が呼び止めた。
ヨーク
「何だ? 耳女」
ミツキ
「耳女ではありません。ミツキです」
ヨーク
「そうか。俺はヨークだ。それで?」
ミツキ
「あなたはいったい何を考えて……」
ヨーク
「…………?」
ヨークには、ミツキが何を言いたいのか、理解出来なかった。
少し黙って考え、ヨークなりに結論を出した。
ヨーク
「ああ……悪かった」
ミツキ
「えっ」
ヨーク
「また魔獣に襲われるかもしれないからな」
死にかけたばかりで、一人になるのは心細いのだろう。
ヨークはそう結論付けた。
ヨーク
「近くの村まで連れて行ってやる。行くぞ」
ミツキ
「待って下さい」
ヨーク
「まだ何か有るのか? ウンコか?」
ミツキ
「違います!」
ヨーク
「何だよ?」
ミツキ
「私を売れば大金が手に入る」
ミツキ
「そう思わないのですか?」
ヨーク
「気色悪い」
ヨークは見るからに不機嫌な顔になった。
ミツキ
「きしょ……?」
ミツキは少し目を見開いて、ヨークを見ていた。
目の前の少年を計りかねている様子だった。
ヨーク
「とっととウンコ済ませて来い。日が暮れちまう」
ミツキ
「違いますってば!?」
特に大便を排出するということもなく、二人は歩き出した。
一時間ほど歩くと、最寄の町へたどり着いた。
小さな町だが、ヨークの村よりは遥かに大きい。
ヨーク
「じゃあな」
ヨークは足を止め、ミツキにそう言った。
町の中なら魔獣に襲われることも無いだろう。
自分の役目は果たした。
そう考えていた。
元々役目など無い……ということには気付けなかった。
ヨークは歩行を再開した。
まだ日は高い。
このまま次の町まで行く予定だった。
ミツキ
「……どちらへ?」
ミツキはヨークの隣を歩きながら声をかけてきた。
ヨーク
「言わなかったか? 俺は王都に行く」
ヨーク
「まだ日は高いからな」
ヨーク
「今日中に、次の町までは行ってみるつもりだ」
ミツキ
「王都で何を?」
ヨーク
「冒険者になる」
ミツキ
「そうですか。あの……」
ミツキ
「私も御一緒させて下さい」
ヨーク
「王都に行きたいのか?」
ミツキ
「あなたのパーティに入りたいのです」
ヨーク
「お前も冒険者になりたいのか?」
ミツキ
「いいえ。ですが……」
ミツキ
「助けていただいた事への恩返しをさせて下さい」
ヨーク
「いらねえ」
ミツキ
「えっ?」
ヨーク
「迷宮で死なれても面倒だし。じゃあな」
ヨークは足を早めた。
ミツキ
「待ってくだしあ!」
ミツキは負けじと早足になった。
ヨーク
「しつけー……」
ミツキ
「月狼族は、恩を返さないと死ぬのです!」
ヨーク
「嘘だろ?」
ミツキ
「はい。いいえ。本当です」
ヨーク
「なんで死ぬんだよ」
ミツキ
「オキテ的なやつだと思います」
ヨーク
「テキトーだなオイ」
ミツキ
「バッサリ自害されたく無ければ私を連れていきなさい」
ミツキ
「さあ、異文化を尊重するのです」
ミツキは、すまし顔の上から目線で、そう言った。
ヨーク
「脅迫かよ」
ミツキ
「……そんなに嫌なのですか? 私と行くのが」
ミツキの耳と尻尾がしょんぼりと垂れた。
わざわざ連れていってやる義理も義務も無い。
無いのだが……。
ヨークはそれを見て、少し気の毒に思った。
ヨーク
(う~ん……元々仲間は欲しかったが……)
ヨーク
(こいつちょっと頭おかしい感じなんだよな)
ヨーク
(ラビュリントスに連れて行って大丈夫なんだろうか……?)
ヨーク
「お前、レベルは?」
ミツキ
「はて? レベルとは何ですか?」
ヨーク
「何って、クラスのレベルだよ。神の加護だ」
ミツキ
「何かと思えば」
ミツキ
「私は誇り高き月狼族です」
ミツキ
「下賎な邪神の加護など、受け入れるはずも無いでしょう?」
ヨーク
「家に帰れ」
ミツキ
「ああっ……待って……!」
ミツキに加護を得させることに決まった。
二人は町の神殿に向かった。
当然だが、ハインス村の神殿よりも、作りがしっかりしていた。
ヨークが寄付金を払い、ミツキのための聖水を貰った。
予想外の手痛い出費だったが、なんとか元を取るしか無い。
聖水を飲むことで、ミツキは無事に加護を授かることが出来た。
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ミツキ=タカマガハラ
クラス 聖騎士 レベル1
スキル 収納 レベル1
ユニークスキル 癒し手
効果 触れた相手の傷病や呪いを回復させる
追加効果1 相手への思いやりにより効果上昇
追加効果2 ???
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用が済むと、二人は神殿を出た。
次の町を目指すため、町の出口へと歩いた。
ミツキ
「うぅ……私の純潔が……」
ヨーク
「変な言い方するな」
ヨーク
「加護も無しに迷宮に潜るなんて、自殺行為なんだからな?」
ミツキ
「屈辱です。カノッサです」
ヨーク
(……はぁ。置き去りにしてやろうか)
ヨーク
(けど、放っといたら死にそうなんだよな。コイツ)
ヨーク
「良いから行くぞ。早く王都に着きたい」
ミツキ
「その前に。ヨーク」
ヨーク
「何だよ?」
ミツキ
「王都に着く前に、私の主人になりなさい」
ヨーク
「主人?」
ミツキ
「はい」
ミツキ
「見ての通り、私は奴隷です」
ミツキ
「この奴隷の首輪は簡単には外せません」
ミツキ
「首輪が悪用されることが無いよう、ヨークを主人として登録しておきたいのです」
ヨーク
「悪用?」
ミツキ
「はい」
ミツキ
「これは主人が奴隷に命令するための物です」
ミツキ
「元々は、私を捕まえた商人が、主人として登録されていました」
ミツキ
「ですが、彼女は魔獣に襲われて亡くなりました」
ミツキ
「今、私の主人の座は空白になっています」
ミツキ
「そして、主人の居ない奴隷を自分の物にするのは容易い」
ミツキ
「そうならないよう、予防としてあなたを主人としておきたいのです」
ヨーク
「首輪を外す方法は無いのか?」
ミツキ
「分かりません」
ヨーク
「ん~」
ヨークは腰の剣に手を伸ばした。
抜刀し、剣が地面と水平になるように構えた。
ミツキ
「ヨーク?」
ヨーク
「ふっ!」
ヨークは思い切り首輪に斬りつけた。
刃が首輪を強く叩いた。
ミツキ
「ひぎゃっ!」
衝撃を受け、ミツキは倒れた。
不幸中の幸いで、刃は彼女の肌には触れなかったようだ。
とはいえ、全くの無傷とはいえない。
ミツキ
「殺す気ですか!?」
首の痛みに耐えながら、ミツキは怒鳴った。
ヨーク
「いや。首輪を斬れないかなって」
ヨーク
「やっぱ、魔術師じゃダメだな。悪い」
ミツキ
「…………」
ヨーク
「それじゃあ主人の登録ってやつをやるか」
ミツキ
「ちょっと考えさせて下さい」
ヨーク
「ナンデ?」
言うまでもなく、首周りは人体の急所だ。
眼前の無鉄砲な男に自分の運命を託すことに、ミツキは後悔を覚えはじめていた。