４の３９「月と踊り」
ヨークたちは、パーティに出席した。
会場は、試練の時にも使用した、大神殿の広間だった。
広間は、以前とは比べ物にならないほどに、飾り立てられていた。
神殿騎士たちも、今回ばかりは着飾っている。
彼らは、試練のときは、物々しい鎧を着ていた。
今は鎧を脱ぎ捨て、華々しい礼服に身を包んでいた。
広場の一角には、テーブルが並べられていた。
そこに純白のテーブルクロスが敷かれ、豪勢な料理が並んでいた。
楽団が、音楽を奏でていた。
貴族たちの間で流行りの曲だ。
それに合わせて、男女が踊っていた。
その華やかさは、大貴族主催のパーティと比べても、見劣りしなかった。
ヨークたちの服装も、いつもとは異なっていた。
ヨークは、ニトロのコーディネートを受け、パーティ用の正装に着替えていた。
欠席するつもりだったミツキも、普段の民族衣装とは異なるドレスに、身を包んでいた。
ヨークは、ミツキとクリーンと３人で、会話をしているところだった。
そこへ、３人に向かって、女性が近付いてきた。
青髪の女性で、長い後ろ髪は、腰まで伸びていた。
前髪も長く伸ばされていて、顔にかからないように、中央から２つに分けられていた。
身長は、ミツキよりも少し高い。
年は、２０代後半に見えた。
体には、水色のドレスを身にまとっていた。
首には真珠のネックレスが見えた。
真珠の色は、彼女の肌の色と同じだった。
トトノール
「あなたが次の聖女ですね？」
クリーン
「はい。そうですけど」
トトノール
「私は先代の聖女。トトノールといいます」
クリーン
「クリーンです。初めまして」
トトノール
「はい。初めまして」
クリーン
「…………」
先輩聖女に対し、クリーンは、少し緊張した様子を見せた。
トトノールは、それを汲み取ったのか、柔らかく微笑んでみせた。
トトノール
「そんなに畏まらないで下さい」
トトノール
「ただ、交代の儀式の前に、ひとめ顔を見ておきたいと思って……」
トトノール
「聖女同士、仲良くして下さいね」
クリーン
「はい。よろしくお願いします」
トトノール
「ええ」
トトノールはクリーンと、少し世間話をした。
当たり障りのない、ありふれた会話だった。
会話に区切りがつくと、トトノールは去っていった。
再び、いつもの３人だけになった。
クリーン
「あのあの」
クリーンは、ヨークに声をかけた。
ヨーク
「ん？」
クリーン
「踊りませんか？」
ヨーク
「踊れるのか？ お前」
クリーン
「はい。聖女候補としての教育には、社交界での振舞いというのも有ったのですよ」
ヨーク
「そうか」
ヨーク
「なら、俺は止めとけ」
クリーン
「どうしてですか？」
ヨーク
「こういう踊りは、俺には分からん」
ヨーク
「村の踊りを見せたら、笑われたしな」
メイルブーケ邸での出来事を、ヨークははっきりと覚えていた。
２度も同じ恥を、晒すつもりは無かった。
ヨーク
「それに……」
クリーン
「それに？」
ヨーク
「俺はキラキラしてないからな」
クリーン
「何なのですか？ それは？」
ヨーク
「そうらしいんだ」
クリーン
「だいじょうぶですよ。今のあなたはキラキラしてるのです」
ヨーク
「そうか？ 服の力か？」
クリーン
「さあ、行きましょう。教えてあげるのです」
クリーンは、ヨークの手を引いた。
ヨーク
「あっ、おい」
クリーン
「ちょっと行ってきますね。モフミちゃん」
ヨークを引っ張りながら、クリーンはミツキに声をかけた。
ミツキ
「はい」
ヨークは広間中央へと、引っ張られていった。
クリーンは、踊りが行われている空間の、片隅で立ち止まった。
そして、ヨークと向き合った。
クリーン
「良く見てください。こうしてこうなのですよ」
クリーンは、男性側の振り付けを、実演してみせた。
ヨーク
「こうか？」
ヨークはそれを見て、自分なりに踊ってみせた。
クリーン
「違うのです。ここをこう」
ヨーク
「こうか？」
クリーン
「組んでやってみましょう」
クリーンは、ヨークに寄り添った。
そして実践の中で、ヨークに踊りを指南していった。
２人の踊りは、最低限の形にはなった。
だが、まだまだ不格好だった。
それが人々の目に留まった。
「おい、あれが新聖女だ」
「なるほど。赤いな」
「赤い」
「赤さはどうでも良くない？」
「しかし、相手の魔族の踊り……酷いな」
「ああ。どうして聖女様と踊ってるんだ？」
「守護騎士らしいぞ。相当に腕が立つようだ」
「ふ～ん……？」
クリーン
「言われてるのですよ」
クリーンは、ヨークの耳に囁いた。
ヨーク
「そうだな。赤いな」
クリーン
「……もう。見返してやりましょうよ」
ヨーク
「初心者だぞ。俺は」
クリーン
「集中して。頑張って。あなたなら出来るのです」
ヨーク
「う……？」
ヨークの意識が、急に研ぎ澄まされた。
それに合わせ、踊りの優雅さも増していった。
ヨークの踊りは、洗練された紳士のものへと変わっていった。
急激な変化だった。
それを眺めていた者たちの中で、ざわめきが起きた。
皆が２人に見惚れた。
やがて、踊りは終わった。
クリーン
「ほら。出来たのです」
ヨーク
「あ、ああ……」
ヨークは戸惑いながら、クリーンに答えた。
拍手が起きた。
ヨーク
「あ……？」
何事かと思い、ヨークは周囲を見た。
拍手をする者たちの目は、ヨークたちに向けられていた。
ヨークはそのことに気付いたが、理由まではわからなかった。
クリーン
「手を振ってあげましょうよ」
ヨーク
「良いのか？」
クリーン
「ほら」
クリーンが、観衆に手を振った。
ヨークは控えめに、クリーンの真似をした。
２人は手を振りながら、ミツキの方へと戻っていった。
クリーン
「ただいまです。モフミちゃん」
ミツキ
「はい」
クリーン
「どうでした？」
ミツキ
「素敵でしたよ」
「聖女様」
踊りを終えたクリーンに、男たちが近付いてきた。
「どうか私と踊っていただけませんか？」
「是非、わたくしめとも」
クリーン
「えっ？ はい。行ってきますね」
クリーンは、声をかけてきた男と、広間中央に歩いていった。
ヨーク
「モテモテだな」
ミツキ
「ヨークはモテませんね。ふふふ」
そのとき、女子が３人、ヨークに近付いてきた。
先頭の女子が、口を開いた。
「あの。私と……」
ミツキ
「……何か？」
ミツキは物静かに尋ねた。
爛々と輝く瞳が、少女の頸動脈に向けられていた。
「ヒッ……！ 何でもないです！」
いったいどうしたのか。
少女たちは慌てた様子で、ヨークの傍から駆け去っていった。
ヨーク
「一瞬モテはじめたかと思った」
ミツキ
「まさかまさか」
ヨーク
「なあ」
ミツキ
「はい」
ヨーク
「モテない俺と踊らないか？」
ミツキ
「何ですか？ その誘い文句は」
ヨーク
「嫌かよ」
ミツキ
「嬉しいですよ。とても」
ミツキ
「ですが、第三種族の私が踊るのも、どうかと思いますし」
ヨーク
「……来い」
ミツキ
「えっ？」
ヨークはミツキの手を引いた。
そして、広間を出て行った。
ヨークたちは、大神殿の中庭に移動した。
そこには、広間で奏でられる音楽が、微かに届いていた。
ヨーク
「ここで踊ろう」
ミツキ
「はい」
ヨーク
「ここなら村の踊りをやっても、怒られないだろう」
ミツキ
「そうですね」
ミツキ
「私の故郷の踊りを、お見せしましょうか？」
ヨーク
「村の踊りか」
ミツキ
「都の踊りです」
ヨーク
「都民アピールか」
ミツキ
「事実ですから。さあ、行きますよ」
ミツキは踊りだした。
この国の踊りとは、種類が違う。
だが、優雅で洗練されて見えた。
５分ほど踊って、ミツキは動きを止めた。
ミツキ
「以上です」
ヨーク
「うまかったぞ」
ミツキ
「ありがとうございます」
ミツキ
「……実はこれは、求愛の踊りです」
ヨーク
「そうか」
ヨーク
「どう答えたら良い？」
ミツキ
「一緒に踊って下さい」
ヨーク
「俺の故郷の踊りも見せてやるよ」
ヨークは踊り始めた。
村の踊りだ。
ミツキの踊りと比べると、あまり洗練されていない。
どこか滑稽に見えた。
だが、楽しそうな踊りだった。
ミツキ
「ふふっ。変わった踊りですね」
ヨーク
「村民差別は止めろ」
ミツキ
「都民アピール」
ミツキも踊り始めた。
さきほど踊ったものと、同じ踊りだった。
ミツキが言うには、求愛の踊りらしいが……。
ヨーク
「求愛するのかマウント取るのかどっちかにしろよ」
ミツキ
「ふふふ。これを故郷のコトワザで、一挙両得と言います」
いつの間にか、２人はくっついていた。
ミツキはヨークの胸に、体を預けていた。
ミツキ
「次は王都風で踊ってみませんか？」
ミツキがそう提案した。
ヨーク
「踊れるのか？」
ミツキ
「まあ、見ていれば大体分かりますよ」
ヨーク
「すげーなお前」
２人は手を取りあった。
そして、踊りだした。
ヨーク
「…………」
ヨーク
「綺麗だ」
ヨークは呟いた。
ミツキ
「えっ？」
ヨーク
「月が」
ミツキ
「そうですか」
ミツキ
「ちなみに、月が綺麗というのは、月狼族の言葉では、求婚を意味します」
ヨーク
「そうか」
ヨークは空を見上げた。
ミツキはヨークを見上げた。
ヨーク
「綺麗だな」
ミツキ
「はい。とても」
