4の33「クリーンVSイーバ」
ヨーク
「待ってくれ」
ヨークが口を開いた。
バークス
「何か?」
ヨーク
「まだ到着してない連中が居るみたいだが、どうするんだ?」
広間には、8人の聖女候補の姿が有る。
無事に試練をクリアした、合格者たちだ。
ユリリカと戦った候補たちは、神官によって、どこかへ連れられていった。
最初にアシュトーに敗れた候補は、そのまま神殿に帰っただろう。
ヨークが行方を把握していない候補は、残り5組となる。
彼女たちとその守護騎士は、迷宮に残されている可能性が高い。
これ以上迷宮で戦っても、身を危険に晒すだけだ。
ヨークは、彼女たちを心配していた。
バークス
「特には」
バークス
「各々の力量で、無事にここまで辿り着くことを、祈っていますよ」
ヨーク
「……そうか」
大神殿は、失格者たちを見捨てるつもりだ。
それを知ったヨークは、魔剣を構えた。
ヨーク
「氷狼、百連」
ヨークの周囲に、氷狼の群れが出現した。
全部で100体。
攻撃的な光景だった。
周囲の騎士たちが、思わず身構えた。
ヨーク
「……ふぅ」
今のヨークには、100体もの氷狼を出現させるのは、重労働だった。
ヨークの額に、汗が滲んでいた。
バークス
「何のつもりですか?」
ヨーク
「失格になった候補を、ちょっと拾ってくる」
ヨーク
「ミツキ。代わりに説明を聞いといてくれ」
ミツキ
「はい」
ヨーク
「クリーン。聖域を広げてくれ。頼む」
クリーン
「はい」
今のヨークは、普段ほど強くはない。
自力で失格者を救助するのは、骨が折れるはずだった。
だから、クリーンに助力を頼んだ。
クリーンは、意識して聖域を広げた。
その範囲は、みるみると広がっていった。
ヨーク
「すぐ戻る」
そう言って、ヨークは氷狼に飛び乗った。
サレン
「あっ、私も……」
正義感の強いサレンが、協力を申し出た。
救える命は救うべきだ。
サレンもそう考えていた。
彼女は善良な少女だった。
そんなサレンを、ニトロが止めた。
ニトロ
「彼に任せておきなさい」
サレン
「……はい」
自分のレベルは、ヨークには及ばない。
ついていっても、邪魔になるだけかもしれない。
サレンはそう思い、ニトロの言葉を受け入れた。
ヨークは狼たちと一緒に、階段を駆け降りていった。
サレン
「お父様。ヨークさんは立派なお方ですね」
ニトロ
「うん。……ただ、心配だね」
サレン
「えっ?」
アシュトー
「阿呆が」
アシュトーは、つまらなそうに呟いた。
アシュトー
「魔力の使いすぎだ」
ユリリカ
「どうして……?」
ユリリカは、不思議そうに首をかしげていた。
ユリリカ
「臆病な偽物のはずなのに……」
ユリリカ
「ヒ……ヒホホッ……?」
白蜘蛛
「…………」
バークス
「こほん」
バークスは、わざとらしい咳をした。
騒がしくなっていた広間に、静けさが戻ってきた。
バークス
「第3の試練の説明を、させていただいてよろしいですか?」
ニトロ
「どうぞ。うるさくしてしまって、申し訳有りません」
バークス
「いえ。では、続けさせていただきます」
バークス
「第3の試練は……」
バークス
「直接対決です」
クリーン
「…………!」
バークス
「それぞれのチームから、1人代表を選び、トーナメント形式で戦っていただきます」
バークス
「チームの中で、誰が代表になっても構いません」
バークス
「ですが、第2の試練で失格となっていない方に、限らせて頂きます」
バークス
「勝ち進んだ場合、別の方に代表を変更することも可能です」
バークス
「勝敗に関してですが、第2の試練で使用した腕輪を、継続してお使いいただくことになります」
バークス
「そして、1つ目の魔石が砕けた時点で、決着とします」
バークス
「道具に関しましては、魔導器、ポーション、何でも好きに使っていただいて構いません」
バークス
「何か質問はございますか?」
バークスは、聖女候補たちを見回した。
質問は、無かった。
参加者たちは、真剣な顔で、バークスの方を見ていた。
ユリリカ
「ヒヒヒ……」
……笑っている者も居たが。
バークス
「それでは、くじを引いていただきましょう」
『収納』スキルを持つ神官が、机を出現させた。
そして、机の上に、小箱を出現させた。
腕輪が入っていた箱よりも、二回りは小さい。
上部には、丸い穴が開いている。
素材は薄い金属のようだ。
その箱に、くじが入っているらしい。
バークス
「聖女候補の方々は、机の前に並んでください」
言われた通りに、聖女候補たちは、列を作った。
第2の試練の前より、聖女候補は数を減らしている。
そして、腕輪を配ったときとは違い、守護騎士は、列に並ぶ必要は無い。
聖女候補の多くは、華奢な少女だ。
出来たのは、可愛らしい列だった。
くじを引くという行為も、腕輪の装着に比べれば、時間を取らない。
聖女候補たちは、すぐにくじを引き終わった。
くじを神官が確認し、対戦の組み合わせが決まった。
組み合わせは、以下のようになった。
Aブロック
第1試合 クリーン VS イーバ
第2試合 サレン VS アシュトー
Bブロック
第1試合 ユリリカ VS マギー
第2試合 トリーシャ VS シデル
トーナメント表が完成した頃に、ヨークが戻ってきた。
ヨーク
「ただいま」
ヨークは、10頭ほどの氷狼を伴っていた。
氷狼の背に、聖女候補や神殿騎士たちが乗っていた。
元気な者も居れば、負傷している者も居た。
神官たちが、負傷者の所へ駆け寄っていった。
「うぅ……お尻つめたい……」
聖女候補の1人が、ぶるりと震えた。
ニトロ
「もうついたのか。はやい」
ニトロがそう言ったのを見て、ヨークはニトロに声をかけた。
ヨーク
「何人かは……間に合いませんでした」
ヨークは迷宮で、無惨な死体を目撃していた。
それを思い出したのか、ヨークの表情が、少し陰った。
ニトロ
「それは君のせいじゃないよ」
ヨーク
「……はい」
ヨークは、自分の頬を、ぴしゃりと叩いた。
ヨーク
「っし」
ヨークはフーと息を吐き、首をゴキゴキと鳴らした。
そうして気持ちを切り替えると、ミツキたちの前に立った。
ヨーク
「ルール説明終わった?」
ミツキ
「はい。普通に戦うみたいですよ。トーナメントです」
ヨーク
「ややこしく無いやつで良かった。相手は?」
クリーン
「あのイバちゃんですよ」
ヨーク
「あのイバちゃんですか」
ミツキ
「少し、トーナメントが偏ったように思われますね」
ヨーク
「細工でもされたか?」
ミツキ
「いえ。逆に公正な気もしますけど」
ヨーク
「ふ~ん?」
ヨークたちが雑談をしていると、バークスが口を開いた。
バークス
「それでは、Aブロック第1試合を始めさせていただきます」
バークス
「チームの代表者は、広間の中央へ移動して下さい」
ミツキ
「出番ですね」
ヨーク
「しょっぱなか」
ヨーク
「ミツキ。代表者って?」
ミツキ
「3人の中から、戦う選手を……」
クリーン
「私なのです」
クリーン
「私が行くのです。行かせて欲しいのです」
イーバは因縁の相手だ。
どうしても、自分で決着をつけたいのだろう。
クリーンは、やる気に満ちた顔を、ヨークたちに向けた。
ミツキ
「ですが、今のあなたは……」
腕輪の影響で、今のクリーンは、レベル1だ。
戦うには向いていないのではないか。
ミツキはそう考えた。
ヨーク
「行かせてやれ」
ミツキ
「ヨーク?」
ヨーク
「こいつはお前の喧嘩だ。そうだろ?」
クリーン
「ありがとうございます」
クリーンはそう言うと、イーバの方を見た。
それに気付き、イーバも視線を返してきた。
クリーンは、イーバに人差し指を向けた。
クリーン
「私と勝負するのです!」
イーバ
「良いわ」
2人は、広間の中央まで歩いた。
そして向かい合った。
イーバ
「人族と魔族。格の違いというものを、教え込んであげる」
クリーン
「負けないのです」
クリーン
「……頑張れ私!」
ニトロ
「少年は出ないのか」
サレン
「クリーンさんなら、大丈夫ですよ」
サレン
「強いです。彼女は」
バークス
「試合開始」
バークスが、試合の開始を告げた。
この戦いに、細かいルールは無い。
眼前の相手を、ただ倒せば良い。
それだけだった。
イーバ
「ふふっ」
イーバは余裕の有る表情で、剣を構えた。
イーバ
「あっさり勝ってしまっては、つまらないわね」
イーバ
「特別に1発だけへぐっ!?」
イーバの腹に、強烈な蹴りが、突き刺さっていた。
イーバの体が、回転しながら宙を舞った。
そして、そのままの勢いで墜落し、地面を転がっていった。
マギー
「えっ!?」
トリーシャ
「イーバ様!?」
イーバ
「あう……」
イーバは体を起こした。
少し目が回っていたが、無傷だった。
だが……。
腕輪の魔石が1つ、粉々に砕け散った。
イーバ
「あっ……」
バークス
「勝者、クリーン=ノンシルド」
バークスが、クリーンの勝利を告げた。
イーバ
「えっ? えっ?」
クリーン
「あなたの負け。私の勝ちなのです」
イーバ
「負け……?」
イーバ
「う……」
イーバ
「ううううぅぅぅぅぅ」
イーバは泣き出した。
その涙は、クリーンにとって、予想外のものだった。
クリーン
「えっ? 大丈夫なのですか?」
クリーンは、少しうろたえながら、イーバに話しかけた。
イーバ
「お前が……お前なんか……魔族なんか……」
イーバは涙を流しながら、クリーンを睨みつけた。
クリーン
「…………」
敵意のこもった視線を受けても、クリーンはイーバから、目を逸らさなかった。
クリーン
「私は人なのです」
クリーン
「けど魔族にだって、凄い奴は居るのですよ」
クリーン
「私はこの王都に来て、それを知ったのです」
クリーン
「人を上っ面だけで判断して、油断するような人には、負けないのですよ」
クリーン
「優勝します」
クリーンは、イーバに背を向けた。
入れ替わりで、トリーシャとマギーが、イーバに駆け寄った。
イーバ
「う……ひぐっ……」
トリーシャ
「イーバ様……」
トリーシャ
「だいじょうぶ……」
トリーシャはイーバを抱きしめ、その背中をさすった。
トリーシャ
「だいじょうぶですから……」
……。
クリーンは、ヨークたちのところへ戻った。
ミツキ
「お疲れ様でした」
ヨーク
「よくやったな」
試合を終えたクリーンを、ミツキとヨークがねぎらった。
クリーン
「まだまだこれからなのです。油断しないで欲しいのです」
ヨーク
「ま、そうだな」
バークス
「Aブロック、第2試合の代表者は、中央へ集合して下さい」
バークスの声を受け、サレンとアシュトーが、広間の中央に向かった。
サレンと向き合うと、アシュトーは、嘲るような笑みを浮かべた。
アシュトー
「へぇ? 来たのか」
サレン
「何でしょう?」
アシュトー
「あれだけボコボコにされたんだ」
アシュトー
「パパの背中にでも、隠れてるかと思ったぜ」
サレン
「まさか」
サレン
「お父様に比べれば、あなたなど、微塵も恐ろしくはありません」
アシュトー
「その度胸だけは認めてやるよ」
サレン
「どうも」
アシュトーは大剣を、サレンは長剣を構えた。
バークス
「試合開始」
バークスが、試合の開始を告げた。
戦いが始まった。
アシュトー
「行くぜオラァ!」
先に動いたのは、アシュトーの方だった。
サレン
「っ!」
重い1撃だ。
まともに受けるとまずい。
サレンはアシュトーの剣を、巧みに回避した。
アシュトーの剣が、地面を叩いた。
アシュトーにとって、分が悪い形になった。
とはいえ、致命的な隙というほどでも無い。
サレンは攻めに焦ることなく、冷静にアシュトーを観察した。
以前と違い、サレンは揺らがなかった。




