４の２５「まったりとまっさーじ」
入室してきた候補の中には、クリーンの姿も有った。
クリーンは、部屋をキョロキョロと見回した。
ヨークたちを探しているようだ。
ヨークはそれに気付いていたが、あえて呼ぶこともせず、のんびりと見守った。
クリーン
「あっ」
クリーンは、すぐにヨークたちに気付いたらしい。
聖女教育で仕込まれた、おしとやかな歩き方で、近付いてきた。
クリーン
「ヨーク。モフミちゃん」
ミツキ
「お疲れ様です」
ヨーク
「ふぃ～～～～～～～～」
ヨークはミツキに肩を揉まれ、最高にくつろいでいた。
至福の時だった。
クリーン
「ちょっと！ 人が頑張ってる間に何してるのですか！？」
ヨーク
「スペシャルマッサージだが、何か？」
クリーン
「スペシャル？」
ヨーク
「うむ」
クリーン
「ずるいのです！ 私も！」
ヨーク
「ムリダナ」
クリーン
「どうしてですか？」
ヨーク
「券を持たぬ者には……」
ヨークがクリーンに、券マウントを取ろうとしたそのとき……。
ミツキ
「構いませんよ」
ミツキがそう言った。
ヨーク
「えっ？」
スペシャルマッサージは、選ばれし者だけの特権ではなかったのか。
そう思い、ヨークは間の抜けた声を出した。
ミツキ
「相手が女性の方なら、浮気にもならないと思いますし」
ヨーク
「券のプレミア感が減ったんだが？」
ミツキ
「頑張ったんですから、労ってあげましょうよ」
ヨーク
「ふむ」
ヨーク
「俺が労ってやろうか？」
ヨークはそう言って、両手をわきわきと動かした。
クリーン
「えっ嫌です」
ヨーク
「恐れるな」
クリーン
「べつに、怖がっては無いですけど」
ヨーク
「よろしい。そこに座りなさい」
クリーン
「えっ？ 確定なのです？」
ヨーク
「うむ」
クリーン
「ちゃんとスペシャルなのでしょうね？」
ヨーク
「任せよ。そして受け入れよ」
クリーン
「……はぁ」
クリーンは、椅子に座った。
ヨークは椅子から立ち、クリーンの背後に立った。
そして、クリーンの肩を揉みはじめた。
クリーン
「んんっ……」
ヨーク
「どうだ？」
クリーン
「温かい……」
ヨーク
「テクニック関係ねーな」
ミツキ
「筆記試験の方は、いかがでしたか？」
クリーン
「いちおう解答欄は、ぜんぶ埋めましたけど……」
ミツキ
「答えられないような、難しい問題は無かったのですね」
クリーン
「そうですね」
クリーン
「レディスさんに、教わったことばかりだったのです」
ヨーク
「結果はいつ出るんだ？」
クリーン
「採点には、１時間くらいかかるみたいです」
ヨーク
「……じれったいな」
クリーン
「あなたが受けたわけではないのに」
ヨーク
「このまま何もせず帰ったら、アホみたいじゃん？」
ヨークたちは、守護騎士としてここに居る。
聖女候補を守るため、戦うのが仕事だ。
一応これまでに、レベリングの手伝いなどはした。
だが、守護騎士の見せ場といえば、聖女の試練のはずだ。
その舞台に上がる前に、退場したくは無い。
ヨークはそう考えていた。
クリーン
「ふふっ。ねえ、ヨーク」
ヨーク
「ん？」
クリーン
「マッサージ、下手なのですね」
ヨーク
「えっ」
……。
１時間ほどが経過した。
控え室に、神官が入ってきた。
そして、こう言った。
「第１の試練の結果が出ました」
「みなさん、広間に集合して下さい」
候補たちと守護騎士みんなで、広間に移動した。
移動が終わって少しすると、サニタが入室してきた。
サニタは、講演台のところに立った。
そして、口を開いた。
サニタ
「聖女候補の皆さん、第１の試練、お疲れ様でした」
サニタ
「それでは今から、試練の合否を、発表させていただきます」
神官の１人が、サニタに歩み寄った。
そして、サニタに紙を手渡した。
サニタは、顔より少し低い位置まで、その紙を持ち上げた。
サニタ
「私に名前を読み上げられた方が、第１の試練通過ということになります」
サニタ
「名前を読み上げられなかった方は、残念ながら、不合格となります」
サニタ
「それでは、読み上げさせていただきます」
サニタ
「イーバ＝マーガリートさん」
サニタは最初に、イーバの名前を読み上げた。
ミツキ
（名前の読み上げ順にも、序列のようなものが有るのでしょうかね）
ミツキは内心で、そう考えた。
イーバは公爵令嬢だ。
候補たちの中で、１番格が高いと言える。
彼女が最初に呼ばれたのが、偶然だとは思えなかった。
イーバ
「ふふっ。当然ね」
イーバは、自信に満ちた笑みを浮かべた。
ヨーク
（あいつ、残ったのか……）
ヨーク
（まあ、次の試練でぶっ倒すだけだ）
ヨークはミツキのようには考えず、ただ闘志をみなぎらせていた。
ヨーク
（……次も筆記じゃ無けりゃだが）
サニタ
「アシュトー＝ブラッドロードさん」
ヨーク
「ブラッドロード？」
ミツキ
「王都だと良くある名字みたいですよ」
ヨーク
「そうなのか」
それからも、合格者の名前が、読み上げられていった。
自分の名を聞いたものたちは、緊張を緩め、安堵や喜びの表情を浮かべた。
守護騎士の中には、聖女候補を褒め称える者も居た。
サニタ
「サレン＝バウツマーさん」
サレンの名前も読み上げられた。
クリーンの名は、まだ読み上げられてはいない。
ヨーク
（まだか……？ クリーンの名前は……）
ヨーク
（まさか……こんな所で……？）
失格になってしまうのだろうか。
嫌な予感に、ヨークはぎゅっと拳を握りしめた。
サニタ
「…………」
サニタ
「クリーン＝ノンシルドさん」
ヨーク
「……ふぅ」
ヨークは、深く息を吐いた。
クリーン
「やったのです！」
クリーンの声が、広間に響いた。
皆が無言だったわけではない。
小声で話す者たちは居た。
だが、それらと比べても、クリーンの声は大きかった。
サニタ
「ごほん」
一拍遅れて、クリーンは自身の失策に気付いた。
クリーン
「あっ……」
彼女は調子が悪そうに、俯いた。
ヨーク
「はしゃぐなよ。通過点だろ？」
ヨークはクリーンの頭を、ぽんぽんと叩いた、
クリーンは、ヨークの手を払いのけた。
クリーン
「分かってるのです」
合計で、１６人の聖女候補の名前が、読み上げられた。
サニタ
「以上１６名が、第１の試練の通過者となります」
「えっ」
誰かが呻いた。
「そんな……」
「うぅ……」
膝をつく者や、すすり泣きを始める者も居た。
それだけ聖女の試練に賭けていたのだろう。
ヨーク
（大変だな……）
他人事ながら、ヨークは彼女たちに同情した。
チコ
「お待ちください！」
聖女候補の１人、チコという少女が、講演台に駆け寄った。
サニタ
「何か？」
チコ
「私が落ちたなどと、何かの間違いです！」
チコ
「どうかもう１度、厳正な審判を！」
サニタ
「あなたは……」
サニタ
「神に仕える大神殿が、過ちを犯したと」
サニタ
「そう……言いたいわけですか？」
サニタはチコを睨みつけた。
チコ
「……っ」
サニタ
「あなた、お名前は？」
チコ
「ヒィッ！」
サニタは、大神殿の最高責任者だ。
そこいらの神官とは、格が違う。
並の聖女候補が、逆らえる相手では無かった。
チコは恐れおののき、床に這いつくばった。
チコ
「私が間違っておりました……！」
チコ
「どうか……どうかお許しを……！」
サニタ
「分かっていただけたようで、なによりです」
サニタ
「ですが、少々お疲れのご様子」
サニタ
「彼女を運んでさしあげなさい」
チコの守護をしていた神殿騎士が、彼女の腕を掴んだ。
チコ
「っ……！ どうか御慈悲を……！」
サニタ
「怖がることはありません。少し医務室で休んだ方が良い」
サニタ
「そう言っているだけです」
チコ
「お許しを……！ お許しをおおおおぉぉぉっ！」
チコは神殿騎士に連れられて、広間から退出していった。
ヨーク
「テンション高いな……」
ミツキ
「…………」
ミツキ
「そうですね」
サニタ
「さて、他に裁定に異議が有る方は、いらっしゃいますか？」
異議を唱える者は、皆無だった。
広間には、沈黙だけが有った。
サニタ
「よろしい」
サニタ
「それでは、バークス大神官」
広間の一角に控えていた神官が、講演台に向かった。
サニタは講演台から離れ、広間から退室していった。
大神官のバークスが、講演台に立ち、口を開いた。
バークス
「多忙な神官長に代わり、第２の試練を取り仕切らせていただく、バークスです」
バークス
「以後、お見知りおきを」
バークス
「それでは、試練を受けられる方は、私の後についてきて下さい」
バークスは、広間を出た。
聖女候補たちも、その後に続いた。
廊下を歩き、別の部屋に入った。
そこは、さきほどの広間にも劣らぬ、広い部屋だった。
部屋の中央には、大きな魔法陣が見えた。
陣の中心には台座が有り、その上部には、魔石が埋め込まれていた。
クリーン
「これは……？」
バークス
「これは、転移陣というものです」
バークス
「人や物を遠くに運ぶための、大型魔導器ですね」
バークス
「今からこの陣を使って、試験会場に移動していただきます」
バークス
「それでは皆さん、陣の上に移動して下さい」
大勢が脱落しても、まだ参加者の数は多い。
聖女候補１人に対し、２人の守護騎士がついている。
１６人の候補に、３２人の守護騎士。
それに加え、神官たちの姿も有る。
５０人以上が、陣の上に移動した。
バークスは、皆が移動したのを確認すると、陣の中央の魔石に触れた。
バークス
「行きます。その場から動かないように」
バークスは、魔石に魔力を流し込んだ。
陣が輝いた。
そう思った次の瞬間、ヨークたちの視界が一変していた。
ヨーク
「ここは……」
ヨークたちは、木壁に囲まれた空間に、移動していた。
ヨークはその空間を見て、既視感を抱いた。
ヨーク
「ラビュリントス……？」
