4の35「シデルと白蜘蛛」
ヨーク
「失格者を探すのに、魔力を多く使った」
ヨーク
「せっかく作った氷狼を無駄に砕くほど、今の俺には余裕が無いんでな」
ヨーク
「何かに使えると思って、待機させてもらったわけだ」
アシュトー
「あの魔導器は……俺を油断させるためかよ……」
ヨーク
「どっちでも良かった」
ヨーク
「水牢に引っかかるような馬鹿なら、そのまま仕留めさせてもらったさ」
アシュトー
「チッ……」
アシュトー
「男のくせに……なさけねぇ悲鳴上げやがって……」
ヨーク
「正面から殴り合ってやりたかったんだがな」
ヨークは腕輪を見た。
その魔石には、少しだけヒビが入っていた。
白蜘蛛との戦いで出来たものだ。
ヨーク
「負けたら終わりだ。そうだろ?」
アシュトー
「ハッ。ちげえねぇ」
アシュトー
「……けどな」
アシュトー
「これで勝ったと思うなよ」
ヨーク
「また勝負するか?」
アシュトー
「ちげえよ。聖女の試練の話だ」
ヨーク
「ああ。まだ決勝が有るからな」
神官の1人が、アシュトーに駆け寄ってきた。
アシュトーは、負傷している。
その治癒が目的のようだった。
ヨーク
「傷、治してもらえよ」
ヨークはアシュトーに背を向けた。
アシュトー
「……決勝?」
アシュトー
「ちげぇよ」
アシュトーは、小さく呟いた。
ヨークの耳には届かなかった。
バークス
「勝者、クリーン=ノンシルドチーム!」
審判のバークスが、ヨークたちの勝利を告げた。
ヨークは勝ち判定を受けると、ミツキたちの所へ戻った。
ヨーク
「勝ち申した」
クリーン
「悲鳴を上げて逃げ始めた時は、どうなることかと思ったのです」
ミツキ
「私は心配はしていませんでしたけど……」
ミツキ
「本音を言えば、ヨークのあんな無様な姿は、見たくなかったですね」
ヨーク
「頑張った俺にこの仕打ち、ひどない?」
……。
突発的に始まった、2回戦が終わった。
試合の進行は、本来の流れに戻った。
後回しにされていた、Bブロックの試合が始まった。
第1試合は、ユリリカ対マギー。
白蜘蛛の圧倒的パワーで、ユリリカチームが勝った。
第2試合は、トリーシャ対シデル。
地味な戦いになったが、接戦の末、シデルが勝利した。
イーバの取り巻き2人が、1回戦で敗退した。
イーバ自身、クリーンに敗れ、既に敗退している。
これでイーバ一行は、全員が敗退することになった。
本来ならば、次はAブロックの第2試合だ。
だが、アシュトーの暴走により、その試合は、既に終了している。
よって次は、Bブロックの第2試合となる。
第2試合は、ブロックの最終試合でもある。
これに勝った方が、決勝に駒を進めることになる。
ユリリカは、白蜘蛛を代表に選んだ。
対して、シデルの守護騎士は、既に脱落している。
シデル本人が戦うらしかった。
試合開始のため、白蜘蛛とシデルが、広間の中央に立った。
ヨーク
「白蜘蛛が上がってくるかな」
ミツキ
「……そうでしょうか?」
クリーン
「どうしたのですか?」
ミツキ
「あのシデルという方、怪我をしています」
言われて、ヨークとクリーンは、シデルの方を見た。
シデルの手から、ポタポタと血が垂れているのが見えた。
ヨーク
「そりゃ、これだけドンパチやってりゃ怪我くらい」
ヨーク
「……待て」
ヨーク
「怪我……?」
クリーン
「えっ? 怪我が何か?」
ヨーク
「忘れたのか? 俺たちの腕には……」
何かがおかしい。
ヨークたちが、そう気付いたとき……。
シデル
「頃合ですか」
シデルは呟いた。
シデル
「血の結界よ」
クリーン
「えっ!?」
シデルの足元から、赤く光る線が走った。
線は八方に、部屋の端まで伸びた。
赤い線によって、部屋全体を囲む魔法陣らしきものが形成された。
そして赤い魔法陣は、すぐに驚異を発揮した。
白蜘蛛
「…………!」
まず、白蜘蛛が倒れた。
ユリリカ
「白蜘蛛……!? くぅ……!?」
次にユリリカが倒れ、広間に居る皆が、バタバタと倒れていった。
例外は無かった。
神官や、ヨークたちすらも、体勢を保ってはいられなかった。
ミツキ
「っ……」
クリーン
「何……が……?」
ヨークは地に伏しながら、シデルを睨んだ。
そして、スキル名を唱えた。
ヨーク
「『戦力評価』……!」
______________________________
クラス 暗黒騎士 レベル238
スキル 聖域 レベル5
サブスキル 変化 レベル9
ユニークスキル 吸血鬼
SP 108793
______________________________
ヨーク
(レベル200……!?)
シデルのレベルは、普段のヨークよりは低い。
だが、今のヨークから見れば、倍以上のレベルが有った。
彼女のステータスには、ユニークスキルという項目も有った。
だが、ヨークのスキルレベルでは、それを認識することは出来なかった。
シデル
「立てませんか。誰一人」
シデルは周囲を見回し、そして見下した。
皆が動けなかった。
シデルに立ち向かってくる者は、1人も居なかった。
シデル
「あまりにも脆い」
バークス
「なんのつもりですか……!」
バークス
「こんなことをして、ただで済むと……」
シデル
「済みますよ」
シデル
「皆様は今日、この場でお亡くなりになられるのですから」
バークス
「は……?」
バークス
「何を……言って……」
突然の死刑宣告に、バークスはあぜんとした。
シデルはそれを見下ろしたまま、淡々と言葉を続けた。
シデル
「金と権力に目が眩んだ神官。力も教養も無い、出来損ないの聖女候補」
シデル
「全て、必要が有りません」
シデル
「腐敗しきった、偽りの聖女の試練を、この場で断罪します」
シデル
「はしたない言葉を使うのであれば、皆殺しにさせていただくということです」
バークス
「そんな……」
バークス
「どうしてこんなことを……」
シデル
「分かりませんか?」
シデル
「……これでも?」
シデルは、自身の顔を撫でた。
すると瞬く間に、彼女の容姿が変貌した。
バークスの動揺が増した。
彼女の顔が、バークスにとって、見覚えの有るものだったからだ。
バークス
「レディスさん……!?」
シデル/レディス
「その通り」
レディス
「ようやく理解していただけましたか?」
シデルの顔は、クリーンの教育係だったレディスのものに、変化していた。
ただし、その外見年齢は、クリーンが知るレディスとは異なっていた。
バークス
「けど……その若さは……?」
教育係のレディスは、老女だったはずだ。
今、彼女の肌は、みずみずしくも美しかった。
若き女の美貌が、そこには有った。
ヨーク
(だいぶ、化粧に気合を入れてきたらしいな)
ヨークは地面に倒れたまま、ミツキに声をかけた。
ヨーク
「ミツキ、動けるか?」
ミツキ
「多少は。戦闘出来るほどでは無いですが」
完全にダウンしたヨークに対し、ミツキの体には、多少の自由が有るようだった。
ヨークは後衛クラスで、ミツキは前衛クラスだ。
身体能力の差が、2人の状況に、差異を与えているようだった。
ヨーク
「こっちは指一本動かせねえ」
ミツキ
「人をゴリラみたいに言うの、止めてもらえます?」
ヨーク
「言ってねえ」
ヨーク
「『収納』スキルは使えるか?」
ミツキ
「……はい」
ヨーク
「よし」
ヨーク
「魔弾銃を出せ」
……。
ヨークとミツキのやり取りと平行し、レディスはバークスに語りかけていた。
レディス
「50年前……」
レディス
「聖女の試練で敗れた私は、ヤケになって、迷宮へと潜りました」
レディス
「死地を求め、ひたすらに深く、深くへ」
レディス
「肌を裂かれ、骨を砕かれ、目を潰され」
レディス
「望んでいたはずの死を目前にして、私は強烈に生を求めました」
レディス
「そして、目覚めたのです。新たなる力、ユニークスキルに」
レディス
「私のスキルは血を操り、そして血を奪う技」
レディス
「血とは命」
レディス
「私のスキルは、人から命を奪うものなのですよ」
バークス
「若さの理由は分かりました。ですが……」
バークス
「この蛮行の理由は、聖女の試練に敗れたから?」
バークス
「あなたは逆恨みで、ここに居る皆を、殺そうと言うのですか」
レディス
「逆恨み……?」
レディスはバークスに歩み寄った。
そして、彼の手の平を踏みつけた。
バークス
「ぐ……!」
レディス
「そうですか。そうですか。逆恨みですか」
レディス
「私の守護騎士だったあなたが言うのであれば、きっとそうなのでしょうね?」
レディス
「死ね」
バークス
「ぎゃっ!」
レディスは、バークスの手を踏み潰した。
皮膚は裂け、骨は砕け、血管は破れた。
バークスの手から、どくどくと血が流れていった。
バークス
「があぁぁ……!」
ユリリカ
「ヒッ……!」
近くで倒れていたユリリカが、短い悲鳴を上げた。
レディスの視線が、ユリリカへと移った。
レディスは次に、白蜘蛛を見た。
白蜘蛛
「…………」
彼女も、ユリリカと同様に、地面に倒れ伏していた。
レディス
「そういえば……あなたがたが、私の対戦相手でしたね」
レディス
「手始めに、あなたがたから、血祭りに上げてさしあげましょう」
レディスは、右手を天井へと向けた。
彼女の手のひらから、血液が放たれた。
血液は凝固し、真紅の槍を形成した。
白蜘蛛
「…………」
槍を持ったレディスが、倒れた白蜘蛛の前に立った。
ユリリカ
「っ……! リミッター解除!」
ユリリカは、とっさにそう叫んだ。
すると、白蜘蛛の甲冑の隙間から、赤い光が漏れ出した。
血よりも鮮やかな赤と共に、白蜘蛛は立ち上がった。
そして、ユリリカとレディスの間に立った。
白蜘蛛
「…………」
レディス
「ほう……。立ちましたか」
レディス
「ですが」
レディスは槍をふるった。
白蜘蛛は、それを防ぐことが出来なかった。
白蜘蛛
「…………」
ユリリカ
「白蜘蛛っ!」
槍で殴られた白蜘蛛は、吹き飛ばされ、地面に転がった。
レディス
「ここは私の結界の中」
レディス
「ただ立てるというだけでは、勝負にはなりませんね」




