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4の27「第2の試練とその初動」




コーゼン

「……何でしょう?」


ミツキ

「この腕輪についてお話をしたいのですが」


コーゼン

「何もおかしくは無いですね」


ミツキ

「え……?」



 その神官、コーゼンは、ミツキの手首を掴んだ。


 そして、腕輪に顔を近付けて、言った。



コーゼン

「実に正しく、問題無く動作している」


コーゼン

「他の騎士や神官も、そう言うに違いありません」


ミツキ

「…………」



 ミツキは、コーゼンの手を振り払った。



ミツキ

「良いから、替えの腕輪を用意しなさい」


コーゼン

「予備の腕輪は、保管庫に厳重にしまわれています」


コーゼン

「正当な根拠も無しに、保管庫を開けることは出来ませんね」


ミツキ

「それで済むと思っているのですか?」


ミツキ

「腕輪を調べたら、あなたのしたことなど……」


コーゼン

「調べる? 腕輪を?」


コーゼン

「この迷宮に、魔導技師など居ませんよ。どうやって調べるおつもりですか?」


ミツキ

「戻って調べれば、済むことです」


コーゼン

「もうすぐ試練が始まるというのに?」


コーゼン

「大神殿は、あなた方1組のために、試練を遅らせるつもりなど無い」


コーゼン

「技師を手配している時間など、ありません」


コーゼン

「ゴネて問題を起こせば、あなた方は失格となります」


コーゼン

「埋め合わせなど、期待しないことです」


コーゼン

「大神殿は、あの赤い肌の女に、関心など抱いていないのですから」



 コーゼンは、まったく悪びれた様子を見せなかった。


 あまりにも堂々としている。


 糾弾するミツキの方が、困惑させられるほどだった。


 なんとかして、切り崩したい。


 ミツキはそう思い、言葉を継いだ。



ミツキ

「……不正が判明すれば、あなたも裁かれる。そうでしょう?」


コーゼン

「構いませんよ」


コーゼン

「上手く言い逃れれば、微罪で済むでしょう」


コーゼン

「それに見合うだけの報酬は、既に受け取っています」


コーゼン

「どちらにせよ、私の勝ちで、あなた方の負けです」


ミツキ

「…………!」


コーゼン

「さあ、どうします?」


コーゼン

「失格と引き換えに、私を道連れにでもしてみますか?」


ミツキ

「……………………」



 ミツキは言葉に詰まった。


 ここは、神官たちの舞台だ。


 ミツキは部外者だ。


 神官の言葉の真偽を、見極めることすら難しい。


 コーゼンを即座に言いくるめるだけの知識が、彼女には足りていなかった。



コーゼン

「話が無いのであれば、これで失礼させていただきますよ」


コーゼン

「ふふっ」



 コーゼンは、嫌味な笑みを浮かべた。


 そして、ミツキから離れていった。


 ミツキには、彼を呼び止めることが、できなかった。


 ミツキはとぼとぼと、ヨークの所へ戻った。



ミツキ

「……………………」



 がっくりした様子のミツキを、ヨークは抱きしめた。



ヨーク

「お疲れ」


ミツキ

「何も出来ませんでした……」


ヨーク

「罠なんだな? これは」


ミツキ

「はい。ですが……」


ミツキ

「騒ぎ立てるようなら……私たちは失格になると……」


ミツキ

「あの男を追い詰めることが……出来ませんでした……」


ヨーク

「そうか」


ミツキ

「……ニトロさんに相談してみましょうか?」


ヨーク

「それで行けると思うか?」


ミツキ

「……いえ」



 クリーンを候補に選んだのは、ニトロだ。


 それくらい、コーゼンも知っているはずだ。


 その状況で、こうも堂々と仕掛けてきた。


 ニトロが介入してきても、問題は無いと考えているのだろう。


 ミツキには、そのように思われた。



ヨーク

「そうか」


ヨーク

「まあ、これはこれで面白そうだ」


ミツキ

「このまま試練を受けるつもりですか?」


ヨーク

「これで勝ち抜いたら、汚い罠を考えた連中が、ビックリするだろ?」


ヨーク

「それに、俺1人だったら、これが罠だってことにも気付かなかったしな」


ヨーク

「普通に何事も無かったかのように、試練を受けてたと思うぞ」


ミツキ

「それはお人好しが過ぎますね」


ヨーク

「うるせ」


クリーン

「どどどどうするのです? 私、レベル1なのですけど?」


ヨーク

「俺とミツキで守るしかねえだろ」



 ヨークはそう言うと、魔剣を抜刀した。


 そして、呪文を唱えた。



ヨーク

「氷狼、2連」



 ヨークの眼前に、2体の狼が出現した。


 ヨークは狼を、走り回らせた。



ヨーク

「やっぱ、いつもより動きが鈍いな……」



 レベルが落ちれば、魔術の力も落ちる。


 氷狼の動きのキレが、いつもより悪くなっていた。



ヨーク

「杖無しと同じくらいか」


ヨーク

「とにかく、こいつで俺とクリーンを守る」


ミツキ

「私は?」


ヨーク

「前衛だろ」


ミツキ

「そうですけど?」


ヨーク

「氷狼」



 ヨークは、再び呪文を唱えた。


 3体目の狼が、出現した。


 狼は、ミツキの周囲を駆け回った。



ミツキ

「ありがとうございます。がんばります」


ヨーク

「おう」




「おいあの狼、呪文だよな?」


「そりゃそうだろ?」


「なんか生き物っぽく無いか?」


「言われてみれば……っていうか、あれ、魔剣だよな?」


「メイルブーケか。道理で……」



 神殿騎士たちの会話が、ヨークたちの耳に届いた。



ヨーク

(メイルブーケじゃないんだが……)



 ヨークは内心でそう考えた。


 だが、わざわざ訂正するのも面倒で、何も言わなかった。



バークス

「皆さん」



 大神官のバークスが、口を開いた。


 その場に居たみんなが、バークスの方へと意識を向けた。



バークス

「ただいまをもって、第2の試練を開始とさせていただきます」


バークス

「それでは、10層でお会いしましょう」



 バークスはそう言うと、広間を出て行った。



ヨーク

「始まった……みたいだな」


ミツキ

「ヨーク。急ぎましょう」


ヨーク

「ん? ああ」


ミツキ

「早く」


ヨーク

「分かった。クリーンを頼む」


ミツキ

「はい」



 ヨークが氷狼に飛び乗った、そのとき……。



アシュトー

「オラアッ!」


サチホ

「えっ!?」


サチホ

「きゃあっ!」



 アシュトーの大剣が、聖女候補サチホの体を、吹き飛ばしていた。


 サチホの体が、地面に転がった。


 サチホの守護騎士たちが、慌てて彼女に駆け寄った。



サチホ

「う……」



 倒れたサチホが、上体を起こした。


 そのとき……。



サチホ

「あっ……」



 ぱりん。


 サチホの腕輪の魔石が、1つ砕けた。


 腕輪には、魔石があと2つ有る。


 だがそれらは、身を守るための予備だ。


 1つ石が砕けた時点で、サチホの失格は確定した。


 彼女の試練は、ここで終わりだった。



アシュトー

「これで1組脱落だ」


サチホ

「そんな……」



 あっけない幕切れだった。


 サチホはがっくりと、肩を落とした。



アシュトー

「次ィ!」



 1人を失格にしても、アシュトーは満足しなかったらしい。


 次の獲物を求め、彼女は動いた。



マギー

「っ……!」



 アシュトーは、マギーに襲い掛かろうとした。


 マギーには、戦闘の準備が出来てはいなかった。


 アシュトーの剣が、無防備なマギーに向かった。


 金属同士が、ぶつかり合う音がした。



サレン

「…………」



 アシュトーの大剣を、サレンの長剣が、受け止めていた。


 サレンはアシュトーを睨みつけた。



サレン

「何のつもりですか!?」


アシュトー

「ルールを聞いてなかったのかよ?」


アシュトー

「第3の試練は、無事に10層に辿り着いたパーティだけで行う」


アシュトー

「つまり……」


アシュトー

「この場で全員ブチのめしたら、俺が聖女ってことだ」


サレン

「乱暴な……!」


アシュトー

「俺が乱暴? テメェは軟弱だなァ!」



 アシュトーは剣の標的を、マギーからサレンへと切り替えた。


 アシュトーは、いったんサレンから距離を取り、そして襲いかかった。


 サレンは自身の長剣で、アシュトーの攻撃を受けた。


 だが、アシュトーの剣は重い。


 平均的な聖女候補のパワーを、遥かに超えていた。


 圧倒的なパワーは、小手先の技巧を押し流す。



サレン

「っ……!」



 アシュトーの剣戟に、サレンは押されていった。


 反撃を許されず、防御に徹することしか出来なかった。



ミツキ

「助けますか?」



 事態を傍観していたミツキが、ヨークに尋ねた。



ヨーク

「いや」


クリーン

「見捨てるというのですか?」


ヨーク

「タイマンだろ。あれは」


ヨーク

「完全な実力勝負。卑怯なことは、何もしてねえ」



 ヨークは、村の悪ガキだ。


 喧嘩という行為自体を、悪だとは思っていない。


 それに水を差す方が、野暮だと考えていた。



クリーン

「そうですけど……」



サレン

「くっ……!」



 サレンの体勢が、大きく崩れた。



アシュトー

「貰ったァ!」



 必勝を確信し、アシュトーは縦振りをはなった。


 だが……。


 アシュトーの剣は、第3者によって、受け止められていた。



アシュトー

「あァ……?」


サレン

「お父様……!」


ニトロ

「悪いけど……」


ニトロ

「可愛いサレンを傷つけさせるわけには、いかないんでね」



 割って入ったのは、サレンの父であるニトロだった。



サレン

「かわ……!?」



 ニトロの言葉を受けて、サレンの頬が赤く染まった。



アシュトー

「なんだァ? てめェ……」



 必勝の機会を、ふいにされた。


 アシュトーは怒りを隠さず、ニトロを睨みつけた。


 アシュトーの怒気を受けても、ニトロの表情は涼やかだった。


 彼は堂々と、自身の名を告げた。



ニトロ

「ニトロ=バウツマー」


ニトロ

「サレン=バウツマーの守護騎士さ」



「えっ? そうだったの?」


「あの人、なんで居るんだろって思ってたんだよな」


「会場を警備してたんじゃ無かったのかよ」


「親バカすぎへん?」


「親バカニトロ様推せる……」



 まさか、大神官が試練に参加していたとは。


 しかも、娘の守護騎士をしているとは。


 過保護ではないのか。


 予想外の事実に、神殿騎士たちがざわめいた。



ニトロ

「…………」



 さすがに少し、ニトロは居心地悪そうな様子を見せた。



アシュトー

「言われてんぞ」


ニトロ

「……家庭に無関心よりは良くない?」


アシュトー

「知るかよっ!」



 アシュトーは、ニトロに斬りかかった。


 ニトロは巧みな剣技で、アシュトーの剣をさばいてみせた。


 何合か切り結んで、アシュトーは剣を止めた。


 ニトロは神殿騎士団のトップだ。


 その技量は、並の神殿騎士とは比較にならない。


 そんな彼を、この場でしとめるのは、簡単では無い。


 そう考えたようだ。



アシュトー

「チッ……!」


アシュトー

「作戦変更だ! 行くぞ!」



 アシュトーは、守護騎士に声をかけ、走りだした。


 守護騎士が2人、アシュトーの後を追った。


 3人の姿が、広間から消えた。



ニトロ

「ふぅ……」


ニトロ

「なんとか引き下がってくれたか」



 ニトロは長剣を、鞘に収めた。


 そして、サレンへと向き直った。



ニトロ

「大丈夫かい? サレン」





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