4の24「試練の日と最初の試練」
夜。
宿屋の寝室。
ヨーク
「ん……」
ベッドの上で、ヨークは目を覚ました。
ヨークの瞳に、見慣れた天井が映った。
無事に宿に、戻ってきたらしい。
ヨークは、ベッドから体を起こした。
ミツキ
「あっ……」
すぐそばに、ミツキの姿が有った。
ヨークのベッドの端に、腰をおろしていた。
ミツキ
「ヨーク、大丈夫なのですか?」
ヨーク
「ああ……」
特に痛みも無い。
2度と体が動かなくなるのではないか。
ドラゴンの攻撃を受けた時、ヨークはそんな風に思った。
特に、背骨の辺りに嫌な感覚が有り、何かが終わったような気すらした。
だが、治療を受けて少し眠れば、治る程度のものだったらしい。
ヨークは内心で、何事も無かったことに感謝していた。
ヨーク
「クリーンは……」
ヨークは首を回した。
そして、隣のベッドの方を見た。
クリーン
「…………」
クリーンは既に、ベッドに横になっていた。
そしてすぅすぅと、寝息を立てていた。
ヨーク
「寝てるか」
ミツキ
「もう夜中ですからね」
ヨーク
「ミツキは寝ないのか?」
ミツキ
「ヨークが寝るなら、寝ます」
ヨーク
「目が冴えてきた。昼寝が長かったからな」
ミツキ
「それなら、お話でもしましょうか」
ヨーク
「そうだな」
……三十分後。
ヨークとミツキは手をつないで、窓から町を見ていた。
ミツキ
「驚きましたね。まさか最後の最後で、あんな鍵が有るなんて」
2人は、迷宮について話をしていた。
ヨーク
「……そうだな」
ヨーク
「ラビュリントスは、自由の象徴なんかじゃ無かった」
ヨーク
「結局は、この王都の何もかもが、持ってる奴らの物だったってワケだ」
ミツキ
「……残念ですね」
ヨーク
「……無念だ」
ヨーク
「けどこれで、王都への未練も無くなった」
ヨーク
「悔い無く行ける。ミツキの故郷へ」
ミツキ
「……本当に、来ていただけるのですか?」
ヨーク
「……? 当然だろ?」
ミツキ
「はい」
ミツキ
「ですが、故郷に帰るというのは、止めにしようかと思います」
ヨーク
「どうして?」
ミツキは故郷の真実を、ヨークに話していなかった。
捨てた故郷だ。
それに、美しくも無い。
わざわざ話すことも、無いと思っていた。
ミツキ
「もっと住みやすい場所が、世界のどこかに有るのではないかと思いまして」
ヨーク
「そうか。まあどっちでも良いけど」
ヨーク
「そういえば、地図はどうする?」
ヨーク
「99層の攻略は、ギルドが欲しがるんじゃないか?」
ミツキ
「……今は止めておきましょう」
ミツキ
「99層の真実が明るみに出れば、ちょっとした騒ぎになるかもしれません」
ミツキ
「聖女の試練の後……。いえ……」
ミツキ
「結婚式の後で良いでしょう」
ミツキ
「地図を渡したら、とっとと王都を出てしまうのです」
ミツキ
「私たちの攻略を、どう活かすのかは、王都に残る人たちに任せましょう」
ヨーク
「……そうするか」
ミツキ
「そうしましょう」
ヨーク
「寝るか」
ミツキ
「寝ましょう」
ヨークはベッドに寝転び、布団をかぶった。
ミツキも、同じ布団に入ってきた。
ヨーク
「クリーンがうるさいぞ」
ミツキ
「そうですね」
ミツキはスキルを用い、酒瓶を取り出した。
ミツキ
「お酒で酔って、間違えたということにしましょう」
ミツキは瓶の蓋を開け、口をつけた。
そして、酒を口に含んだまま、ヨークと唇を合わせた。
翌朝、ヨークはクリーンに怒られた。
……。
半月後。
ついに、試練の日がやってきた。
早朝、3人は宿の寝室で、支度を整えていた。
クリーン
「ついに、この日が来たのです」
待ちに待った試練の日だ。
クリーンの全身に、やる気がみなぎっていた。
ヨーク
「そうだな」
ミツキ
「頑張りましょう」
クリーン
「えいえいお~!」
ヨーク+ミツキ
「「お~!」」
3人は、拳を高く上げた。
それから宿を出て、大神殿へと向かった。
神殿の中に入り、指定された広間に向かった。
広間に入ると、既に大勢の人々が、そこで待機していた。
入室したクリーン一行に、いくつもの視線が向けられた。
ヨーク
(こいつら皆、試練の参加者か)
ヨーク
(さすがに大した数だな)
ヨークは、広間に集まった面々を見た。
若い女性の姿が目につく。
聖女候補だろう。
少女たちを、鎧を来た屈強な騎士が、守護していた。
サレン
「クリーンさん!」
サレンがクリーンを見つけ、近付いてきた。
クリーン
「サレン。久しぶりなのです」
サレン
「はい。お元気なようで、何よりです」
サレン
「正々堂々、悔いが残らないよう、競い合いましょう」
クリーン
「はい。悪いですけど、勝たせてもらいますよ」
サレン
「負けません」
サレンはクリーンに、手を差し出した。
クリーンは、その手を握った。
……。
ヨークたちが会場に到着してから、試練開始まで、少し時間が有った。
ヨークたちは、雑談をしながら、時が来るのを待った。
やがて、扉が開く音が聞こえた。
ミツキが、音の方を見た。
ヨークも少し遅れ、ミツキと同じ方向を見た。
ヨークたちが入って来た扉とは逆の方向に、立派な扉が有った。
その扉が、大きく開かれていた。
小太りの老人が、入室してくるのが見えた。
老人は、華美な神官服を、身にまとっていた。
立場の有る神官のようだ。
広間の雑談が、止んでいた。
ヨーク
「誰だ?」
ヨークが小声で言った。
サレン
「しっ! 神官長のサニタ様ですよ……!」
ヨーク
「ああ……」
ヨーク
(1番えらい奴か)
広間のいっかくには、講演台が用意されていた。
神官長は、そこに立った。
そして、口を開いた。
サニタ
「みなさん、おはようございます」
神官長の声が、広間に響いた。
穏やかだが、はっきりとした声だった。
サニタ
「有望な、品格に優れ、文武に秀でた候補者たちに恵まれ、たいへん光栄に思います」
サニタ
「そう。あれは私がまだ若かりし頃……」
どうでも良い、神官長の自分語りが始まった。
ヨーク
(…………)
ヨーク
(長ぇ……)
ヨークはそう思ったが、それを我慢する程度の理性は、有していた。
自制心を総動員し、苦痛に耐えた。
それからしばらくして、神官長の長話が終わった。
サニタ
「聖女候補の名に恥じぬ奮闘を、期待します」
サニタ
「聖女の試練、その第1の試練は……」
ヨーク
(やっとか)
ヨーク
(なんでも来やがれ……!)
ようやく守護騎士として、戦いの場に立てる。
そう思ったヨークは、両手に力を入れた。
サニタ
「筆記試験です」
ヨーク
「えっ?」
ヨーク
「……………………」
ヨークはクリーンを見た。
ヨーク
「ガンバッテ」
クリーン
「がんばゆ」
聖女候補たちは、筆記試験会場に、移動していった。
守護騎士たちは、控え室で待機することになった。
控え室の椅子で、ヨークはのんびりとくつろいだ。
ヨーク
「なあ」
ヨークの隣の椅子に、ミツキが腰かけていた。
ヨークは彼女に、声をかけた。
ミツキ
「はい」
ヨーク
「筆記試験が終わるまで抜け出して、レベル上げでもしねえ?」
ミツキ
「いけませんよ」
ミツキ
「もっとロマンティックなお誘いなら、乗ったかもしれませんけどね」
ヨーク
「ぐふふ……ボクと2人きりになって……イイコトしない……?」
ミツキ
「衛兵さんコイツです」
ヨーク
「通報やめて下さい」
ミツキ
「……試練が終われば、いくらでもゆっくり出来ますよ」
ミツキ
「2人で山の温泉にでも行きませんか? 新婚旅行で」
ヨーク
「混浴?」
ミツキ
「はい。勿論」
ミツキ
「券を使う機会が、あんまり無いですからね」
ヨークがミツキとの仲を見せつけると、クリーンが怒る。
奴隷からの性搾取は、許せないというのが理由だった。
おかげで2人は、一緒にお風呂に入ることも出来ていない。
せっかくの背中流し券も、使えてはいなかった。
ヨーク
「それじゃ、今は我慢するか」
ミツキ
「えらいえらい」
ミツキはヨークの頭を撫でた。
ヨーク
「……肩揉んで」
ミツキ
「はい」
ミツキは椅子から立ち上がり、ヨークの後ろに回った。
そして、彼の肩に触れた。
ニトロ
「やあ。少年」
ヨークがミツキに肩を揉まれていると、ニトロが声をかけてきた。
ヨーク
「ちっス」
だらけきったヨークは、フランクに挨拶をした。
ニトロ
「ちっス」
ヨーク
「居たんですね」
ニトロ
「そりゃあ居るさ。私は神殿騎士だよ?」
ヨーク
「ふぃ~~~~~」
ヨークは肩揉みに対し、気持ちよさそうな声を出した。
ニトロ
「気持ちよさそうだね」
ヨーク
「実に。実に」
ニトロ
「そんなに?」
ヨーク
「誠に」
ニトロ
「私も1度、やってもらっても良いかな?」
ヨーク
「駄目です」
ヨークは即答した。
ニトロ
「えっ」
ヨーク
「ミツキの肩揉みは、券を持つ、選ばれし者だけのモノですからね」
ニトロ
「えぇ……? 気になるなぁ」
ヨーク
「クックック。券を持たぬ者には分からぬだろう」
ニトロ
「ちぇっ。ケチんぼ」
ヨーク
「……娘さんには悪いですけど、勝たせてもらいますよ」
ヨーク
「まあ……クリーンが筆記通ったらですけど」
ニトロ
「筆記なら負けないよ。ウチのサレンも」
ヨーク
「これ終わったら、次は何やるんですかね?」
ニトロ
「はっはっは。私がそれを知ってると思うかい?」
ヨーク
「そうですか」
ニトロ
「まあ知ってるけどね」
ヨーク
「えっ?」
ニトロ
「こう見えて、大神官だからね」
ヨーク
「で、何するんスか?」
ニトロ
「サレンの不利になるようなことを、言うと思うのかい?」
ヨーク
「駄目スか」
ニトロ
「別に良いけどね」
ヨーク
「教えれ」
ニトロ
「それはね……」
そのとき、控え室の扉が開いた。
そこから、聖女候補たちが入室してきた。
ニトロ
「おや。筆記試験が終わったみたいだね」
ニトロ
「サレンを励ましに行ってくるよ」
ヨーク
「ちょ、話はまだ……」
ニトロ
「案じることは無い。君たちなら、きっと大丈夫さ」
そう言って、ニトロは去った。
ヨーク
「いや……」
ヨーク
「単純に気になるんですけど……?」
聞けたはずのことを聞けなかったというのは、なんとも収まりが悪いものだった。




