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4の38「実弾と援護射撃」




 ヨークは不機嫌さを隠さずに、アシュトーを見た。


 勝ち誇ってやがるのか。


 バカにしに来やがったのか。


 そう思ったが、アシュトーの表情は、案外マジメだった。



ヨーク

「知ってたのかよ。こうなるってこと」


アシュトー

「当たり前だ」


アシュトー

「聖女の試練の内容は、ここ数百年、殆ど変わってねえ」


アシュトー

「知らねえやつがマヌケなのさ」


ヨーク

「……そうかよ」



 ヨークたちは、試練の内容を聞かされてはいなかった。


 公平のため、内容を明かすことはできない。


 そういうことなのだろうと思っていた。


 だがそれは、ヨークの思い違いだったらしい。


 アシュトーには、何らかの後ろ盾が有る。


 クリーンは、飛び入り参加の小娘だ。


 その違いが出た。


 そういうことなのだろう。



アシュトー

「ついでに言えば、あのレディスってババア」


アシュトー

「50年前の、第3の試練の優勝者だ」


ヨーク

「そういうことか」



 レディスは、聖女の試練に恨みを持っているようだった。


 浅からぬ恨みのようだった。


 当時何が起きたのかは、想像に難くない。



アシュトー

「お前らの勝ち筋は、第2の試練にしか無かった」



 アシュトーは、言葉を続けた。



アシュトー

「第2の試練で脱落した候補は、最終試練まで辿り着けねえ」


アシュトー

「俺とマーガリートを、潰しておくべきだったんだ」


アシュトー

「お前なら、それが出来たはずだ」


ヨーク

「…………」



 ヨークはやるせない顔で、クリーンを見た。



ヨーク

「悪い。クリーン」


ヨーク

「お前を勝たせてやれなかった」


クリーン

「いいえ」



 ヨークを見返したクリーンに、負の感情は無かった。



クリーン

「私を守ってくれて、ありがとうございます」



 彼女にとって、試練の主役は自分自身だ。


 ヨークは守護騎士の役割を、十二分に果たした。


 ならば後は、自分の問題だ。


 試練に敗れたとしても、自分がダメだったという話でしかない。


 ヨークやミツキを恨むなど、ありえない事だった。



アシュトー

「チッ」


アシュトー

「傷の舐め合いなら、勝手にやってろ」



 アシュトーは舌打ちをして、袋を手に、テーブルの方へと歩いた。


 イーバも前に出た。


 そして……。



イーバ

「私は……」


アシュトー

「俺は……」



 2人は何かを言いかけた。


 イーバの方が、口を開くのが、少しだけ早かった。



イーバ

「クリーン=ノンシルド候補を支持するわ!」



 イーバは、金貨の入った袋を、クリーンのテーブルにのせた。


 そして袋を開け、中の金貨を、テーブルに積み上げた。



アシュトー

「……………………」


アシュトー

「は?」



 アシュトーは固まって、イーバを見た。


 信じられないものを見るような目をしていた。



トリーシャ

「イーバ様!?」



 トリーシャは、驚きの声を上げた。



アシュトー

「マーガリート……何を考えてやがる?」


イーバ

「別に……」



 イーバは、クリーンの方に振り返り、彼女を指差した。



イーバ

「借りは返したわ! これで貸し借り無しだからね! クリーン=ノンシルド!」


クリーン

「ええと……」


クリーン

「私、あなたに何か貸していたのですか?」


イーバ

「えっ?」


イーバ

「…………」


イーバ

「とにかく、返したから!」


クリーン

「アッハイ」


アシュトー

「……そうか」


アシュトー

「そうかよ。だが……」



 アシュトーは、自分のテーブルに向かった。


 そして袋を開け、金貨を積み上げた。


 その金貨の量は、イーバが積み上げた金貨の量を、少し上回っていた。



アシュトー

「俺の実弾の方が、ちいと多いぜ。マーガリート」


イーバ

「っ……!」



 このままでは、イーバの加勢にも関わらず、クリーンは敗北してしまう。


 アシュトーはニヤリと笑った。


 この状況を楽しんでいるかのような笑みだった。



アシュトー

「さあ、どうしてくれるんだ?」


イーバ

「トリーシャ、追加のお金を!」



 イーバはトリーシャに指図した。


 だが……。



トリーシャ

「いけません」



 トリーシャは、イーバに背いてみせた。


 普段、トリーシャはイーバに従順だ。


 このように逆らうのは、珍しいことだった。



イーバ

「えっ?」


トリーシャ

「本日持参したお金は、イーバ様を聖女にするために、あなたのお父様から預かったもの」


トリーシャ

「イーバ様の気まぐれに用いるのであれば、これ以上をお出しするわけにはいきません」



 イーバが積み上げたカネは、子供の小遣いでは無い。


 大金だ。


 公爵家の威信のため、絞り出されたカネだ。


 それをクリーンに投資するというのは、イーバのワガママでしかない。


 トリーシャとマギーは、公爵家から、イーバの世話を命じられている。


 イーバの暴走を、許すことはできなかった。



イーバ

「けど……! このままじゃ……!」


トリーシャ

「聖女になる者は、それに相応しい力を、身に付けていなければなりません」


トリーシャ

「彼女には力が無かった。それだけのことです」


イーバ

「そんな……」




サレン

「あの、良いですか?」




 澄んだ声が聞こえた。


 サレンが手を上げていた。



サニタ

「何でしょう?」


サレン

「私も……クリーンさんを支持します」



 サレンはそう言って、テーブルの上に、少量の金貨を積み上げた。


 サレンの家は、大神官の家系だ。


 かなりの財力が有る。


 だが、サレン自身は、修行中の身だ。


 家の金を動かすことなど、許されてはいなかった。


 自分自身の、神殿騎士としての稼ぎ。


 サレンに使えるお金は、それだけだった。


 サレンはそのうちの一部を、クリーンのために積んだ。



アシュトー

「涙ぐましい友情だな」


アシュトー

「だが、まだ届かねえ」


ヨーク

「…………」


ヨーク

「あの」



 ヨークが口を開いた。



サニタ

「はい」


ヨーク

「信仰というのは……金貨で無くてはいけませんかね?」


サニタ

「いえ。信仰の重さを示すものであれば、何でも構いませんよ」


ヨーク

「それは例えば、お金以外の貴重品でも?」


サニタ

「ええ」


ヨーク

「そうですか」


クリーン

「ヨーク?」



 ヨークは、クリーンのテーブルへと歩いた。


 そして腰から、魔剣の鞘を取り外した。



ヨーク

「これはメイルブーケの魔剣です」


ヨーク

「しかるべき場所で売れば、大金貨1000枚は下らないでしょう」


ヨーク

「これを信仰の証として、積み上げても構いませんか?」


サニタ

「どうぞ」


クリーン

「それは大事な物ではないのですか!?」


ヨーク

「別に。ただの貰い物だ」


ヨーク

「どうせ冒険者は止めるつもりだったしな。丁度良い」


クリーン

「けど……」


ヨーク

「良いんだ」


ミツキ

「私に隠れて夜中にコソコソやってた魔導抜刀の練習も出来なくなるけど良いのですか?」


ヨーク

「えっ。お前、気付いて……」


ミツキ

「逆に、気付かれていないと思っていたのですか?」


ヨーク

「……………………」


ヨーク

「武器よさらば」



 ヨークは魔剣を、テーブルに置こうとした。


 そのとき。


 華奢な手が、ヨークの腕を掴んでいた。



ユリリカ

「待って」



 ヨークの腕を掴んだのは、ユリリカだった。



ヨーク

「え?」



 どうして彼女が。


 ヨークは意外そうに、ユリリカを見た。


 ユリリカは、テーブルに金貨を積み上げた。


 ユリリカの家は、それなりに金持ちらしい。


 かなりの分量が有った。



ユリリカ

「私、ユリリカ=サザーランドは、クリーン=ノンシルド候補を支持します」


ヨーク

「どうして……」


ユリリカ

「お姉ちゃんくらいの才能が有れば、お金くらいどうにでもなるのよ」


ヨーク

「俺を憎んでたんじゃないのか?」


ユリリカ

「そうね」


ユリリカ

「白蜘蛛が、いつかあなたを倒すわ」


ユリリカ

「だから、勝手に剣を捨てるなんて、私が許さないから」


ヨーク

「勝手に決めやがって」


ユリリカ

「黒蜘蛛をたおしたアナタに、拒否権なんて無いのよ」


ヨーク

「分かったよ」



 ヨークは、魔剣を腰に戻した。


 クリーンのテーブルに積まれた金貨は、アシュトーのそれを上回っていた。



ヨーク

「アシュトー」


アシュトー

「…………」


ヨーク

「どうやら俺たちが優勢だ。どうする?」


アシュトー

「……………………」



 アシュトーは大げさに、両てのひらを天井に向け、首を左右に振った。



アシュトー

「弾切れだ」


アシュトー

「俺の負けだ。メイルブーケ」


ヨーク

(違うんだが)


サニタ

「最終試練を、締め切らせていただいてよろしいですか?」


アシュトー

「ああ」


イーバ

「はい」


サレン

「異存ありません」


ユリリカ

「はい」


クリーン

「…………」



 4人の聖女候補が、神官長に答えた。


 トリーシャとマギーは、無言だった。


 彼女たちは、イーバの支持者だ。


 イーバの選択であるとしても、彼女の敗北に、うんとは言えなかった。


 だが、異議を唱えることも無かった。



サニタ

「それでは、4つの試練の結果を、総合的に精査した結果……」


サニタ

「クリーン=ノンシルド候補が、次代の聖女に相応しいと判断します」


クリーン

「あっ……」


クリーン

「ありがとうございます」



 クリーンは、ぺこりと頭を下げた。



サニタ

「新聖女には、あさってから、聖女交代の儀式を行っていただきます」


サニタ

「また、新聖女誕生の記念として、あしたの晩、パーティを開催する予定です」


サニタ

「よろしければ、皆さんご出席下さい」




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